寒空のヨーヨー
即興小説トレーニングより。
お題:「美しい寒空」
必須要素:ヨーヨー
十二月、冬も本番となり、冷たい風が吹き抜ける。周りはコートやジャケットを着た人々でにぎわい、温かい食べ物のCMが、大きなモニターに流れている。
十二月といえば、気が早いところは上旬からクリスマスの準備に入っているところもある。サンタクロースやクリスマスツリーのイラストが、ちらほらと見え始めている。
そんなにぎやかな街の片隅で、ひときわ目立つものがあった。
「……こんなところでヨーヨー釣り?」
縁日で見かける、水に浮かべた風船のようなヨーヨーを、針金が付いた紐で釣る、あのヨーヨー釣りだ。どうしてこんなところにあるのだろうと、興味本位で近づいてみた。
「いらっしゃい、一回どうですか?」
コートを着て鉢巻を巻いた、五十代ほどの男性が私に声を掛ける。
「え、い、いや、結構です」
「とりあえず、試しに一回やってみなよ。ほら、最初だけタダだから」
そう言うと、男性は私に釣り紐を渡した。タダなら、と私は一度だけ挑戦することにした。
着けていた手袋を外し、釣り紐を垂らす。久々のヨーヨー釣りだけあって、なかなかうまく釣れない。紐はティッシュのように柔らかく、水に浸してしまうとすぐにちぎれてしまう。
「あー、残念だったねぇ。でも、たまにはこういうのも、おもしろいだろう?」
沈んだ針金を見ながら、男性はにやにやと笑う。こういうのは苦手だとはいえ、なんだか悔しい。
「おじさん、もう一回お願い」
「おお、やる気になってくれたかな。しかし二回目からは一回百円だ」
そう言われ、私は百円玉を一枚、男性に渡す。今度は紙の部分を水に濡らさぬように、慎重に針金をヨーヨーの紐の輪に通す。今度はうまく引っかかり、赤いヨーヨーを無事一つ釣れた。
「おめでとう! 最近の子供はあまりヨーヨー釣りが上手くないんだが、さすがにお姉ちゃんくらいだと上手いもんだねぇ」
「は、はぁ……」
私が立ち上がると、男性は「毎度アリ!」と言って私を見送ってくれた。
路地裏で人気がない場所まで来ると、私はせっかくなので取ったヨーヨーで遊んでみることにした。手袋をつけたままだとやりにくいが、なんとかヨーヨーの紐を指に通す。ぴちゃぴちゃとヨーヨーの中の水が跳ねる。手に当たるたびに、冷たい感触が伝わる気がした。
しばらく歩くと、街はずれにある公園に着いた。さすがに平日の昼前ということもあり、誰もいない。私は、温かい缶コーヒーを買って、ベンチで休むことにした。
それにしても、やはり不思議だ。この季節にあんな場所でヨーヨー釣りなんて。客が来るとも思えないし、そもそも寒くないのだろうか。
ヨーヨーで遊びながら、私は自問自答を続ける。しばらくぼうっと空を眺めていたが、飲んでいたコーヒーが無くなったのを期に、ごみを捨てるために立ち上がった。
すると、すべり台の所から、何かが見えた。青い布のような物だ。
気になった私は、空き缶を捨てると、すべり台の所に向かう。近づくと、それが服の一部だということがわかった。さらに近づいてすべり台の向こう側に行くと、男の子が倒れているのがわかった。
「……!」
男の子は、背中をナイフで刺されていた。ピクリとも動かず、恐らく死んでいるのだろう。
私は驚き、持っていたヨーヨーを落とした。ヨーヨーは地面にぶつかって割れ、冷たい感触が私を襲った。
私が立ち尽くしていると、呆然として叫びたくなった私の背後で、叫び声が聞こえた。
「きゃぁぁ! 人殺しぃ!」
振り返ると、近所の人と思われる女性が、大声をあげているのがわかった。その場を離れようとしたのだが、逆に疑われても困る。どうしようかとあたふたしているうちに、近くにあったと思われる駐在所の人がやってきた。すぐさま、おまわりさんは応援を呼ぶ。
「……君がやったんだね?」
状況を確認したおまわりさんは、すぐさま私を疑いにかかる。
「ち、違います! 私が来た時には、もうこの子は倒れていて……」
「ほぅ、じゃあ君の足についている血は何だね?」
「え? 血?」
驚いて自分の足を見ると、あろうことか誰の物か分からない血が付いていた。
「そ、そんな……た、多分他のところで付いた血かも……」
「被害者の血液と同じかどうか、調べればわかるんだよ。いい加減認めたらどうだね?」
「じゃあ指紋! ナイフの指紋を調べれば……」
「君は手袋をしているじゃないか。調べたって、どうせ出やしないよ」
「私じゃないですってば!」
いくら言っても聞いてもらえず、結局私は警察に連れていかれた。
それにしても、この血はいつ足に付いたのだろう? 連れていかれる間、私はいろいろと考えた。そして、一つの結論に達した。
「……ヨーヨー!?」
ヨーヨー屋で手に入れた赤いヨーヨー。赤くて分からなかったが、もしかすると……思い出した私は、すぐさま警察の人に告げた。
「こ、公園に割れたヨーヨーが落ちていたはずです! きっとその中に血が入っていたんです!」
「ヨーヨー? ああ、何か落ちていた気がするが……血が入っていた? そんなわけないだろう」
「きっとそうです! 近くにあったヨーヨー屋さんが……あれ?」
先ほどヨーヨー屋があった道にさしかかった時、私はヨーヨー屋があった場所を指さした。しかし、そこには何もない。
「……どういうこと?」
「よくわからんことを言ってないでさっさと歩け!」
「よ、よく調べてください! あのヨーヨーには血が付いているはず……」
「だとしても、どうせ返り血か何かだろう」
何を言っても聞いてくれない。私は警察に引き渡されることになった。
途中振り返ると、ヨーヨーで遊ぶ男が一人、こちらを見て笑っていた。