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呪われ死  作者: 飯屋魚
6/10

06:8月10日

エロ回。

ホラーといえばエロなのだ。

家に戻って、敷かれたままになっていた寝床に育枝さんを寝かせる。


顔色を確かめようと覗き込んだ俺は


「剛…志さん?」


目を覚ました育枝さんと、目と鼻の距離で見詰めあった。


「ここは?」


育枝さんの目はまさうつろだ。


「母屋だよ」


「あれって、いったい…」


思い出すかのように呟いた育枝さんの目が焦点を取り戻して、恐怖に涙を浮かべる。


「こわい!」


育枝さんが諸手を俺の首に回して抱き着いた。


「大丈夫だから、安心して」


抱き寄せられた俺は、育枝さんの頭を撫でる。


「ここなら安全だから」


自分自身に言い聞かせるように、言う。


あれはいったい、何だったんだ?

濃淡の赤茶けた世界にモガクみたいに掻かれたヘビ。


脳裏に浮かべてしまったソレに、俺は怯えた。


育枝さんも同じなのだろう、震えている。


そんな恐怖から逃げるように。

俺は……いいや、俺と育枝さんは、どちらからともなく唇を合わせた。


人は死の恐怖を体験すると、種の保存から性欲が高まるという。


俺と育枝さんが、それだった。


唇を合わせると、もう歯止めが効かなかった。

貪るように互いの舌を絡め、服を破るように脱がせ、俺たちは獣のように激しくまじわった。


何度も何度も。

休むことなく、休ませてもらえず。


それこそ、俺と育枝さんは1つの肉になるんではないかというほどに蹂躙しあった。


そうして。

目が覚めたのは朝だった。


育枝さんは俺の胸のなかで寝息を立てている。


起こさないように気をつけながら、布団を這い出て、俺はスマホを確認した。


時刻は朝の10時。


寝過ごした。


とはいえ


「しかたないよな」


俺は、寝ている育枝さんを見て笑ってしまった。


あれだけ激しくしたのだ。

しばらくは起きないだろう。


俺は音をたてないように注意しながら立ち上がった。

脱ぎ捨ててあったオーバーオールに足を通す。


Tシャツは……タオル代わりに使ってしまってグッショリなので、上半身は裸だ。


向かうのは土蔵。


掛け軸の確認?

そんなことするはずがない。


開け放ったままでいたはずの扉を閉めに行くのだ。


そうしないと不安だった。

土蔵から得体のしれない何かが這い出てくるんではないかと、気が気じゃない。


こうして起きてしまったのも『夢』をみたからだ。


もっともどんな内容だったかは憶えてない。

起きたら忘れてしまっていた。


それでも不愉快な内容であったことは覚えていた。


寝ている育枝さんの頭を撫でて、部屋をあとにする。


恐る恐る、土蔵へ向かう。

どうしたことだろう? 今日に限って空は曇って、夏らしくなく涼しい。


まるで。

土蔵から。

2階から。

冷気が漏れ出て。

世界を侵食しているように。


「馬鹿な!」


口に出して否定して、俺は重い足を進めた。


土蔵の扉は、パックリと開いていた。

何処となく淫靡いんびに見えるのは、気のせいだろう。


呼吸が荒くなる。


思い出してしまいそうになる『アレ』を必死に振り払う。


ぼんやりと土蔵のなかが明るい。


そういえば、電球が点いていたんだった。


だが、再びスイッチを押して消そうなんて気持ちは起きなかった。


ふと気づく。


「蝉の声が…」


しないのだ。

あれほどさんざめいていた蝉がひっそりと息を殺しているのだ。


ゾッとした。

鳥肌も立たないぐらいにゾッとした。


パ、パパ。土蔵の電球がまたたく。

まるで手招きするみたいに、明滅する。


俺は土蔵の重い扉に手をかけると、なかを見ないようにしながら閉めた。


ジー、ジ、ジジジジー。

待っていたみたいに蝉がなき始める。


「マジかよ…」


そんな言葉しか出てこなかった。


一刻も早く育枝さんと抱き合いたい。

戻ろうとした俺は


ジャリ


という玉砂利を踏む音に、視線を向けた。


本堂へと向かう細い道だった。

そこに育枝さんのお母さんと婆さんが佇んでいた。


ジッと俺のことを見ている。


育枝さんのことを探しているんだろうか?

だけど、育枝さんは24歳だぞ? ひと晩帰らなかったぐらいで、そこまで心配するか?


「あ、えと」


とはいえ育枝さんと俺は、そういうことになってしまった訳で。

居たたまれない。


「どうされたんですか?」


俺は動揺しつつも、誤魔化そうとしたのだけど


「剛志さん?」


間が悪くも、育枝さんの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「剛志さん」


開け放たれた勝手口から、俺の姿を見止めた育枝さんが嬉し気に駆け寄ってくる。


「どうしたの?」


俺の視線を追って


「!」


母親と祖母の姿に、笑顔が固まってしまった。


2人が観察でもするみたいに、無表情に育枝さんのことを見詰める。


と。2人がきびすをかえした。


「剛志さん、またあとで」


育枝さんが慌てて後を追う。


俺は「うん」と言うことしかできずに、見送った。


このことを俺は後悔することになる。


何故なら。

俺は村の男衆から脅されて、その日のうちに村を追い出されてしまったからだ。


来た時と同じように、高台から村を見下ろす。


「きっと」


また会いに来る。


俺は育枝さんがいるだろう班目の屋敷に向かって誓ったのだった。






「親父、あれって何だよ!?」


帰るなり、俺は晩の読経をあげている親父に詰め寄った。


勤行ごんぎょうは邪魔すんなって言ってるよな」


「それどころじゃねーんだよ!」


いきり立つ俺の様子に、親父も相手をしなければお勤めどころじゃないと思い直したようだ。


座ったまま、器用に俺に向かい合った。


俺も応じて座る。こんなときでも正座になってしまうのは、寺育ちの悲しい性質さがだ。


「爺さんの寺で、親父にもらった鍵をつかって土蔵を開けたんだよ。そこの2階に掛け軸があって、変だったんだ」


「変? まさか、呪われてたとか言うんじゃねーだろうな?」


「わかんねぇ。わかんねぇけど、そんな感じだ」


ハッ、と親父は鼻で笑った。


「俺だって土蔵のなかを見たことはあるけど、そんな掛け軸なんて知らねーぞ」


「つーことは、親父が出て行ってから持ち込まれたのか?」


爺さんだって、あれがヤバイ代物だというのは察したはずだ。

そうなると、土蔵に安置してあったのは、そのうちお焚き上げでもする積もりだったのか?


「なーにを真剣な顔してんだか。おまえね。今どきの日本で、呪いだとかそんな物があるはずねーだろ」


住職といってもこんな認識だった。

厳しい修行を積んだ高僧ならともかく、親父はふつーに大学で学んで資格を得ただけの僧侶なのだ。

霊感もなければ、除霊の術を知っているはずもないし、そうなれば呪いなんてモノも想像のなかだけのお笑いぐさでしかないのだろう。


そりゃ、まれに呪われた人形だとか絵みたいな物が持ち込まれることもあるけど、俺が知っているのはどれもこれも、本物じゃなかったように思う。


少なくとも、ヤバイと直感したような代物はなかった。


だけど。


見てしまったのだ。

あれは、間違いなく禍々(まがまが)しいものだった。


「呪いなんてもんがあるなら、見てみたいもんだ」


親父は俺に背を向けて、勤行を再開した。


これは埒が明かない。

俺は仕方なしに、立ち上がると、本堂を後にした。

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