第8話 ━都市━
盛大に欠伸をしながら俺は目を覚ました。昨日の戦闘で枯渇した魔力粒子も、充分に回復していた。
「体が重い……昨日はヤバかったな」
ふと隣を見ると、ファシュナの無防備な寝顔が視界に入った。昨日はそんな余裕はなく、気にもしなかったが、
「ビミョーな犯罪臭がな……」
目の前に寝ている少女は14歳、日本人なら中学2年生ぐらいである。
(とは言え、俺は18だし……1発アウトってこともない、のか?)
現在の空共の精神世界では天使と悪魔が激戦を繰り広げていた。が、悪魔が天使に止めを刺そうとしたその瞬間、ふと空共はあることに気付いて、激しい闘いに水が刺された。
「…………生きてる、よな?」
そう、空共が葛藤している間にもファシュナは微動だにしていなかったのだ。
人差し指と中指を揃えてファシュナの口元にあてる。微かに指に空気の流れがあるのが感じられた。念のため、うつ伏せになって寝ている状況を利用して背中の傷も確認した。昨日は魔力粒子切れで完治させられず、傷は残っていたはずなのに殆ど目立たなくなっていて驚いた。
「…大丈夫そうだな。獣人は体が強靭ってのは、ある意味でお約束だけど、これはすごいな」
獣人種の生命力に感心しているとファシュナが起きる気配がした。俺は咄嗟に目を反らす。じろじろ見られていたなんて思われたくはない。
「あれ、私……生き、てる?」
不思議そうに、というか信じられないものを見るように、自分の身を確かめている。そうしている内に彼女の視線がこっちを向く。
「アキトモさん……無事だった、んです、か?」
「それはどっちかというと俺の台詞だがな。まあ、俺は何ともないよ」
苦笑しながらもそう言うと、しばらく沈黙が続いたがファシュナから洞窟でのことを質問された。
「あの後か。簡単に説明すると、そうだな……全力の魔法で魔獣を拘束して、その隙に身体強化して逃げてきた」
我ながら、あまりにあっさりしすぎな説明だった。ファシュナは要領を得なかったようだ。
「えっと、そのー……もしかして、です、けど……アキトモさん……説明苦手……です、か?」
「ぐっ………」
痛いところを突かれてしまった。中3の頃から人付き合いなんてぶっちゃけ輝とだけだった。説明なんて上手くなる訳がない。
「あの……」
コミュ力不足に心の中で頭を抱えていると、ファシュナからある “お願い” をされた。それはある意味意外で、ある意味予想出来たことだった。
「私に、魔法を教えて下さいっ!」
「………いや、嫌な訳じゃないけど、なんだ急に?」
「洞窟では……いえ、それまでも、私は……足手まとい、にしか、なれてない、ので……強くっ、なりたいん、です!」
狐耳の少女は、力強くそう告げた。俺は人に何かを教えられるような人間じゃないんだが。これは断れないな。
「分かった。だが俺は異世界から来たってことを忘れるなよ。この世界の人間が魔法を使えるかは分からないからな?」
ファシュナの顔がパアッと明るくなった。ついつい目が引き寄せられてしまう。
「まあ、魔法が使えるにしても使えないにしても、まずは予定通りに街まで行くぞ」
そこまで言ったとき、ぐぅぅ~~~、と地球でも聞き覚えのある音がした。音の主の顔は赤くなっていた。
「やっぱそれが最優先か。それに他にも欲しい物が出来たんだ。とりあえずは……武器、そして服、だな」
今現在、二人とも服がかなりボロボロになっていた。空共は大型ロウズとの戦いで、ファシュナは長い逃亡生活と大型ロウズの爪撃で。
「よしっ。出発するか」
気合いを入れてみたものの、この先の道のりはそう難しくはないようだ。今まで気付かなかったが、洞窟の周りには人の足跡があり、それを辿ると整備された街道に出た。しかもその街道からは距離があるとは言え、城のような建物が見えていた。
「あっ、そう言えば!」
思わず声を上げてしまった。ファシュナも驚いて頭の上のキツネ耳がピンと立っていた。
「獣人種ってことをごまかしておくのを忘れてた」
それでファシュナも気付いたようだ。幸い、周りには誰も居ないようで魔法を見られる恐れはない。…まあ別に見られても良いけど。
「ちょっとくすぐったいぞ」
ファシュナの頭に手を置いて魔法を使う。するとファシュナのキツネ耳と尻尾がフッと消えた。これは『ミラージュ』。魔力粒子で覆って認識を阻害する魔法で、見えなくなるだけでなく触っても気付かなくなる。
「なんか、変な感じ、です」
「すぐに慣れる。それに誰も居ないところなら、解除すればいいしな」
そうやって街道を進んで行く。森や洞窟と違って歩きやすいし、何より魔獣が出てこない。数十分も歩くと街の入口らしき門が見えてきた。
門を抜けようとすると、門番と思わしき二人の男に止められた。こんな格好じゃ当然といえば当然か。ファシュナはともかく俺の服はこの世界には存在しないし。
「ちょっと待て! 見馴れない格好だな。何処から来た!?」
いきなりグイグイ来るな。苦手なタイプだわ。とは言え、ここで騒ぎになっても面倒だ。
「旅の途中で偶然この街に着いたんですよ」
「旅だ?何か隠して無いだろうなあ?」
これはメンドくさくなる感じだな。そう思ったとき、もう一人の門番が話に入ってきた。
「おい、その辺にしておけ。やり過ぎじゃないか」
もう一人の門番は相方を御するとこちらを向き、軽く謝罪をした。
「申し訳ありません。ここのところ物騒で……失礼ですが、ハンターカード等の、身分証はお持ちですか?」
そう言われても………学生証はあるけど異世界には通じないだろうし。一応出してみるか。
「俺の国の物しかないのですが」
さて、どうなる?
「ハンターではないのですか。拝見します」
やっぱりハンターだと身分証明とか楽なのかな?
「見たことのない文字ですね……でもかなりしっかりとした証明書なので大丈夫だと思います。入場して頂いて結構です」
何とかなった、か。
「何もなかったろ?『ミラージュ』は完璧なんだから、もっと堂々としてろって」
門を抜けた後、門番達とのやり合いの間ずっと背中にくっついて小さくなっていたファシュナに声を掛ける。
「それよりもだ。今後のことを考えると、ハンターになっておいた方がなにかと便利みたいだな。最優先で動くぞ」
俺達は街の中心部に向かった。