10:8月17日
これで、お終い。
「親父…?」
ライトに照らされたのは親父だった。
室賀健太。
間違いなく、俺の親父だ。
「どうしてココに?」
「最後の仕上げをしにな」
「はぁ?」
何をわけのわからんことを。
その軽口は、けど口から出なかった。
親父が包丁を手にしていたのが分かったからだ。
俺も、大島さんも、動けなかった。
ビビってた。というよりも、現実味がなかった。
親父が歩みを進めて、無造作に包丁を差し出して、大島さんの腹に突き立てる。
大島さんと俺は、不思議なものでも見るみたいに包丁を見て。
「げふ」
血を吐いて、大島さんが倒れた。
「親父!」
それで、ようやくに俺は現実感を取り戻したけど、包丁をもった親父と相対して身動きのひとつもできなかった。
「あ、あんた。憑かれてるね」
大島さんが親父を見上げながら言う。
親父は答えることなく、俺に振り返った。
「その人の言ったことは間違ってない。封印は完璧じゃなかった」
親父は滔々(とうとう)と自慢でもするみたいに話して聞かせた。
10人のうちの1人。班目の娘は未通女ではなかったのだ。
それどころか、腹に子を孕んでいた。
「10人の娘をイケニエに捧げるよう言った当時の住職の息子、そいつと出来ていたのさ」
愛する女。
待望していた赤ン坊。
両方を失った息子は恨んだ。
息子は、父親を崖から突き落として殺した。
しかし、それだけでは治まらない。
「息子の恨みは、白蛇に取り込まれた班目の娘の恨みと共鳴し、以来、室賀の家には代々に渡って白蛇の恨みが作用するようになったのだ」
これは室賀だけではかなった。
同じく、班目の家に生まれた娘にも恨みが作用した。
室賀と班目に作用した恨み。
その効果は。
「室賀の男と、班目の女は、魅かれ合う」
しかし幸いかな。
室賀には女ばかりが産まれたし、班目には男ばかりが産まれて、白蛇の呪いが効果をあらわすことはなかった。
「運命が働いたのは、オレの親父の時だ。ここで死んだ康介の時だ」
康介は、班目の女と密通したのだ。
子を産ませたのだ。
「それが、みどり。お前の母親だ」
「はぁ? 俺の母さんは居なくなったって…」
「嘘だよ、方便ってやつだ」
みどりは班目の家で班目の娘として育てられた。
そうして白蛇の呪いが作用する。
みどりと。
「オレは」
健太は。
魅かれ合った。
「だ、って……それって……」
父親が一緒の、いわば兄妹だった。
「もっともオレとみどりは知ってたがな」
健太とみどりは、共に霊感をもっていた。
白蛇の呪いが作用した結果だろうか? 特に、みどりは強かった。
「幼い頃から、オレは白蛇さまと10人の娘の呪詛を耳にしてた」
憑かれてる。
大島さんの言葉がよみがえった。
「オレとみどりは、密かに体を重ねた」
それで、と親父は嬉しそうに
「みどりは妊娠した。4つ子を産んだ」
俺を見て
「ひとりは丈志。もうひとりが剛志、お前だ」
言ったのだ。
「3人目が女でまどか、4人目が育枝だ」
「な、にを」
言って…。
「白蛇さまの封印を破るには、穢れた男女が交わって、更に穢れた肉を孕まねばならん」
4年前。
丈志とまどかは、上手く事が運んだ。
しかし、丈志とまどかは共に霊感が強かった。
白蛇さまの封印を解くカギが自分たちだと気付いたのだろう。
「あの2人は、無理心中をして、運命から逃げた」
その点
「お前は」
よくやった。
「実の」
兄妹で
「契って」
くれたのだからな。
親父の言葉がうまく頭にはいらない。
なんだよ、それ?
まさか、俺をこの村に寄越したのは計画の内だったのか?
育枝さんと俺が?
血のつながった兄妹だっていうのか?
「仕上げだ」
親父だった奴が、包丁を振り上げる。
「なんだ、これ」
俺の口から諦観がもれる。
「あきらめるな!」
大島さんだった!
「こんなことで絶望するな!」
大島さんが、親父に抱き着いていた。
「どけ!」
大島さんが何度も何度も刺される。
大島さんが、俺を見据える。
「負けるな!」
そう言われた気がした。
俺は気付けば、掛け軸のはいっていた箱を手にして、親父の頭に振り下ろしていた。
親父が大島さんにしたみたいに、何度も何度も振り下ろす。
やがて。
親父は動かなくなっていた。
フーフーと乱れた呼吸の音だけが蔵にある。
俺は大島さんの開かれたままの瞼を閉じると、包丁をもって、階下に降りた。
「育枝さん」
班目の屋敷に向かう。
月がまぶしいほどの夜だった。
月に照らされて影を落としながら、俺は歩く。
屋敷の前には、育枝さんの母親……いいや。
みどりさんが佇んでいた。
「育枝さんに会わせてくれますか?」
「来なさい」
みどりさんが背を返す。
俺はそのあとを追った。
廊下に婆さんが転がっていた。
死んでいた。
「母さんは、結局、わたしと健太さんのことを許してくれなかったから」
みどりさんが言う。
「ここよ」
襖を開く。
「剛志さん…」
育枝さんは布団に仰向けに寝ていた。
俺を見るなり、嬉しそうな顔をする。
俺は、育枝さんの頭の横に膝をついた。
「1人にして、ごめん。迎えに来たよ」
「待ってた」
育枝さんの腹は、膨らんでいた。
妊娠しているのだ。
あのひと晩の契りで。
たった1週間で、産まれそうになるほどに腹が膨らんでいる。
気味が悪い?
そんなことがあるはずない。
俺と、育枝さんとの、子供なのだ。
俺は育枝さんにキスをした。
顔を離すと、育枝さんは顔を真っ赤にしていた。
「その腹の子は夜明けとともに生まれます。生まれたら、白蛇さまの呪いは成就します」
みどりさんが言う。
「成就したのなら、この国で産まれる赤ん坊は1日に1000人になるでしょう」
ふと思い浮かんだのは、イザナギとイザナミの黄泉平坂での遣り取り。
イザナミは言った。
この国の人間を毎日1000人殺しましょう。
イザナギは言った。
それなら毎日1500人産まれるようにしよう。
「あとは、あなた達の好きなようになさい」
みどりさんは去って行った。
「母さん」
俺は最後に呼びかけた。
みどりさんが俺を見る。
育枝さんを見る。
微かに笑って。
母さんは行ってしまった。
おそらく、親父のところに行くのだろう。
「育枝さん。俺、もう君を離さないよ」
「わたしも。剛志さんを離したくない」
「ならさ。俺と、育枝さんと、子供は、ず~と一緒だ」
「うん、ずっと一緒だね」
愛しているから。
この気持ちが、白蛇の呪いだとしても。
本心から愛しているから。
俺は。
育枝さんを。
終わった!
なんだか、わちゃわちゃしてしまいました。
もっと時間かけて書きたかった。
というか、1話から5話までは丁寧に書きすぎて逆に冗長だったかも。
でも、剛志と育枝の魅かれ合う様子は必要だったので。
これでいいのだ!
え? 最後はどうなったのかって?
それは、あたなの解釈次第ということで。




