冬の冥界案内人
即興小説トレーニングより。
お題:12月の冥界
必須要素:暗黒の瞳
十二月ともなると、日が落ちるのが早い。夕方五時ともなれば、辺りは暗くなるほどだ。
そんな暗い田舎道の中、私は一人家路に急ぐ。辺り一面田んぼと畑ばかりで、途中ぽつりぽつりと民家が見える。山から吹く冷たい風は、容赦なく私に襲い掛かる。
「あんまり女一人で出歩くもんじゃないわね」
誰に言うでもなく、自然と愚痴が出る。夏ともなれば虫の鳴き声がオーケストラのごとく響き渡るのだが、今はいたって静かなものだ。
それにしても、今日は静かすぎる。聞こえるのは風の音くらいだ。いつものこの時間なら、まだ畑仕事をしている近所の人がいるのに、今日はどこにも見当たらない。
「……雨が降りそうだから、かな」
ふと足を止め、空を眺める。黒い雲が、徐々に星空を覆っていく。
急いで帰らないと。そう思い、歩き始めた時だった。
目の前に、小さな女の子が立っている。黒くて長い髪が美しい、小学生高学年くらいの子だ。この辺の子なら、大体顔を見れば誰だか分かるのだが、どうやら知っている子ではないようだ。
今の時間だと、もう他の子は家に戻っているだろう。とすると、今から家に帰るところだろうか。
そう思っていると、女の子は突然振り返り、こちらに歩き始めた。私は思わず足を止める。
「……おねえさんも、一人ぼっち?」
かわいらしく高い声で、女の子が話し掛けてくる。まるで心に闇があるような、暗黒の瞳で、女の子は私を見つめる。
「え……い、いや、私は今から家に帰るところで……」
一応家族と暮らしているので、一人ぼっち、というわけではない。
「でも、ここにいるっていうことは、おねえさん、一人ぼっちなんでしょ?」
「……?」
女の子の言っている意味が分からない。確かに人口の少ない村ではあるが、他に誰もいないわけではない。なのに、何故ここにいると一人ぼっちになるのだろう。
「良く分からないけれど、どこに住んでいるの? お母さんは?」
「わたしは、ここでまいごになっているの。おかあさんとおとうさんは、もう死んじゃった」
「そう、なんだ……」
この子は両親を早くから亡くし、誰かに引きとられたのだろう。ならば、引き取り手がいるはず。
「おうちはどこ? そろそろ帰らないといけないんじゃないよ?」
「おうちは、ないよ。わたしは、まいごだから……」
この村の人間ではないのだろうか? それとも、誰かに棄てられて……
「とにかく、お姉ちゃんの家に行こうか。お腹すいたでしょ?」
「おねえさんの、おうち?」
「そう。迷子になっているなら、しばらくうちで暮らせばいいじゃない」
「おねえさんのおうちも、ないとおもうよ」
「え?」
私の家は、ここからならあと数分も歩けば着く場所にある。なに「無い」とはどういうことだろうか。
「おねえさん、ここにくるとき、だれかに会った?」
「え、えっと……」
そういえば、今日に限って誰とも会わなかった気がする。少しおかしいとは思っていたのだが、大して気にも留めていなかった。
「いなかったでしょ? だってここには、だれもすんでいないんだから」
「え、えぇ?」
「ほら、どのおうちにも、でんきがついてないでしょ?」
女の子に言われ、周りにある家に目を向ける。確かに、これだけ暗くなっているのに、電気を点けている家が見当たらない。
「だから、おねえさんも、一人ぼっちだよね?」
「そんな……」
私は思わず、女の子を置いて走り出した。私の家にも誰もいないというのだろうか?
家が見えたが、やはり電気は点いていない。玄関のドアを開けると、真っ暗だった。
「……! お父さん! お母さん!」
声を掛けても、返事が無い。電気を点け、家に上がると、まるで神隠しにあったかのようにしずかだった。
出かける予定も聞いていない。とりあえず連絡を取るために、母に電話を掛けようと携帯電話を取りだした。
「え、うそ、圏外?」
確かに山奥なので繋がりにくいとは思うが、圏外になんて一度もなったことがない。思わずその場で座り込んでしまった。
「……ね、だれもいないでしょ?」
突然、玄関の方から声が聞こえた。さっきの女の子だ。
「ここには、わたしとおねえさんいがいだれもいないの」
女の子は玄関から上がると、ゆっくりとこちらに向かってくる。
「そんな……ねえ、ここは一体どこなの? 私の家族、どこに行っちゃったの?」
体の震えが止まらない。普通の女の子なのに、まるで恐ろしい何かが迫ってきているかのように、心臓が高鳴る。
「めいかい………」
「え、め……」
「めいかい。おとうさんが、そう言ってた。めいかいは、一人ぼっちの人がくるばしょ」
めいかい……冥界ということだろうか?
冥界、というのは「死後の世界」ということだ。女の子の言う通りなら、ここは死後の世界ということになる。しかし、そんなわけがない。
「私、死んでなんかない! 何で死んでないのに、冥界なんて来ないといけないのよ!」
「死んでなくても、死んでいるのといっしょなら、めいかいに行く。お父さんが、言ってた」
「え?」
「一人ぼっちなら、生きてても死んでてもいっしょ。だから、めいかいに行くの」
「そんな……私、一人ぼっちなんかじゃ……」
しかし、そう言いかけてふと、今までのことが頭をよぎった。
小中学校ではよくいじめられ、高校では孤立していることが多かった。家族に取り合ってもらおうと、なんとかいい成績を取りつづけた。でも、褒められた記憶があまりない。近所の人からも、「あの子は目が死んでいる」と言われ続けていた。
誰も味方がいなかった。誰も私を見てくれなかった。誰も私を……
「違う! 私は一人じゃない!」
「じゃあ、何でここにいるの? 一人ぼっちじゃなかったら、めいかいにはこないんだよ?」
「私は……私は……」
自分でも分かる、震えている声。でも、勇気を振り絞って声をあげた。
「私は、一人ぼっちなんかじゃない!」
「……! ……ミ! 大丈夫か!」
意識が遠のく中で、私の耳から誰かの声が聞こえた。誰かが体をゆすっている。うっすら目を開けると、何人か私を見ているのがわかった。
「フユミ! どうしたんだ、突然叫び出して」
ゆっくりと体を起こす。頭が痛い。
「……あれ、ここは……」
「病院だよ。家の近くで倒れているのを、通りがかった人が見つけてくれたんだ」
「びょう……いん……?」
そう言われ、今まであったことを思い出した。
私は仕事から帰る途中、事故に遭ったのだ。そして、そのまま意識を失ったらしい。今までのことは、全部夢だったたということだ。
「父さんも母さんも心配したよ。幸い、軽いけがで済んだみたいで良かった」
頭を押さえると、少し痛む。あとは足の擦り傷と体を少し打ったくらいのようだ。近くの看護師の話によると、頭の怪我が心配なので少し入院することになったが、命に別状はないとのことだ。
「フユミ、今リンゴ剥くから、食欲あるなら食べなさい」
そう言うと、お母さんは袋からリンゴを取りだし、フルーツナイフで皮をむき始めた。
そうか、なんだかんだ言っても、私には心配してくれる両親がいる。愛されていないと思っていたけれど、現にこうしてそばにいてくれる。私は、一人ぼっちなんかじゃなかった。
「お父さん、お母さん……ありがとう」
私は思わず、一粒だけ涙を流した。
翌日、少しだけ体調がよくなり、購買で雑誌でも買おうと病室から出た。大きな病院だが、今はとても静かだ。病室のネームプレートには、それぞれ二人の名前が書かれている。このフロアの病室は、二人で一室のようだ。
足の擦り傷は大したことなかったようで、階段を下りるのは問題ない。エレベーターでもよかったのだが、体のリハビリもかねて歩くことにした。
階段を下り、下の階に行くと、小さな女の子が立っていた。どこかで見たことがあるような、髪の長い女の子だ。
私はそのまま購買の方へ向かおうとし、女の子の横を通った。その時だった。
「おねえさんも、一人ぼっち?」
私は思わず足が止まった。振り返ると、少女は暗黒のような黒い瞳で、私を見つめていた。
一人ぼっちなら、生きていても死んでいてもいっしょ。
でもだいじょうぶ、もし一人ぼっちでも、ちゃんとわたしがめいかいにつれていってあげるから。
おにいさん、おねえさん、あなたは一人ぼっち?
心の中でもそう思っているなら、もしかしたらわたしが、めいかいにつれていっちゃうかもね。