17話 罪の意識
「では、あれは一体何なのか、話していただけますね?」
ミシェルは校長室にてクークーニャと机を挟み対面している。
校長室に向かう途中に、ある程度ごまかしを考えていたミシェルは困った顔を浮かべとぼけようとするが……
「ミシェル君、あぁ、そう言った取り繕いはやめましょう? 領主様からこの学校の事を一任されている以上、私は領主様に直接ご報告する義務があります。本校の監視魔法は全て私のみに届いているので、私だけが報告致しますのよ?」
ところどころ不自然な程に強調された言葉は、しかしミシェルにはその意図が読めない。
「えっと……俺は何も知らないのですが、何か知っていたとして、それを言わないとラウディアから追い出される……ということですか? それとも、何か知ってたとして、校長先生との何らかの取引があれば揉み消せる、とかですか? 仮の話ですよ?」
ミシェルは頑張った。
強調される言葉とその意味を自分の中で解釈した。
「……わかりました。とりあえずこの一件は領主様にお伝えしますが、くれぐれも今後は話せない様な事はしないで下さいね? ちなみに、リルロードさんはミシェル君が話したがらないそれを、知っているのですか?」
「いえ……あ、いや、どうですかね?」
クークーニャはため息を吐く。
「わかりました。もう行っていいですよ……外の2人も帰るようにね」
クークーニャは疲れた様に何かを書き出した。
許された? のであればすぐさま、とミシェルは礼儀正しく退室した。
扉の外では2人がコソコソ話していた。
「あ、ミシェル! とりあえず魔境から逃げるぞ!」
リアメはライセルとミシェルを引っ張り、校外まで疾走する。
門の所まで来た途端、ぐっとリアメが止まる。
「魔境だなんて……それではまるで、私が魔のヌシの様ではないですか」
クークーニャが門の影より現れた。
一直線に来たにもかかわらず先回りされたことに戦々恐々の3人だったが、クークーニャは続けて話す。
「3人とも、ラウディア軍学校の名誉を魔境と罵り傷つけたバツとして、帰りに軍本部にこの手紙を出してきなさい」
そう言ってクークーニャは蝋の押された封筒をライセルに渡す。
「3人とも、気をつけて帰りなさいね」
クークーニャはそう言うと、ごく普通に、上品に校内へと歩き進んで行った。
3人は大人しく軍本部へ行き、見知った憲兵に話し、無事にお使いを終了させた。
「なんだったのだ……」
リアメは不服そうに尻尾をユラユラさせながら家路につく。
ミシェルはその場で2人と別れ、そのまま軍本部内のリルドを訪ねた。
「おう、ミシェルじゃねぇか。今日は仕事で鍛錬休みのはずだが、どうかしたか?」
リルドは少なくない書類の山に囲まれていた。
「いえ、少し気になることがあって……」
ミシェルはクークーニャがリルドに関して口走っていた事を思い出し、彼女は何者なのか探った。
「クークーニャ校長か……元はラウディアの魔法軍総大将だったな。フィル……バート・ラウディア様が領主になる前からあの方の側についていたぞ」
ミシェルは特筆すべき情報もないかと、その場を後にしようとし、迷う。
ライセルとリアメにスキルの事を話した。
恐らくクークーニャ校長も知っているだろう。
であれば、同じ程度ならリルドにも話すべきではないだろうか?
そんな疑問が心に宿ったからだ。
ミシェルとて無闇やたらに話すべきではないと分かっているが、それでも闇雲になっているわけでもヤケになっている訳でもない。
そうするべきだと思った、などと言う使命感すらない、ただ何と無く、それが良いと思ったのだ。
「待て」
ミシェルが何か言おうとするより早く、リルドは出鼻をくじかせた。
「ここはそんな深刻そうな顔して話す場所じゃない。明日は学校休め。少し出るぞ」
そんな事を言われ、ミシェルは寮へと帰らされた。
たしかにミシェルはその場で語るには知られたく無い内容だと思い、その場を後にした。
寝る前に、ふと思う。
リルドは、実は既に何か知っているのではないか?
そんな悶々とした感情を抑えつつ、ミシェルは眠りについた。
皆が寝静まった頃、ラウディア領主であるフィルバート・ラウディアは手紙を前に思いつめた顔をしていた。
長ったらしく、回りくどく、婉曲に表現されたただ1つの要望。
ミシェルの情報をよこせ。
クークーニャから領主へ誰にも開けられることない封筒にて渡されたが、それを軍本部を介したと言うのは何者かに封じられたまま介入された可能性がある。
しかしこれはクークーニャの配慮でもあるが、より手紙の文面通りに読み取るのであれば、ライセルとその周りの人物の情報を求める、というものだった。
これにより、ミシェルの名前が直接出された訳ではないので、ライセルを囮とした事がわかる。
ただ、根本的にフィルバートを悩ませているのは、何故クークーニャがミシェルを嗅ぎつけたか、という一点である。
クークーニャ自身は忠実な部下であり友でもある。
さらにメイシュに関しても把握し、どちら側という訳でもなく、ただのラウディア領主側、という立ち位置だ。
不幸中の幸い、と言えるか分からないが、向こう側に察知されるよりはマシか、とこれからの予定を思案する。
翌日
朝食もそこそこにリルドに連れ出されたミシェルは、ラウディアの南門へと来ていた。
そういえばリルドと出会ったのはここだったか、と思いながら、門を出る。
道中はたいした話をしなかった。
学校はどうだとか、勉強はどうだとか、友達はどうだとか、そんな他愛もない話。
「街道から外れるぞミシェル。油断するな」
そんな事を言いながらリルドは街道脇の草原へと歩き出す。
ミシェルは自身がこの世界で初めて目覚めたそこへ連れて行かれるのかと不安になったが、進路が微妙にズレていることに安堵した。
草原を歩く事2時間。
いい加減どこに向かっているのか益々気になるミシェルだったが、門を出る際に既に、着けばわかる、との事だったので、聞き直しはしない。
道中何度か、はぐれゴブリンやハウンドイーターという毛のない狼型の魔物を討伐した。
リルドの指示するままに動き、難なく仕留める。
そんな事を繰り返していると、ふと岩石地帯の様な、不自然に草原に積み上げられた岩場に着いた。
「到着だ。学校で習ったはずだが、ここが分かるか?」
ミシェルは辺りを見回す。
地理の授業か、歴史の授業か、いずれにしてもミシェルの脳内ノートには記されていない場所だった。
「いや……分かんないっす。なんか、有名なところなんですか?」
リルドはその言葉に、ふむ、と考え込む。
「ダンジョンは習ったか?」
その言葉に、ミシェルはあぁ、と思い出す。
ラウディアから南東に行くと、ダンジョンと呼ばれるものがあったらしいと、地理の授業で言っていた覚えがある。
「前にダンジョンだった場所でしたっけ? でも、具体的には知らないですし、ダンジョンも始めて見たっす……」
リルドは再度考えながら、ダンジョンじゃなくなると教えなくなるのは当たり前か、などと呟いていた。
「ダンジョンがある場所ってのは、それぞれ変な特徴がある。クソ暑い地域のはずが、ダンジョンの周りだけクソ寒いとか、その逆とか、あとは感情を揺さぶられ易くなる場所とかな。ここもそういう特徴があってな、通信系や遠隔系と言った魔法が届かなくなる」
へぇ、などとミシェルは思いながら、しかし彼にはそう言った魔法を使う機会があまり無かったので、それがどんな影響があるか、予想することしかできなかった。
「つまりは、秘密話には持って来いの場所ってことだ」
リルドが自慢げに笑う。
ミシェルは納得しながら、わざわざその為だけにここまで連れてこられたのか、とため息を吐く。
実はこの場所は秘密話だけでなく、ダンジョンがあった頃は暗躍や密約の名所でもあったが、それをミシェルが知るわけもなかった。
「えっと……じゃあ、秘密って訳じゃないんすけど……」
ミシェルはライセル達との騒動や、自身のスキル、またそれをお披露目するのに起きた出来事などを話した。
当然、ライセルの将来とか、リアメのスキルと言ったものは、話せないですよ、という分かりやすい雰囲気でボカした。
「なるほど……な。あいわかった。じゃあその魔法を……スキルか? どっちでもいい、それを目立たない様見せてくれ」
リルドの指示通り、ただし今回は3mだけ打ち上げて、近くの木に落とした。
中心の幹のみを押しつぶし、横に伸びた枝などはそのまま数瞬、その場に浮いたが、自身を支えるものがないと気付いたかのようにガサリと落ちた。
リルドは特に何を感じた様子もなく、何故これをエルダーオーガ戦で使わなかったのかと聞いてきた。
「いや、あの時はっすね……うーん……実は、あの時は多分、まだ出来なかったっす。でも、あの時のことがあったから、出来るようになったっていうか……」
「じゃあ、エルダーオーガに対しては、あれが最高の一撃だったってことか?」
なんとももどかしいミシェルの言いように、リルドは結論を急いだ。
「最高ではなかったっす……ただ、練習するのも、密かに出来る場所なんて知らなかったっす……だから、あの時は、完全に力不足っていうか、自分のスキルへの理解不足って感じでした……」
「そうか……」
リルドは肩の荷が降りた様に、安堵の息を漏らした。
決して納得が得られる様な回答ではなかったと思っていたのだが、リルドのその様子にミシェルは疑問を抱いた。
「いや、エルダーオーガん時に今みたいな魔法打ててりゃ、倒せはしないが矢よりはダメージがあったと思う。そんでな、その力を隠したいが為に、周りの奴らが死ぬのを黙ってみてたんなら、その根性叩き直そうかと思ってたんだよ」
ミシェルはゾッとする。
何故なら言い終わった後にミシェルを見たリルドの目が、見たことの無い、鋭すぎるものだったからだ。
「まぁ分かるんだ。自分の手の内を明かしたくないって理屈は。だがな、マトモな人間なら、特にあそこで実際に惨劇を目の当たりにしたやつなら、恐怖で逃げるか、諦めるか、全力を持って抗うんだよ。
パトラに聞いたが、ミシェルは全力で抗ったもんだと思ってた。だが、さっきの力は聞いてた矢の魔法より遥かに強い。
だがまぁ、合点がいった。
あの時はアレが全力で、その悔しさから修練を重ねたってんなら、前より強くなってんのは当たり前だからな」
あの惨劇
ミシェルの脳内でフラッシュバックする。
あの騒動の後に、誉められることが多かったせいか、忘れていた惨劇。
多くの者が死に、長く悼まれた。
それは今も東門にて続いている。
それを、ミシェルは見て見ぬ振りをしていた。
自覚するのが恐ろしかったからだ。
自分がもっと早く出ていれば、被害は少なかったのではないか。
自分が、彼らを…………見殺しにしたのではないか。
「俺が……こ、殺した……」
喉が乾く、顎が震える、目の前が暗くなる。
「リ……リルドさん……俺がもっと……ちゃんとやれば……みん……「無理だ」」
ミシェルが何か言い切るより早く、リルドは否定した。
「おめぇ、アイツに蹴られてただろ? あん時、すでに奴の片腕は無かった。そんな手負いにも関わらず吹っ飛ばされたんだ。あの時のお前は生き残るだけで良くやった」
リルドはミシェルの両肩を持った。
ミシェルとリルドの視線が交差する。
「すまない。たまにふと、ミシェルを大人と同じ様に見ちまう…… そういや、まだお前は成人したばっかだったな……本当に良くやった」
リルドは不器用にミシェルの頭を撫でる。
「でも……でも!」
ミシェルは知っている。
あの時は自身の悪癖で静観してた部分があったこと、そして妙にハイになっていたのか、実験だなどと考えていた事を、悔いぬ筈がなかった。
「なぁミシェル、俺はただな、お前に死んでほしくないんだ。もしかしたらもっと上手くやれてたかもしれない、もっと多くを守れてたかもしれない。でも結果として決まっちまったもんは、もうどうしたって仕方がねぇんだ。だからこう思え、次はもっと上手くやる、ってな」
リルドはミシェルをこれ以上喋らせたくなかった。
何故なら、リルドにはミシェルの心が折れる寸前に見えているからだ。
そしてそれを招いたのは自分。
確かに、疑っていた部分はあるし、憲兵として見過ごせない事態が真に隠れているのかもしれない。
だが、目の前の少年が折れる事をリルドの心は良しとしなかった。
リルドから見ればミシェルは何かに罪を感じているだろう。
そうであっても、目の前には、悪戯を咎められた子供の様に、小事が大事となることを受け止めきれずに潰れかかっている15歳がいるのも、リルドにとっては事実だ。
なればこそ、これ以上責めるのではなく、促すべきだとリルドは思う。
「絶対に、次はもっと、うまくやれ。いいな?」
リルドの真剣な問いかけに、ミシェルもまた応える。
「必ず……やります」
リルドは思い出す。
メイシュの言う所の、魂の器の脆さ。
リルドは直感する。
この器は、絶対に壊してはならないと。
膝から崩れ落ちそうになるミシェルを肩に担ぎ、リルドはラウディアへと戻っていった。