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呪われ死  作者: 飯屋魚
4/10

04:8月9日

朝。俺は爺さんの使っていた寝所で起きた。

まさか本堂で寝るわけにもいかず、爺さんの部屋と布団を使わせてもらったのだ。


洗面所を漁って、買い置きしてあったハブラシを拝借して、歯を磨く。

顔を洗って、スッキリしたところで


「さぁて、ひと仕事するか」


俺はナップサックから古ぼけた鍵を取り出した。

引っかかりが2山しかない、安易な鍵だ。


この鍵は、寺の土蔵を開ける物らしい。


『こいつで土蔵の中を整理してこい』


そう親父に言われたのだ。


『金目の物があったら、適当に処分してお前の物にしていいからな』


この言葉があったればこそ、俺はお斎の気詰まりも頑張れたのだ。


これだけデカい寺なのだ。

捕らぬ狸のなんとやらとはいえ、期待はいや増す。


作業がしやすいように、長袖のTシャツとオーバーオールに着替えた。


「さて、行くか」


土蔵の場所は昨日のうちに確認している。

寺の裏側だ。


勝手口でスニーカーを履いていると


「すみませーん」


聞き覚えのある声が本堂のほうからした。


今日は本堂を開けてない。


俺は急いで勝手口から出ると、寺を回って、境内へと走った。


育枝さんが、心細げに立っていた。

今日は、脛丈のカーゴパンツにオフホワイトのシャツだ。


育枝さんがもう1度声をあげようとして、諦めたみたいにうなれる。


罪悪感が、これ以上ないぐらいに俺を襲った。

昨夜の別れ際のことが思い出された。


「育枝…さん」


俺は何とか声を絞り出した。


育枝さんが俺を見て、嬉しそうな顔をする。

そうして、申し訳なさそうな顔に戻った。


気まずい。


蝉がアホみたいに鳴いている。


「「 昨日は! 」」


思い切って口を開いたのが、同時だった。


互いの顔を見て、苦笑。


「俺から言わせてもらいますね。夕べは、申し訳ありませんでした」


頭を下げる。


「育枝さんが気に病んでたってのに、俺は不満をぶつけてしまって…」


頭をあげる。


すると、今度は


「村のみんながすみませんでした」


育枝さんが頭を下げた。


しばらくして、ようやく育枝さんが顔を上げる。


「俺ね、昨日つくづく思ったんです。日本人って、頭を下げ過ぎだよなッて」


「ほんとうに、そうですね」


昨日の俺を見ていたからか。

それとも今まさに頭を下げたからか。


育枝さんが小さく笑う。


「こういう時って、外国人はどうするんでしょうね?」


俺のくだらない疑問に、育枝さんは「そうですね」と悩んでくれて


「ハグでしょうか?」


「ハグ?」


思わず訊き返してしまう。


握手とかじゃなくて、まさかハグとは…。


面白い人だな。


俺は悪戯を思いついて、両腕を迎え入れるみたく広げた。


冗談。


そんなことしませんから!


そんな答えを期待してたんだけど。

育枝さんは、俯いたまま歩を進めて、俺の胸にソッと寄りかかった。


柔らかい。

好い香りがする。


まさかの展開に、てんごうで浮かべていた笑みが強張る。


え?

ええええ!


俺はちょっとの躊躇いの後で、育枝さんをやんわりと抱きしめた。


ハグだから。

あくまでも親愛のハグだから。


蝉がバカみたいに鳴いている。


歯を磨いておいてよかった。なんて、どうしようもないことを考えていた。


「あの…」


育枝さんが絞るように言って、俺は彼女を解放した。


育枝さんは1歩だけ後退さる。俯いたままだけど、耳が真っ赤になっている。

俺も真っ赤になってるだろう。


なんだこれ?


俺だって大学時代はそれなりに遊んだ。5人と付き合ったし、肉体関係だけならもう5人ぐらいは追加できる。もっとも今はフリーだ。勤め人になって忙しくなってから、お互いに連絡が取れなくなって、自然消滅したのだ。


要するに、ほどほどに経験はあるのだ。


なのに、中坊みたいに顔を赤らめている。


ドキドキしていた。


気まずい。

けど、さっきの気まずさとは違う。


言葉にするのも恥ずかしいが、甘酸っぱい気まずさだ。


「ごほん」


と俺は空咳をした。

情けないけど、耐えられなかったんだ。


育枝さんがチラリと俺を見上げる。


その瞬間を逃さなかった。


「ごちそうさま」


俺はニヤリと笑って見せた。


「もう!」


育枝さんが怒ったように照れたように、俺の胸にゲンコをあてる。


それで、気まずい空気は晴れた。


「ところで。育枝さん、俺になんか用が?」


まさか謝るためだけに来たわけじゃないだろう。


でも。この女性ひとなら、あり得るか?


「お腹空いてると思って、お弁当もってきたんです」


育枝さんの視線の先。本堂の短い階段のところにナプキンに包まれた何かが置いてあった。

あれがお弁当なのだろう。


「ありがたい! 実を言うとペコペコだったんですよ」


昨日は昼にナップサックに入れておいたチョコバーを食べったっきりだ。お斎はハブにされたから、料理はひと口も食べられなかったのだ。


さっそく、階段にこしかけて弁当をいただく。


アルミホイルに包まれたおにぎりが3つ。お弁当箱には厚焼き玉子に魚肉ソーセージをタコさんにしたやつだ。


「時間がなかったので」


恥ずかし気に育枝さんは言うけど、たぶん本当は違う。

婆さんやお母さんに見つからないように手早く作らなければならなかったんだろう。

俺にお弁当をつくっているなんて、絶対に叱られるだろうから。


「いただきます!」


他人のつくった料理なんて何時ぶりだろう?


俺がつき合った女の子は誰もが家庭的とは言えなかった。材料費と作る時間とを考えたら、出来合いの総菜を買ったほうがコスト的にはいいのよ。なんて、ネットで聞きかじったようなことを言い訳にするような女の子ばかりだった。


とはいえ、俺だって料理なんてめったにしないから、非難はできなかったけど。


「うまい!」


おにぎりにかぶりついて、思わず言ってしまった。


ただの普通のおにぎりだ。

なのに、今まで食べてきたどんな料理よりも美味しく感じた。


「お上手ですね」


愛想だと思ったのだろう、育枝さんがそんなことを言う。


「いやいや、本音の本気で美味うまいですよ」


あっという間に弁当を食べてしまった。


俺は早食いなほうじゃない。なのにむさぼるみたいに食べてしまった。


下品だとは分かってるけど、指先についた米粒をペロリと舐めとってしまう。


「ご馳走様でした!」


「見ていて気持ちのいいぐらいな食べっぷりでしたよ」


クスクスと育枝さんが笑う。

えくぼができる。


「それだけ育枝さんの料理が美味かったんですよ」


ちょっと手を洗ってきます。と断って、手水ちょうずで手を洗う。


あ~駄目だ。

自覚した。


俺は、育枝さんに惚れてる。


完璧に完全に透きなく惚れてる。


本堂へと戻る。


育枝さんが小さく手を振る。


俺も手を振り返す。


なんだよ、マジで中坊かよ。

心のなかで毒づきながらも、俺はニコニコと満面の笑みだ。


「育枝さんて、その……」


つき合ってる人いるの?


「このあと、暇?」


口から出たのは、そんな言葉だった。


なんてヘタレ。


「ええ、今日は暇ですよ。畑はおばあちゃんが世話して、わたしが勝手をすると叱られますから」


「だったら、バイトしません?」


「バイト…ですか?」


「そ。この寺の土蔵の整理。好きにしていいって裁量をもらってるんで、お宝がみつかったら山分けでどうです? もっとも見つからなかったら…バイト代は無しかもしれませんけどね」


「お金はいただけませんけど、土蔵のなかには興味がありますね。いいですよ、お手伝いします」


「決まった!」


俺はついガッツポーズをしてしまった。


してしまってから年甲斐もないと恥ずかしくなって、育枝さんに背を向ける。


「行きましょうか」


後ろから、忍び笑う誰かさんの声がしていた。

続きは21時に投稿します。

ここまでは、ホラーというよりは恋愛ですね。

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