打ち解けた
拉致られて何だが、ゴブリンは案外いい奴らだった。魔物ということで身構えていたわけだが、そんな必要もないようだ。
俺はゴブリンのアジトとされる洞窟の中で#寛__くつ__#ろいでは、ゴブリンお手製の料理に舌鼓をうっていた。これが美味いのなんのって、未だかつて味わったことのない謎の肉料理をあっという間にたいらげていた。
「ニンゲン、ミカケニヨラズヨククウ」
ゴブリン達は俺の食いっぷりが大層ウケたのか、ゲラゲラと楽しそうに笑っていた。見てる俺までが嬉しくなるような無邪気な笑顔だった。
食事が済んで一息つくと、俺は話を切り出した。
「ところで、どうして村を襲ったりしたんだ?」
「オソウ?ダレガ?」
ゴブリン達は顔を見合わせて、皆一様に頭の上にクエッションマークを浮かべていた。身に覚えがない、そんな顔を作る。つまりだ、
「意図して襲ったわけじゃない、ということね」
「?」
「じゃあさ、言い方変えるけど、人間の住んでいる村に入って色々採ったりしなかったか?」
「アア、ソレナラヤッタ!」
「チョットモラッタ!」
「タクサンハエテタカラナ!」
「デモ、チョットダケダヨナ?」
「ダヨナ」
要するに、このゴブリン達に悪い気はなかったのだろう。ただ農作物を見つけて美味そうだから採ってきた、盗んだという概念はこれっぽっちもない様子。
「あのな、ゴブリン君達よ。よく聞いてくれよな?実はな…」
俺は村でのゴブリン達の噂についてを簡潔に説明した。俺の説明を聞いて、ゴブリン達は大層驚いて、またショックを受けていた。それは本当に悪気がなかったという何よりの証拠で、見ている俺までが悲しくなるような、そんな雰囲気を醸し出していた。
「ワルイコトヲシタ」
「ユルシテ!」
「ユルサナイ?」
「ユルシテホシイ!」
「ドウシタラユルシテクレル?」
ゴブリン達はウルウルとした瞳を浮かべ俺を見た。やめろ、そんな可愛いらしい目をして俺を見るな。情が移るだろうが。
「でもそうだなぁ…採ったもんは仕方ないし、謝りに行くってもなぁ…」
さいあく、俺がゴブリンの仲間に寝返ったとか思われるかもしれない。それだけは勘弁願いたいわけである。だったら、
「これ以上悪さはしない。あとあの村には二度と近づかないこと…約束できる?」
「デキル!」
「デキルヨナ?」
「モチロン」
「ゴメンナサイ、ニンゲン」
「モウシマセン」
ゴブリン達は一斉には俺に向かって頭を下げた。俺に頭を下げられても仕方ないが、まぁ何を言っても仕方ないし、これはこれで良しとしよう。
今回のクエスト内容はゴブリン討伐とのことだったが、俺以外の誰もここでの出来事を知らないからに、何とでも言いくるめる事ができるはずだ。ゴブリン達は俺が全部纏めて討伐したってことで、ゴブリン達ももうあの村に近付かないということだし、うん、全部まるっとこれで解決だ。
「ところでお前達、ここには昔から住んでるのか?」
話題を変えて、俺はゴブリン達に訊いた。
「イイヤ、サイキンキタ」
「最近?」
「キノウノヨル」
「ソウダヨナ?」
「ソウダヨ」
「マチガイナイ」
「ダナ」
そういえば村長も言ってたような、確かこの付近に魔物が出る事は滅多にないとか。
「どうして来たんだ?」
そんな俺の質問に、ゴブリンは、
「ヨバレタ」
と、ボソリとは応えた。
「呼ばれた?誰に?」
「ワカラナイ。デモ、ダレカガヨンダヨナ?」
「ウン」
「ヨバレタ」
「ソンナキガシタ」
「ダヨナ」
嘘はついていない様子。本当に誰かに呼ばれたとでも言うのか?
「それはお前らのボスか?」
「ボス?ボスッテナニ?」
「ああ、分からないならいいや」
特にこのゴブリン達に親玉がいるって訳でもなさそうだ。だったら余計な詮索はよした方が良さそうだな。
「いいかお前ら、念を押すが、もう村へ行っちゃダメだぞ?むしろ元の住んでた場所に帰った方がいいからな?」
「ドウシテ?」
「それはな、怖い怖い奴がこの付近に住んでいるからだ」
もちろん嘘だ。むしろ怖がられていたのはこのゴブリン達の方。こんなにも可愛いのに、誰もその正体を知らないわけだ。何だか可哀想な気もするが、それも仕方がないだろう。人間は人間、魔物は魔物、住む世界が違うのだから。
そういえばだが、俺ももしかしたら生前の行い次第では魔物になっていたかもしれないんだっけか?
「ん、待てよ…お前達もしかして、異世界転生者だったりする?」
「???」
いやいや、それはないか。
「すまん、忘れてくれ」
その夜はそのまま洞窟の中で一夜を明かして、俺は早朝にも村へと戻ることにした。森に日光が差し始めた頃合い、俺はゴブリン達に見送られ洞窟を出た。
「ホントウニ、イク?」
一匹のゴブリンは寂しそうには呟いた。またその一匹に続いて、
「オマエ、スキ」
「オレモ」
「スキスキ」
「ダイスキ」
「イッショニクラソウ!」
勝手に盛り上がっていた。俺はウンザリとして軽くため息を吐いたものの、ゴブリン達が可愛く見えて仕方がなかった。まるで子供を見ているような、そんな気分だ。
いつか俺に子供ができたとして、このゴブリン達のように素直で、可愛い子供達だったらいいなとか、そんな事を思ったりもする。ゴブリンは勘弁だけどな。
「駄目だよ。俺にも帰りを待ってくれている人がいるんだ」
そう言って、脳裏にルンルンの顔が走り過ぎった。あいつのことだから、今頃泣きべそをかいているに違いない。
「ソレハ、タイセツナヒト?」
「ああ、そうだよ」
「ジャア、シカタナイナ…」
「シカタナイ」
「サビシイケド…」
「ソノタイセツナヒトハモットサビシイカモシレナイ…」
「ダナ…」
ゴブリン達は残念そうに言って、俺の手を握って、
「マタ、アエル?」
物乞いしそうには尋ねてきた。正直もう二度と会えないだろうとは思ったが、この時ばかりはそんなことを言える気分でもなかった。むしろ俺もかなり寂しかった。
「ああ、会いに行くよ。約束だ」
そう言って、俺は小指を差し出した。ゴブリン達は不思議そうにはしていた。そりゃそうだ、指切りげんまんなんて知るわけないよな。
「約束の交わす時、俺の世界では小指を結び合うんだ。いいからほら、皆んな小指出して」
ゴブリン達はおずおずとして様子では小指を出して、
「コウ?」
「そう、じゃあ約束。俺たち6人だけの約束だ」
そう言った俺に対し、ゴブリンはいままで最高の笑顔を見せては、小指を交えた。6人の指切りなんて俺も初めて経験だ。
「じゃあ、今度こそ本当のお別れ。じゃあな、皆んな、またな」
「ウン、マタナ!#ママ__・__#!」
ん?
「おいおい、何だよ#ママ__・__#って?」
「ママハ、ママダ」
「ママトオナジニオイガスル!」
「ソウダソウダ、ママダ!」
「オレタチノママシンジャッタゲド」
「アタラシイママダ!」
「…お、おう」
最早否定する気にもなれなかった。
こうして、俺は村へと戻る間、何故かゴブリン達に「ママ!」と連呼されつつ、それはしばらくの間、聞こえ続いていた。
村へと戻ると、案の定目を真っ赤にしたルンルンがいた。俺の姿を見るや否や、猛スピードでは俺の胸へとダイブしてきて、正直かなり痛かった。
「ルンルン、苦しいよ…」
「シノミヤ!!馬鹿!!また勝手に連れ去られて!!」
「いやいや、無茶言わないでよ…」
ふと、目線は村の奥へ。見ると、数にして十数名にも登る異世界転生者達がそこにはいた。中にはエクシーズの姿も。
「だ、大丈夫ですかシノミヤ!!身体中傷だらけじゃないですか!?」
エクシーズは驚いたように言って、
「…え、嘘…きゃっ、シノミヤ!!ご、ゴブリンにやられたの!?」
ルンルンもやっと俺の傷に気づいてくれた。