表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

明日、会いに行こう

いよいよ明日。

いざ参らん、東京。


………なぁーんつって。

特に変わったことなんかしちゃいない。

さすがにいつものくたびれたスーツはクリーニングに出してパリッと(彼?に)気合いを入れたが、その他は何もしていない。

Yシャツもいつもの。

ネクタイもいつもの。

コートも靴も(今回は研修資料で)重たいビジネス鞄も。

いつもと違うのは、最低限の宿泊グッズが詰まったキャリーパックを引きずって行くことくらいか。

ぁあ、あとは先週末に散髪も行った。少し短くなってスッキリしたが、昔と同じ髪型だ。

高校当時の制服もブレザーだったから、いつも、と言わず一見昔と全く変わってないんじゃないだろうか。

昔と変わったことと言えば、すっかりヘタれてしまったことくらい。


唯一のそれがけどもしかしたら、最大のことかも知れない。




「………クソッ」


俺は焦っていた。

時計の針は既に午後1時45分を指している。あと15分で事務所を出られる気なんて全くしなかった。

(茜に会うため)夕方に東京の目的地に着くためには、午後2時半前の電車に乗らなければ間に合わない。世間一般の終業後スグなら、仕事の邪魔にもならず捕まえられる確率も高いと考えたのだ。その時間には彼女の勤め先にたどり着きたい。が。


「ッ!!!」


俺は身体を机に突っ伏して、頭をかき回した。

ややこしい電話(問合わせ)をとってしまったのだ。

依頼したい作業内容が有償か無償かを確認する問合わせ。

パソコンでちゃちゃっと物件検索をして、契約内容を確認して、電話を折り返して回答する、たったそのスリーステップで済むはずなのに。

物件名がヒットしない。

建物の管理番号も所在地も、出先だから分からないという。………どうしろと言うのだ!!

しかもまだ自分の仕事も終わっていない。未処理の書類がちょっとした山になっている。

なんでこう、急いでる時に限ってなにもかもが後手後手になるんだ。

………相変わらずの自分のイケてなさ加減に吐き気がした。

うちの事務所が入ったタワーオフィスビルはやたらデカいおかげで、最寄り駅から見るとさほど離れているようには見えない。

だがそれは得てして遠近感がおかしくなっているからであって、距離的には決して期待ほど近いものではない。早くても最寄り駅までは余裕で10分はかかるのだ。………つまるところ要は、俺は遅くとも今から約20分後の午後2時過ぎには事務所を出たいということになる。

だがしかし、今の状況は少しも妥協をすることなくそれを俺に許してはくれない。

何をどう考えたって、あとたった15分や20分で眼下に広がるこの机の上がキレイサッパリ片付くとは到底思えないからだ。


「………」


俺は若干秒静止し、俯いたまま息を整えた。落ち着け、落ち着け、落ち着け………。

焦って発狂したって自分を悔いたって現実逃避したってなにも変わらない。むしろ余計に時間をくってしまう。


「………」


一瞬目を閉じて、意識を集中させた。

それから俺はサッと顔を上げて意を決して、諸々の作業に取りかかったのだった。




「係長、明日明後日とご迷惑おかけしますがよろしくお願いします」

「おぉ、お疲れさん。気ぃ付けてな」

「はい。ありがとうございます」


俺は自分の机から二つ向こうの上座の席で足を止めて、パソコン仕事を黙々としていた係長のすぐ脇に立った。

自分の直属の上司の彼に声をかけて、やり取りが終わったら会釈でしめる。

彼の机向かいの席には隣の課の係長で俺の飲み友、ザ気の良いおっちゃんの山田さんの席があるが、今は外出中で空席だ。山田さんは日中ずっと外出しているのに、残業をほとんどしない。けれど売上は課内トップクラス。いつの間に事務所仕事を済ませているのか、いつも疑問に思ってしまう。そんな風に、ぼんやり視界に入った空席に思いを馳せてから少し羨ましく思った。

自分もその手際の良さにあやかりたい。切実に。

そんなくすんだ思いを抱きながら、次はその更に上座でこちらに向いている課長の机の後ろに回り込み、後方の大きな窓の脇にある柱に掛けられた動静表に向き合う。

おもむろに動静表常設のペンを手にとって、「12/10-12 センター、12/15 出」と書き込む。翻訳すると、「12/10-12は教育センター出張にて不在、12/15 は通常出勤」となる。


「今からか。向こうに着くの遅くなるね」


肘掛け付きの重厚な椅子を少し回して、課長がチラリと動静表に目をやりながら俺に言った。俺はペンを直してから軽く彼に向き合う。


「はい。けど仕事終わらんかったんも自分のせいなんで。頑張って行ってきます」


間違いない。


「気を付けてね」


課長はにこやかに微笑んで軽く手を振った。この至近距離で手を振られると、俺はいつも目のやり場に困る。

俺はやっぱり軽く会釈をすると、そそくさとその場をあとにした。

自分のデスク脇に今日(ほぼ)一日鎮座させていたキャリーバックといつものビジネス鞄をとって、すぐにでも煮立ってしまいそうな焦りを必死に隠しながら事務所を出た。

時刻は既に、夕方の4時10分を差していた。




「………ふぅー…」


白い鉄だかなんだかの塊に乗り込んでしまったら、あとはもぅ2時間半はなにもする手だてはない。

俺はデカい体をどうにか(俺にとっては)狭いシートに沈めて、両肘掛けを贅沢に占領した。だらしなく脚を伸ばしてからもれなく首をすくめた。新幹線なんていつぶりだろう。

…疲れた。

社会人になるまでは、新幹線って代物はなんだかとても敷居の高い乗り物に感じていた。

何日も前から計画して、計画通りの時間に意を決して乗り込む。乗り遅れたら取り返しがつかないから、乗車前は何分も前からホームにへばりついてスタンバイしておく。そんな特別なモノ。

だが冷静に考えてみれば。

この白い塊は、そこらの普通電車となんら変わらず5分や10分置きに駅という駅を走り回っているわけで。

特別違うのは普通電車に比べてべらぼうにカネが掛かることと、速度が異常に早いことくらいだ。

あとは自分専用の席を設けられるか否か(ちなみに俺は専ら、3列席の通路側を好んで指定する)。

今じゃ普通電車の切符よろしく、チケットだって券売機で買えるほど身近なものになってる。

そう、全く大したことじゃない。

そんな昔の「特別」をもう感じなくなったのは、経験値が増えたからか。


経験値が増えることをひとは、オトナになるというのか。

こんなにだらしなくシートに沈む俺は、どれだけオトナになったんだろう。


さっきとは全く違う気持ちでまた目を閉じる。疲れが更に腹に落ちていく気がした。


「………」


目を開けた。

せっかくもの思いにふけろうとしていたわけだが、あいにくそうゆっくりもしていられないようだった。

―――今夜、もし茜に会えなかったらどうする?


「………クソッ」


俺はかすかに舌打ちしてからゆっくり立ち上がった。おもむろに、棚にしっかり納めていた相棒のビジネス鞄を下ろしてまた席についた。

ガラにも合わず、手紙をしたためようと考えついたのだ。


一度訪ねたら、もう二度目はない。


今夜会えなかったら、もう俺から茜を訪ねることはないと思う。そんなわけでこの身の丈を、会えなかった時に手紙に託そうと思いついたわけである。

そんな大事な場面で見せるような文字書けるのかって?

失礼な。

これでも文字のキレイさには定評のある俺だ。ただ問題は文章の方であって(それがなにより重要、との指摘は一切受け付けない)。

とにかく俺は、鞄の中から外回り用のA4サイズのクリップボードとそれに挟まったままのこれまたA4のレポート用紙を取り出した(客先でのメモや手書き説明などに普段活用しているものだ)。次いで鞄の中の敷居板に挟んである黒いボールペンを取り出した(ちなみに他には、赤ペンとマーカーにシャーペンが入っている)。

鞄を足元に押し込むと、黒ペン片手に紙に向き合う。

なんて書いたら伝わるのか。そもそもなんて書き出す?語尾は敬語か?くどくど書くのもスマートじゃないよな………などとしばし諸々を考えるべく、真っ白な紙とのにらめっこが始まった。




《間もなく新横浜、新横浜でございます》


「………よし」


思わず声が漏れる。

我ながら凄まじい集中力である。…なんぼほどかかってんねん(おっと失礼)。

いやいやいやいや、約2時間かけただけある代物には仕上がった(ことにしよう)。

茜に今夜もし会えなかったら、最悪これを渡してもらうように言付けよう。


「………ぁ。」


はたと気づいて手紙を折りたたむ手を一瞬止めた。

封筒がない。

まさか車内販売でレターセットなんて売ってるわけもない。

…どうする?


「………あった」


我ながらぶつくさとうるさい奴である。足元に押し込んでたビジネス鞄を引きずり出して、ちょっとあさる。毎日イヤと言うほど見慣れた薄いグレーの細長い封筒を取り出した。まさかのアレである。


(知り合って初めて渡すラブレターがカイシャの封筒て………)


さすがにこのセリフは声には出せず、心の中で静かにひとりごちる。年の瀬とは言え平日の新幹線はひともまばらで、思いのほか静かなのだ。

そう、取り出したのは鞄に常備している外回り用の会社の封筒だ。封筒の表面には、社名と所属支店の住所やら課別の直通電話番号やらなんやらがしっかり印字されている。ビジネスライク過ぎる。

むしろビジネス臭さしかない。

が、この際致し方なし。まぁ便箋がレポート用紙の時点で、そもそも色気なんか微塵もあったもんじゃないのは間違いない。


(…けど俺が洒落た便箋使っててもなぁ……)


巷の黄色い看板の雑貨屋の文具コーナーをイメージして、その場に似合わな過ぎる自分の姿の滑稽さに喉でくつくつ笑った。有り得ない。

だから別に良いと思えた。

コレがオトコ臭い自分らしいと思えた―――。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ