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ウソユメ1

 三月が終わり、新年度が始まる四月。例年より低い気温のせいで遅い時期まで咲いていた桜も、徐々に花びらを落としていく。

 学生たちは春休みの真っただ中であり、特に小中学生にとっては勉強に縛られず、のびのびとした時間を過ごすことができる期間だ。

 ただ、休みと言っても、今どきの子供は外で遊ぶことが少ない。小学生はともかく、中高生のほとんどはもっぱら家の中でネットやゲームをしているし、外に出ても買い物やゲームセンター、カラオケで時間をつぶすことが多くなっている。彼らもそんな学生たちだった。


「遅いよタロウ、どうしたのさ」

 カラオケ店の入口で待っている少女が、汗だくでこちらに走ってやってくる少年、タロウに声を掛けた。

「はぁ、はぁ、だ、だって今日エイプリル・フールだから、デマが飛び交ってて本当の集合時間が分からなかったんだよ」

「え、昨日LINEで連絡したじゃん。昼の一時からだって」

「だってマホちゃん、朝いきなり『やっぱり朝から歌いたいから朝十時集合』とか言われたらびっくりするよ」

 タロウが声を掛けた髪の長い少女、マホに言うと、マホは「そんなのウソに決まってるでしょ」と言ってタロウの手を引っ張った。

「ちょ、ちょっと待てよ」

 慌てるタロウの声をよそに、マホは店の中へとタロウを引きこむ。

 平日とはいえ春休み中のカラオケ店は、既に空席待ちの客が出来るほど混んでいた。

 既に満室だったが、先に友達が受付を済ませていたので、後は部屋で歌うだけだ。ドリンクバーのグラスにそれぞれジュースを注ぎ、タロウとマホは友達が待つ部屋に向かった。

「えっと、106号室……っと、ここか」

 ドアのプレートを見ながら部屋を探し、「106」と書かれた扉をそっと開ける。その瞬間、大音量の音楽が外に漏れ出した。

 ソファにテーブルといった簡単な造りの部屋では、すでに四人の友人が先にカラオケを楽しんでいる。

「おまたせー。タロウ、時間間違えてたみたいよ」

「おっそいよ。じゃあタロウ君次歌ってね」

 友人の一人、ノドカはそう言うと、音楽が終わったと同時にタロウにマイクを手渡した。さらにタロウが座ると、リモコンを手渡す。

「わかったわかった。えっと……」

 タロウはリモコンの履歴を見ると、ひとまず無難に、みんなが知っていそうなJ-POPを選曲した。

 入力が終わると、しばらくして数年前流行った音楽が流れ出す。モニターには、春らしい桜並木の風景とともに、懐かしいフレーズをの歌詞が映し出される。その歌詞に沿ってタロウが歌い始めるが、みんなおしゃべりに夢中になっていた。


「ところで、何でエイプリルフールなんてあるんだろうね。嘘なんていつもついてるじゃないか」

 一曲歌い終わった後、タロウはため息をつきながらマホに尋ねた。カラオケは、タロウの友達が別のJ-POPの曲を歌っている。

「昔からの習慣だから、別にいいじゃない。それに、たまにはこういうイベントがないと、毎日が楽しくないしね」

「別にいいだろ。楽しいことなんて、いつでも出来るし」

「そりゃ、タロウはいつも遊んでばかりだろうけどさ」

「なんだよそれ」

「だったら、今度遊びに連れて行ってよ」

「え? えっと……」

 タロウは思わず言葉につまる。

「いいけど、どこに?」

「ゲーセンとか」

「そんなところでいいのかよ」

 若干期待外れなマホの答えに、タロウはため息をついた。

 高校を入学してから、マホとタロウは同じクラスで一年間過ごしてきた。

 マホは一年の頃から誰とでも仲良くできる性格で、特に男女分け隔てなく友達として接していた。

 最初はタロウも、他の男子と同じようにマホと接していたのだが、いつしかマホがそばに当たり前となっていた。そして、マホが自分以外の人と話しているのを見ていると、何故か不安になるようになった。

 そして気が付けば、いつもマホのことを見ていた。そんな気持ちに気が付いたのは、春休みが終わる前の事だった。

 出来れば、新学期が始まる前に、マホに思いを伝えたい。そう思いながら、タロウははしゃぐマホを見ていた。


「あ、次、ノドカの番だよ。はい」

 マホにリモコンを渡され、マホの友人のノドカは素早く選曲をする。リモコンからカラオケ本体に送信すると、最近カラオケ送信が行われた曲の紹介が消える。代わりに、桜の花が満開の晴れた公園が映し出され、「ウソユメ」というタイトルが浮かび上がった。

「あ、この曲、最近はやってるよね」

「そうそう、結構好きなんだ」

 マホがノドカにマイクを渡すと、ノドカは歌詞が流れると同時に歌い始める。決して上手とは言えないが、ノドカの美しいソプラノボイスが室内に響き渡った。

 サビにかかると、周りにいた友人たちも、歌詞に合わせて歌い始める。「ウソユメ」は、人気ドラマの主題歌であるため、非常に有名な曲なのだ。

「やっぱり歌詞がいいよね」

 間奏に入ると、マホは川のほとりを歩く男女が映し出された画面を見ながら、タロウにつぶやいた。

「歌詞?」

「うん、だってほら、サビの『僕の夢がウソでも 君の夢が本当ならよかったのに』っていうところ。なんだか、たとえ自分が幸せでなくても、好きな人が見た幸せな夢が現実になればいいなって思われてるの、素敵じゃない?」

「そう? 自分も好きな人も幸せなのがいちばんじゃないか」

「もう、タロウにはロマンがない!」

 そう言って、マホはぷいとタロウから顔をそむけた。


 ノドカが歌い終わると、大きな拍手が巻き起こる。ノドカは「お粗末様でした」と一礼して、マイクをテーブルの上に置いた。

「あ、そういえばさ、今日エイプリルフールじゃん? エイプリルフールといえば、一つ噂話があったでしょ?」

「ああ、あったあった」

 ノドカが話し出すと、ノドカの女友達がうんうんと頷きながら共感する。その隣にいたタロウの男友達も、「そんな話あるね」と頷いた。

「え、何それ?」

「え、タロウ知らないの? エイプリルフールに見る夢の話」

「知らないなぁ。有名な話なの?」

 タロウが全員の顔をきょろきょろ見ると、誰もが「ウソでしょ?」というようなあっけにとられた顔をしていた。

「タロウ君、エイプリルフールっていうのは、ウソをついてもいい日だっていうのはわかるよね」

 ノドカがジュースを飲みながら、タロウに言った。

「そりゃわかるけど」

「それでね、ウソをつくのはなにも人間だけじゃないの。エイプリルフールに見る夢もウソをつくんだって」

「へ、夢?」

「そう、夢」

 一体どういうことなのか、とタロウはまるで宇宙人にでも出会ったかのような顔を見せた。

「エイプリルフール、正確には四月一日から二日にかけて見た夢と、現実ではまったく違うことが起こるらしいよ」

「へぇ、それが『夢がウソをつく』ってこと?」

「うん。逆夢っていうのかな。正夢の反対。特にエイプリルフールの夜に見る夢は、『嘘夢(きょむ)』って言われてて、逆夢になる確率が高いらしいよ」

「そんなに?」

 ノドカが何かに見とれるように話し続ける。タロウはコーラを飲みながら、首をかしげた。

「本当だよ。俺、去年エイプリルフールに通学路で一億円くらい拾う夢みたんだ。次の日、同じ場所で溝に財布落としちゃって、大変な目に遭ったんだから」

「私は、クラスで仲良かった子がクラス替えでバラバラになった夢を見たんだけど、始業式の日にクラス発表みたら、全員同じクラスだったよ」

 タロウが疑問を浮かべていると、タロウの男友達とノドカの女友達が、自分の経験を語りだした。「あれって絶対嘘夢だよねー」と言い合っていたが、タロウはいまだに信じる様子はない。

「あれ、でも私、去年ベルサイユ宮殿で暗殺されそうな夢見たけど、その後何も起こらなかったよ?」

 夢の話を聞いてマホが言うと、ノドカが思わず飲みかけたジュースを吹きそうになった。

「そりゃだって、ベルサイユ宮殿なんかここらにあるわけないじゃない」

「えぇ、だってそういう夢だったもん」

 ノドカに笑われながら言われ、マホはほっぺを膨らませた。

「あのね、嘘夢は、現実に即した夢じゃないと意味がないの。例えばアニメの夢だったりドラマの夢だったり、現実とかけ離れた夢の場合、嘘夢にはならないのよ」

「ふぅん。いろいろ制約があるんだ。まあ、ある意味、夢の通りにはなっていないけどね」

「まあね。夢っていうのは、自分が普段思っていることや人、場所が出てきやすいから、アニメをよく見る人は関係ないかも。でも、嘘夢は一昨年あたりから噂になり始めたんだけど、ほとんどの人が見た夢とは逆のことが起こってるんだって」

 ノドカが必死になって訴えるも、タロウはため息をついてやれやれといった表情を見せる。

「偶然だよ、偶然。あるいは、誰かの作り話だって」

 そう言うと、タロウはリモコンを取って曲を探し始めた。

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