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受付嬢から見た彼の話

 『アースヴェルト』迷宮列強の一つ――イグリス王国。


 北半分が海に接しているこの国は海洋国家として栄えており、中でも王都ロンディアは多くの冒険者達を輩出した「迷宮都市」として他国から一目置かれていた。

 しかし、これにはきちんとした理由がある。

 国土の大半がなだらかな丘陵地や平原になっているこの国は、迷宮から湧き出る魔物を阻害する、山や森林のような天然の障壁を持っていないのだ。

 その為、他国に比べると圧倒的に魔物に狙われる頻度が高いのである。

 だからこそ国民は自ら戦う力を求め、強さこそが絶対という風潮を作り出し、国内戦力を大きく高めていった。

 その結果として迷宮探索を行う冒険者の数も激増し、国全体の平均レベルもかなり高いものとなっているのである。

 今では王族や貴族さえも冒険者ギルドに登録し、政治と並行してレベル上げに勤しむ毎日を送っている。


 「……それなのに、あの人と言えば……」


 冒険者ギルド総合受付嬢――シェーレ・エリファーレはとある人物を思い出して深く溜息を吐いた。

 銀色の髪に赤い目という珍しい容姿をしている彼女はギルドの中でもトップクラスを誇る美少女だ。おまけに人懐っこく親しみやすい性格をしており、都市内で生活する老若男女全てから多大な人気を得ている。

 そんな彼女が憂いた表情を見せれば、周りの人間が放っておく筈もない。

 早速野次馬根性丸出しで同僚のクオラが話し掛けてきた。


 「なーに? そんなに思い詰めちゃって。もしかして男にでも振られた?」

 「馬鹿言わないでよクオラ。ただ、あの人のことを考えてただけだよ」

 「ああ。冒険者に登録しないままギルドの仕事を請けているっていう……あの黒髪の」

 「そうなんだよ! 冒険者になればギルドの恩恵が受けられて便利だよって何度も説明してるのに……あの人ったら全然相手にしてくれなくて」

 「何だ。やっぱり男に振られたんじゃない」

 「茶化さないでよ」


 シェーレは頬を膨らませながら同僚を睨む。

 その視線から目を逸らしたクオラは、玄関口からこちらに向かってくる噂の少年を見つけた。


 「噂をすればなんとやらってね」

 「あ、ケイスケさん。……って!? 何処行くのクオラ! 貴方の仕事はまだ終わってないでしょ!」

 「ごめんねシェーレ。でも私、生憎と馬に蹴られて死ぬ趣味はないの」

 「何言ってるのか分からないよ!?」


 良くも悪くも、全ての人に平等なシェーレが唯一固執している殿方だ。間もなく訪れる二人の時間を邪魔したくはない。というかその方が絶対面白い。

 下衆い笑みを浮かべたクオラは、シェーレの静止を待たずにそそくさと受付カウンターから姿を消した。

 そして一人になったシェーレの前に、黒髪の少年がやってきた。


 「おはよう。今日も仕事はあるかな?」

 「……おはよう、ございます! あの……やっぱり冒険者になるつもりはないんですか?」

 「全くないね。だってアレだろ? 冒険者になると、時々ギルドの命令で遠征とかに連れ出されたりするんでしょ? やだよ面倒くさい」

 「でも冒険者資格を持たない人に紹介できる仕事って本当に少ないんですよ? 冒険者になれば紹介できる仕事も増えるし、魔物から回収した魔石をギルドで買い取ってもらえるのですが」

 「それも問題無いね。ドロップアイテムや魔石は俺の知り合いに直接売り込んでるから」


 シェーレは再び溜息を吐いた。

 どんなに冒険者のメリットを伝えても、返って来る答えは否定的なものばかり。やはり目の前の少年は冒険者になることを酷く拒んでいる。

 シェーレはそれが堪らなく許せなかった。彼の実力を知っているだけに尚更。


 この国は強さが全てだ。そしてその強さの証はレベルか保有スキル、そして冒険者ランクなどで示される。

 ただし、レベルや保有スキルはよっぽどのことがない限り秘匿されるべき情報である為、結局のところは冒険者ランクが強さの全てだと捉えられている。

 その中で冒険者として活動せず、フリーターとして安い仕事ばかり引き受けている彼の姿勢はあまり尊敬できるものではないのだ。

 それはシェーレだけが思っていることではなく、周りの同僚や冒険者の殆どが同じ意見を持っている。

 そして周囲の者達はケイスケの実力を知らないまま、彼のことを【臆病者(ラビット)】と呼んでいるのだ。

 シェーレはその現状を全く気にしていないケイスケの態度が気に入らなかった。


 「……生憎と今のところは薬草採集の仕事しかありませんね」

 「そっか。じゃあ今日はそれでいいや。メリーのスキルがあれば楽勝だろ」

 「〜〜〜〜っ! ……分かりました。受諾処理は、こちらでやって、おきます!」

 「あ、どうも……」


 シェーレは何とか湧き上がる怒りを飲み込み、無理矢理笑顔を浮かべてケイスケの後ろ姿を見送る。そして彼の姿が見えなくなった後、怒気を含んだ溜息を盛大に吐いた。

 周囲の人達がビクッとしながらシェーレの方を振り向く。が、すぐに「触らぬ神になんとやら」と言って彼女の傍から距離を取った。


 「いっつも私に相談事を持ち込んでくるくせに……! 何であの性犯罪者にまで頼ろうとするのよ!」


 思い描かれるのはケイスケと同じ、黒髪黒目という外見をした美少女の姿。

 ただし、彼女は闇精霊であるだけでケイスケと血筋的な関係は一切ない。

 精霊の外見は自身に備わる属性が大きく反映しており、火精霊ならば赤髪赤眼に、風精霊ならば緑髪緑目になるという特徴を持っているのだ。


 シェーレはケイスケに頼られていると自負している。

 彼が仕事の紹介を頼む相手は決まって自分一人だし、よく相談相手にもなっている。

 プライベートの時だって、たまたまお店の中で出会えばそのままお買い物デートに発展するくらいには仲が良い筈だ。毎回陰湿なストーカーに邪魔されてしまうが。

 とにかく、多くの人に煙たがられている彼が頼れる相手は自分だけ。その筈なのに、彼は自分以外の女にもなんらかの協力を得ている。それが堪らなく嫌だった。

 そこまで考えて、シェーレは顔を真っ赤に染めた。


 「な……何よ。これじゃまるで、私があの人のことを好きみたいじゃない!」

 「えへぇ? 違うのぉ?」

 「クオラ!? あ、貴方今まで何処にいたのよ!」

 「ずっと傍で見守ってまし……ぶふっ!?」

 「あ、ごめん! 大丈夫!?」


 いつの間にか戻ってきたクオラにシェーレは驚きを隠せなかったが、彼女の下衆い笑顔を見て、忽ち羞恥が怒りに変換される。

 気がつけば無意識の内に渾身の右ストレートをクオラの顔にお見舞いしていた。

 白目を剥いたクオラを慌てて介抱するシェーレ。

 そんな彼女の姿を、冒険者達は「今日も平和だな」と思いながら朗らかに見守っているのであった。


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