第1話
皆さんが気になったことはある恋愛を詰め込んだお話です。学校の先生と恋に落ち、裏切られ、夜の世界の人として生き、夜の世界の人と恋に落ちる女の子のお話ですが、
今回は幼少期のお話から、どうぞ。
知世の母親は父親がいない時にのみ暴力を振るった。知世の母親は、専業主婦であったため、母親との時間の方が長く、知世は父親が帰ってくる事を毎日心待ちにしていた。
______…早くお父さん帰って来ないかな……。
だが、父は帰ってきたら帰ってきたで、私にはあまり話しかけなかった。
それもそうだろう、父が私に話しかけてくると、決まって母が、「話しかけるんじゃない!」と圧力をかけているのだから。
______お父さんとお母さんはいっぱいお話してるのになんで知世はダメなんだろう…?
きっと大人の話で忙しいからなんだろうな…。
いい子にしてないと今度は、お母さんとお父さんの2人から怒られちゃうよね…。
私は何もすることがないので、ぬいぐるみで遊ぶか、テレビを見て過ごすだけ。
ご飯の時間も、私と両親の間に会話はない。
私が話そうとすると必ず父が、
「とも、ご飯中だぞ。」
幼稚園児の小さい私にとってはそれが普通だ。
_____そうか、みんなお家はわいわいする所じゃないから、幼稚園でわいわいしてるんだ。
家でお母さんは遊んでくれない。
お父さんは、お母さんの機嫌がいい時にしか遊んでくれない。
大人って遊ばないんだなぁ…。
幼いながらに思っていた。
騒がなければ、隠し事をしなければ、人から貰ったものを食べたりしなきゃ、怒られない。
そんなの普通だもんね。テレビでやってたもん。それくらい知世にだってわかる。
幼稚園を卒業して小学生になった時、知世は自分の親が普通よりも厳しいことを知った。
小学生になって初めてのテストだった。
勉強には厳しい母親だったのでもちろん知世は勉強してテストに挑んだ。覚えたてのひらがなとカタカナ、数字を使って答案を埋めた。
「テストどうだった?」
母親に聞かれた知世は自信満々に答えた。
「うん!大丈夫!知世ね、国語も算数もちゃんと全部書いたんだよ!」
「そう」
そう言って母親は家事の続きを始める。
_____きっと、知世がいい子にしていて、それでテストもいい点数取ったらお母さんもっと怒らなくなる…!!
母親の家事をする音を聞きながら、机に向かう知世はそう信じ、テストが返ってくるのが待ち遠しかった。
1週間ほど経って、算数の初めてのテストの答案が返却された。
わくわくしてテスト返却されたテストを見ると、点数は95点。100点でなかったことに残念な気持ちを隠しきれない知世だったが、間違った回答を見ると、それは足し算と引き算の見間違いによる計算ミスであった。
周りには100点の子もいたが、一つの間違いだけで済んで、その上、間違いにすぐ気づけた知世は自分を誇らしく思った。
______なんで間違ったのかわかったし、1問しか間違ってない!!お母さんに褒めてもらえる…!
知世はその日家が待ち遠しくてしょうがなかった。
学校が終わると急いで家に帰った。知世は母親に褒めて貰いたくてつい大きな声で、
「ただいまぁーっ!」
「うるさいっ!静かに帰ってこれないのっ!?調子に乗るんじゃない!!!」
「ごめんなさい…。」
早速母親の機嫌を損ねてしまった。
どうやら母親は寝ていたようだったが、起き上がり、和室に移動し座る。
「テスト返ってきたの。」
自信満々に知世が言いながら、少し急ぎながら母親の後に続き和室に向かう。
「出しなさい。」
やっと褒めてもらえる、知世はわくわくしながら母親の前に座り、買って貰ったばかりのランドセルからテストを出し、母親に見せた。
「…95点っっ!!!」
母親が大声を出したので、知世は反射で思わずビックっと身体が跳ねる。きっと思ったよりも点数が高くて驚いたんだな、知世が嬉しくなった瞬間だった。
バチンッ。
何が起こったのかわからなかったが、頭がじんじん熱いのが伝わった。
________あれ…?
知世はきょとんとして母親を見つめた。その顔は怒りに満ち、身体をわなわなと震わせていた。
「何とぼけた顔してんだっ!!」
バチンッ。
間髪入れずに二発目のビンタが頬を熱くさせた。
知世の目は身体が震えるのと同時に涙を流していた。痛みと混乱で涙が止まらない。どうして怒られているのか、必死にまだ小さい知世の頭で考えるが、母親はそんな暇すら与えず、今度は拳で知世の顔を殴った。
「なんで間違った!?言いなさいっっ!」
これ以上痛い思いをしたくなくて、知世は正直に話す。
「…足し算と引き算見間違っちゃったから……。」
バチンッ
「なんでこんな問題もわからないのっ!!」
バチンッ
父親が帰ってくるまで母親は知世への暴力は止むことはなかった。
______どうして一つ間違っただけでこんなに怒られるの…?テレビでみんなすごいって言う点数だったのに…!
悲しくて、痛くて、辛い…。小さい知世にはあまりにも長い苦痛の時間だった。
____どうして?なんで?こんなにみんな怒られるものなのかな…?こんなに叩かれたら身体壊れちゃうよ、お母さん……。知世の事そんなに嫌い…?
知世はもうどこが痛くて、どこが殴られているのかわからなかった。身体中が痛い。泣きすぎて息が詰まるのか、殴られて息がしにくいのかわからない。
次の日から数日間、知世の顔は腫れていた。母親の言う通りに学校に行かず、風邪を引いたという理由を使って休んだ。
「顔治ったら行きな。」
知世も納得していた。
____これは隠さなきゃいけない事なんだ。知られたら恥ずかしいんだ…。
そう認識していた。
知世は100点を取ることも多々あった。100点で褒められることはなかったが、100点以外の点数は母親に許されることはなかった。
勉強の時間が短い、と母親から叱るという名の暴力を受け、食事中の正座を崩したという前日の事を怒られた。中でも知世が一番辛かったのは、学校の1日何があったのかを母親に話す時だった。
差して代わり映えのない学校生活。知世が変わったことと言ってクラスの子の話をしても叱られた。「そんなことを聞いていない」と。じゃあ一体何を話せば母親は納得するのか。わからないまま、母親の暴力のない日はなかった。
そんな知世が唯一心が落ち着くのはぬいぐるみと遊んでいる時だった。お気に入りの大きいうさぎのぬいぐるみを抱きしめ、話しかける。辛い時に傍にいてくれるのは知世にとっては叔母から貰った、うさぎのぬいぐるみだけだった。
ふわふわで優しい毛並みと触り心地。
自分を突き放したり、嫌がったりしない、大きな声で怖がらせない、嫌なことなんて絶対言わない存在。
辛い時一緒にいてくれて、ほっとさせてくれる友達。
「ここから逃げたいよね。うさちゃん助けて…。」
母親に聞こえないような小声でまず、泣きながらそう話しかけるのが知世の日課だった。
「私が一緒にいてあげるから…いつか一緒にここを出よう。」
そう言ってくれている気がして知世は心強かった。
知世は友達と学校帰りに遊ぶことはなかった。
母親に遊びたいと言えなかったからだ。
家に帰って怒られない様に学校の話をし、怒られ、泣き、父親が帰ってきて、勉強をする。テレビを見るかぬいぐるみと遊ぶか本を読む。知世の日常はそれだけだった。