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呪われ死  作者: 飯屋魚
3/10

03:8月8日

ときの席は婆さん…班目の家でもうけられた。


班目の家は、ひと言でいえば屋敷だ。

高台から望見したときも、この屋敷のことは見ることができたけど、時代錯誤なほどに大層なお屋敷だ。


そう。昔、テレビで見た映画『つ墓村』にあった『多治見たじみてい』。あんな感じだ。


お斎に参加してくれた村人は全員で73人。存外に多い。老人ばかりじゃない。なかには俺よりも若い夫婦や赤ン坊なんかもいて、俺を驚かせた。


つーか。どうやってこんな村で収入を得てるんだ?


挨拶に次ぐ挨拶。ペコペコと頭を下げる。

お世話になったからとお金を村の代表者に渡して、さらにペコペコ頭を互いに下げる。


よく外国の人が日本人の物まねで頭を下げるけれど、その通りだ。

日本人の俺でさえ、辟易へきえきするほどに頭を下げるのだから、他の国の人からしたら奇怪ですらあるだろう。


ようやく料理をいただく段になる頃には、俺は疲れ切ってしまっていた。


「お疲れ様です」


育枝さんがコップにビールをそそいでくれる。


昼間とは打って変わって、ほんのりと薄く化粧をして、畏まった和服を着ていた。


この部屋にはクーラがない、冷房機器といえば扇風機ぐらいだ。たしかに都会とは違って夜になれば暑苦しいということもないけど、それだって暑いものは暑い。


苦しくないんだろうか?


心配になってしまうけど、育枝さんは汗もかいてない。

他にも和装の女性は幾人かいるけども、みんな平気な顔をしている。


慣れ、なんだろうか?


「ありがとうございます」


喉の乾いていた俺は、ひといきに飲み干した。


直ぐに育枝さんが2杯目を満たしてくれる。


「育枝さんは飲まないんですか?」


ひとりで飲むのも申し訳ない。


そう思って訊いたのだけど、育枝さんは困ったように苦笑をした。


「ここは、田舎なんです」


ソッと俺にだけ聞こえるように耳打ちした。


それで俺は気付いた。


育枝さん以外の女たちは、幼い子を除いて、甲斐甲斐しく料理をテーブルに運んでいるのだ。


酒を飲んで、大声で騒ぐ男たち。

いそいそと料理や酒をもってくる女たち。


なるほど、田舎だ。


「してみると育枝さんは、俺の接待係といった感じですか」


「なので、お酒を飲んでたら、みんなに叱られてしまいます」


「すみません、俺なんかのために」


「いえいえ、お勝手と宴席を行ったり来たりするよりは全然楽ですから。むしろ役得やくとくです」


その言い方が可笑しくて、俺は笑ってしまった。

俺が笑えば、つられたみたいに育枝さんも笑う。

やっぱりえくぼが微かにできている。


「お、なんじゃ? もう仲よぉなったんか? さすがは都会もん同士じゃの」


そんな冷やかしが入った。


冷やかした男は「余計なこと言わんとき!」と頭をはたかれて、仲間たちとの談笑に戻っている。


俺はどうにも浮いてしまっていた。

しょせんは、いっときのこと。そんな俺の隔意が伝わってしまっているのだろう、彼等は挨拶こそしてくれたけど、その後は話しかけてはこなかった。


男のせいで、育枝さんと気まずい空気がながれる。


それを吹き飛ばすように、俺は訊いた。


「育枝さんって、この村にずっと居たわけじゃないんですね?」


「大学は県外に行って、卒業したのを機に戻って来たんです」


「なんでまた? 失礼ですけど、女の人なら繁華な暮らしを望むんじゃ?」


「私もそうだったんですけど、いざ大学に行ってみると、街での生活に疲れてしまって」


「合わなかった?」


「まるで時計の針を早回ししてるみたいで」


育枝さんは苦笑する。


「それに、若い頃には気づきませんでしたけど、ココはココで暮らしてみると好いところなんですよ」


「若い頃、て。育枝さん、若いでしょ?」


「う~ん? もう大学を卒業して2年経ちますし、若いってほどでは」


「てことは24?」


育枝さんがコクリとうなずく。


「マジか」と俺はつい素の言葉遣いで驚いてしまった。

「じゃあ、俺とタメですよ」


育枝さんはといえば、でも驚いてはくれなかった。

不満そうに


「マジか、ってことは。私、そんなに年上に見ます?」


てんで斜め上のほうで怒っているようだった。


「いやいや、マジかってのは偶然にも年齢が同じだったからで」


焦って俺は訂正しようとしたのだけど


「な~んて。嘘ですよ」


育枝さんはクスクスと笑った。


今度は俺がぶすくれた顔をする。


それを見て、育枝さんが慌てるけども…。


俺もニッコリと笑って見せた。


「お返しです」


「もう!」


育枝さんが俺の太ももを軽く叩く。


そんなんで俺はドキリとしてしまった。

まったく我がことながら単純だ。彼女と自然消滅してから2年。溜まってるのかな?


「そういえば。剛志さんもお坊さんなんですか?」


「いえ、俺は僧侶じゃないですよ? フツーの一般人です」


「なんじゃ」と男たちのほうから声が上がった。

「あんた、坊さんじゃないのか」


聞き耳を立てていた男たちも、酒や料理を運んでいた女たちも、あからさまにガッカリとしている。


「みんな、剛志さんを次の住職にと望んでいましたから…」


育枝さんが申し訳なげに言う。


話題を変えようとしたのだろう。育枝さんが


「でしたら、今のお勤めは?」


と俺のアキレス腱を斬りに来た。


「あ~……プーです。いろいろとありまして」


タハハ、と情けないのを押し隠して照れ笑いをする。

マジで穴があったら入りたい。

こんなことなら、実家でのんびりしてないで、真面目に就活してればよかった…。


不味いことを訊いてしまったと思ったのだろう、育枝さんが


「こんなご時世ですもの」


と慰めにもならないようなことを言って


「私も似たようなものですから。大学まで行かせてもらっておいて、おばあちゃんの畑を手伝って、お小遣いていどを稼いでるだけですし」


「いやいや、それだって大したものでしょう」


俺なんて小銭程度も稼いでないし。


「というか、畑の作物って村のなかで売ってるんですか?」


こういった小さな村だと、作物は売り買いするよりも無料ただでおすそ分けしてしまうと思うのだけど。


「村では誰も買ってくれませんよ。買うぐらいなら自分で育ててしまいますから」


「なら…まさか街で?」


「ええ、街の野菜販売所におろしてます」


「そりゃー大変ですね」


俺は感嘆してしまった。


「あんな山道を、野菜を担いで行き来してるだなんて」


「え?」


育枝さんが目を丸くしている。


「剛志さん、もしかしてですけど。旧道のほうを使って来たんですか?」


「旧道って……。まさか、他にも道があるんですか?」


「やっぱり知らなかったんですね。旧道とは別に新しい道が3年ぐらい前にひらかれていて、そっちは舗装もされてますし道幅もありますから、車で村まで来れるんですよ」


そういうことなら、若い夫婦なんかが村に居着いてるのも分かる。

足があれば、畑だろうが林業だろうが、できるものな。


「まいった…」


俺は顔を手の平で覆った。


親父に借りたレクサスのカーナビは古い。今どきはネットにつないで自動的に更新するのが当たり前だけど、俺が案内をうけたカーナビはCDで地図を取り込んだら、そのままという仕様なのだ。


そりゃー、3年前に拓かれた道なんて登録されているはずもない。


というか。そんな誰も使わないような道から見知らぬ男が現れたら、婆さんだって不審者を見る目つきをするわけだ。


しかし、だ。

問題はソコじゃない。


「だったら、あの山道を上り下りしなくてもすんだわけですか…」


帰りだって、しんどい山道を辿らなければならないのだ。


「あ~」


と呻いた俺に


「お気の毒さまです」


と育枝さんが苦笑しつつ慰めてくれる。


「育枝」


婆さんが呼んだ。


「はい」


返事して、育枝さんが立ち上がる。


台所の手伝いで呼ばれたのだろうか?

きっと直ぐに戻ってくるだろう。


そう思っていたのだけど、結局、育枝さんが戻ってくることはなかった。


なんとなく分かる。


俺が僧侶じゃなかったからだろう。


村に必要のない人間に、若い女を接待役であてがうのは勿体ない。

そんな感じじゃなかろうか?


俺はたった1人、気まずい思いをしながら、チビチビと手酌でビールを飲んだ。


いちおう主賓なので、場を去るわけにもいかない。


2時間ほど。俺は針のむしろのような思いを味わった。

三々五々、酔っぱらった男たちが家族を引き連れて帰って行く。


そうして1人残された俺は、やっぱり何も言われなかった。


「今晩はありがとうございました。これで失礼します」


と台所で片付けをしていた班目の家族に挨拶をする。


班目の家は、紹介のときに分かったのだけど、婆さんと、その娘と、孫の育枝さんの3人の女手しかないようなのだ。

それで、どうやってこんなに広い屋敷を維持しているのかと驚いたものだ。


振り返った育枝さんが小走りに俺のところまで遣って来る。


「ごめんなさい」


消え入りそうな声で言った。


育枝さんが悪いわけじゃない。


ネットでもよく目にする。田舎の村は大らかなんて幻想だ、真実は排他的なだけだ。

その通りだっただけのこと。


そう思ってはいても。

俺は取り成すような言葉のひとつも育枝さんにかけなかった。


黙って、きびすを返し、班目の屋敷をあとにした。


クタクタだったから。

しこたま酔っていたから。


言い訳を心のなかでする。


けど、本音をいえば。

人の好い育枝さんに罪悪感を植え付けて、俺はちょっと満足していたのだ。


「ガキみてーだ」


吐き捨てた言葉は、くさむらからあふれる虫の音に掻き消された。

続きは20時に投稿します

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