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失敗の団地

即興小説トレーニングより。

お題:「失敗の団地」

必須要素「ご飯」

 とある廃墟となった団地は、夜になると吹き抜ける風が奇妙の音を発したり、扉が勝手に開いたりと不気味な現象が良く起こる。しかしながら住宅街に近く、建物もしっかりしていることから、肝試しスポットとして人気が高い。

 行った人の話によると、心霊写真が撮れたり、バルコニーに放置されている物干し竿が勝手に浮かんだりといった現象が起こる他、行った人が原因不明の病気にかかったこともあるという。ただ、それらも人づてでしか聞くことがないため、真偽のほどは不確かである。


 よくある心霊スポットのような場所だが、一つだけ、他の心霊スポットとは違う妙なルールが定められているという。それは、「食べ物を持って行ってはいけない」ということだ。

 理由は定かではなく、食べ物を持って行った人がどうなったかもあやふやである。ある人は病気になって死んだというし、ある人は事故に遭ったという。廃墟となって約三十年経つ団地だが、いつの間にか定着したルールである。

 そんな奇妙な場所に、今年も肝試しの参加者がやってきた。


 高校生のユウト、ジュンヤ、サクラ、ミナミの四人は、学校の近くにあるこの建物に肝試しにやってきた。時刻は午後八時、夏とはいえ辺りはすっかり暗くなっている。

「……で、ちゃんと準備してきた?」

 団地の入口で、懐中電灯を持ったユウトが言うと、三人は「はーい」と返す。

「僕は懐中電灯に予備の電池、それに何かあってもいいようにバットを持ってきたよ」

 ジュンヤはそう言いながら、バットを勢いよく振る。ブンッ、という音が気持ち良く風を切る。

「私はペンライトと着替え用のシャツね。ここら辺、汚れやすいから」

 続けて、サクラがショルダーバッグから荷物を取りだす。さらにミナミも、「私はランタン持ってきたよ」と少し大きめのランタンの電源を入れた。

「あれ、みんな、肝心なものは?」

 ユウトが三人の顔を見ると、三人とも「もちろん」と荷物の中からそれぞれ食べ物を取りだす。ジュンヤはアンパンとコーヒー牛乳、サクラはおにぎりに緑茶、ミナミは焼きそばパンと炭酸飲料だ。

「よし、この団地に入る際は食べ物のを持っていてはいけないと言われているが、何故そう言われているのか、我々が確かめるのだ!」

 ユウトは一人で「オー!」と叫ぶが、三人はあまり乗り気ではない。

「でもさぁ、持って入っちゃいけないって言われているもの持ってて本当に大丈夫なの? なんか死んだ人もいるって聞いたけど」

 サクラが腕を組んでそう言うと、「ノープロブレム」とユウトは返した。

「大体死んだって言ってもどこにもそういう関連のニュースは残ってないし、誰かが勝手に流した噂に決まってるじゃないか。そもそも肝試しに食べ物なんて、あんまり持っていかないだろうし」

「で、でも、万が一のことがあったら……」

 問題ない、と言い続けるユウトに、ミナミは少し震えながら反論する。

「だだ、大丈夫だよ、食べ物持っているだけで何かあるなんて……な、何かあったら、ぼ、僕たちがどうにかするからさぁ」

 やはり震えながら、ジュンヤがミナミを励ます。どうやら、ジュンヤも不安なようだ。

「まったく、ジュンヤもミナミも情けないなぁ。こういうのは、恐がったら負けなんだよ。ささ、入るぞ!」

 そう言うと、あまり役目をはたしていない「立入禁止」の札が貼られたロープをくぐり、ユウトは中に入った。


 夏とはいえ、夜の風は少し冷たい。加えて、団地を吹き抜ける風がゴォォッと妙な音を立てるので、そのたびに体が震える。

「ね、ねえ、本当に大丈夫なの? 幽霊とか、出たりしない?」

 やはりミナミは恐がりなのか、ずっとジュンヤの後ろに隠れている。そのジュンヤも、サクラの後ろで不安そうな顔をしている。

「そそ、そうだよ。ひ、引き返すなら今のうちに……」

「まったく、ミナミはともかく、ジュンヤは男なんだからもっとシャキッとしなさい!」

 そう言うと、サクラはジュンヤの肩をバンッと叩く。ジュンヤは「ひぃっ!」と言いながら顔をひきつらせた。

「はぁ……この分じゃあ、屋上まで行けないなぁ」

「ん、この団地、屋上あるの?」

「うん。昔は鍵が掛かっていたけど、今は壊れてすぐに開くらしいよ」

「屋上って、何があるのさ?」

「さぁ……詳しいことは、聞いたことないけど」

 ユウトとサクラは、団地のことを話しながら、どんどん先に進む。ジュンヤとミナミは「待ってよぉ」と情けない声を出しながら、後について行くのが精いっぱいだ。

「と、ところで、この団地って、何で廃墟になったの?」

 ジュンヤが尋ねると、ユウトは待ってましたとばかりに話し始めた。

「この団地に住むと、どういうわけか食中毒がよく起こってね。よく料理を作る主婦でも、ある日突然食中毒を起こして倒れることがあるんだって。原因を調べても分からないし、その噂のせいでどんどん住む人がいなくなったんだ。それで、取り壊されもせずに廃墟になったらしいよ」

 ユウトの話を聞き、サクラは「あ、なるほど」と声をあげた。

「食中毒が起こったから、食べ物を持っていっちゃダメってことか」

「そうかもね。この団地の家賃をあてにしていたお偉いさんからは、よく『失敗の団地』って言われているらしいからね。食べ物を持ちこんじゃダメっていうのは、ここでご飯食べて、お腹を壊した人でもいるからかな」

 ユウトは笑いながら、先に進む。

「それを確かめるのが、今日の目的だからね」

「え、ええ、それって、私たちにお腹壊せってこと?」

「それだけならいいけどねぇ……」

 含みを持った言い方に、ミナミは思わず「ひっ!」と声を挙げる。

「ユウト、あんまりミナミを怖がらせちゃダメだよ。先に進めなくなったらどうすんのさ?」

「ああ、すまんすまん。えっと……ここで階段が途切れてるから、反対側に行かなくちゃ」

 しばらく階段を進んでいたものの、四階からは反対の方に行かなければならない。通路を歩き、一つ、また一つと部屋を通りすぎていく。

 途中、好奇心からユウトはドアノブを回してみる。鍵が掛かっていない部屋を見つけると、ゆっくりとドアを開けた。中はがらんとしていて、ホコリが溜まっている。家具などは一つもなかった。

「さすがに、誰かが住んだ後には見えないね」

「そりゃ、引っ越しの時に家具も荷物も全部持っていくだろうし、さすがに何も残ってないよ」

 そう言いながらも、サクラは何かないかと部屋の中を覗く。ジュンヤとミナミは、さすがに見る勇気がないようだ。

 何もないことを確認し、部屋から立ち去る。しかし、ドアを閉めていなかったせいで、少し進んだところでバタン、と部屋のドアが勝手に閉まった。そのせいで、ジュンヤとミナミが「ひいっ!」と悲鳴を挙げた。

「ハハハ、ドアが閉まっただけだよ」

「本当にこの先、大丈夫なのかねぇ、あの二人」

 サクラが「ほら、行くよ」とミナミの手をひっぱる。ジュンヤも半分涙目になりながら、後をついていった。


 反対側の階段にたどり着くと、そこからさらに上を目指す。すると、六階の上に行く階段の途中に、少し外れているドアが見つかった。

「……開く、みたいだね」

 サクラがゆっくりとドアを開け、外に出る。ユウトたちもそのあとに続く。

 ドアの先は屋上になっていた。飛び降り防止用と思われる金網が張り巡らされているが、ところどころ破れている。破れていない場所も錆だらけで、恐らく機能はしていないだろう。

「へぇ、ここが屋上かぁ。思ったよりがらんとしてるね」

「そうね。結構景色はいいみたいだけど」

 ユウトとサクラは、金網越しに屋上からの景色を眺める。通っている高校やその近くにある山、そして明かりの灯った家やビルが一望できる。

「へぇ、この街って、こういうふうになってたんだね」

「そうね、初めて見たわ」

 ユウトとサクラが景色に見とれていると、ジュンヤとミナミも恐る恐るその景色を眺めた。

「きれい……」

 今まで怖がっていたミナミも、美しい景色を見て感動していた。

「……さて、そろそろご飯にしよう。みんな、食べ物を出して」

 ユウトがそう言いながら持ってきたサンドイッチを出すと、サクラもおにぎりを取りだす。ジュンヤとミナミは少し戸惑ったが、それぞれ持ってきたものを出した。

「それじゃあ……いただきまーす」

 一足先に、ユウトがサンドイッチを口にする。

「うん、美味しいよ。みんなも食べて食べて」

 特におかしなことは起こっていないようだ。そう思い、サクラもおにぎりを口にしようとする。

 しかし、その瞬間、ユウトが「ぐっ……」と苦しそうに呻き始めた。

「え、ちょ、ユウト君、大丈夫?」

「おい、ユウト! しっかりしろ!」

 ジュンヤとミナミが心配して近寄る。しかし、ユウトはゴクリとサンドイッチを飲みこむと、「嘘だよー」とおどけて見せた。

「も、もう、びっくりさせないでよぉ……」

 ミナミは力が抜けて、その場でへたれこむ。床が汚れているが、お構いなしだ。

「まったく、ユウトはそうやって冗談ばっかり……」

 サクラはそう言いながら、おにぎりをほおばる。しかし、突然サクラの目つきが変わった。何か恐ろしいものを見るような目で、ジュンヤの後ろを指さす。

「え、僕の後ろに何か?」

 ジュンヤが振り返るが、暗い空が見えるだけで何もない。しかし、サクラの様子はずっと変なままだ。

「お、おい、サクラ、冗談はよせ、芝居はいいから……」

 ユウトが呼びかけるが、サクラはずっとジュンヤの後ろを指さしたままだ。さらに、口からおにぎりを吐きだそうと両手を地面に着くが、吐きだせずに苦しそうな表情を見せる。

「おい、お茶! お茶を飲め!」

 ユウトがサクラにペットボトルのお茶を開けて差し出す。しかし、それを飲もうとするもそのまま仰向けに倒れ込んでしまった。

「おい、サクラ! サクラ!」

 いくら声を掛けても、サクラは苦しそうにするだけで反応しない。

「これって……まさか……」

「い、いやぁぁぁぁぁ!」

 ミナミはあまりの恐ろしさに、大声で叫んで頭を抱える。ジュンヤはなんとかミナミのそばにいようとするが、腰が抜けて立ち上がれない。

「もしかして、食べ物を持ってきちゃいけない理由って……」

 倒れたままのサクラを見ながら、ユウトは立ち尽くしてしまう。ふと何かの気配を感じ、振り向くとそこには







「昨夜未明、高校生四人が、廃屋となった建物の屋上で発見されました。そのうち女性一人が死亡、三人が意識不明の重体です。現場は三十年前に廃屋となった団地で、心霊スポットとしても有名だったそうで、四人は肝試しに来ていたものとみられています。死亡した女性は、食べていたおにぎりをのどに詰まらせて窒息したことが原因とみられますが、何故このような場所で窒息したのか、警察は詳しい原因を調べています」



 この団地に入る時は、食べ物を持っていってはいけない。食べるのに失敗して、のどに詰まらせてしまうから。

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