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古本屋の叫び声

 読書と小説執筆が趣味である女子高生サナリは、日曜日にとある古本屋に来ていた。

 大体一回来るたびに一冊本を買っているので、どんどん家に本が溜まっている。そのうち、読まなくなった本は売ってしまおうとも考えていた。 

 日曜日なので結構親子連れも多く、小さい子はコミック本や絵本のコーナーで立ち読みしている。あるいは、遊び場にして走り回り、両親に怒られている子もいた。


 そんな様子を見ながら小説コーナーを歩いていると、突然小学生くらいの女の子が「キモい! キモい!」と叫びながらどこかに走って行ってしまうところを見た。

「……? 何かあったのかしら?」

 女の子がやってきた方を覗いてみるが、特にそのようなものは何もない。一体何が気持ち悪かったのか分からないが、時々突然叫び声を上げながら走り回る子も結構いる。サナリは気にせず面白そうな小説がないかと探していた。

 しかし、しばらく小説を探していると、今度は先ほどの女の子と同じくらいの歳の男の子が、「どこだここー!」と泣き叫びながら歩いて後ろを通り過ぎていった。

 ここは絵本のコーナーでもなければマンガのコーナーでもない。小さな店とはいえ、本棚は複雑に入り組んでいたので、小さな子供にとっては迷路も同然なのだろう。

 そのうちお母さんが見つけてくれるよ、と心の中で思いながら、サナリは本を探し続けた。

 ところが、短期間のうちに何人も「キモい!」を連呼する子供が走りながらあちらの本棚から向こうの本棚に逃げ、さらに時々サナリの後ろを「どこだここー!」と泣き叫びながら子供が通り過ぎていくので、さすがにおかしいと思ってあたりを見回した。

「……あれ? どうしちゃったんだろう?」

 先ほどまで多くの人でにぎわっていたはずの店内に誰もいない。

「……そういえば、さっきまで店内には音楽が流れていたはずなのに、音楽も流れてないわね」

 とりあえずあたりを歩き回ると、本棚を通り過ぎるたびに何か強烈な違和感を覚えた。

 さっき小説を選んでいるときは、本棚の下から四段目のところまでは目の高さにあったはずなのに、今は視線が三段目にある。四段目の本には手を伸ばさないと届かない。

「えっ、な、何、どうなっているの?」

 しばらく歩いているうちに、視線は本棚の下から二段目まで下がってしまった。

 本棚が大きくなっているのだろうか? そう思いながらサナリは自分の体を見た。本棚が大きくなっているのではなく、自分の身長が縮んでいるのだろう。

 それを確かめるべく、近くの窓ガラスを見る。そこに映っていたのは、幼少時代の自分の姿だった。

「う、うそ、な、何で? 胸も無くなってるし、どういうこと!?」

 あたふたしていると、ガラス越しに後ろから気味の悪い老人がやってきているのがわかった。恐る恐る後ろを振り返ると、その老人が、こちらに向かって手を差し伸べていた。

「さあこっちにおいで」

 サナリの血の気が引いて行く。次の瞬間、サナリは走り出していた。

 そして、「うわぁ、何あのオヤジ、キモい! キモイ!」と連呼していた。途中、本棚で本を選んでいる大人の後ろを通過したような気がするが、必死になってとにかく走り回った。

「キモい! キモい!」

 もはや口癖のように叫びながら走り続ける。


 気が付くと、サナリは店内のどこともわからない場所に立っていた。

 本の種類を見るが、身長が縮んだのと比例して知識まで衰退したのか、難しい漢字が読めない。

 難しそうな本のジャングル。多分、小さい子が文字ばかりの本のコーナーに立ち寄ると、同じような感覚になるのだろう。

 なんとか自分の興味のある小説のコーナーを探す。やっと見つけたが、今度は興味があったはずの小説を手に取っただけで頭が痛くなってくる。

「あ、あれ、全然話がわからない」

 ページを開いても、書いてあることが分からない。おかしい、やはり自分は完全に小さい頃の自分に戻っているのか。サナリは混乱しながらさらに歩き続ける。

 歩けど歩けど続く小説コーナー。さっきまで走っていた子供もいない。

 ふと周りを見渡しながら考えた。あれ、自分は今どこにいるのだろう。そんな不安が頭をよぎると、勝手に涙があふれ出てきた。

「うわーん、どこだここー! どこだここー!」

 思わず、頭に思い浮かんだ言葉を口にする。

 泣きわめきながら小説コーナーを歩き続けると、目の前にカウンターが見えた。

 そうだ、外に出ればどうにかなるかもしれない。外の人に助けを求めることができる。

 誰もいないカウンターを通り過ぎると、そこには出口の自動ドアが見える。でも、もしかしたら開かないかも。そんな不安を抱えながら自動ドアの前に立つと、ドアはいつも通りあっさりと開いた。

 これで助かる。そう思いながら、サナリは店から飛び出した。


 ふと気が付くと、低かった視線がいつもの見慣れた視線に戻っていた。人通りの多い中央通りの歩道で、サナリは立ち尽くしていた。目の前を、ゆっくりと車が通り過ぎていく。

 自分の体を触ると、間違いなく高校生の体つきになっているのを確かめる。

「ふぅ、助かった……」

 思わずサナリはそんな言葉をつぶやいた。

 しかし、さっきの体験は何だったのだろう。気になって店に戻り、店の人にこの店で何かなかったのか聞いてみることにした。

 ひとまず、カウンターにいる若い女性に話をした。この店で、老人に関する事故か何かなかったか。しかし、その女性は特に何もないという。

 すると、その話を聞いていたのか、店長と思われる女性が話をしてくれた。

「そういえば、数年前に、おじいさんとお孫さんの女の子が一緒にこの店に来ていて、そのお孫さん、店から出て道路に飛び出しちゃって、事故で亡くなったっていう話があったわ。そのおじいさんも、もう亡くなっているらしいけど。もしかしたらそれが関係するんじゃないかしら」

 とすると、あの老人は、自分の孫を探して一緒に帰ろうとしたのだろうか。そう考えると、なんだか悪いことをしたかな、という気持ちにもなった。

 しかし、あのままあの老人についていけば、もしかしたらここに帰ってこれなくなるかもしれない。きっとこれでよかったのだろう。

 そう思いながら、ふとそういえば今日は本を買っていなかったということを思い出し、小説コーナーに戻った。

 一冊の本を手に取ってカウンターに向かおうとすると、小さい女の子が「キモい! キモい!」と叫びながら目の前を走り去っていった。


 おじいさん、もう少しきちんとした格好をすればよかったのにな。

 支払いを済ませると、サナリは窓ガラスを見ながら店を去った。

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