プロローグ
この物語は私が高校2年生の頃から温めていた作品です。テーマはタイトルにある通り「祈り」です。孤独な戦いを続ける主人公が何に祈るのか。争いに巻き込まれていくもう一人の主人公、エヴァンが何を守ろうとするのか。見守っていただければと思います。本格的に描くのはこれが初めてですので見苦しかと思いますが、よろしくお願い致します。
【プロローグ】
ーー終焉とは時に救済である。
誰もが焦がれ求める永遠は、それを望むまでは理想として抱くことができる。だが、手に入れたら最後、それは不変の地獄と同義になる。善悪好悪を問わず、それは文字通り永遠に続く責め苦となるだろう。
終わりがある。そう信じて初めて、我々は永遠を定義し、渇望することができるのだ。
故に。永遠に続くこの安寧をーー人類が愛してやまない闘争を終わらせること。それもまた一つの終焉であり、救済になるのだろう。誰もが真の平和の輝きに目を奪われる。それが新たな永遠の始まりとは気づかぬまま。
ーーそれでも彼の祈りは、彼女の願いを遵守する。彼女が望んだ世界を守るため。何度でも黒き終焉は訪れる。
* * * * *
その日、世界に光が降り注いだ。
真紅の禍々しい輝き。その赤い光は、地平線の彼方から広がり、やがて更なる地平線を目指す。夜の帳を覆う真紅のヴェール。それは小さな粒子が無数に結びつき、闇夜を照らす光となった。
少年はその異様な光景に見惚れた。2歳年下の妹と並び、窓に顔を寄せて夢中に眺めた。
「きれいだね……!」
「うん、ほんとだ……」
かつて、これほど美しいものを見たことがあっただろうか。“空が青かった時代”にならば、あったかもしれない美しさ……華やかな色彩たち。そんなものがことごとく消失して、不完全な青、黄昏、漆黒の帳が世界に満ちて久しい。
あぁ。赤もあったっけ。戦禍の炎、噎せる程の血の香り。これは今も昔も変わらない。けど、この真紅の光からは、いままでの赤を超越した何かを感じる。
『人は完全じゃないから神を求め、そして人の数だけ神がいる。神の数だけ主張があり、正義がある。正義で溢れ返る人の世界には、常に争いが生じるんだ』
最後に会った時、父さんの言葉はどこか悲しげだった。
『この世界に、もはや絶対神はいないんだ。皆が信仰していた、この惑星の、いや……この宇宙の光は、既に』
戦場に向かった父さんも、やがて己の神に殉ずるのだろう。生存は期待できない。この全滅戦争に希望など持ってはならない。
そう、希望や祈りは神が在って初めて意味を持つ。“神が死んだ世界”で何に祈るというのだ?もっとも、少年は神など信じていなかったが。
しかし、目の前の美しい光景にはどこか尊いものを感じられる。「人」が、生きている。あの光の始まりには、間違いなく「人」がいる。惰性と欲望で生きるヒトではなく、感情に生き、必死に生き、支え合い生きる「人」が。
そんなことを無条件に感じ、母さんにも見せたいと思い振り返る。ちょうど、母さんもこの部屋に入ってきたところだった。妹が無邪気に話しかけた。
「おかあさん、みて!そらがとってもキレイなの!」
母さんは笑顔で妹の顔を見て、
「ん?どうしたの?」
そして、
「……え?」
窓の外を見て、その表情が凍りついた。
(……?)
この光景の美しさに衝撃を受けた、という表情ではない。感動で、彼女の体の震えは説明できない。注視した少年は疑問に思う。
この表情は……恐怖、なのか?
「なんて、こと……」
「母さん?」
母さんはわりとしっかりしているほうだろう。戦争に行った父さんが残した家庭を一人で守ってきた。叱る時はしっかり叱るし、褒める時はとことん褒める。
父さんが戦場へ行ってしまったあの日。泣き止まない妹を慰める母さんは、自身の涙は既に流しきっていた。一番辛いのは母さんだったはずなのに。未練や後悔が残らないように、父さんが惚れたという笑顔で見送った。
そんな強い母さんが、よろめいた。目眩を感じたのか?駆け寄った少年にも気づかず、ただ己の額に手を当てた彼女の唇から、
「……ユーリ」
父さんの名がこぼれた。少年がその意味を理解する間もなく妹が叫んだ。
「おにいちゃんっ、みて……!町がもえてる!」
「え……!?」
ぎょっとして視線を母から窓へと向ける。
赤い世界が、そこにあった。町中は炎に包まれ、人類が好きな色でライトアップされていた。この街は反乱軍の拠点となっていたが、その兵器が徹底的に破壊されていた。現代戦の主力である人型機動兵器「マスペイル」も例外ではなく、町を防衛していたはずの数機が炎に包まれ、役目を果たせなかった四肢を握っていたライフルと共に大地に投げ出していた。やがてそのライフルにも引火し誘爆。朽ちた屍に一輪の花を添えた。
幸い出火箇所は兵器群に限られており、家屋に被害は出ていないようだったが、破壊された無数の兵器が誘爆しないとは限らず、その際の惨状は想像に難くない。
敵機、敵襲、攻撃、爆発、銃声、悲鳴、硝煙の香り、血の匂い。それらがまったく無かった。何の前触れもなくこの破壊は訪れたのか?
いや……予兆はあった。あの真紅のヴェール。あの現象とこの炎にはなんらかの関係があるのだろう。しかし、どう結び付くのかはわからない。
いずれにせよ、今この瞬間にも炎が町を飲み込もうとしている事実に変わりはなく、少年は体の芯が冷えるのを感じた。これが、人類が愛してやまない娯楽ーー戦争と恐怖か。先ほどまで母さんが感じていたであろう感覚を味わい、体の震えを隠す努力をする。妹がいる前で、怯えた自分を見せる訳にはいかない。だが、いつもと違う様子の母さんと幼い妹を連れてどこへ向かえばいい?この炎から逃れる術などーー。
その時。赤い世界を一筋の光が貫いた。
「……あ」
その青い光は、やがて赤い世界を青い世界へと塗り替えた。それほどまでに凄まじい輝きだった。雲が千切れるように真紅のヴェールが剥がれていく。その隙間から漏れ出す青き光はまるで月光。今では資料で見ることしかできない、過去の輝き。
その光は大地へ降り注ぎ、大地の赤と混ざり合う。
「炎が、消えていく……」
あれほど勢いのあった炎が消滅していく。いや、違う。青い光に受け止められ、相殺されているのだ。数十秒後には、町を侵食していた炎は完全に燃え尽きていた。焼け跡には焼却された兵器の群れがあり、家屋に被害は出ていないようだった。
空は青一色に染まっていたが、やがてその光も消えた。世界は再び偽りの空を抱き、何事もなかったかように漆黒の帳を見せる。
少年はこの日、世界の何かが変わったことを感じた。
それが何か、彼はまだ知らない。
* * * * *
LS《ロストサンライト》暦46年。この世界に太陽《カミ》は、ない。
まだ西暦が使われていた当時、数度の世界大戦を経てきた人類は国際連合を脱退、国家そのものを解体した。正確には国ごとの統治権を放棄し、人類連盟政府と名づけられた唯一の世界政府に集権した。もはや国名は地名と同義だった。
これがただの連合政府であったなら過去のあやまちを繰り返し、数世紀を待たずに滅んでいっただろう。しかし、人類連盟政府には切り札があった。
量子演算予測器≪ゼアス≫。あらゆる事象を予測し得る、科学の極致。これに政治運営、軍事活動の決定を任せた人類連盟政府は、その瞬間から機械の傀儡と化した。既に完成していた食糧自動生産システムの存在もあり、人類は惰性で生きることを覚えた。もともと働かなくとも食べていける世界だ。学ぶことをやめ、無意味な繁殖を続けてきた人類にとって、明日とは永遠に続いていくものだと考えられていた。
しかし、終焉はどんなものであれ必ず訪れる。あと十年で石油が尽きる、北極がなくなる、と叫ばれてきたように、あと十年足らずで太陽が消滅することが発覚した。世界を統べていた人類連盟政府には、太陽消滅に対する何の備えもなかった。それを示した≪ゼアス≫は解決策を示さず、人類の大半は自らの業を受け入れていた。最後の国家ーーフリッギア王国が立ち上がるまでは。
≪ゼアス≫完成当初からその危険性を指摘していたフリッギアは国家解体を拒絶し、人類連盟政府に名を連ねなかった唯一の国家であり、連盟政府の屈辱を象徴する国家だった。この国の参加を求め、数度に渡り軍隊を派遣するも全敗。そもそも、もはや生存本能しか残っていない現代人が戦争の役に立つ筈もなく、工業力に頼る戦術が主流となる訳だが、それこそ相手の土俵だった。
世界中の人間が働かなくとも食料に困らないユートピア。努力も学ぶことも放棄した怠惰な人種にはならぬよう、建国以来戒められてきたフリッギアの民は、世界が変わろうともその姿勢を変えなかった。≪ゼアス≫完成後も独自に学び続け、食糧自動生産システムにも頼らず耕作し続けたこの国の国力は凄まじかった。工業面においても独自の発展を遂げ、人類連盟政府のそれを大きく凌駕した。
人が人らしく生きる必要を失った世界で、フリッギア王国が求めたモノは「人らしさ」。効率を求めた連盟政府では獲得し得なかった「ある技術」を手に入れたフリッギアは、その技術を用い地球を救った。
擬似太陽障壁≪ヨルムンガンド≫。地球を覆う殻を作り、太陽消滅の衝撃を防いだ。無論、これだけで防げるはずもなく、フリッギアはもう一つの切り札を投入したのだが、それは後に触れる。
かくして、西暦の世界は終わり光滅暦、LS暦の世界が始まる。人類と地球は太陽系が消滅した後もーー神が死んだ後も存続してしまった。神が去った世界は混乱が生じ、争いが起こるのが常だが、この時の人類も例外ではなかった。
太陽光に依存していたエネルギー生産は≪ヨルムンガンド≫の擬似太陽で補っていたが、以前の生産量に大きく劣り、あれほど騒がれていた地球温暖化が嘘のように寒冷化。平均気温が10度以上低くなり、生態系のバランスを著しく崩す一方、食糧自動生産システムの電力を供給しきれなくなった。
人類が久しく感じていなかった飢餓を今の人類では乗り越えられないだろう。予め≪ゼアス≫に予言されていた事実だけあって、さすがの人類連盟政府も迅速な対応をした。
一般市民に耕作を主とした肉体労働を課したのだ。幸い、現代の食糧は品種改良が行き届いており、市民階層に任せれば必要量を収穫することができた。電力の供給が低下していてもある程度は自動生産システムが稼働し得たこともある。が、これが新たな歪を生むことになった。
政府及び軍に勤めていた人々には、それが中身を伴わないものであれ、公的な「職業」というものを持っていた。勿論、市民にも職はある。機械化が進行している世界でも、芸術のように人間だけが習得できる技術が求められる分野があるし、旧社会の制度が残留した結果、誰もが肩書きや役割を求めたからだ。
しかし、連盟政府は政治家と軍人だけは肉体労働の義務を免除し、エネルギー分配も主要都市に集中させた。≪ゼアス≫と兵器運用のため、というのが建前であり、自分たちの生活水準を下げないため、というのが本音。そんなことは明白だった。そして、それを許す市民でないこともまた然り。
肝心な時に具体的な解決策を用意しなかった≪ゼアス≫。戦う相手を持たぬ軍隊。それに大量の資源を割くことにどれほどの意味がある?それらを削減すれば、自分達の生活がもう少し楽になるのではないか?
疑問と不満を持った市民は、やがて一人の指導者の元に集う。
その男の名はサイファー。仮面で素顔を覆い、娯楽に飢えていた市民を魅了した道化。彼の高いカリスマ性は、ばらばらだった市民を一つの組織にまとめ上げた。人類史上、もはや何番目かわからぬ反乱軍へと。
彼の魔の手は政府軍にも伸びた。現在の階級や上官、生活に多少の不満を持っていた一部の青年将校達は、彼の話術に嵌った。何を吹き込まれたのかはわからない。しかし、その弁舌に惹かれた彼らは反乱軍となり、人類連盟政府と対立した。その士気は他の市民よりも高かったという。
サイファーについてわかっていることは少ない。ただ、彼が惰性で生きる人種ではなく、この反乱軍にもなんらかの別の目的があったことは推察される。その同志と認められた青年達が若く熱い血を滾らせたのか。あるいは、単純に今より良い暮らしを約束されたのか。真相は不明だが、若者によるクーデターは大抵前者である。彼らも英雄になりたかったのだろう。
彼らは多くの兵器を手土産とし、反乱軍に寝返った。サイファーが引き抜いた軍人のほとんどは、人型機動兵器「マスペイル」のパイロットであり、数機がそのまま戦力になった。現代戦の主力兵器である「マスペイル」はLS暦前後に開発された兵器で、火力は従来の戦艦や戦車に劣るものの、その四肢を用いて状況に応じた戦闘が可能であり、汎用性の高さとその姿に魅せられた軍上層部が採用していた。人殺しの道具である兵器に「格好良さ」を求めることからも、彼らの堕落ぶりがわかる。
西暦時代ならば一笑に付されたこの最新兵器も、≪ゼアス≫を完成させていた人類の工業力……いや、機械の工業力に掛かれば容易く実現できる代物だった。機械化の極致とも言われる「マスペイル」は人間よりも圧倒的に優秀なAIを搭載しており、≪ゼアス≫との戦術リンクが可能なこともあり、現代の戦場には無人機が溢れ返っている。有人機はこれらを統べることができるため、数機の「マスペイル」がパイロットごと手に入った時点で、数の問題はある程度緩和されている。あとは無人機を集めれば良い。
サイファーはこれを用いた物資奪取、兵器鹵獲作戦に専念し、反乱軍の戦力増強を計った。
当然、≪ゼアス≫がこれを見落とす筈がなかった。この情報は人類連盟政府に公開され、併せて指針も示された。軍事力による制圧。和解の可能性は示されなかった。当方が勝る物量で蹂躙せよ、との指令が出された連盟政府は即刻、これに従うべく行動を開始した。市民が飢えていたように、戦う相手を持たぬ軍隊も戦争に飢えていたのだ。その軍備は間もなく整い、人類連盟政府はサイファー率いる反乱軍に宣戦布告。LS暦40年、ついに両軍は開戦した。
殻を纏った世界の閉塞感が限界を迎えたのか。あるいは、人類の闘争本能による必然か。いずれにせよ、人類は全滅戦争を開始した。もはや宙に逃れることも叶わぬ人類は、争いを絶やすことなどできないのか。
ーー否。これを看過しない勢力が一つだけ残っていた。
人類を生かしたのは殺しあいをさせるためではない。太陽《カミ》が死んだあとも人は平和を祈り、それを守るべきだーー。
最後の国家、フリッギア王国。彼らはサイファーの台頭、人類連盟政府の宣戦布告を良しとせず、この全滅戦争に武力介入することを宣言した。
エルリーシア・ラウ・フリッギア。弱冠十九歳でありながら、王国軍を統べる第一皇女。LS41年、彼女はこの世界に争いなき理想郷、「ヴァルハラ」を築くことを宣言。その実現のためにこの戦争を終わらせると告げ、王国……いや、人類の切り札を投入した。
殲滅神機「アムドアース」。擬似太陽障壁≪ヨルムンガンド≫と共にこの世界を守った、もう一つの切り札。ERADシステムと呼ばれる王国独自の技術を搭載し、従来の兵器とは一線を画す文字通りの「神」。エルリーシアいわく「人が人であるための兵器」とのことだが、その戦闘力は人為の域を凌駕していた。
フリッギアが保有していた稼働可能なアムドアースは僅か九機。しかも王国外に派遣され、戦場に介入した機体はたったの六機。それだけの戦力で人類連盟政府、反乱軍の双方を圧倒したのだ。
戦況はフリッギア王国の望むがままだった。そもそも数百の無人機が束になったところで、太陽と渡り合える兵器に勝ち目などない。兵器は砂糖菓子のように破壊されていき、僅か数週間で両軍は半数以上の戦力を失っていた。
これに危機感を覚えた人類連盟政府、及び反乱軍は、フリッギア王国攻略を決断。だが、アムドアースが王国を守護している以上、それは不可能に等しかった。
実際、「あと数日で両軍が全滅する」と≪ゼアス≫は示していた。人類連盟政府は乾坤一擲の思いで進軍させ、反乱軍も応じた。それだけの話だ。
もしーー歴史に「if」は無いがーーこのまま順当に行っていれば、≪ゼアス≫の予測は現実となっていただろう。
しかし、そうはならなかった。両軍よりも先にフリッギア王国が滅亡したからだ。
最強勢力の消滅は両軍によってもたらされたものではなかった。機械に頼った彼らが殲滅神機を超える兵器を開発することはついに叶わなかったからだ。
王国滅亡の原因。それは彼らと敵対していた当事者にとってあまりに拍子抜けな結末ーー自滅だった。
≪ヨルムンガンド≫が生産したエネルギーを管理・分配していたのはフリッギアだったが、その根幹には一機のアムドアースがあった。AA-01≪ユグドラシル≫。この機体はその重要な役割を含め、複数の特異な性質を持っていた。
それらのなかでも特に機体全長の違いが目を引く。現主力アムドアースの起源の一つである≪ユグドラシル≫が完成したのは≪ヨルムンガンド≫の完成と同時期だ。当時の王国の権威を示すかのように、この機体は大きすぎた。全長55メートル。平均的なアムドアースの全長が十五メートルから二十メートルに収まるのに対し、この機体はその約3倍。加えて、その巨躯に見合うだけの豊富な武装が施されており、圧倒的な火力を誇っていた。この規模の兵器を運用するのはさしもの王国も骨が折れたと思うが、そもそもこの殲滅神機は王都に固定されていた。
≪ユグドラシル≫は≪ヨルムンガンド≫から生じたエネルギーの供給を管理・分配する役割を担っていた。王都を攻撃することはこの殲滅神機を攻撃することと同義でありーーそもそもその自衛能力の高さから王都を攻略するのは不可能と思われたがーー擬似太陽障壁に頼っている人類にとっては攻撃すること自体がタブーに等しかった。この機体の存在は戦力としての価値よりも、世界の命運を掌握することに意義があったと言えよう。
勿論、世界の命運を一人の搭乗員に任せられない。そのため、この機体に対しフリッギア王国は異例な措置をとった。「人が人であるための兵器」として作られしこの殲滅神機を無人機にしたのだ。戦闘機動も常時封じられ、防衛機能だけを起動した本機は、兵器としての面よりも王国の象徴としての面を濃くしていった。
その≪ユグドラシル≫が突如暴走。原因は不明。真相も未だ明らかになっていないが、この機体の戒めが解かれ王都が蹂躙されたのは事実だ。被害を受けたのは王国だけではなかった。王都を攻略するべく侵攻していた政府軍、及び反乱軍も巻き込まれた。
よもや≪ユグドラシル≫が王都を焦土に変えるほどの戦闘をすることはあるまい。少数精鋭のマスペイル部隊で奇襲を仕掛け、防衛戦力を分断。他の王都防衛のアムドアースとの戦闘も極力避けつつ、王城を制圧。フリッギア王国の花であり象徴であるエルリーシアを確保、あるいは殺害することで王国の動きを封じる。
それが仇となった。途中までは上手くいっていた作戦は≪ユグドラシル≫の暴走によって砕け散った。
両軍は作戦目標をこの災厄の化身を攻略することに切り替えた。封じられていた脅威が進軍を始めたことに対する恐怖が無謀な攻撃を促したのだ。しかし、前線にいたサイファーを始めとする優秀な軍人達の奮戦も空しく、その被害は止まらなかった。
各戦線に介入していたアムドアースも異変に気づき、王都に集結した。が、もとよりスケールの違う殲滅神機だ。苦戦を強いられたのは言うまでもない。
どれ程の間、その地獄が続いたのか。真実を知る者は少ない。確実なのは、≪ユグドラシル≫が破壊され、フリッギア王国が滅亡したことだ。
その結果エネルギー供給が著しく乱れた。電力がおぼつかず、軍事機能は勿論、生活を維持するのも困難を極めた。このため両軍は戦闘を中断。設備の復旧に努めた。
その最中、数少ない王国の生き残りは焦土と化した王国を去った。その多くは王国の技術を手土産にして人類連盟政府の傘下に入り、新しい居場所を得ていった。
そして。この戦場でサイファーが死んだ。連盟政府軍も優秀な人材を失ったが、リーダーを失った反乱軍がそれ以上の混乱に見舞われたのは必然だった。サイファーの副官で、優秀なマスペイル乗りでもある男リュウロ・ゲルファインが跡を継いだが、組織の弱体化は否めない。もしこの混乱期に政府軍が総攻撃を行っていれば、容易く反乱軍を駆逐できていただろう。だが、それは叶わなかった。
両軍はこの戦闘の最終局面に現れた不可解な現象、「真紅のヴェール」によって生じた火災により大量の兵器を破壊されていたのだ。
日頃からサイファーの指示で最低限の戦力しか稼働させず、戦力を地下に温存させていた反乱軍の被害は比較的軽微だった。そもそも政府軍と比較して大した戦力を保有していなかったが。
しかし物量で勝り、各戦線でも大部隊を展開していた連盟政府軍はかなりの被害を受けていた。一部将校は残存戦力でも十分反乱軍を掃討できる、と上層部に進言したが、それも≪ゼアス≫が戦力の補充を指示するまでの話だった。
人類連盟政府は未だ≪ゼアス≫の予測を頼り、それを絶対視していた。想像以上の被害に頭を抱える上層部の現実逃避は、彼らに考えることをやめさせ、機械任せな傾向を更に強くしていった。
連盟政府軍が軍備を整え終わったのは、「ヴァルハラ戦役」と呼ばれるあの戦争から5年を経たLS46年ーーつまり、現在。対する反乱軍は前年、リュウロのもと「レイヴァス」という組織に生まれ変わり、再起の時を待っていた。
両軍が再度衝突する日は遠くない。一つの国が滅び去り、争いなき理想郷は実現しなかった。もとより実現不可能な夢物語だったのだ。機械の神が敗れ去り、機械の巨人が暴虐を振りまく世界がここにある。
世界は変わらない。鉄くさい赤で染まった景色は殻の中を満たし、世界を侵食する。死の臭いが充満しても、もはや殻を破って逃げ出すことも叶わぬ人類。そこには常に絶望が満ちていた。
--だが。忘れてはならないことがある。
人は絶望した時ほど希望に縋る。それが無駄なことだと知りながら、存在も疑わしい神へと祈る。たとえ絶対神が死に、機械の神も敗れた世界であったとしてもそれは変わらない。それでも人は何かに祈る。
何に祈り、何を祈るのか。人によって答えは異なるだろう。
しかし、ここに一つの答えがある。
人はーー。