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第1話

1.


 むかしむかし、遥か遠い昔。世界がこの果ての地へと至るよりも、ずっと前のこと。

 どこか遠い別の世界で、戦いがあった。

 遥か宇宙(そら)から墜ちてきた天使と、人と、物質に命を与える剣を手にした者達の戦い。

 それは、この地に生まれ生きる私には関係のないこと。

 そのはず、だったのに。

 ―――これは、私の小さかったはずの世界に起きた、戦いの物語。




2.


 授業中、私は何となく窓の外を眺める。

 スぺシム島。少し前までは特に見る所もない片田舎だったこの島は、けれど今はちょっとした賑わいを見せている。

 視線の先、島の中央に位置する山々の端に少し見える大きな建物。

 ―――スペースカタパルト。

 莫大なクリスタルのエネルギーを使い宇宙船を撃ち出す為の施設だ。

 禍風事件。およそ100年前に起きた、《アーク》の歴史の中でも特別に大きい事件からの復興も終わり、それなりの平穏が訪れている。

 そんな中で持ち上がったのが、未だ到達していない遥か宇宙への更なる進出を目指す計画。

 この島はその計画の一端を担っていた。

 今日もまた、何時間か前にこの景色の中新しい宇宙船が飛び立っていった。

 そのおかげで、昔―――私がまだ生まれてなかった頃―――と比べて商業施設なんかも沢山増えていた。

「宇宙、か……」

 私はポツリと小さく呟く。

 ずっと昔、《アーク》に至るよりも更に前から宇宙コロニーなんかはあったのけど。

 私自身は行ったことはない。そもそも一番一番下の妹が生まれるまでお母さんの出身の世界にいたから当然の話だ。

 そして、これからも行くような予定もない。行こうと思えば行けるのだけど、私の中では、未だに宇宙は遠い遠い、少しの憧れを抱く場所だった。

「……ヘイズルや、私の授業でよく長々とよそ見できるもんだねえ……?」

ふと気づけば、担任のマリナ先生がこめかみをひくひくとさせながら傍に立っていた。

「えと、これはその……」

 しどろもどろに私は答えようとする。

「問答無用。バツとして授業終わったら荷物運びしてもらおうかい」

「はーい……」



*   *   *



「疲れた……」

 資料室に最後の荷物を運び終えて、私ははぁ、と一息吐く。

「お疲れさん。懲りたらせめてアタイの授業ぐらいちゃんと受けることさね」

「……注意します」

「まあアタイとしちゃ手伝い頼む理由できるからいいんだけどね」

 いや、それはどうなのだろうかと内心ツッコミを入れる。

「まあ、お疲れさん。次の授業、遅れんじゃないよ?」

「はーい」

 マリナ先生と分かれた直後、一人の女の子が私の方へ駆け寄ってくる。

 私と同じ褐色肌と、同じくふわふわの―――けれど白髪の私と違って黒髪の―――女の子。

 私の双子の妹、インレ。

「ヘイズルお姉ちゃん、また授業中よそ見してたでしょ」

「ははは、バレちゃった?」

「まったくもう……。ほら、教室戻るよ」

(なんか、インレがお姉ちゃんみたいだなぁ……)

 そう思いつつも、一緒に歩いていく。

「あれ……」

 その途中、とある部屋から廊下に沢山の女生徒が溢れていて通れなくなっていた。

 確か空き教室、だったと思うが、『オカルト研究会仮部室』なんて張り紙がされてるのが見える。

「なんだろ?」

「多分、ヌル先輩が占いやってるんじゃないかなあ」

 インレの言葉にを傾げる。

 ヌル。知らない名前。

「お姉ちゃん、知らないの? 3年生の先輩に、よく当たる占いできる人がいるの」

「……初耳」

 意外、とインレが驚く。

「お姉ちゃん、そういうの好きそうなのに」

「私は占いは専門外というか……《アーク》で占いって言われても」

 《アーク》。全ての世界が最後に至る終わりの地。

 終わり続け、同時に始まり続け、未来もなく、過去もなく、真に永久に在り続ける果ての地。

 ……そんな場所で占いと言われても、なんだかしっくりこなかった。

「ほら、そろそろ授業が始まるよ。散った散った」

 えー、という声を上げる女生徒達を、一人の男子生徒が追い返していく。

 ―――綺麗な人、だと思った。

 長い黒髪を後ろで一本に纏めた、左目にモノクルを付けている。

 けれど同時に、少し怖い印象を受ける。

 なんだか、こちらを見ていないのに、見られているような感覚がしたから。

「おっと、通行の邪魔になってしまったようだね。すまない、お嬢さん方」

 女生徒達を追い払い終えたヌルという先輩は私達に気付くと、少し仰々しく頭を下げる。

「いえ、少し待っただけです」

「そうか。どうかな、お詫びに少し占ってあげようか」

 そう言ってヌル先輩は懐から何かのケース―――多分、タロットカードか何か―――を取り出す。

「人気の占い……ちょっと気になる……」

「インレ。もうすぐ授業だって」

 興味深そうにするインレに軽くひじ打ちする。

 本当は、できるだけ早く立ち去りたいと思ったから。

「すみません、そういうことで」

「ああ、気が向いたらおいで。優先して占ってあげよう」

 私は一礼して、彼の横をインレの手を引いて通り抜ける。


「―――占うまでもなさそうだけどね。夢語りの姫君」


 私達の後ろ姿に向けられた小さな呟きは、私達の耳には届かなかった。



*   *   * 



 そして、また幾つかの授業を終えて、放課後。

 私の席の周りに、友人が何人か集まって、椅子を並べる。

「ヘイズル、また今日もいつもの、お願い」

「うん、いいよ。今日のお話は―――」

 ―――私の席の上に、水のように流動する紺色の光が現れる。

 私の力。思い描いたカタチを具現化する『幻想』の異能。

 そして、机の上に現れるたのは、おとぎ話の登場人物たち。

「―――ピーターパン。さて舞台は異なる世界、第一幕は―――」

 これが私のよくある放課後の光景。私の力で作る、小さな演劇。

 自慢じゃないけど、私の声は綺麗な方……だと思う。

 歌にも自信はある。

 だから、よく友達から頼まれて、何日かに1回、こうして劇を開いている

 机の上では私の語りに合わせて舞い踊る数々の登場人物たち。

 ただでさえ小さい『幻想』を自由自在に動かすのは大変なのに、それに上手く語りを入れながらやるのはもっと大変だけど。

 好き。誰かをこうして楽しませて、私も楽しめるのは。

 なにより今回のお話は私も好きなお話だったから、自然に熱が入る。

 ―――本当は戦う為の力。もちろん私もその術は持っているけれども、こういう使い方の方が性に合っている。

 小さい頃から、ずっと。インレやお姉ちゃん達にも、こうして。

 寂しい時や悲しい時にはこの子達に寄り添ってもらって。

 ずっと、過ごしてきた。

 そして、物語はクライマックスを迎えて。

「さて、今日の物語はこれでおしまい。奇しくも今日は星降る夜、夜空を見上げてみればあ、なたの旅がはじまるかもしれません」

 私なりの結びの言葉を加えて、一礼。

 ―――一緒になって、机の上に現れたさっきまでの物語の登場人物よりも人周り大きい妖精もまた一礼をする。

 ティンカー・ベル。これまでとは違って、12体定めた戦闘にも使える―――とはいえ、戦闘行為に使われるとも限らないけど―――『幻想』だった。

 響く鈴の音。私には意味がわかるけど、多分、他の人には音通りにしか聞こえないはず。

 友人達の拍手に加えて、後から来て少し離れたところから見ていたインレの拍手も聞こえる。

「インレ、待っててくれたんだ」

「うん。一緒に帰ろ、お姉ちゃん」

 私は急いで荷物をまとめると、友人達にまた明日と告げて、インレと一緒に家路につく。

「お姉ちゃん、さっきも言ってたけど今晩って流星群が見れるんだっけ?」

「うん。だから屋根に上って見ようかなって。インレは?」

「私はいいや。明日ちょっと早く家出るし」

「そっか。あ、そうそう。ちょっと寄り道してこう。おいしいクレープ屋さんあるんだって」

 ―――そんな、寄り道しつつ取り留めのない話をしながら。

 気付けばもう、家の前。

 ちょっと大きい家は、7人家族の為にお父さんが少し頑張った賜物。

 ただいま、とインレと一緒に元気よく言うと、リビングから小さい影が飛び出してくる。

「ヘイズルおねえちゃん、インレおねえちゃん、おかえりなさい!」

 と、私に抱き付いてくる小さな女の子。

「ただいまリトル。いい子にしてた?」

「はい!」

「……お姉ちゃんよりはいい子に違いないなー」

「うぅ……」

 リトル。私達の一番末の妹。まだ小学校に入ったばかり。

 勿論、リトルというのは本当の名前じゃない。私達が呼ぶ愛称だ。

 ハイゼンスレイ。それが本当の名前。

 私達と違って、雪のように待っ白な肌。一つ上のアウスラお姉ちゃんの肌も白いけど、それ以上に。

 お母さんは同じ褐色色の肌で、お父さんが多少白い方だから、多分2人はお父さんに似たんだろう。

 それでもここまで極端な白さになっているのは、きっと私達が「純粋な人間」じゃないから。

 インレがリトルを抱き上げて、一緒にリビングに入る。

「お帰りなさい、二人とも」

 キッチンで料理をしていたお母さんが振り返る。

 お母さん。フリス・L・アライラー。

 昔はとても強い『ハンター』だったみたいだけど、今はこうして専業主婦をしている。

 ハンター。地下に広がる異空間『フィールド』で半機械半生物の殺戮装置―――リーパーを狩り、その動力源であるクリスタルを持ち帰る、この世界の職業。

 この世界出身の人はリーパーと戦う為の力を持っているけれど、お母さんはまた別。かといって、私みたいな力とも少し違う。

 ―――お母さんは幻想存在と呼ばれる存在だ。

 人の夢見。人が太陽に見出した女神さまのカタチの一つ。それが私達のお母さん。

 ……なんて言うけど、お母さんが言うにはお母さんは「薄い」そうだ。

 幻想存在の血も流れた両親から生まれた、たまたま幻想存在の血が濃かったお母さんにその権能があっただけ、だとか。

 ―――本当かどうかはわからないけど。

 そして私達にもその血は流れている。インレとアウスラお姉ちゃんの肌の色も、多分それが理由。

「ただいま、お母さん。お姉ちゃん達は?」

「今日は帰るの遅くなるそうよ。中々いい稼ぎができたから、盛大に打ち上げしてくるって言ってたわ」

「おみやげもかってくるっていってました!」

 インレに抱っこされたままのリトルが元気よく言う。

 一つ上のアウスラお姉ちゃんと一番上のラーお姉ちゃんはハンターだ。

 まだまだ駆け出しではあるけれど、大学に行きながら少しずつ実力を伸ばしていっているらしい。

「……ラー姐のことだから、打ち上げはともかくお土産で自分の取り分全部使って帰ってきそう……」

「はは……」

 私の家系、特にお父さんの方はハンターの血筋と言ってもいいぐらいハンターが多い。

 お父さんも現役ハンターだ。昔はお母さんと一緒にやっていたみたいだけど、一番上のお姉ちゃんが生まれてからは普段1人で世界中を飛び回って仕事をしている。

 けれども、私とインレは……多分、縁はないだろう。二人とも、荒事が嫌いな性質だった。

「そうそうヘイズル。今日は流星群見るのでしょう?」

「うん」

「ならお風呂沸いてるから、先に入ったらどう? あまり直前に入ると湯冷めしちゃうわよ」

「わかった」

「それじゃあお姉ちゃんの背中は私が……」

 リトルを降ろしたインレがニヤニヤしながら手をわきわきとさせて迫ってくる。

「きょ、今日は遠慮しようかなー……」

 インレとお風呂に入るのは嫌いじゃないけど、その、手つきがちょっと……やらしい。

「ちぇー。じゃあリトル、今日はお姉ちゃんと入りましょうねー」

「はーい!」

 拗ねたようにまたリトルを抱っこするインレと、無邪気にはしゃぐリトル。

 ―――これが、私達の日常。

 お姉ちゃん2人は今いないけど、大体はこんな感じだ。

 そして、明日からも。あと何年かは続いていく日常だ。

 ―――そう、思っていたのだけれど。




3.


「―――こちらプロキオン12号より定時連絡。現時点で異常はなし。安定して航海を進めています」

『こちらスぺシム島スペースセンター、了解した。まあ、数日間は開拓済みの航路だ。油断はできんが、まあリラックスしてくれ』

「あいよ。……しかし流星群が接近しているようだが、そちらは大丈夫なのか?」

『飛んでくる方向が違うからな。それに最新鋭のシールド付きの機体だ、そうそう破壊させたりはしないさ』

「……あんまりフラグを立てないでくれよ」

『そうだな。それじゃあ、健闘を祈る』

「プロキオン12号、了解」

 ―――プロキオン12号。本日スぺシム島より打ち上げられた有人探査船。

 探査船、とはいうものの、具体的にどこを探査するかなどといった目的は課せられていない。

 今回の航海は「とりあえず行ける所まで行き、そして帰ってくる」こと。

 曖昧な目的ではあるが、より正確に言えば「その程度の感覚の航海で現状どこまで安定して進めるのか」を計るものである。

 別段アークでは資源に困ることも人口に困ることもない。この宇宙開拓に求められてるのは気楽さと確実さだ。

「ああ言ってますけど、本当に大丈夫ですかねえ」

 操縦席に座る2人の男の一人、副機長が愚痴る。

「少なくとも特S級の『フィールド』よりは安全だろう。怖気づいたなら船を降りてもいいぞ。死にはするが、まあ明日には地球で復活できるだろう」

「だったら進んで事故起こすのと一緒でしょう……何より俺だって志願して来てるんですから」

 この《アーク》に"完全な死"は存在しない。

 一時的に死にこそすれど、しばらくすれば復活する。

 だからといって、死に対する抵抗がなくなるかといえば、少なくともこの世界では逆だ。

 大勢が"死の感覚"を知るからこそ、現世以上に忌避される傾向にあった。

「冗談だよ……ん?」

 機内に、軽い警告音が鳴る。

「進路上に小惑星群みたいですね。このまま進んでも直撃はしないみたいですが、一応破壊しますか?」

「念の為回避しておこうか。……!?」

 ―――彼方に見えた光景に、機長が絶句する。

「な、なんですかアレ!?」

「知らん! だが、似た物は知っている―――スペースセンター! 地球に接近するものがある! 天s―――」

 機長の叫びを乗せた通信は、閃光と共に途切れた。



*   *   *



 ―――流石に、少し冷えるなあ。

 家の屋根に上ったヘイズルは、持って来ていたタオルケットをより強く体に巻きつける。

「おいで、『ヘイズル』」

 ヘイズルが声をかけると、ヘイズルの膝の上に集まった紺色の光が形と色を変え、茶の毛色のウサギが現れる。

 ヘイズル。彼女と同じ名前を持つ、童話の主人公。

 幼い頃に存在を知り、明確にカタチを持たせた『幻想』だった。

 今では"もしも"に備えて戦闘用の権能も持たせているけれども、普段は、こうして。

「あったかいなぁ」

 抱いて温もりを得るのがもっぱらの用途だった。

「あ……」

 見上げた空に、ヘイズルは一つ目の流れ星を見つける。

 その後は、1つ、2つ。

 ぽつぽつと、流れ星が視界に飛び込んでくる。

「綺麗……」

 流れ星に願った夢は叶う、というけれど。

 こんな光景を見れば、そんな感傷も抱くだろう。

 けれども、ヘイズルは願う程の夢は持っていなかったし、この光景にそんな無粋なこともいらないと思っていた。

 代わりに、右手を夜空に向けて伸ばす。

 届かなくていい、けれど、少しでもあの星の綺麗さに近づきたい、ただその為に。

 ただ星に想いを馳せた行動。叶う必要などない、その程度、だったのに。

「……?」

 流れ星の中に、妙に明るいものが、3つ、4つ。

 色も変だし、他の流れ星よりも大きい。

(なんだろ……)

 疑問に思った、その時。

「え―――」

 怪しく光る星の一つが、私に。

 一直線に―――。

 向かってきて―――。



4.


「――――――!?」

 ……ベッドから跳ね起きる。

 窓からは既に朝日が差し込んでいる。

 なに、何が起きたの?

 記憶の整理がつかなくて、私は混乱する。

 確か、流星群を見てたら……

「っ!」

 そうだ。

 途中から変な流れ星が流れるようになって、その一つが、私に飛んできて。

 ……そこからの記憶がない。

 いつの間に、部屋に戻ってベットに入ったのだろう。

 インレに聞こうにも、既にベッドはいない。

 時計を見る。大体普段起きている時間だ。

 今日は早く家を出ると言っていたし、既に起床したのだろう。

「……ティンク、何があったの……?」

 私の宿す『幻想』の一つ。導きの権能を持たせてるティンカー・ベルに聞いてみる。

 私にだけ意味が通じる鈴の音が聞こえる、はずなのに。

「…………え?」

 聞こえない。鈴の音が。

「ティンク?」

 もう一度呼んでみるけど、結果は同じ。

 ううん、それだけじゃない。

 私の異能の『幻想』の、紺の光すら、まったく。

 ―――出せなくなっている。

「なに、なに……!?」

 混乱が増す。

 どうして。どうして異能が出ないの。

 必死に異能をだそうとしてみても、私の力は応えてくれない。

 ―――涙がこぼれてくる。わけがわからない。

 物心ついた頃からずっとあった力が、わけもわからず消えた。

 唐突な喪失に、次々と涙がこぼれてくる。

 私にとってはそれだけの一大事だった。

「おねえちゃん、あさですよー! ……おねえちゃん!? どうしたです!?」

 私を起こしに来たリトルが、私が泣いているのを見て慌てて駆け寄ってくる。

 そして、私はリトルに心配されながらリビングに降りる。

「あら、ヘイズル……怖い夢でもみたのかしら?」

 リビングで朝食の準備をしていたお母さんも、私の頬を伝う涙を見て首を傾げながら声をかける。

 食卓にはお姉ちゃん達も着いていて、心配そうな視線を向けてくる。

「わからない……異能が、使えなくなっちゃった……」

「……それは、また唐突ね。とりあえず席に着きなさい。朝食を食べながら詳しく聞くわ」

 ―――そして私は席に着いて、昨晩起きたことを話す。

 話す、といっても、私にもわかってることが殆どないのだけれど。

「星が降ってきた、ね。なんでもありな世の中だけど、妹に起こるとはねえ」

 少し面白そうに言うのは、ラーお姉ちゃん。

 私と同じ褐色肌と、燃え盛る業火みたいな深紅の髪。

「そんなことを言っては駄目よラー。……でも、私にも今の段階じゃなにもわからないわ」

 と、アウスラお姉ちゃん。

 白い肌―――といってもリトル程ではない―――と、深い海の色みたいな群青の髪。

 そういえば、とラーお姉ちゃんがテレビを指す。

「さっきから昨日打ち上げた宇宙船が謎の爆発、なーんてニュースやってるけど。なにか関係あるのかしら」

 ……事態に混乱して、全然気付いてなかった。

 言われてみれば、さっきからニュースで、そんな内容の話がされている。

 今の所、原因は想定外の小惑星との衝突。

 ……流れ星と、なにか関係あるんだろうか。

「そうねえ……封術の効果が出てるわけではないようだし……ヘイズル、魔術は使えるかしら?」

 お母さんに言われて、そっちのことを思いだす。

 魔術。私達の世界で、"誰でも使える"技術。

 私は演劇の演出に使えるようなもの……例えば立体的なエフェクトとか、そういうものしか使えないけれど。

 脳裏で魔術を選択して、起動する。

 朝食に降り注ぐ、星の形をした光。

「できる……みたい」

 魔術が使える。私が知る異能を封じる方法は同時に魔術も封じるはずだから、それとは違う原因があるはず。

「……残念だけど、現時点ではなにも対処できないわね。とりあえず、今日は学校に行きなさい。少しこっちで調べてあげるわ」

「私もちょっと調べてみます。ラー、手伝ってもらえますよね」

「えー、調べ物はちょっと……なーんて、言ってられないわね。いいわ、付き合ってあげる」

「リトルもおてつだいするのです!」

「……ありがとう、みんな」

「これで父さんも居ればいいんだけどねえ」

 ラーが溜息混じりに言う。

「居てもあの人、文字通り切り開くぐらいしかできないから」

 お母さんが苦笑交じりで、けどちょっと惚気た感じに言う。

「ほらヘイズル。顔を洗っていらっしゃい。可愛い顔が台無しになっちゃうわ」

「……うん、わかった」



*   *   *


 そして、私はできる限り普通に登校して、普段通り授業を受けた。

 ―――やっぱり、少し集中できなかったけれど。

 それに目は腫れてないと思ったけれど、インレには気付かれてしまった。

 問い詰められて、インレには隠す必要もないし経緯を話した。

 ……インレにはお母さんやお姉ちゃん達よりも心配された。

 私がずっと『幻想』の力を頼っていた事を、一番知っていたから、余計に心配したんだと思う。

 ―――時間は過ぎて、放課後。

 またいつもみたいに、友人達が私の席に来て、いつもみたいに。

「ヘイズル、今日のお話は?」

 と、期待のまなざしで。

「え、と……その、今日はおやすみでいいかな。お話の用意、忘れちゃって」

「そっか。じゃあ、また今度お願いね」

 残念そうな友人達。

 ―――その時、だった。

 ドン、という爆発音。

「!?」

「な、何!?」

 みんなが一斉に窓の外を見る。

 視線の先、いくつかある然程高くはない山々の一つ、その中腹から。

 黒煙が一筋、立ち上って。

 続けて、2回、3回と立て続けに爆発音。

 黒煙が更に増える。

「お姉ちゃん!」

 教室にインレが慌てた様子で駆け込んでくる。

 ―――私も気付いた。

 黒煙が上がってるのは、リトルが通っている小学校の裏手に位置する山。

 更に爆発音。……位置が変わっている。何かが移動してる?

「まさか、リーパー!?」

 インレが青ざめる。

 リーパーが居るのは基本的に『フィールド』だけ。けれど、極稀に地上に出てくることがある。

「……リトルが無事か確かめに行ってくる!」

 たまらず、教室を駆け出す。

「お姉ちゃん!? 私達が行っても……もう!」

 校庭に出た所で、私の身体がふわ、と浮く。

 後ろを見ると、背中から『幻想』で作った翼を生やしたインレが私を抱きかかえていた。

「……走るよりこうした方が速いでしょ。もう、お姉ちゃん、こういう時突っ走っていっちゃうんだから……」

「ごめん……」

「私もリトルが心配だから。……飛ばすよ」

 そう言ってインレが飛ぶ速度を上げる。

 そしてリトルの小学校に着いて。

 慌ただしく学校に残っている生徒の確認をしていた先生の一人に話かける。

 何年か前まで私達も通っていた学校だ。肌の色で印象的だったのか、一目見て私のことはわかったみたいだった。

「あの、リトル……ハイゼンスレイは、まだ学校に残ってますか?」

「それが……」

 私は先生の話を聞いて愕然とした。

 爆発が起きた時、リトルはまだ学校で友達と遊んでいたらしい。

 けれどもあの爆発の時、クラスメイトが裏山に遊びに行っていることに気付いて、走っていってしまったらしい。

 先生の一人も一緒についていったらしいけど、それからまだ連絡が取れていないそうだ。

「……ハンターの人達は?」

 インレが尋ねる。

「すでに呼んでいるんだが……まだ到着していない」

 そんな会話をしている間にも、また爆発音。

「っ! ……私も探しにいってきます!」

「一応、賛成。流石に不安。急いで見つけて、すぐに降ろしちゃおう」

 インレも頷く。

「手分けしよう。見つけたら合図するから。……音がする方にいなければいいんだけど……」

 先生の静止も聞かず、すれ違いになったら連絡をくださいと端末の番号を教えて私達は山に入る。

 そこまで険しい山ではないけど、木々がうっそうと茂っている。

 私もここで遊んだことはある。ある程度地形は把握していた。

 ……途中、奇妙なものを見つける。

 黒煙の元。幾つかの木が抉れていて、その傷は僅かに焦げたようになって黒煙を上げている。

 なんだろう、焦げているんだけど、炎で焼けたような感じでもない。

 むしろ、湿っている感じがする。

「……煤混じりの水?」

 あの爆発音が引き起こしたのがこれ?

 ……嫌な予感が増す。

 私の知る限り、こんな奇妙な傷を作れるようなリーパーはいなかったはずだ。

 なら……これは……

 1つの仮説に行きついた私の耳に、悲鳴が届く。

「リトル!?」

 声のした方へ急ぐ。

 ―――そこには。

 泣いてる男の子達を庇う様にその前に立つリトルと、更にそれを守るように膝を付いて目の前の"それ"に剣―――この世界の力の一つ《ギア》で作りだされた―――を向ける男の人。

 知っている顔だ。リトルに一緒についていった先生というのはこの人だったのか。

 そして―――。

「うっ……!」

 "それ"の姿を直視した途端、そのおぞましさに吐き気を催す。

 イカ。タコ。それともナメクジ。そういった軟体生物をいくつも混ぜ合わせて、捏ね合わせて、人型にしようとして失敗したような見た目。

 頭部のような膨らみはただの触手の塊みたいだけれども、その中から恐ろしく光る目―――理性を期待しようもない視線。

 その背からもいくつも触手が伸び、蠢いている。

(怪異……!?)

 怪異。『別の世界からの現象の流入』、その中でも明確にカタチや影響を為し、かつそれが悪影響であるもの。

「おねえちゃん!」

 リトルがこちらに気付く。

 必死に気丈に振る舞ってたみたいだけれど、その目には怯えが見える。

「君は……丁度いい、その子達を連れて逃げてくれ! こいつは私が足止めする!」

 剣を杖にするようにして立ち上がる先生。

 ―――脇腹から血がこぼれる。抉れていた。

「でも、先生は!?」

「まだ動ける。今の内に―――」

 先生が剣を構え直す。直そうとした。

 爆発音。その直後。

 ほぼ一瞬。"それ"が噴射した何かが先生の持つ剣を、いや、剣を持つ手ごと吹き飛ばした。

「ぐっ……!?」

 先生が一瞬苦痛の声を漏らすが、すぐに逆の腕に《ギア》を作りだして"それ"を見据える。

「お姉ちゃん!」

 そこへインレが降り立つ。

 ―――その姿を見て、私は1つの覚悟を決める。

「インレ、お願い。……みんなを連れて逃げて」

「お姉ちゃん!?」

「君、何を……」

「先生だって、もう持たないでしょう」

「でもお姉ちゃん、今は異能が―――」

 そんなことはわかっている。

 だからこそ。

 今の私に、リトル達や先生を連れて逃げるだけの力はない。

「だから、インレの方が皆を連れて速く逃げれる!」

 私にはまだ魔術がある。手負いの先生よりは長く時間を稼げるかもしれない。

 ―――騙されてくれれば。時間稼ぎにいい魔術は持っている。

「……分かった、すぐに戻る!」

 インレの周りからあふれ出した橙色の光がリトルや先生を取り巻いて頭上に飛びあがり、大きな鳥の姿になる。

Oooooooooooooooooooooo!!

 見た目と同じ悍ましい声―――いや、それともその身体を振るわせる音?―――を放ち、背中の触手をインレの『幻想』に向ける。

 触手の根元が膨らむ。さっきの攻撃か。

「撃たせない!」

 起動式を選択。

 ―――炎のエフェクト。

 私と"それ"の周りを真っ赤な炎が取り囲む。

 それに気を取られた隙に、インレ達が飛び去る。

(ひとまずは、安心……じゃ、ないよね)

 周りを取り囲んだ炎は、実際はただの演出効果、卓上演劇に使っているものを拡大しただけだ。当然、熱などない。

 ―――どこまで騙されてくれるかわからないけど。

 更に式を選択。

 頭上に手を掲げる。その先に現れたのは、巨岩。

「潰れろ!」

 こちらの言葉を理解するかどうかはわからないが、その可能性も想定してわざと行動を声に出し、巨岩を投げつける。

 当然これもただのエフェクトだ。僅かでも、本物であるように思わせたい。

Ooooooooooooooooo!!

 まだ気付かれていない。"それ"は私ではなく迫る巨岩に触手を向け、何かを放つ。―――やっぱり、私には視認できない。少なくとも、当たれば鍛えた人体でも容易く抉り飛ばす威力があるのは確かだけれど。

 少なくとも放ったという事実だけわかればいい。巨岩のエフェクトを更新して、砕ける演出を。

「っ!?」

 ―――砕けた巨岩の欠片が降り注ぐのも意に介さず、一気にこちらへと距離を詰めてくる。

 慌てて地面から岩の槍がせり出すエフェクトを発動する。

 急制動をかけ、飛びすさる。

 ―――"それ"の目が、私を見据えた。

(気付かれた……?)

 まだ、大丈夫だ。少しだけ攻撃用の魔術がある。

 威力は低いけれど、私が使えるのが幻だけだと思ってくれていれば多少は効果的に使えるはず。

『Ooooooooooォォォォオオオオンナ……』

「!?」

 "それ"の声が、身体を振るわせる音が。

 ―――言葉を、成した。

『ヒ、カリィィィイイイIIiiiiii』

 またも、言葉を。

『ヨ、コセ……!!』

「ひっ!?」

 ―――しまった。

 "それ"が放った"叫び"が、私を捉えた。

 一瞬身をすくませてしまう。

 再び距離を詰めてくる。

 慌てて今度は『中身入り』の炎を放つけど、"それ"はまったく意にも介さず。

 その腕が私の首を掴み、持ち上げ締め上げる。

「あ、ぎゃ……」

 ―――息が、できない。"それ"の腕を掴むけれど、より強く首は絞められて。

 い、きが。くるしい。

 “それ”の触手が調べるように、嬲るように私の身体を這いずる。

 まるで粘液がそのまま肌に融け込んでいくような気持ち悪さも、呼吸を止められている苦しさを際立たせこそするけれど紛らわせることはない。

 ―――目の前にに、"それ"の目が見える。

 悍ましいその目に、喜びと期待が見えた。

『ヨ、コ、セ』

 至近距離で声を聞いてしまう。

 その瞬間、保とうとしていた私の心は折れた。


 怖い。


 こわい。


 こわい。


 こわい。


 決めた覚悟なんて容易く瓦解して、私は。


 私は。

 ―――手にしていた大剣を、"それ"に叩きつけた。


 意識して放ったものじゃない。けれど衝撃で"それ"は私を離した。


 ―――大剣を掲げる。それは分解されるように展開して、その中から凄まじい量の紺色の光を噴出し、天に届きそうな程の巨大な光柱を作りだす。

 ……私の中で、何かが爆ぜた。



5.


 ―――塔の上よりそれを見据える男が一人。

「ようやく、手掛かりが現れたか―――」

 その顔に、怒りを浮かべて。

「取り戻してやる。待っていろ―――!!」



*   *   *



 ―――校舎の屋上、嗤う男が一人。

「は、は」

 その顔に、愉悦を浮かべて。

「成程確かに。占うまでもなく、目の前に現れるか。おもしろいね」



*   *   *



 ―――遥か空にて、睨む男が一人。

「まだ、存在するか」

 その顔に、決意を浮かべて。

「根絶やし、滅ぼす。逃しはしない」



*   *   *



 ―――昇れ、昇れ、昇れ。螺旋階段を昇れ。


 目隠しの贄よ、より高みへ。


 昇れ。昇れ。


 ―――昇れ。


「……未来、変生―――!!」

 光の全てを、身に宿し、溶かし、練り込む。

 光が凪いだ後、降り立つ女が一人。

 金に閃く銀の髪をなびかせ、輝きに褐色の肌を照らし。

 翡翠の瞳、かの敵を見下ろし。

「こうなるのね、成程」

 興味深げに、己が身体を見る。

『ヒカ、リ……!』

「うるさいわね、下等。私の存在が腐りそうだわ」

 その視線、下界を猊下する女神の如く。

『ヨコセ―――!!』

 "それ"が全ての触手を女に向ける。

 ―――超高圧と高温の墨。

 内部で圧縮、爆発を起こ放たれる超音速にも達するそれは、避けるどころか視認することすら叶わない。

 少なくとも上位のハンターや、速度に長けた者でなければ何かを撃ち出したことしか気付かないだろう。

 気付いたとしても、容易く人体を引き裂くそれを防ぐのは簡単ではない。

 放たれる墨は何かを焼くことこそないが、それでも肉を一瞬で焦がすだけの熱を帯びている。

 けれども、女は。たった片手で、ともすれば容易く折れてしまいそうなその細指が、まるでそれが水鉄砲であるかのように受け止める。

「この程度? 汚怪が汚らわしい液体を吹きかける。まさに下等な行為ね」

 幾度も放たれるそれを、女は手に着いた墨を払うその動作だけですべて払いのける。

「終わりよ。いえ、始まりかしら? 物語の始まりに、下等の終わりをあげるわ」

 ―――右手を掲げる。

 激しい紺の輝きがカタチをなし、その手に握るは一振りの眩き銀の槍。


 其は物語の終にありし槍。


 其は偽りなる聖槍。


 其の、名は―――。


「―――ロンゴミニアド!!」


 放たれる一槍。

 其は終であるが故に。

 抵抗など許さず。

 違わず、"それ"を穿ち、砕き、灼き、浄め。

 ―――消し飛ばす。

 激しい衝撃と閃光の後、残るは。

 女と。

「あら、見覚えがある顔ね」

 少女と同じ学校に通う、青年が倒れ伏すのみ。

 そして、もう一つ。

 砕けた、彼女が持っていた大剣と似たそれの、欠片。

 女はそれに近づこうとして一歩踏みだし、しかし溜息を吐いて足を戻す。

「残念、時間切れね。―――あとは何とかしなさい、私」

 女の身体が光になり、解けていく。

 その中から現れたのは少女の姿。

 ヘイズルの姿。

 解けた光は再び大剣の形となり、彼女の傍に突き立つ。

「う……」

 意識を取り戻したヘイズルは、しかし次の瞬間込み上がった猛烈な吐き気に胃の中の全てを吐き出す。

 ひとしきり吐き終えたヘイズルは、辺りを見回す。

「な、にがあったの……」

 起きたことの記憶はある。けれども、記憶の整理がつかない。信じられない。

 いきなり自分の手の中に大剣が現れて。

 その中から、異常な程膨れ上がった私の力が出てきて。

 ―――『幻想』の異能の最上の応用である『未来の自分への変化』までさも当然であるかのように行使して。

 一撃で、あの恐ろしい“あれ”を撃ち滅ぼして。

 そして―――“あれ”が、同じ学年の別のクラスの、男の子だった?

 わけがわからないと、記憶を思い返したはずなのに余計に混乱に襲われるヘイズル。

 けど、1つ思いだしたことがある。

 昨晩、私に降ってきたあの流れ星は。

 この剣だ。

「あ、あの……」

 身じろぎ1つしない倒れ伏した青年が気になって、声をかける。

 返事はない。けれど僅かにその身体は上下している。呼吸はしているようだ。

 そこへ。

「―――見つけたぜ」

 ヘイズルの鼻先に、刀の切っ先が突きつけられる。

「え」

 突然目の前に現れた凶器に、混乱していた思考が一瞬止まる。

「テメエは―――天使の手先か。それとも、尖兵か」

 そして、問い掛け。

 刀の持ち主は男。

 鈍い金の髪を雑に跳ねさせた、真紅の装甲を纏う男だ。


 ―――そして、これが。

 ヘイズルを更なる戦いへ誘う出会いであった。


 

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