桜花騎士団
後になって分かったことだが、俺がゴブリンに攫われたという話は異世界転生者ギルド[ルカンパニー]でかなりの話題となっていたようだ。何でも多くの志願者が俺の救援へと駆けつけてくれたらしい。
人間が魔物に攫われること自体は然程珍しくないようだが、普段ならこんなにも志願者が集まることもないらしい。どうも今回の俺の件に至ってはかなりの異例であるのだとエクシーズは語る。
「それ程貴女を欲しがっているクランは数多くいらっしゃるということですよ。大方貴女を助けて、そのまま引き抜こうという魂胆だったのでしょう。いやはや、野蛮な奴等ですよ」
「あんたがそれ言うわけ!?」
ルンルンは激昂して言った。
「おかしいですか?」
「あんたもその内の一人でしょうが!?」
「とんでもない。僕は純粋にシノミヤを助けたかっただけですよ?大体、シノミヤをみすみすゴブリンに襲わせた貴女に言われたくないですよ?」
「ぐ、ぬぬぬ…」
今はあれから数日経った夜である。近くの酒場で俺とルンルン、そして何故か強引に混じってきたエクシーズの3人で俺たちは卓を囲んでいた。
相変わらずルンルンとエクシーズは口喧嘩紛いの言い争いをしていて、俺はその仲介者役。今では慣れたもんだった。
「ところでシノミヤ、貴女一人でゴブリン五体をどうやって退治したのです?そこそこ実戦経験のある者ならともかく、貴女はろくな武装もしていなかったようじゃないですか?」
エクシーズは話題を変えて尋ねてきた。何と言うまいか考えて、俺は唸った。
「まぁ、何かいけたんだよ」
「何かとは?」
「…殴り倒す、的な?」
もちろん嘘である。あんなにも可愛いゴブリン達を殴り倒すだなんて考えたくもない。増してやママ呼ばわりされる始末で、また会う約束までしちまった。一体俺は何をやっているのだろうな。
エクシーズは感嘆した様子で口を開いて、
「素晴らしい…やはり是非、僕のクランにーー」
と、言いかけて、
「やっぱりシノミヤは私が見込んだ通りのようね!私は初めっから貴女のポテンシャルに気付いてたのよ!」
ルンルンは白々しい態度では言った。
「えっ!?そうなの?」
「ええ、その通りよ?よく思い出して、そうでしょ?」
「えーと…」
いやいや待て、お前確か俺には戦わなくていいだとか言ってなかったっけ?
「どうなのシノミヤ?思い出した?」
ルンルンは不敵な笑みを浮かべ顔を近づけた。目が笑っていない、どうしても認めさせたいようである。
「あ、ははは…うん、そうだったね」
結局、俺は折れることにした。
「…ふふ、でしょ?シノミヤは素直で良い子ね、よしよし」
ルンルンは俺に頬ずりをすると、恍惚そうな顔を浮かべてはエクシーズを流し見て、
「羨ましいでしょ?」
ニヤリと悪戯な笑みを見せつけた。一拍置いて、エクシーズは口を開いては、
「ええ、かなりにね」
悔しそうにはそう呟くのだった。
その一部始終を覗いて、何とも複雑な気分である俺であった。
何故俺はこんなにもモテモテなんだろうかと考えて、今更ではあるが、俺は異世界転生を果たしてからというもの自分の姿というものをあまりよく見ていない。
「成る程、こりゃあモテるわけだ」
宿の部屋に戻って、鏡に映る自分の姿を見て息を飲んだ。改めて見る自分の姿とは、それはそれは女性らしかった。
綺麗とも可愛いともとれる端正な顔立ちに、肩にかかるほどの艶々した黒髪、そしてグラマラスな体型…何と言っても胸がデカイ。
「シノミヤ、貴女何やってんの?」
鏡の前でポカンと突っ立っている俺にルンルンは言った。
「いや、俺ってさぁ…結構可愛いわけ?」
「はぁ?今更何言ってんの?」
ルンルンは呆れたように呟いて、
「当然でしょ、そりゃあもう私が認める程の可愛さよ」
いやいやアバウトが過ぎるぞ。
「ルンルンが認める程の可愛さって?」
「とにかくめっちゃ可愛いってことよ。うまく言葉には出来ないけど、この私が惚れるぐらいだもの。シノミヤを見た世の男達は絶対に一目惚れするでしょうね…悔しいけど」
何が悔しいんだか。
「いいシノミヤ、繰り返し言うけど貴女は私のものなんだからね?絶対に誰にも渡さないんだから!」
「分かったから抱きつくなって…」
「いいの!我慢しなさい!」
ほんと、我が儘なやつだよ全く。
とりあえず俺がかなりの美貌の持ち主であることは分かった。女としてはかなり魅力的らしく、少し度が過ぎているくらいだとも思う。
今では生前の自分の顔は思い出せないが、もしかしたら生前俺はかなりのイケメンだったのかもしれない。だから女体化してもこれほどの美貌を持ち合わせているとか…いや待て、これは被害妄想が過ぎるか?
とにかく、今は一刻も早く女神との交信料10000ゴールドを稼いで事の真相を知る事が先決だ。
ただ今回のゴブリン討伐のクエスト報奨金が50ゴールドだから、かなり先が長く感じるわけ。一体女神との交信はいつになる頃やら…不安事項は募るばかりだ。
次の日、クエストを受注するべく異世界転生者ギルド[ルカンパニー]にやって来た俺たちは、例によってクエスト依頼掲示板を眺めていたーーそんな時だった、
「失礼、あなた方はもしや[シノミヤとルンルン団]の…」
と、やたらと背の高い、綺麗な長い金髪を靡かせる美しい女性に声を掛けられた。もちろん、見たことのない女性である。
「貴女は?」
ルンルンが尋ねると、女性は和かなスマイルで自己紹介を始めた。
「私はクラン[#桜花__おうか__#騎士団]の団長サクラビス。先ほど[ルカンパニー]にやってきたばかりなの」
「お、桜花騎士団ですって!?」
ルンルンは目を見開いては叫んだ。
おいおい、一体何をそんなに驚いてんだ?
「シノミヤ、貴女は知らないの!?」
いや知らないから聞いてんだよ。
「桜花騎士団と言えば異世界転生者の中ではかなりの有名よ…何でも多大なる功績を認めれたクランにのみ与えられるという五代宝具が一つ[#アルヴァンテシア__始まりと終わりの金剛槍__#]を託された伝説級のクランだとかかなんとか…」
「#アルヴァンテシア__始まりと終わりの金剛槍__#…」
何かめっちゃヤバそうな名前だ。サクラビスの背に下げられた金色の槍がそうなのだろうか?
「どうして貴女のような人がこんなとこに…」
ルンルンはそう言って、驚愕の瞳をサクラビスへと向けた。
「そのことなんだけど…」
と、サクラビスはバツの悪そうな表情を浮かべ、目線を辺り一帯にくべた。
「ちょっと場所を変えない?ここじゃ目立つから」
サクラビスはそう言ったのは確かで、見ると俺たちの周りは異様な人だかりに囲まれていた。またひそひそと声が漏れてくる。
「あれが噂の…」
「桜花騎士団の団長が何で…」
「こ、神々しい…」
どうやら皆もかなり驚いてる様子。有名人なのは本当のようだ。また何でそんな有名人が俺たちなんかに話しかけにきたのだろうか?
ふと、サクラビスと目が合った。サクラビスはその瞬間にもクスリと笑った。
「貴女がシノミヤちゃんね?」
「え?ああ、そうですけど…」
何で俺の名前を、と言葉が喉まで出かけて、サクラビスは俺とルンルンの手を引いて歩き出した。
「とりあえず、行きましょう!」
何が何やらと思っているのは俺だけじゃないようで、ルンルンは首を傾げては俺を見て、
「な、何なのこれ?」
そう呟いた。