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モブになった俺の話

 魔物との戦闘が日常茶飯事な冒険者にとって、回復薬は必要不可欠なアイテムだ。

 その為に回復薬の原料となる薬草は随時求められており、国からほぼ毎日薬草採集の依頼がギルドに出されている。

 しかし、強さを求める冒険者達がその依頼を引き受けることは決してない。

 なぜなら彼らは分かっているからだ。

 そういう金にも経験値にもならない仕事は、強さと無縁で暇を持て余したフリーターが引き受けるべき仕事なのだと。







 「……さっさとやっちゃいますか。【鑑定】」

 「そうだね! 一杯集めて、あの生意気なギルドの女を驚かせちゃおう! 【目利き】!」


 幸い王都の外は平原だ。探せば薬草なんて簡単に見つけられる。

 俺とメリーはそれぞれが覚えているスキルを使って辺りの草をざっと見渡した。

 【鑑定】は【目利き】の上位互換のようなスキルだが、どっちも視界に映る物を分析するという能力には変わりない。

 俺達の目に映る草の種類ははっきりと識別されており、薬草が何処にあるか手に取るように分かった。

 後はギルドに指定された量を集めるだけだ。数分もあれば楽勝だろう。


 「……ん? ケイスケ、いつものが来たよ」

 「無視しとけ。所詮雑魚だ」


 いつの間にか、俺達の傍に白いウサギが現れていた。

 こいつはホワイトラビットという魔物で、少し驚かすだけですぐに逃げてしまうという特性を持っている。

 レベルも低いし、攻撃力がほぼゼロだから相手にする必要が無い魔物だ。というか可愛いからあんまり倒したくない。

 そう言えば冒険者達が俺をこの魔物に見立てて、【臆病者(ラビット)】なんて渾名を付けているらしいな。そう考えると余計に愛着が湧いて倒し辛いじゃないか。


 『……キュッ!』


 少し手を伸ばしただけでホワイトラビットは何処かに逃げてしまった。

 ……撫でようとしただけなのに。どうやら人類と魔物の間に信頼関係を築けるのは調教師(テイマー)だけの特権らしい。ちょっと残念。

 俺は去っていくウサギの背中を見送り、薬草集めを再開させた。


 「よし。大体こんなもんだろ。メリー、薬草は集まったか?」

 「ばっちり! アイテムボックスの中に入れておくね!」


 メリーはそう言うなり、半透明の板を目の前に出現させた。

 それはメニュー画面と言って、この世界の人間なら誰でも呼び出すことができるものだ。

 メニュー画面にはどんなアイテムでも収納できるアイテムボックスや、自分のレベル、能力値、保有スキルなどを確認できるコマンドが存在している。

 おまけに専用のスキルを習得していれば、必要な地図を表示したり、離れた相手と会話をすることまでできる優れものだ。

 まるでゲームのような話だが、『アースヴェルト』という世界の中じゃこれが当たり前の一般常識。創世神ステイタスの恩恵だと信じられている。


 俺も自分のメニュー画面を呼び出し、アイテムボックスの中に集めた薬草を放り込んでおいた。

 アイテムボックスは中に入っているアイテムの個数も表示してくれるから、これで俺がどれだけ薬草を集めたのかも正確に分かる。


 「えーと、集めた薬草は三十本か。ちょうど指定された数と同じだな」

 「じゃあ私のと合わせてそれ以上だね!」

 「メリーはどれくらい集めたんだ?」

 「四十八本だよ! ねえ凄い? 褒めて褒めて!」

 「おお凄いな! よくやった!」


 俺がウサギと触れ合っている間にそんなに差が付いていたのか。

 俺は真面目に薬草集めをしてくれたメリーを惜しみなく褒めてやった。

 しかし、こいつは一度褒めると調子に乗るタイプだ。


 「えへへ。じゃあご褒美にキスし――」

 「さて、じゃあ帰るか」

 「ええ!? ち、ちょっと待ってよ~!」


 案の定何かを要求されそうになったので、俺は速攻でメリーを放置することにした。







 「……薬草、確かに受け取りました。毎回ご苦労様です。薬剤師達も貴方に感謝しているそうですよ」

 「そうかな? 別に感謝されるほどのことでもないと思うけど」

 「それじゃ、彼らの感謝する気持ちが理解できるように冒険者になりましょう」

 「お断りします」


 この人もしつこく勧誘してくるなぁ。冒険者候補なんて他に腐るほどいるだろうに。

 ……まさか俺の実力を知ってるわけじゃないだろうな? いやいや。少なくとも王都で無茶した記憶はない。ここにいる連中は全員、俺のかつての異名を知らない筈だ。

 俺は一抹の不安を拭って、シェーレからいつも通り報酬を受け取った。


 「じゃあこれが本日の報酬、一五〇〇マルクとなります」

 「ありがと。これで数日は生きていけるよ」

 「……本当にフリーターのままで良いんですか? ちゃんとご飯食べてます?」

 「大丈夫。大丈夫。飯はちゃんと自炊してるから」

 「本当ですか? メリーさんに頼りきりになってませんか?」

 「だ、大丈夫だって! ていうか、あいつを家に入れるのはリスクが高すぎる!」

 「……ふふふ。なら良いんです。お疲れ様でした」


 何処か安心したように微笑むシェーレ。

 その可愛らしい笑顔に、俺は不覚にも胸を高鳴らせてしまった。

 朝は少し不機嫌だったようにも思えたが、あれはきっと気のせいだったんだろう。


 「じゃあ、また明日」

 「はい、また明日!」


 こうして俺はシェーレの可愛い笑顔に見送られながらギルドをあとにした。

 昔じゃ考えられないくらい平穏な日々だ。これぞまさしくモブの日常ってやつだな!


 「あ、待ってたよケイスケ! 今日は二人が出会った記念日だから一晩ベッドで過ごそ――」

 「はい。報酬の半額。じゃあな。あんまり夜に出歩くなよ」

 「ふあ!? ち、ちょっと待ってよ!? 酷い! 訴えてやる!」


 ギルドの外で待機していたメリーに報酬の半額を渡した後、俺は逃げるように家まで走った。

 ……ま、あの闇精霊がいる限り俺の平穏は未確定か。


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