第1話 死
ガタンガタン
揺れる電車の中で落ちかけていた意識を取り戻す
椅子に座るとついついウトウトしてしまう
まぁ時刻はもう23時を過ぎているのだ、眠いのは仕方ないかもしれない。
電車の壁の電光板は次の駅名を移している
次で降りなければ、そう思い座席を立つ
電車の揺れも収まり自宅近くの最寄り駅に辿り着く、改札を出ていつもの帰り道を歩く
時間も時間なので辺りは街灯の灯りのみで寂しい灯りがチカチカと目の前を照らしている
転々と続く光に招かれているように帰り道を1人歩く
いつもの事だ、実家から離れて1人で暮らし、始めて親の暖かさをしった。
就職し猛烈な忙しさでいつも帰るのはこの時間…明日もまた会社に向かわないと行けないと考えるだけで陰鬱である
日々の楽しみといえば帰ったあと1杯だけ飲むビールぐらいである。
いや、もうひとつあった
朝の会社へ通勤する時、時間が合って毎日すれ違う女子高生
何故か毎朝「おはようございます!」と挨拶してくれる
何故だか分からないし、いつから挨拶し合っているのかも覚えていないが、その一言だけで日々の仕事を頑張れていると思う。
高卒で就職した俺は今でも高校生に戻りたいと考える。
高校の頃の俺は夢も何もなく、努力もせず
進学を勧められたが勉強するのが嫌だからの理由で就職した。
結果、俺は今猛烈に後悔している
高校の頃、もっと意欲的に頑張れば
部活動で汗を流しながら友達と競い合えば
もう少しマシな人生を送れたのだろう
しかし、今の俺は趣味も何も無い、ただ働いているだけの人間だ、たまの休日も疲れで寝ているのみ
考えるだけで悲しくなってきた…
寂しさからか、虚しさからか、あるいは両方からか、目頭が熱くなる。
しかしそれでも頑張ろうと思えるのは毎朝挨拶してくれる女子高生のおかげだ
黒いロングの髪で凛とした顔つき、すれ違う度にドキドキしてしまう。
まぁ俺とは違い彼女は素敵な青春を送っているのだろう。
毎日すれ違うから挨拶してくれるのだろう。まぁそれでも嬉しいのだが。
明日も彼女に一目会えるだけでも頑張ろうと思えた。
その時
ドンッ
後ろから突然押された。
押されただけだと思ったしかし何故か背中が熱い猛烈に
「うぐっ」
熱さは次第に鋭い痛みに変わり俺は声を漏らす
ドスッ
今度は肩が熱くなる。
何が起こってる?訳がわからない、鋭い痛みが背中と肩から襲う
咄嗟に振り返り俺は後ろを確認した
そこにはパーカーを着た小柄な人がいた、フードを深く被っていて顔が見えないがフードから出ている髪の毛は長く女性だと分かる
そして手には赤黒い何かを持っていた
それをよく見るとナイフだと分かった
赤黒いのは俺を刺したからだろうか、街灯の光に反射してキラキラと光っている
俺が後ずさろうとした瞬間そのパーカー少女は一気にこちらに近寄る
グズッ
胸に何か異物を感じる
目がチカチカとする、下に向くとナイフが深々と胸に突き刺さっている。
ごぷっ
口から鉄の味が広がる。
そして俺は後ろに倒れる背中に強い衝撃を感じたが何故か痛みがない。
ただ口からは鉄の味がする何かが溢れ出ているのを感じる
視界は徐々に暗くなる…
意識が少しづつ薄れていく、パーカー少女はじっとこちらを見下ろしている。
そしておもむろにフードを取る
そこにはいつもの見慣れた彼女がいた。
俺が頑張れる理由、頑張れてきた理由
気持ち悪いかもしれないが毎朝彼女に挨拶されると元気がでた。
そんな彼女が俺を殺したのだ…
目から熱いものが流れる。こんな時でも涙は出るのか
こぼれおちる涙は溢れ出ている血と混ざっていく。
涙でうすれ暗くなっていく視界の中で見えた彼女の顔はいつもの凛とした表情ではなく
恍惚とした表情だった。
俺が手放した意識のなかで最後に聞こえた言葉
「さよなら、おにーさん」
そして、俺はこの世界で
殺され、死んでしまった…