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呪われ死  作者: 飯屋魚
5/10

05:8月9日

土蔵はでかかった。

ちいさな2階建ての1軒家……は言い過ぎか。けど、それに近い大きさがある。


「いくぞ!」


俺は扉に掛かっている南京錠に親父から預かった鍵を刺しこんだ。

錆びているから、ゴリガリと無理矢理に押し込む。


そして捻るんだけど。


これが、なかなかに固い。


育枝さんの前でカッコ悪い真似さらせるかよ!


渾身こんしんの力を込める。


バキンと音がした。


南京錠を引っ掛けていた土蔵の扉の金具部分が壊れた音だった。


「あー…」


俺は隣りの育枝さんを振り向いた。


彼女は目を丸くしていたけど


「あははははは」


お腹を抱えて笑い始めた。


「鍵…要らなかったじゃん」


そんな俺のぼやきでさえも壺に入ってしまうのか、更に育枝さんが笑う。

あんまりにも苦しそうなので、俺が背中をさすってやらねばならなかったほどだ。


「こんなに笑ったの、生まれて初めてかも」


涙を滲ませながら育枝さんが言う。


「喜んでいただけて、光栄です」


俺はおどけて言ってから


「開けるよ」


土蔵の重くて分厚い扉を開けた。


意外なことにカビやほこりの臭いはしなかった。土蔵ってのは密閉された空間だから、埃がはいらないんだろう。カビは湿気を壁が吸ってくれるから生えないと聞いたことがある。


「せっかく室賀さんがマスクを用意してくれたのに、使わないですみそうですね」


「ですね。ここまで清浄だとは思いませんでしたよ」


昔の人って凄いですよね。なんて他愛のないことを言いながら内部に入る。


「涼しいっスね」


「ほんと、別世界」


内部はひんやりと涼しかった。

土蔵の外との差がすごい。クーラーでも付けてるみたいだ。


育枝さんが扉から腕を外に差し出して、温度差を遊んでいる。

そんなところも子供っぽくて可愛らしい。な~んて思ってしまうのは、もう末期なんだろうな。


俺は汚れるのを気にして、この暑いのに長袖のTシャツを着ていたけど、これなら寒さ対策といった側面のが強くなりそうだ。


「外から見た感じだと、電気が通ってそうだったんだけど」


土蔵に電線がつながっていたのだ。

ということは、電灯があるはずだ。


内部は暗い。


俺は持参した広角の懐中電灯で入り口近くの壁を照らした。


ビンゴ!


スイッチがあった。


押せば。パ、パパ。またたいて、電球がついた。


「お~、まさかくとは」


亡くなった爺様が手入れをしていたのだろうか?

けど、南京錠はガチゴチに錆びていた。


ということは、ただ単に運良く電球が生きていたんだろう。


明るくなったとはいえ、古い電球だ。

薄ぼんやりと内部が見えるようになっただけでしかない。


「こりゃ、懐中電灯は点けたままのほうがよさそうだ」


「それにしても」育枝さんはグルリと土蔵の内部を見渡して

「しっかり整理整頓されてますね」


感心したように言った。


「たしかに几帳面なほどですね」


乱雑さの『ら』の字もない。まるで、何処かの博物館みたいだ。


「とりあえず、調べてみましょうか」


「はい」


俺と育枝さんは、一緒になってお宝探しを始めた。


手分け? そんなことするはずないじゃないか。せっかく育枝さんの傍に居られる口実があるのに、なんでわざわざ離れる必要がある?


土蔵にはさまざまな物があった。


くわや鎌やショベルや千歯こぎといった農機具。きねうす。人の背丈ほどもあるおおだる


古びた机や箪笥たんすもあった。


「これって、きり箪笥かな?」


俺に桐なのかどうかの違いは分からない。ただ、桐の箪笥は高価だと聞いたことがある。


「ええ、これは桐ですよ」


「おお! 育枝先生のお墨付き!」


てんごうめかして言うと、乗ってくれた育枝さんが『フフン』と胸を張る。


なにこれ、可愛いんですけど。


「でも。これは…というか、ここ等へんにあるのはボロボロなので、高く売れないと思いますよ?」


「マジですか、育枝せんせぇ…」


「まぁまぁ、そんなにガッカリしないで。もしかしたら、なかに高価なものが入ってるかもしれませんよ」


「ですよね!」


俺は気を取り直して、引き出しを開けた。


中には白くて高級そうな紙に包まれた何かがあった。


「たとう紙ですね」


「たとう紙?」


「着物を保存するときに包んで置く紙のことを言うんですよ」


「へー。育枝さんって、博識ですよね」


「博識というか…。昔から着物が身近にあっただけですから。それに大学だとオバサン臭いとか言われてましたし」


「そりゃーたぶん、育枝さんに対するやっかみですよ」


ここで俺は奮起した!


「育枝さん、美人だから」


よし! 俺は内心でガッツポーズだ。


育枝さんが黙っている。


俺はチラと横目で見た。


真っ赤だった。


気まずい。

けど、心地いい。


俺はたとう紙から着物を出した。


「鑑定をお願いします、育枝先生」


おどけて言うと、俺を軽く睨んでから調べてくれた。


「残念ですけど、高いものではありませんね」


育枝先生いわく。

今どきは、お古の着物は買い叩かれるらしい。よっぽど高級な……職人や作家がかかわっているような代物でもないと


「お高くは売れませんよ」


とのこと。


で。ざっと見た感じだと、着物はどれも一般の人が普段着ていたような代物みたいだ。


この時点で13時だった。


俺と育枝さんは、腹ごなしをするために寺へと戻った。


育枝さんが畑から新鮮な野菜を持って来て、俺と一緒になって台所で料理する。

幸いにも電気もガスも生きていて、調味料はあったし、お米も少しだけあったので、昼餉には充分だった。


焼きナス、トマトのおみおつけ、じゃがいもとネギのお焼き、それに白米だ。


「ごめんなさい、材料がなくて」


「とんでもない! こんなに豪勢な昼は久しぶりだよ」


いただきます、をして食事をいただく。

やっぱり美味い!


「あの…。参考までに何時も何を食べてるのか訊いても?」


「昼はカップめんですかね」


「…朝と夜は?」


「朝は食パンかコーンフレークで。夜は、食べたり食べなかったりで、食べる時はドカ食いですかね? 考えてみたら、朝、おにぎりをたべたけど、白米を口にしたのは半年ぶりぐらいだったかも」


「いけません!」


いきなりだった。


俺は育枝さんに叱られてしまった。


食べるのをやめて、つい正座をしてしまう。


「そんなことだと体を壊してしまいますよ!」


「でも、俺。病気知らずだから」


風邪にかかったことすらないのだ。


「そんなの若いうちだけです!」


「そうです、か?」


「そうです! そんななら、私が」


と言いかけて、育枝さんは目を逸らしてしまった。


「私が? 毎日、俺に料理をつくってくれる?」


彼女が口にしたかも知れないことを、俺が口にする。


「育枝さん。俺。あなたのことが好きだ、惚れてる」


正面切って告白した。


出会って1日しか経ってない。


勘違いしないで欲しいが、俺はプレイボーイじゃない。こんな風に告白したのは初めてだ。今まで付き合ってきた女の子たちとは、飲みに行ったりしているうちに自然と男と女として付き合うようになる、そんな感じだった。考えてみたら、俺は流されてるだけで、相手を好きだったわけじゃないかも知れない。


「今、付き合ってる人いる?」


質問すると、育枝さんは首を振った。


「だったらさ、俺と。付き合わない?」


「私も剛志さんのことが好き」


「だったら」


湧き上がる歓喜は


「でも」


という育枝さんの言葉で頭をおさえられた。


「私は、お母さんとおばあちゃんの居る、この村を離れられない」


「どうして? 大学生のときは離れてたんだろ?」


「あの時とは違うもの。大学を卒業して久しぶりに村に帰ったらね、おばあちゃんが小さくなっててビックリしたわ。お母さんも、持病が悪化して、1人にできないの」


だから、と彼女は言った。


「私は、この村から離れられないの。剛志さんは……街を離れて、この村に住める?」


俺は。


答えられなかった。


お斎のときの村人の対応。

仲良くできるとは思えない。


「そういうことなの」


ポツリと育枝さんがつぶやく。


俺はもそもそと昼餉を食べた。


さっきまではあんなに美味しかったのに、今はただ味気ない。


食事を終えて、食器を今度も2人一緒に洗って、俺たちは土蔵に戻った。


交わす言葉もなく、探す。

いいや、もうお宝を探す気分じゃなかった。


俺は探すふりをしているだけだった。


それは、育枝さんも同じだろう。


ガタンと2階で物音がしたのは、16時をすこし過ぎた辺りだった。


「なんだろう?」


「なにかしら?」


俺と育枝さんは顔を見合わせて、警戒しながら2階へと歩を進めた。


2階には電球が設置されてない。


懐中電灯を頼りに照らして。


「なんだ、ここ」


ガランとしていた。荷物がなにもないのだ。


いいや、ただひとつ。


部屋の中央にぽつねんと細長い木箱が置かれていた。


俺は2階にのぼった。

遅れて、育枝さんも付いてくる。


「なんだと思う?」


「さぁ?」


2人してソロソロと木箱に近づく。


「この部屋。寒くないか?」


涼しいんじゃない。寒いのだ。


「ええ、どうしてかしら?」


ほんとうは分かっていた。


この木箱だ。

この木箱の中身だ。


育枝さんも感じているはずだった。

それが証拠に、俺と同じように木箱に近づこうとしない。


あれはヤバい物だ。

今すぐ、回れ右をして逃げたほうが良い。


なのに、動けなかった。

魅入られたように、目が木箱から離れなかった。


「開けて…みようか?」


気付けば、そんなことを言ってしまっていた。


「ええ」


ぼんやりとした返事がかえる。


俺は、泥濘ぬかるみから足を引き抜くように1歩を踏み出した。


1歩を進んでしまえば、2歩目も3歩目も、簡単に進めた。


育枝さんも付いてきている気配がする。


俺は。木箱の前でしゃがんで。


心臓が鷲掴まれたみたいに痛い。


木箱を開けた。


ムワリと不可視のなにかが膨らんではじけた感じがした。


錯覚。

気のせいだ。


木箱のなかには一幅の掛け軸があった。


体が動く。

勝手に動く。


俺は掛け軸をもって。


立ち上がると、結ばれていた巻き紐がプツリと切れた。


ザラリと掛け軸が広がる。


異様、異常、怪しい、物々しい、奇形的な、凄まじい、不吉な、得体のしれない、鬼気迫る、醜い、醜悪な、凶悪な、禍々しい、真っ直ぐに誰はばかることなく狂った。


そんな絵だった。


ふつう、絵というのは筆で描く。


しかし、この掛け軸は逆だった。


全面が赤茶色に塗りこめられているのだ。そうして、爪で引っ掻いたように汚らしい何か……蛇のような、のたくった何かが掻かれていた。


バタン! 不意にした物音に、俺は我を取り戻した。


「育枝さん!」


彼女が倒れていた。


俺は掛け軸を放り捨てると、彼女を抱きかかえて、逃げるように土蔵を後にした。

本日の投稿はココまで。

続きは次週の火曜日に。


というか。投稿の締め切りが8月9日。

この5話の時点で、起承転結の『起』の前半しか書けてないわけで…。

あれ? 間に合わなくないか?

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