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第2話

  スワロとの仕事へ向かう前に、私はとある屋敷へ来ていた。ある住宅街から離れた場所、手入れされた広い庭、中庭の噴水の音がこちらにまで聞こえてくるほど人気のない、緑に囲まれたぽつんとそびえ立つ大きな屋敷だ。このような言い方をするとまるで廃墟のように思われるだろうが、表札も出ているし、ちゃんと人が住んでいる。人でないものも住んでいる。この屋敷は彼らだけではまだ余りあるほど広く、それがこのような廃墟にも似た雰囲気を醸し出している。住人が少ないせいもあるし、屋敷が広すぎるせいもある。屋敷の大きさは権威の大きさ……先代たちは少々気位の高い者が多かった、と現当主が言っていた。

  門から扉までの少し長い道を歩き、重厚感に溢れる年季の入った木製の扉の前に立つ。チャイムやドアホンのようなものは取り付けられておらず、金のドアノブと、不埒な行為は決して許さないとばかりに訪問者を睨めつける金の獅子の首が2つ、重そうな輪をくわえているのが存在している。ふたつとも丁寧に細工が施されており、触れるのを躊躇してしまうほど一目見て価値のあるものだと分かる。この戸を叩けるのはこちらを噛み殺さんとする獅子の牙元に手を差し出す勇気を持つ者のみだ。

  ごんごんと重い金属が木を叩く音が響く。扉から一歩離れ、屋敷の者が出てくるまでそれを観察してみる。これまた丁寧に彫られている。これは……塔だろうか。木々に囲まれている。よく見ると塔の窓から月が覗いているのが見えた。月光と思われる線を辿っていくと、塔の下に人がいる。一体何を表現しているのだろうか。残念ながら私には理解ができなかった。芸術とは、かくも難解なものである。だがそこに人は芸術性を見出すのだろう。


「はーい!こんにち……凪さん!真火香さんにご用ですか?今書斎にいますよー!」


  突然開いた扉から飛び出してきたのは、元気な桃色ツインテールの女性。その足は地に着いておらず、浮遊する水に包まれた魚の尾。伝説上にも童話上にも語られる人魚という存在だ。彼女はある事件がきっかけで帰れなくなった野良犬で、現在は使い魔という形で魔法王室に認められておりもう野良犬と呼ぶには相応しくない。


「やあ、こんにち凪だよ。その通り真火香に用があってね。入ってもいいかい、マリー」

「えへへもちろんです!あ、ちゃんと私が案内しますね!」


  豊かな胸を張って得意げに笑顔を見せるマリー。そうも胸を張られると視線がそちらに移ってしまうが、そんなことを悟らせるほど私は甘くない。紳士的な笑顔で自然に誤魔化す。スワロのアレはわざとであって彼も普段は上手く誤魔化しているはずだ。多分。

  人気のない長い廊下をマリーと歩いていく。明るく元気な彼女が住人に加わったとはいえ、やはりそれでもまだ足りないのだ。

  やがて通り過ぎていった部屋の扉たちとはデザインの違うものが見えてくる。他のものより一際凝ったデザインの扉が守る一室。当主のための書斎。中へ入ると、奥にある大きな机の前に座っている人物がペンを置く姿が見える。白銀の瞳が印象的な、この屋敷の現当主。


「やあ凪。こんにちは。今日は、どうしたのかな」


  一柳木いちやなき真火香まほか。ここの若き当主であり、魔法使いの最高位である公爵の地位にある女性だ。その実力は誰もが認めざるを得ないほど。伝統にこだわり若い者に厳しいご老人方ですら黙り込む、と言えば伝わるだろうか。そんな人物とただの平騎士である自分がこうも気軽に会えるのは、お互いが身分をあまり気にしない性格だからだろう。


「こんにちは真火香。今日はおまじないを頼みにね」

「私にかい?珍しいね、今回は相当厄介な相手なのかな」


  真火香にすすめられて応接用のソファに座ると、彼女も向かいに座る。ほどなくして彼女の使い魔であるルディがお茶とお菓子を用意してくれた。明るく元気なマリーとは違って穏やかでサッパリとしたルディは、私が口説いた時も動揺ひとつ見せなかった。初回時に真火香を口説いた時は読めない笑顔でかわされたし、なかなか手厳しい主従だ。その中で分かりやすく反応してくれたマリーは実に可愛かった。

  今思えば真火香の方は、軽いあいさつ程度の口説き文句なんて他の貴族との交流で死ぬほど言われ慣れているのだろう。私はそういう場に出ることがないので気づくのが遅れてしまった。こういうところが雑把ざっぱだと言われてしまう所なのかもしれない。


「久しぶりの対人戦でな。まあ問題ないとは思うけれど、念のためにってやつだ」

「へえ、てことは単独の仕事じゃないんだね」


  クッキーを味わいながら真火香が笑う。彼女と目を合わせるのはあまり得意ではない。どこまでも見透かされてしまいそうなのだ。少々大げさだが、私の知らない未来の先まで見られているような気分になる。それでいてこちらには何も読ませない。目力というものだろうか。


「それで、どんなおまじないが希望かな」


  魔導騎士は度々魔法使いにちょっとしたおまじないを頼む。人外のものばかり相手にするが、私たちは人間であり、どうしても力の差が出てしまうことがある。武器に魔力を流し込むことである程度埋められるが、限界がある。それを埋めるために頼む。

  魔導騎士は魔法使いのように器用で繊細な力の使い方ができないので、おまじないや武器の修理を依頼する。魔法使いは魔導騎士のように攻撃のため一気に魔力を放出することができないので、代わりに戦闘をこなす。魔法使いと魔導騎士はずっとこうした関係を保ってきた。


「そうだな……。そうだ、ひとつやってみたいことがある」


  希望を聞いた真火香はきょとんとしてティーカップを口元に運ぶ手が止まった。


「……え?君ならそれくらいできそうなのに、本当にそれでいいのかい?」

「ああ」

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