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とある精霊と彼の話

 「ふんふんふふふーん」


 メリーは機嫌よく鼻歌を歌いながら、鍵穴に差し込んだ針金をガチャガチャと回していた。

 その慣れた手つきはプロ並の技量を窺わせる。実際、針金を回してから二秒足らずで扉の鍵を開けてしまった。

 玄関に入った後は靴を脱ぎ、迷わず二階の部屋へと駆け上がる。そしてベッドの上で静かな寝息を立てている少年の傍に忍び寄った。


 「……可愛い。ペロペロしたい」


 夜を彷彿とさせるような黒髪。男にしては長めの睫毛。すっきりとした鼻筋。少しだけ開いたままになっている口。

 メリーは少年の寝顔に見惚れていた。その全てを舐め回すような視線で観察する。

 更に自分の唇を徐々に少年の唇に重ねようとして……。


 「帰れ!」

 「ぶぎゃんっ!?」


 視界を何度も反転させながら部屋の外まで吹き飛んだ。

 それはもう盛大に。

 もしもメリーが物理耐性に強い精霊種でなかったなら確実に死んでいただろう。

 壁に思い切り背中を打ちつけた彼女は咳き込みながら床に倒れる。

 一体何が起きたのか? 理解に苦しむ現象にメリーは瞳を何度も瞬きさせた。


 「……ほっぺが痛い!」

 「やかましい! ……はぁ。お前は一体何がしたいんだ」

 「ケイスケ!?」


 メリーを部屋の外まで殴り飛ばした少年は、床に倒れた彼女を呆れたように見下ろしている。

 が、メリーは全く気にしない。


 「おはよう! 今日もいい天気だね!」

 「反省する気ゼロか! というかどうやって家に入ってきた!?」

 「【ピッキング】で開けた!」

 「ピッキン……ざっけんな!」


 花開くように満面の笑みを咲かせたメリーに、寝起きの少年は朝から怒りの声をぶちまけた。




 一悶着を終えた後、メリーはキッチンに立ってコーヒーを淹れていた。

 今日は少々悪ふざけが過ぎてしまったので、お詫びとしてケイスケの大好きな飲み物を準備することにしたのだ。

 本当は「カフィ」という名前なのだが、ケイスケはこの黒い飲み物をコーヒーと呼ぶので、彼女も同じように呼んでいる。

 部屋の中に香ばしい良い匂いが漂い始めた頃、ソファに座っていた彼はふと思い出したように言った。


 「……そういえば今日だったよな。お前と初めて会った日って」

 「そうだねぇ。懐かしいねぇ」

 「目を開けたらとびっきりの美人に膝枕されてたんだもんな。あの時だけは本気で天使の存在を信じちまったよ」


 彼は冗談交じりにそう呟いて苦笑する。

 メリーはそれを真に受けて、頬を赤く染めながら腰をクネクネと揺らした。


 「えへへへへ……天使だなんて照れるなぁ!」

 「それがどうして前科持ちの変態になっちまったのかねぇ……」

 「もう! そんなに褒めても何もでないんだからね!」

 「え? 別に褒めてないけど」


 少年の最後の言葉は無視して、メリーはニヤニヤと唇の端を吊り上げる。

 ……覚えていてくれたんだ。

 メリーはコーヒーが入ったカップにミルクを注ぎながら、嬉しそうに黒い瞳を細めた。

 そう。今からちょうど二年前。

 迷宮の代わりに、一人の少年がこの世界に落ちてきた。







 『アースヴェルト』の空は基本的に地球と何も変わらない。

 しかし、たった一つだけ大きく異なるものがあった。

 それが空の中心にぽっかりと開いた巨大な“穴”(ホール)である。

 その“穴”の先が何処に繋がっているのか誰も知らないし、何の為に存在しているのかも分かっていない。

 学者や研究者が様々な推測を立てているが、どれも信憑性に欠けている。

 今も“穴”に関する調査が進められているが、当分は誰にも解明できないだろう。

 とにかく分かっているのは唯一つ。その“穴”からは『迷宮』が落ちてくるのだ。


 メリーは森の集落で、いつものように迷宮が落ちていく様子を眺めていた。

 別に迷宮に興味があったわけではない。ただ他にやることがないから仕方なくである。

 半人前の精霊は森の外へ出ることを禁じられている為、とにかく退屈だったのだ。

 しかしその日。彼女の退屈だった日々に終止符が打たれた。

 迷宮の代わりに謎の光が“穴”の中から出現し、次の瞬間には森の中に向かって落下してきたのだ。

 それはまるで流れ星のようで、激しい衝撃音と共に大地を揺らし、落下地点に眩い閃光を放った。

 突然の異常事態に周囲の精霊達が騒ぎ出す。

 それも当然の反応。これまでも迷宮以外の不純物が落ちてくることは稀にあったが、今回のような現象は初めてだったのだ。

 恐らく、長寿と謳われるエルフの長老でさえ同じ現象は見たことがないだろう。

 前例のない事態に精霊達は大きく動揺する。

 そんな中で、メリーだけが迅速な行動に移った。

 退屈な日常を払拭する何かに期待し、メリーは慌てて流れ星の落下地点に向かったのだ。

 そして、彼女はケイスケと運命の出会いを果たした。







 あれから色々あり、メリーはこれまでの二年間、ケイスケの後をずっと追い続けてきたのだ。

 その過程でいつの間にか【ストーキング】、【ピッキング】、【マーキング】などの盗賊系が覚えるスキルを習得したのだが、ケイスケはそのことについて「当然の結果だな」という評価を下している。

 何が当然なのかメリーにはイマイチ理解しきれないのだが、彼女自身も少なからず才能があったんじゃないかと思っていた。

 なにせ、一度自警団に捕まって投獄されただけで、【脱獄】という盗賊系スキルの奥義を身に付けてしまったほどだ。才能なしでこの成長はありえないだろう。


 「ま、迷宮探索の時は便利だからいいけどな」

 「任せておいて!」


 盗賊系スキルの中には【罠回避】や【索敵】といった、迷宮探索において必須とも言えるスキルが存在する。

 故にメリーは両手を握って、「絶対役に立ってやる!」という意気込みを見せた。

 そんな彼女の姿は純粋に可愛いものである。少なくともその内面を考えなければの話だが。

 ケイスケは苦笑を浮かべながら「頼りにしてるぜ」と言って、美味しそうにカップに口をつけた。

 その口元を見つめながらメリーはごくりと喉を鳴らす。


 (ああ……今すぐカップになりたい!)


 己の欲求を満たす為に集落を飛び出した闇精霊。

 彼女は今日も獲物を狙う獣のように瞳を光らせ、少年の一日を観察することに幸せを感じていた。


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