紅竜紋章
あの後、俺は異世界案内人Aに手を引かれ人混みから抜けて、とある部屋へと連れられた。その間、皆の見開いた目が突き刺さっていた。何故か俺の競売はかなりの注目を浴びていたらしい。
部屋へ入ると、そこは全面黒塗りのやたら高価そうな部屋であった。
「VIPルームです」
「VIPルーム?」
いわゆる、金持ちだけが入れる部屋、ということなのだろうか?
「ところで、そのブラックカードって…クレジットカード?」
「クレジットカード?」
異世界案内人Aは首を傾げた。どうやらクレジットカードという呼び名ではないらしい。
「つまりあれだよ、金の代わりになる的な意味合いのカードなのかって、そう尋ねている」
「ご名答。このカードは私の資産を証明するものです。わざわざ大金を持ち歩くのも面倒でございましょう?」
異世界案内人Aはクスクスと笑った。成る程、こいつはかなりの金持ちのようだ。
「で、何だって俺を買う?」
「無論、欲しいからに決まっているでしょう?」
「欲しい?」
「そうです。私の側に置きたいと、そう考えております」
そう言って、いやらしい目線を送る異世界案内人A。
「待て、お前馬鹿か?俺は男だって言ったろ?」
「だからですよ。それもまた#唆__そそ__#るじゃないですか?」
いかん。やっぱこいつ生粋の変態だ。
「すまんが、俺はそういうのは勘弁なんだ」
「そういうのとは?」
「白々しいぞ、このエロ老人」
「そんな言い方はあんまりです。私は別に貴女を性の捌け口にしたいわけじゃないのです」
「ほう、じゃあ何だ?」
俺は訊いた。
「それです」
異世界案内人Aは俺の胸元を指差した。異世界案内人Aの指先に、俺の胸元、推定Fカップと予想される豊満な胸がある。
「…やっぱエロ目的じゃねーか」
「違いますか。確かに貴女の胸は魅力的ですがそうじゃありません。その紋章です」
「紋章?」
俺は胸元につけた赤い紋章を流し見た。確か異世界転生者の証のようなものだっけか?」
「これがどうしたって?冒険者の証みたいなもんだろ?」
「…ふふ、大体の方はそうです。だが、どうやら貴女はそうじゃなかったらしい…」
異世界案内人Aはニヤニヤと頰を緩め、恍惚そうには紋章を眺めていた。
「紅竜紋章…まさか貴女がそれ手にするとはね」
「紅竜紋章?なんだそれ?凄いのか?」
「ええ、かなりの代物です。それは潜在的な能力値に恵まれた、異世界転生者の中でも数千年に一度、現れるかも分からないとされる伝説の紋章です」
「…え、何それやばいじゃん」
「そう、ヤバイんですよ」
「何で俺が?」
「さぁ、女神様にしか分かりません。もしかしたら貴女の女体化にも、その辺に秘密があるのかもしれません」
「そう、なのか…だったらますます女神に話を聞かねーとな」
あの女神、俺をどうしたいってんだ?価値のない人生って言ったの、あれは嘘か?
「だからこそ、これを…」
異世界案内人Aはそう言って、懐から10枚の金貨を差し出した。
「10000ゴールド、これで女神様との交信が可能となります。今の手持ちはこれですが、後に残りの10000ゴールドもお支払い致しますよ。どうですか、これを受け取って私と契約しませんか?」
「契約?」
「そう、契約です。主従関係を結び、私の家来となるのです」
「…その家来ってのは、何か俺にデメリットあるわけ?」
「いえいえトンデモない。貴女が紅竜紋章に相応しい立派な冒険者になるまでの間、私が全力でバックアップを致します。最新鋭の武器に最高のクラン、そしてたまに私の夜の相手をしてもらえれば、それだけ充分です。どうですか、メリットしかないでしょう?」
「ふざけんな。何だ夜の相手って」
「一緒にベッドに入るだけ。ただそれだけです。ただちょっと私の寝相が悪くて触ったりしたら申し訳ない程度のこと」
「いやいや最悪じゃねーか」
「そうですか?」
こいつと一緒に寝るなんざ御免被る。だったら契約なんて結ばない方がマシだ。
「悪いが、俺はその契約とやらは結ばない」
「…どうしても?」
「ああ、どうしてもだ」
「そうですか、だったら…」
異世界案内人Aはおもむろに立ち上がると、急に、俺の体へと抱きついた。
「…どういうつもりだ?」
「いえ、契約してくれないなら最後に痴漢でもしておこうかと思いまして」
「ふん、変態野郎が」
俺は異世界案内人Aをぶん殴ると、VIPルームを後にした。
「し、シノミヤぁ!」
VIPルームを出てすぐ、俺は背中からまたもや抱きつかれた。ただ異世界案内人Aとは違って、臭くない分こっちの抱きつきは大分マシだ。
「ルンルン、苦しい」
「シノミヤ!変なことされなかった!?」
「された」
「…やっぱりそうなのね…あの変態糞ジジイ…私のシノミヤに手を出すなんて…許せない」
ルンルンは握りこぶしを作ると、VIPルームへズカズカと歩き出して、俺はそれを止めた。
「いいんだよルンルン、俺が殴っといたから」
「で、でもシノミヤ…」
「ところでルンルン、やっぱり俺と組んでくれないか?」
「え、でもシノミヤ…私、そんな大金出せないし…」
ルンルンは寂しそうに俯いては言った。またポロポロと涙を流しては泣き出した。
「…お金なんかいいよ。稼げばいい」
「で、でも」
「これも何かの縁だ。10000ゴールドぐらいすぐ稼げんだろ?お前勇者だし」
ルンルンは顔を上げて涙目で俺を見ると、袖もとで涙を拭っては、
「…と、当然よ!」
と、俺の手を握った。
「ついて来なさいシノミヤ!貴女は私のものなんだから、これからは知らない奴の後についていっちゃ駄目なのよ!?」
「はーい」
こうして、俺はクランを結成した。
「クラン名は[シノミヤとルンルン団]よ!これなら誰も貴女をとらないでしょう?」
そう言って受付でクラン申請をだしたルンルンは、嬉しそうには笑った。