お前らスライムいじめてそんなに楽しいかよ!
衝動的に書いたはいいものの、途中で発想力が尽きてしまったシリーズ。
スライム。それは最弱のモンスターである。
どうして、そうなったのかはあずかり知らないが、もし神というものがいるのならば、俺は全力全身を駆けてそいつを恨むであろう。
「おい、そこのスライム」
俺は動きにくいこの体を動かして、振り向いた。
現在、俺は休暇だということで、魔王軍の関所にまで着ていた。
この世界について、簡単な説明をしよう。
つい最近、数百年の封印から蘇った魔王率いる魔王軍は世界を征服していた人間共の国に攻め込んだのだ。人間共もよく努力したものだ、と賞賛したくなるくらいの抵抗を見せたが、魔王に勝てるのは勇者だけだというのがお約束だ。人間の連合国軍は呆気なく壊滅し、たった一年ほどで世界のほとんどを魔王は手に入れた。
人間側に残っているのはクランク王国とクラスティーユ帝国のみだ。どちらも超大国だが、時間の問題であろう。
もっとも、俺はその「人間=魔族戦争」に参加していないも同然であるから、この話をすることはもうほとんどないだろう。スライムの俺に任されたのは前線から遠く離れたもう既に占領された町を見張ることだけだからだ。
スライム族とは数ある魔物の中でも最低位に属するグループだ。分裂もできなければ、魔法も使えず、攻撃方法は体当たりしかなく、魔法はもちろん物理の耐性もない。
そんな種族を前線でかさばらせるのは確かに悪手であろう。
「なんですか?」
俺に話し掛けたのは少なくともスライム族よりは上位種のガーゴイルだった。
もし、俺がここで敬語を使わなかったり無視したりした場合、一瞬で消されていただろう。
「すまないが、あそこの酒場の酒を持ってきてくれないか」
全くすまなそうではない顔でガーゴイルはそう言った。この関所は戦略的に重要な場所らしいなので、そこそこ大きい。酒場、娼家、カジノ、エトセトラ。娯楽施設はあらかた揃っている。
まぁ、このガーゴイルは俺にパシられろと言っているのだろう。
いつものことだ。それに、ここで断るわけにもいかない。
そういうわけで、石で舗装されている道路を濡らしながら、俺は向かい側の通路にある酒場に向かった。
人間のものと同じように、魔族が生活するところにはドラゴン車が通るための道路が中央にあり、左右に歩道がある。
幸い、今は午後3時で大抵の魔族は仕事しているので、人通り――といっていいのか分からないが――は少なかった。
魔物には俺のように手を持たないものもいるので、飲食店などには扉がないことが多い。その例に漏れない酒場に入った。
「いらっしゃ……。はぁ……」
ラミア族の店主は愛想よく振り向いたと思ったら、俺を見て溜息をついた。スライム族はいつも誰かに金を取られているから、無一文なのだ。
「はぁ……、配達ご苦労さん」
あのガーゴイルは「ツケといて!」の常習犯のようで、聞くところによると1万5千フィルは借金があるらしい。
フィルとは魔王が領主である土地で用いられる通貨だ。一杯300フィルらしいから、50杯分か。
ラミアの店主から、青色の禍々しい酒を受け取ると、再び通路を渡り、ガーゴイルにそれを渡した。
そして、何故かどつかれながら、俺は寮に戻った。
寮とは魔王軍に属する魔物ならば、必ず与えられる部屋のことである。
まぁ、俺たちスライム族の寮は関所の端にある森なのだが。
「よう兄弟。相変わらず、しけた面してんな」
寮に入った俺をそんな定型文で話し掛けてきたのは、スライムの中でも若干ハブられているほど弱い俺にも優しくしてくれる、よく分からないスライムだ。名をリクード・スライムという。
この世界では名前は個別のものだが、姓は種族名になることが多い。まぁ、位の高いものはブレド・ウルミタン・デビルとミドルネームとして、家名を入れることもある。因みにこれは魔王の名前だ。
「久しぶりの休暇だろ? どうしたんだ」
リクードが無神経にもそう問うてきたので、
「さんざんだ」
と言ってやった。
当たり前だが、次の日は普通に仕事はあった。
もっとも、仕事とはいうが、件の町ザルミダを巡回するのみなので、そう大した気負いは必要ない。
戦争が始めって、早々に降伏した町の一つであるザルミダは民家が破壊されたり、人が殺されたりということはほとんど起こらなかった。
これは一種の宣伝工作のためのものらしい。つまり、早く降伏した方が被害は少ないということを人間側に伝えるために魔王は無血開城ならぬ無血開街できた町は武力を解体させ、通行を制限するのみで他には特に何もしなかった。
別に自力でパンが作れない町でもなく、ザルミダは多少飢饉に怯えながらもそこそこ活気づいていた。
「おいおい兄弟、観光は結構だが、しっかり仕事もこなしてくれるとザルミダ街スライム部隊隊長の俺も助かるんだが?」
魔王という役職についているのに、悪逆非道の限りを尽くしているわけでもないブレド・ウルミタンに若干の違和感を感じていると、リクードが突然皮肉を投げ掛けてきた。
そう、こいつは褒め言葉なのかどうかは分からないが、ザルミダ地方随一と呼ばれているスライムで、ここのスライムたちを纏めている。
「こんなしがない町で勇者を見つけろってか? 俺たちが小麦のパンを食える以上にありえないぜ、それ」
俺たちには二つほど任務が命じられていた。
一つはさっきも言った通り町の巡回をし、町人が逃げたり反乱が起きたりした場合、彼らを捕らえること。また、軍法を見ると、命じられない限り、決して殺してはいけないらしい。これは恐らく反乱の首謀者が町のお偉い方だったときに困るからだろう。
リーダーが死ぬと反乱どころか暴動が起きるのは先人たちが証明してくれている。
そして、もう一つは魔王を唯一倒しうる存在、勇者の捜索だ。どういう原理でそれが生まれるのかは分からないが、何でも勇者は人よりも聖属性に過敏らしい。
しかし、最弱の種族であるスライムにこの任務を任せるのはいい判断だとは思わない。魔王もさすがにこんな町にはいないだろう、と高を括っているに違いない。
「まぁ、そういうなよ。もし、勇者を見つけることができたら。考えてみろよ。差し出せば昇進間違いなし、仲間に引き入れたら魔王軍に革命が起こせるぜ」
革命。その言葉は妙に俺の心に突き刺さった。
俺が予想以上に動揺したのに驚いたのか、
「お、おい。マジになるなよ。今までこの世界は何度も『人間=魔族戦争』をやってきたが、今回の魔王は政略、戦術、戦略どれをとってもトップクラスだ。勇者だって敵わない」
と、リクードが狼狽しながらそう言った。
「何いってんだ。俺はスライムだぞ」
さすがに革命願望があると思われるのは癪なので、呆れた口調でそう言っておいた。
「……はぁ。そうだよな。俺たちはスライムだもんな。革命なんて起こせるわけないよな」
大通りから路地に差し掛かったところでリクードは溜息を吐いた。こいつにも一応種族に対する不満というものがあるらしい。
「あ、ここは曲がるんだっけ? 鍛冶屋ギルドの通りに出るには」
すっかり立ち直ったリクードは陽気にそう呟いた。
「いつもは別の、俺に聞くなよ」
町巡回は基本的に二人一組で行う。今日はたまたまリクードのペアが魔物特有の風邪に引っかかってしまったので、白羽の矢が俺に立ったのだ。
「俺もあんまりここ来たことないからな~。でも、右手の法則だ! 立体構造とかじゃない限り、どんな迷路に入っても右手を壁についたまま決してはなさず進めばゴールできるらしいぞ、ベルジーくん」
「誰がベルジーだ。あのいけ好かない爺と一緒にしないでくれ」
ベルジーとは魔王の幹部の一人だ。俺たちのような球体に近い形ではなく、何と人型のスライムだ。魔物は「経験」というものを積む度に人型に近づいていくらしい。
ベルジーはスライムの間では英雄のように語られているが、俺は好きじゃない。まぁ、話したことも見たこともないのだが。
結局、曲がった。リクードの記憶力は良くないらしく、しょっちゅう約束をすっぽかされたなんて話をよく聞く。何だか心配になってきた。
やがて、しばらく進んでいくとその心配を肯定するかのように風景が薄暗い裏路地に変化していった。
「おい、戻ったほうがいいんじゃないのか?」
奇襲じゃなければ、人間の子供にも勝てない俺たちにはスラム街の住人がのさばっているかのようなこんな裏路地は危険過ぎる。
「大丈夫だって。いざとなれば、助けてやるよ。あ、……惚れるなよ」
「ねーよ」
そんな風にリクードの調子に流されて、どんどん奥に進んでいく。一本道だった。
数分ほど無言で歩いただろうか。やがて、ヒソヒソとした会話が聞こえてきた。
「この御方をこんなところに連れてくるのは少し申し訳ない気持ちになります」
「まぁ、巡回が行われている昼の間はどうにかするしかないからな」
いまいち要領を得ない会話だった。しかし、何か不祥事が行われていることは分かった。どうしようか迷っていると、
「もっと近づいてみようぜ」
好奇心旺盛なリクードが会話が聞こえる民家の方へ進んでいった。
しかし、その時俺はもっと注意を払っておくべきだった。そうしたら、侵入者を感知するために付けられる道具が民家の入口に置いてあることくらい見抜けたであろう。
「リクード!」
リクードがそれに掛かった瞬間、俺は駆け出した。
「お、おいおい、……マジかよ、ありえない」
しかし、肝心のリクードはもっと別のものに驚いているように見えた。
「レイガス」
俺の名前だ。
「勇者が……」
次の瞬間、リクードの体は真っ二つに切られていたのが見えた。
「なっ!」
これの場面を見て、同様しないスライムがどこの世界にいるだろうか。俺は大きく後ろに飛び下がった。
「あら、もう一匹居ましたか」
のそりのそりと女が民家から出てきた。魔法耐性の付いたローブを着込んで、杖を持っているところからして魔術師であろう、その黄土色の眼がこちらを見下しているのがわかった。
逃げなければ。しかし、体は金縛りにあったかのように動かない。
「フレア」
その魔術師の女は初級火属性魔法の一つを詠唱した。俺を殺すにはこれ一つで十分だ、ということだろう。
正直に言って、死を覚悟した。ここで終わってしまうのだと思った。スライムには眼はないが、視界はある。俺はそれを閉じた。
何もできずに終わってしまったことがただ悔しかった。
しかし、何秒経っても、痛みは襲ってこなかった。もしかしたら、スライムの体が脆すぎて一瞬で天へと向かったのであろうか。
じゃあ、神に文句を言わなければならない。そんな使命感にも似た気持ちを感じながら、視界を開いた。
「このスライムは殺さないで」
なんと、俺みたいなスライムを守ってくれた人間がいるらしい、ということがすぐに分かった。俺は目の前に立った人間、少女の姿を見た。くすんだ金髪、ミスリル銀の鎧、鋼の剣、勇者の紋章……。
「マジかよ」
リクードと同じ言葉を呟いてしまった。
本当に、
「最悪だ」
目の前の人物が勇者だとでも言うのだろうか。
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