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ウソユメ2

 強い日差しを照らすアスファルトの道路脇に、いくつもの街路樹が並ぶ。

 この見慣れた景色は、タロウたちの通学路だ。片側の歩道は山になっており、もう片側は住宅街となっている。小さなお店がいくつか並んでおり、この先にはタロウたちが通う高校がある。

 妙に静かな空間には、見る限り他の誰もいない。車すら通っていない。

 外は明るいのだが、時間はわからない。タロウはそんな静かな通学路を、どこへ行く当てもなく歩いていた。

 しばらく歩いて高校の前に来ると、校門の前に同年代の女の子が立っている。制服姿のその子をよく見ると、どうやらマホのようだ。

 手を振って校門に近づくと、マホもタロウに向かって手を振った。

「タロウ、話って、何?」

 マホはそう言った、ように聞こえた。あいまいながらもその言葉を聞き、タロウはマホに何かを伝えなければならないと思った。

 タロウは勇気を持ち、マホに普段から伝えたかったこと、思っていたことを口に出した。

「マホちゃん、僕、マホちゃんのことが好きなんだ。僕と付き合ってくれ」

 思ったよりも緊張はない。何故この場所なのかはわからないが、タロウは今ここで伝えなければならない気がしていた。

 少しだけ、落ち着かない気持ちでマホからの返事を待つ。しかし、マホは俯いてタロウの方を見ようとしない。

「……ごめんね。私、今日で遠くに引っ越すの。だから、タロウとは付き合えない」

「え?」

 思わぬ返答に、タロウは文字通り開いた口がふさがらない。何も言えずに立ち尽くしていると、マホは後ろを向いて歩き去って行く。

「じゃあね、タロウ」

 マホはそう言ってタロウの元から走り去っていく。

「ま、待ってよ、マホちゃん、マホちゃん!」

 追いかけようとするも、体が動かない。タロウは必死に手を伸ばすが、マホはすでに道路のはるか向こうに行ってしまった。

 途端にチャイムの音が鳴り響くが、タロウの耳には入ってこなかった。


 朝日の眩しさと、響き渡るアラームの音で、タロウは目を覚ました。

 目の前に広がる幾何学模様の張り紙の中に浮かぶ、円い蛍光灯を眺めながら、タロウは布団の中で先ほど起こったことを反芻していた。

「夢……か。なんだか随分とリアルだったな」

 タロウは額に右手を当て汗をぬぐうと、そのままベッドから起き上がり、着替えることにした。

 汗でまとわりつく寝間着を脱ぐと、タンスの引き出しに入ったプリント柄の長袖シャツを着る。そしてジーンズを穿こうとしたとき、ふとタロウは昨日のことを思い出した。

「そういえば、さっき見た夢……もしも嘘夢って奴だったら、逆の出来事が起こるのかな」

 そう思い、ジーンズのベルトを締めると、タロウはLINEでマホにメッセージを送った。

「マホちゃん、話があるんだけど、昼から会えない?」

 送り終えると、マホからの連絡を待つ間、タロウは朝食を取るためにダイニングへと向かった。


 午後一時、タロウは待ち合わせの校門に向かって通学路を歩いていた。

 太陽が間もなく真上に上がり、陽射しが強くなる時間帯。雲一つない澄み切った空を見ながら、時々街路樹から漏れる光が眼に入り顔をそむける。

 まるで夢の中で見たような静けさだが、車が通るし、鳥や虫の鳴き声もする。春休みだからだろうか、近くの公園では子供たちが遊んでおり、歩道ではマラソンを楽しむ高齢者や、買い物袋を持った女性があるいている。風の感触と日光の暖かさが、夢とは違う現実の世界を実感させた。

 校門が見えると、そこには白い長そでのシャツにジーンズ姿のマホが待っていた。校門にもたれかかり、じっと空を見ているようだ。

 タロウが声を掛けると、マホは笑顔で手を振って応えた。

「ごめんね、急に呼び出したりして」

「ううん、別に、暇だったし。それで、話って?」

 マホがもたれかかっていた校門から背中を離すと、手を後ろに組んでタロウの前に立った。タロウはマホの屈託のない笑顔を見て、照れながら顔をそむけた。

「話っていうかね、昨日言ってたじゃん、嘘夢の話。エイプリルフールに見た夢は、現実では違う結果になるって」

「うん」

「実は僕、昨日この場所の夢を見たんだ。それで……」

 タロウは途中まで言いかけて言葉を飲み込んだ。一瞬恥ずかしくなって続けるのをやめようと思ったが、せっかく呼び出しているのに悪いと思い、マホの顔を見て続けることにした。

「夢の中で、僕はマホちゃんに好きだって告白したんだ。そしたらマホちゃん、遠くに行くから付き合えないって、そのままどこかに行っちゃって……」

「……」

 マホはぼうっとしたまま、タロウの話を聞きつづけた。かすかに吹き抜ける風が、マホの髪を揺らす。

「あ、えっと、その……付き合うっていうのは別にしても、急に遠くに行くって言われるとやっぱり寂しいっていうか、現実になってほしくないから、嘘の夢だったらいいなって」

 タロウは真っ赤な顔になりながら、慌てて釈明する。その様子がおかしかったのか、マホは思わず吹き出してしまった。

「あははは、何言ってるのよ。私に引越しの予定とかないし、遠くに行くわけないじゃん。何でそんなに真剣な顔で言うのさ」

「あ、うん、そうだよね」

 笑い続けるマホに、タロウは口を開けてぽかんとしてしまった。

「それにね、もしタロウが私に告白してきたら、私はOK出すよ。私だって、タロウのこと好きだから」

「ああ、そうだよねさすがにそれは……え?」

 思わぬ言葉を平然と口にするマホに、タロウは一瞬頭が真っ白になった。タロウは一瞬すべての音が無くなったかのような感覚に陥り、車の通る音で我に返る。

「タロウ、私のこと、夢に見るくらい好きなんでしょ? なら、付き合ってもいいよ」

「……本当に?」

「もちろん!」

 そう言うと、マホはタロウの目の前まで駆け寄り、今出ている太陽に負けないほどの明るい笑顔を見せた。途端に、タロウは全身の力が抜けるように崩れ落ちた。

「あれ、タロウ、どうしたの?」

「い、いや、ここまで夢と違う結果になるなんて、本当に嘘夢ってあるんだなって思って」

 タロウは両手をついて座り込みながら、思わず壊れたように笑い始めた。

 しかし、そんなタロウとは逆に、マホは先ほどの笑顔から一転して曇った表情を見せた。

「嘘夢、か。私、信じてないんだよね」

「え、だってマホちゃん、嘘夢のこと知ってたじゃん」

 タロウが立ち上がって衣服の埃を払うと、マホはタロウに背を向けて歩道を歩きだす。

「噂は聞いていたけど、きっとタロウの言う通り、全部偶然。今まで夢とまったく違うことが起こった、なんてことなかったし」

「それはマホちゃんの見る夢が、現実とかけ離れているからでしょ?」

「それはそうだけど……それに、今日見た夢は正夢になっても、逆のことは起こってほしくないから」

「今日の夢?」

 タロウが言うと、マホは校門から二本目に近い街路樹の近くで立ち止り、タロウの方へと振り向く。

「私が歩いてると、事故に遭いそうになって、タロウが助けてくれるの。それで、そのままタロウがどこかへ連れていってくれるっていう夢」

「僕がマホちゃんを助けるの?」

「うん。だから、逆のことは起こってほしくないって」

「それって……」

 タロウが言いかけた瞬間、キィッ、と甲高い音が鳴り響いた。タロウが道路に目を向けると、ものすごいスピードで車がこちらに向かってきている。

「マホちゃん、危ない!」

「え?」

 タロウの声を聞き、マホは慌てて後ろへ振り返る。気が付いたときには、既に車はマホの目の前にあった。どうやら、飛ばし過ぎてコントロールが効かなくなっているようだ。

 タロウが慌てて助けようとするが、距離が離れすぎていて間に合わない。ブレーキ音を響かせながら、車はマホのいる歩道に突っ込んでくる。

 マホは何とか車を避けようとするが、この距離では間に合わない。

 車は歩道に突っ込み、段差に引っかかって止まったが、その車にぶつかったマホの体は、タロウの目の前まで突き飛ばされた。倒れて頭をアスファルトの地面にぶつけた衝撃で、大量の血が流れ出す。

「マホ……ちゃ……」

 歩いていた人が騒ぎはじめ、何人かが消防や警察に連絡する中、目の前の変わり果てたマホの姿を見て、タロウは立ちすくんだまま動けない。

 ふと、タロウの頭の中に、あの曲の歌詞がよぎった。


 僕の夢がウソでも 君の夢が本当ならよかったのに――


<ウソユメ おわり>

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