side 善光 3
静さんが突然の事故で亡くなってから直ぐに、竹の様子がおかしくなった。
今まで苦手だと言って近付きもしなかった異母兄弟である各務に頻繁に会うようになっていたし、瑠衣の友達として側につかせていたエミにも声を掛けるようになっていた。
その頃からだろう、瑠衣を静さんのようにあっさりと失うことは出来ないと思い始めたのは、多分。
その頃の竹は、自分の無力感に苛まれていた。
その日、静さんが事故で亡くなった日、竹は仕事の出張で市外にいた。
ちょっと目を離した隙にというような、そんな事故。
竹は自分を責めて、責めて、責めまくった。
大泣きする瑠衣を見て、静さんと同じ目には合わせないと思うのは当然のことだと思う。
そんな頃にはもう、丸井のじいさんも、不穏な思想を持つ各務や精神的に不安定だった竹に目をつけ始めていた。
俺を呼び出して、そんな話をしたのも、俺に瑠衣をよく見るようにとの意図があったからに違いない。
その時から、俺は注意深く瑠衣を見るようになった。
そうなると、瑠衣には隙ばかりが見え始め、俺でも乗っ取れるんじゃないかと邪な思いが芽生えてきた。
瑠衣に近付くことが出来る、瑠衣の中に入ることが出来る、初めはその一心で我を忘れてしまって。
瑠衣の側に行けるかもしれないとそう思ったら、天にも昇るような気持ちになり、それがたちの悪い悪戯だと思うに至らなかった。
瑠衣の好きな物を買ってやれる。
初めてクマのぬいぐるみをあげた時に寄越してくれた、あの笑顔をもう一度見られるかもしれない。
俺の金で買うと、盗んできたなどとパニックになるだろうから、瑠衣が自分で買ったことにすれば、驚かないだろうし、きっと喜ぶ。
浅はかな俺は有頂天になり、それを繰り返した。
けれど、瑠衣はいつも買ったものを返品しに行き、俺は何度目かにしてようやく馬鹿なことをしていたと気付いたんだ。
瑠衣の中は凄かった。
普段から力のある俺だったから、瑠衣の中に一旦入ってしまうと、その力は否が応でも増幅され、制御するのが大変だった。
店のドアの取っ手を軽くもぎ取ってしまったこともある。
電柱に肩が当たってしまって、ヒビを入れたこともあった。
崎は楽しんでいたけれど、俺は真面目に、ただ単純に瑠衣に喜んで貰いたかっただけだった。
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俺が奇跡的に取れた教員免許で試験に受かり、瑠衣の学校に赴任が決まった時、崎は俺の隣で喜んでいたけれど、俺は不安で一杯になってしまった。
十三年間も、ただただ見続けてきただけの瑠衣の前に、これからは堂々と立つことが出来るし、話し掛けることも出来るのだ。
俺は、嬉しくて舞い上がりそうな気持ちと、空恐ろしい気持ちとを同時に抱え込んでしまっていた。
話し掛けて嫌われたらどうしよう、いや、まず何を話し掛ければ良いんだろう。
崎に話すと、お前バカだな、この日をどんだけ待ったんだって、そればかり言って、良いアドバイスは寄越さない。
そんな風に混乱したまま、瑠衣の教室に向かってしまったから、俺は本当に馬鹿みたいな態度しか取れず、かなり落ち込んだ。
それに加えて、あんなに細い首を馬鹿力で掴み上げてしまった。
自分で自分が嫌になるくらい、自己嫌悪に陥った。
竹はもう、瑠衣の信頼をあんなにも勝ち取っているのに。
けれど、その時はもう、それならそれで瑠衣を掻っさらうまでだと思っていたし、もうこれからはいつでも瑠衣に近付けるんだから、絶対に俺の方を向かせてみせるって思っていたから、だからそれが単なる悪あがきだなんて、思いも寄らなかった。