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赤鼻特急

作者: 結城アポロ

ガタンゴトン。電車の音で目が覚めた。

『赤鼻特急』の車両には、サンタクロースが三人座っていた。左の、中年の男が山田。真ん中の冷たい表情を浮かべている細身の青年が佐藤。そして右に座るのが、幼さの残る赤い頬をした少年、鈴木。


私が目覚めた事に気がつくと、まず山田が「おぉ」と目を丸くした。その後で、「起きないかと思ったぞ」と面白そうに笑う。

起きる予定も無かったんです、と返したかったが、初対面の相手に言うことでも無い気がしたので、止した。

奇妙な車両だった。つり革もあれば、座席も通常の電車と同じように見える。しかし、つり革には派手に光る電飾が掛けられていて、座席には陽気なサンタクロースがプリントされていた。それに、向かい合わせになった座席の間には、長いテーブルが収まっている。テーブルの上には、所狭しと豪華な食事が詰められていた。

なんだここは、とぼんやり考えていると、左のサンタクロース、山田が「お前、サンタクロースじゃないな。」と珍しそうに言った。

「サンタクロース?」

「見たらわかるだろうけどな、俺たち、サンタクロースなんだよ。」へへ、と少年のような笑みを浮かべて、山田は自慢げに言った。「お前は途中で乗ってきたし、サンタクロースの格好もしてないし、多分サンタクロースじゃないだろ。」

はぁ、と頷くしかない。何を言っているのかがほとんどわからない。

辛抱強く山田の話を聞くと、わかってきた事があった。曰く、彼らは職業としてサンタクロースをやっているそう。曰く、今はもうプレゼントを配り終わっていて、これは帰りの電車だそう。

「トナカイじゃないんですね。」という私の純粋な問いに対し、今まで黙っていた鈴木がクスリと笑った。

「昔はトナカイだったらしいけど。動物愛護団体からクレームが入っちゃって、最近は専ら電車なんだってさ。」

「世知辛いな。」佐藤が呟いた。

「この電車、どこに向かってるんですか。」私の質問に、山田は顎を引いた。「どこったって、なぁ。」と言った後で、佐藤に目配せをしたが、佐藤は肩を竦めただけだった。その後で山田と鈴木は誰かに呼ばれて、私に軽く会釈をすると席を立った。そこでようやく、他の車両にも同じようにサンタクロースがいる事を知った。テーブルを挟んで向かいの佐藤しか残らなかったが、佐藤は質問に答える気は無さそうで、神経質そうにマフラー何度も撒き直していた。

別に、今更どこへ向かっていたっていいじゃないか、と頭の中の自分が鼻で嗤い、それもそうだな、と私も思った。


『赤鼻特急』が空を飛んでいると知っても、私はさほど驚かなかった。サンタクロースばかりが乗っている電車。装飾された車内。彼らがただの狂人だったとしても、どうでもいいと思っていた。それほど私は、捨て身だった。

山田と鈴木は数人のサンタクロースを引き連れて戻ってきて、私に食事を促した。銀紙が巻かれた鶏肉や、サンタクロースの絵がプリントされた旗が立っているサラダ。遠慮なく食えよ、と山田は豪快に笑いながら、遠慮なく私の皿に料理を盛り付けていった。食べないのも申し訳なくなり、少し手をつけると、鈴木と山田が幸福そうに笑った。

暫くすると、他のサンタクロース達が歓声を上げた。外を見ろ、と言われた通りに窓に鼻を押し付けると、眼下には星空が広がっていた。実際には星空ではなく、街がこぞって気合を入れるイルミネーションの点々とした光達だったが、今なら天地がひっくり返っても誰も気づかないかも知れない、と私は思った。

「こうして見ると、意外と綺麗だな。」佐藤が言った。本当に意外だ、と私は思った。


その後、電車はさらに上へ上へと登り、宝石のような星が惜しげもなく辺り一面に散りばめられた。「そう言えば、今日の車掌は俺だった。」と鈴木が徐ろに立ち上がり、サンタクロース達の切符にパチンと穴を開けていった。私も何となくポケットを探ってみると、手は切符を握って出てきた。パチン、と切符に穴が開く。


「次が最終駅だなぁ。」間延びした声で山田が言った。早いなぁ、と周りのサンタクロースも感慨深そうに頷く。私も、早いなぁ、と一緒に頷いていた。気づけば、テーブルの上の料理はほとんど無くなっていた。後半は、私も自分から料理に手を出していた。それを誰も奇異な目で見なかったし、寧ろ、嬉しそうな顔をされた。

もちろん私も、その最終駅に他のサンタクロース達と行くつもりだった。つもりだった、と言うより、他に道が無い。

おーい、と陽気な声が聞こえ、前の車両から大きなケーキを持った山田が現れた。おぉ、とサンタクロース達が再び歓声をあげる。大きな音を立てて、ケーキがテーブルに乗せられた。サンタクロースを模したイチゴと、ビスケットの家が載った、巨大なチョコレートケーキだ。表面がツヤツヤと光っている。

山田ははしゃぐサンタクロース達を数え始めた。

「お前、ケーキ食えるよな。」山田が声をかけてきた。しかし、私が返事をする前に、鈴木が「あっ」と声を上げ、「この子は食べないよ。」と答えた。え、と戸惑う私をチラリと見た後で、鈴木はまた口を開いた。


「この子は途中下車する。」

周りが一瞬どよめいた。その後で、そりゃそうか、と言うように空気が緩んだ。だってこの子、サンタクロースじゃないし、と聞こえた。

「うん。この子、プレゼントを配られる側だ。」

「なんだ、途中で下りるのか。」

山田は心底残念、と言う顔ですごすごとケーキを一切れ、大皿に戻した。

「やっぱり勘違いだったか。」佐藤がフンと鼻を鳴らした。「最初からそうだと思った。」


何の話をしているの、と私が何か質問をする前に、軽快なメロディーが流れ、アナウンスが聞こえてきた。外国の言葉のようで、何を言っているのか聴き取れなかったが、鈴木が「もうすぐだ」と呟き、ドアの前に座っていたサンタクロースがスッと退いた。そのまま、鈴木に腕を引かれる。

「楽しかったよ、ありがとう。」鈴木が、優しい笑みを浮かべた。「また会おうね。」

「おう、楽しかったよ。本当に。ありがとうな。」涙を浮かべて、山田が手を振った。佐藤が、チラリとこちらを見やった後で、小さく頷いた。

「電車は飛び込むものじゃなくて、乗るものだ。」佐藤が、ポツリと呟いた。

どういうことだ?と山田が聞いていたが、佐藤は鬱陶しそうに眉をしかめただけだった。

「俺が言うのもなんだけど、君は若すぎるよ。」鈴木がそう言うと、突然轟音を立ててドアが勢いよく開いた。下を見下ろすと、街の明かりは相変わらずギラギラと輝いていた。豪風で、耳が痛い。

頑張れ、と何故か応援を口にする鈴木の声も、一枚膜を隔てたように聞き取りにくかった。

サンタクロース達が揃って何かを呟いた。なに、と聞き返す前に、優しく肩を押されていた。そのまま私は、夜の街に引っ張られるようにして急降下する。

風が顔に打ち付けられ、目が乾いていく。視界の隅で、赤色の電車が、線路も無い夜空を横切るのが見えた。電車はそのまま上昇し、どんどん小さくなっていく。私の体も、急速に落ちていくのがわかった。眼下には、派手に光る街が迫っていた。夜空と見紛う、と先ほどは思ったが、今度は随分眩しく感じた。堪らなくなって瞼を閉じた。



ガタンゴトン。電車の音で目が覚めた。

ホームの冷たい椅子の温度が伝わる。『赤鼻特急』の、暖かい配色の車両は消えていた。

スーツを着込んだ男達も、もつれ合うカップルもいない駅に、最終便が止まった。神経質そうな色合いをしたドアが、乗るのかよ、乗らないのかよ、と言いたげにプシュー、と音を立てて開いた。

しばらくぼんやりして、それからふいにハッとした後で、乗るよ、乗ってやるよ、ちくしょう、と私は立ち上がった。やけに足取りが軽くて、何度か躓きそうになる。


電車は乗るものだ、とは誰が言ったことだったろう、当たり前な事を言うよな、と考える私の手の中で、汚い字で「メリークリスマス」と書かれた切符がクシャリと音を立てた。





読んでいただき、ありがとうございました。

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