アーサーちゃんと遊ぼう! 前編
「嫌ぁああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「駄目よ! あんたはギルドの命令に従わないといけない身なんだから!」
「助けてケイスケぇえええええええええええええええええええええええええ!」
「お、俺をそんな目で見るな……」
冒険者ギルドに向かって早々、メリーはギルド職員の一人に捕まって何処かに連れ去られていった。それはもう悲痛な叫びをあげながら。
ギルドの命令って言ってたから、恐らくは減刑ミッションでも受けさせられるんだろう。
メリーは昔、俺にも擁護できない最低な理由で投獄された経歴がある。そして刑罰は未だ続いており、本来なら今も牢獄の中にいなければならない。
ところが恐ろしいことに、あいつは【脱獄】という盗賊系最上位スキルを習得している。そのせいで投獄する意味が無くなってしまい、妥協案としてギルドに貢献させられることになっているのだ。
それにしてもあの職員も大変だな。完全に悪役じゃないか。
メリーの必死の抵抗は、まるで親から無理矢理引き離される子供のようだった。それはもう見ているこっちが辛くなるほどに。
なにせ事情を知っている筈の冒険者達が同情の眼差しを向けるくらいだったからな。中には耳を押さえてメリーから目を背けるような人達もいた気がする。
俺も見ていて辛かった。あんな助けを縋るような視線を向けられたら、嫌でも罪悪感を感じるっつーの。
「流石は【臆病者】だ。あんなに泣き叫ぶ少女さえ助ける勇気も見せねえとはな」
「くっそ。正直トラウマもんだぜ。あの職員も冷血すぎるだろ」
「私は何も見ていない! 私は何も聞いてない! 私は……」
「落ち着けシオン!? もう終わったことだろ!」
……あれ? なんか俺も責められてないか? 周囲から感じる視線の殆どが冷たいものなんだけど。……まあ、気のせいってことにしておくか。
俺は何事も無かったように受付に向かった。
「おはよう、シェーレ」
「おはようございます! ケイスケさん!」
「お、おお。……何か嬉しいことでもあったのか? 妙に機嫌が良さそうだな」
「はい! 見ていてスカッとする光景が見られました! あ、でもそれだけじゃないんですよ? これを見てください」
俺に唯一笑顔を向けてくれる受付嬢は、本当に嬉しそうにしながら一枚の書類を見せてきた。
「それは……依頼書か?」
「はい! キャメロット夫人から、ケイスケさんに直々の依頼ですよ!」
「……誰?」
「えーと……お金持ちの奥様です」
「なるほど。……意外に早かったな」
多分、朝にメリーと言い争っていたあの貴族の女のことだろう。
後から依頼を出してくれるって言ってたのは覚えてるけど、まさかあの直後に依頼を出していたのか? 凄い行動力だな。
それにしても貴族からの依頼なんて始めてだぞ。俺に上手くやれるのか?
俺は恐る恐る依頼書の内容を読み上げた。
「えーと。『アーサーちゃんの遊び相手になってくださいませ』か。……え? これだけ?」
「はい。私も詳しい事情は伺っていないんですけど、別に不思議なことじゃないと思いますよ。脳みそまで筋肉になっているような冒険者達が、子守の依頼なんて引き受けるわけないですし」
「あー、なるほどな」
ちょっとシェーレの言い方はストレート過ぎるが、確かに言っていることは正しい。
この都市の冒険者達は魔物の討伐かドロップアイテムの納品依頼しか引き受けないからな。
俺とメリーは悪い意味で有名だし、きっとあの女も俺がフリーターだと知って依頼してきたんだろう。そういうことなら期待に応えてやろうじゃないか。
「報酬は五〇〇〇〇マルクか。流石は貴族って感じだな」
「引き受けるんですね?」
「勿論!」
こうして、俺はキャメロット夫人の依頼を受諾した。
「……んで、これがキャメロット夫人の家ですか」
それは流石貴族と言ったところか、無駄に馬鹿でかい豪邸だった。
門から屋敷までの距離が長すぎるし、庭らしき場所の広さは異常だ。多分、家を三件くらい建ててもまだ余裕があるだろう。
王都に住み始めて半年になるけど、こんな家があるなんて知らなかったなぁ。
俺はかなり気圧されながら屋敷の呼びベルを鳴らした。
「はぁ……帰りてえ」
さっきからお腹がキリキリしている。それを改めて自覚すると、自然と苦笑が零れた。
やれやれ……いくらレベルが上がってもこういう精神面だけはどうにもならないんだよな。そもそも財布の中が空っぽにならなきゃ、もう少しこの依頼を受けるかどうかも悩めたのに。
そう……財布だ。あの勘違いは痛かった。
この前の薬草採集で稼いだ報酬をメリーと山分けした。その事実をすっかり忘れていた俺はまだ財布に余裕があると思っていたのだ。
家に貯金があるとはいえ、やっぱり財布の中身が空になったことには絶句するしかない。
そこまで考えた時、屋敷の扉がゆっくり開けられた。
「ようこそいらっしゃいました。お待ちしてましたわ」
屋敷の中から朝に出会った貴族の女が現れ、俺の手を握りながら笑いかけてきた。
俺が曖昧に微笑み返すと、彼女はすぐに俺を屋敷の裏手へ連れて行く。
「来てもらって早々悪いのですが、早速アーサーちゃんに会ってくださいませ」
「え? ああ、はい」
なるほどな。屋敷の裏手は子供の遊び場になっているのか。
そんな暢気なことを考えながら黙ってホイホイついて行くと……俺の足は自然と動かなくなった。
「あれが私の可愛い可愛いアーサーちゃんですわ」
「……くぅーん」
「……ああ。アーサーちゃんって、ワンちゃんだったんですか。あははは……」
俺はそこにいるアーサーちゃんを見上げて、ただ絶句することしかできなかった。