俺の名前
盛大な勘違い家族に、延々説明をしまくって。
ようやく理解を得られたのは、次の日の夜だった。
って、時間かかりすぎだろ、どう考えても。
「なんじゃ、楽しかったのにのぅ」
暢気にそんなことを言ってくるこの幼女。
俺の部屋のベッドにゴロンと寝転がり、足をバタつかせる幼女を、蹴り飛ばしてやろうかなどと考えながら、俺は幼女を半眼で見つめる。
「のりのりでパパ!とか言ってたもんな、お前」
「当然じゃ!楽しいことは率先してやらんとなぁ!」
、満面の笑みの幼女は、次の楽しいことを探しているようだ。
「そう言えば、お主の愉快なお友達殿は来ないのか?」
「あ?あいつ?」
「なかなか見込みのある男じゃったなぁ。妾はああいう下僕が欲しいぞ、下僕1」
「おい、俺はいつからそんな名前に……」
そう言えば。
出会ってから名乗っていないことを思い出す。
名乗る必要もなかったから、なのだが。
「な、お前、名前なんて言うんだ?」
「ぬ?」
「名前だよ、名前っ」
「お主は矢張り失礼な奴よの。名乗るのなら、まず己から、と教わらなかったのかの?」
ぷぅと顔を膨らませ、俺から名乗るように要求する幼女。
溜息をつきつつ、俺が名乗ろうと口を開ければ。
「待った!よい、妾がお主に相応しい名前を考えてやる!」
「…は?」
いや、俺にはもう両親から貰った立派……かどうかは知らんが……な名前があるんだが。
「そうよのぅ。何がいいかのぅ。面倒なんでもう下僕1で十分な気がするのじゃかのぉー」
「おい」
名前を考えると言ったその口で、面倒とか言うなっ!
「もういいよ、俺はチ…」
「待った待った待ったっ!ならぬ!妾が考えるんじゃ!」
「お前、考える気ないだろ!?下僕1でよいじゃろ?とか言うんだろ、どーせ!!」
「む」
途端、しかめっ面で俺を睨み、幼女はベッドの上で仁王立ちになる。
鼻息を荒くし、踏ん反りこう叫んだ。
「何が悪い!!!」
「自信満々に言うな――――――っ!!!」
「五月蠅いっ!お兄ちゃん!!」
幼女のその行動に、思いっきりツッコミを入れる俺の大声の所為か、隣の部屋の妹が壁を蹴った。
たぶん、蹴った。
殴っては……いないと思おう。
「何時だと思ってんの!」
それ以降の言葉は、壁に阻まれ、俺には聞こえなかった。
「ふむ。そうか」
が、幼女には聞こえていたらしく、何やら納得している。
不安に思っていれば、幼女は俺を汚い物でも見るようにな目で見てくる。
あれ?もしかして悪口言ってたのか、妹は?
「お主、子供の頃、プー……」
「ってめぇ、このクソ妹っ!夜中に叫ぶことじゃねぇし、バラすな!!」
幼女が口にしようとしたことに察しがつき、俺は壁を殴る。
ダメだ、それだけは、知られたくない!!
もう幼女に知られたが、もう誰にも知られたくない!!
そこから壁越しに妹との攻防。
大半は聞こえないので、言いたい放題に近いが。
子供の頃の恥ずかしい思い出や、やってしまった失敗をつらつら。
お前の母ちゃんデベソなど、様々な罵詈雑言を言い合う。
……いや、お前の母ちゃんって、俺と妹の母は一緒なんだけどな。
「ふぅーん。これは使えるのぅ」
ひとしきり攻防が終わり、一息入れた頃。
ニヤリと口の端を持ち上げながら悪巧みをしている幼女のその一言に、俺はぞくりとする。
どうしよう、弱みを握られてしまった。
「よいか、今度、妾の機嫌を損ねなら、世界中にバラしてしまうぞ?」
ああ、なんてことだ、と俺は床に膝をつけ頭を抱える。
俺は一生、こいつの下僕だ。
俺の名前は『チエル』って言うんだ、ほんとはさ。
でもきっと、これからは『下僕1』って呼ばれるんだろうな。
俺、改名しようかな。
『俺の名前は下僕1です!』って名乗るのか。
……なんだか、色んな所から小間使い扱いされそうだな。畜生。
ぶつぶつ考えていたら、頭を抱え蹲った俺を、幼女が俺を見下している。
それはもう完璧に見下しの目だ。
「そんな訳で、お主の名前は下僕1じゃ!」
嬉しそうに指を差し言う幼女に、予想通りだったな、と俺は肩を落とし絶句した。
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