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エラーな僕の魔導譚。(仮)  作者: のりにゃんこ
第一章~緩やかな変化~
8/27

第一章/ep08

ついに訪れた、魔導大会一日目。

皆が気楽に構えている中、僕だけがただ、ひたすらに集中していた。

一日目は個人の勝ち上がり式トーナメントだ。

僕とウィリアムとは奇跡的に同じブロックで、お互いに勝ち続ければ決勝戦でかち合う事になっていた。

このトーナメントは、十あるブロックの勝者を決めるだけの物だ。

一ブロックの参加者は三十人で、ブロック毎にそれぞれ会場が違う。

観戦は、一応一箇所でできるようになっているが、選手は観戦できない。


一戦目が十五に分けられたフィールドで行われ、そこで勝ち残った人の内一人をシードとして選出、二戦目でそれ以外の十四人が七つのフィールドで戦い、後は三戦目、四戦目と最後に決勝戦だ。

その後、三日目に十ブロックの勝者を集めて最終トーナメントをする、という運びだ。

因みに、僕ら強制参加組は綺麗にブロックが別れた。


開始時間が近付くにつれ、緊張が高まる


そんな時、横から声を掛けられた。


「大分緊張してますね、エリックさん」


「の、ノエルさん?どうして此処に……」


声のした方向を向くと、ノエルさんがいつもの貫頭衣を来て立っていた。


「いえ、気負って無いかと思いまして。

エリックさんは自分の出来ることを全力でやり遂げれば良いのです。

地術にせよ集束魔法にしても、貴方程の使い手はそういません。

少なくとも、この国ではトップクラスだと思いますよ」


僕は、ノエルさんの言葉に首を傾げる。

ノエルさんは、まあ解らなくても良いです、と言って僕の頭を撫でた。


「エリックさん、貴方は私から見て、他の人間には無い物を持っています。

私から伝えるのは筋違いなので言いませんが、もっと自信を持ってください。

私もお嬢様も、貴方のことを応援していますよ。

……もしかしたら、対戦中に熱い声援が聞こえるかもですよ?」

「流石にそれはないでしょう。 でも、ありがとうございます。すこし、緊張が解れました」

「なら良いです。では、頑張って下さいね」


そう言うと、ノエルさんは光の粒子となって消えて行った。

僕にしか無い物、というものの内容は解らないが、知人と会話できた事で緊張は解れた。

僕は、改めて今回の作戦を吟味し直し、計画に穴が無い事を確かめると、もう一度気合を入れる。


「一回戦の相手は、特殊学科騎士科のクラム・フロム。

アルガンツァー流騎士剣術の使い手、か。

特殊学科の生徒だけど、魔力量はギリギリ特殊学科に収まる程度で結構高い。

とすると、チャンスは……」


対戦相手の情報を思い出し、戦略を組む。


暫く待っていると、魔導大会開幕の宣言がなされ、僕らは戦闘用のフィールドへと向かう。


フィールドに着くと、既にその生徒は来て居た。

銀色の金属製の鎧に、鈍く輝く両刃の大剣。

フルフェイスの鎧からは、鋭い眼光が覗いていた。

フィールドには結界が張られており、致命傷を受けても行動不能で済むらしい。

その上で相手が行動不能になるか、ギブアップを宣告するか、審判が戦闘の続行が不可能だと判断すれば、勝者が決まる。

至ってシンプルな形式だ。

目の前のクラムという生徒は、去年の大会でブロックの準決勝まで残った猛者らしいが、金属鎧を着ている辺りで僕のプランが実行可能となった。あとは、僕自身の体捌きとやり方が上手くいけば勝てる。


プランとしては、色々と考えたうちの第二プランだが、勝てるなら関係ない。

剣を抜き、構えていると、試合開始が宣言された。


「うぉぉぉぉぉ!」


クラムは剣を背中に背負い、雄叫びを上げながら突貫してくる。

動きは雑だが、金属鎧を着ているとは思えない程の速度だ。

そんな速度で行われるタックルは、一撃で僕の頭部を粉砕できるだけの威力を秘めているだろう。

このフィールドでは致死量のダメージはギリギリまで軽減されるらしいから死ぬ事はないが、それでも食らえば痛い事に変わりは無い。

とはいえ、猪の突進の如きそれを躱すのは容易だ。

落ち着いて右にステップをする事でギリギリ回避する。

クラムという生徒が厄介なのは、その底なしかと思う程のスタミナと、剣術における踏み込みの強さだ。

なら、まず踏み込みの強さから潰す。


クラムは、僕が回避した事に少し驚いたが、直ぐに加速の魔法を自身に施し、突っ込んでくる。


速度は、先程の二倍弱。


舐めているのだろう、大剣は未だに抜かれていない。

僕は、今度はクラムの左側に回り込むように避けると、クラムの足元に小型の魔力障壁を展開する。

間違っても足で引っ掛けるなんて事はしない。そんな事をすれば足が吹っ飛んでもおかしくないからだ。


「うごぁ!?」


物凄い速度でヘッドスライディングを行うクラム。

フィールドに、黒く焦げたような轍が刻まれるのを見ながら、僕は足元に手を着く。


「『泥沼化マッドフィールド』」


地面に染み込んだ土の魔力を使い、クラムが居る地面を深めの泥濘ぬかるみに変化させる。

よく整備されているとは言え、所詮土。

石ではないだけあって、泥濘ぬかるみに変化させるのは楽だった。


「ぬぅお!?」


泥沼と化した地面にその身を絡め取られたクラムが、慌てて立ち上がる。

僕は、すかさずピックを投擲。

流石ブロックの準決勝に残る人だけあって、即座に剣を抜いて流れるような動きで弾く。

もとより当てるつもりは無い。


僕は、泥沼化の維持に使っている魔力を解除すると、決め手となるそのアイテムを手元に引き寄せた。

僕が懐に手を伸ばしたのを見て、クラムが身構える。

してやったり、と内心ほくそ笑む。


泥沼化は徐々に解けて、元の硬い地面に戻っていく。

二秒もあれば、泥濘ぬかるみは既によく整備された地面に戻った。クラムの足を、固定したまま。


「な、にぃ!」


違和感に気付いたのか、慌てたように足を引き抜こうとするクラムの背後に、先程弾かれたピックが落ちた。

甲高い金属音が響く。

泥沼化は完全に解除されたようだ。

僕は、ゆっくりとクラムに近寄る。


「ぐ!だが、貴様程度に近付かれた程度で!」

「そうなんだよね。僕にはその重装備の君を倒せるだけの技量も、力もない。いや、良い装備だね、それ。

目の粗い地面にあの速度で擦れて、傷一つ付かないなんてね。

重量も結構あるみたいだし、そうだねぇ……ジェネラルトータス・メタル辺りかい?」

「ぐ……だが、それが解ったところで、お前に何ができる!」


ビンゴ、僕は心の中で呟いた。

クラムは剣を両手で構えながら僕の接近に警戒している。

クラムの言動で、僕の作戦のプラン2が本当に実行可能である事が解ったので、ホッと胸を撫で下ろす。


「そうだね、何もできないんじゃないかな?

ああ、そういえば。

地雷ってあるじゃないか?あれってさ。

とっても素敵な兵器だと思わない?」


僕は、徐に先程取り出した円盤型の装置を見せつけるような動きをする。

地雷は、圧縮した魔力を開放するだけの極簡単な装置だ。そして単純故に強力でもある。

効果は、簡単に言えば起動すれば炸裂するというだけでしかない。

しかし、その威力は中級のモンスターくらいなら致命傷を与えられる程だ。

無論、彼の鎧の原料となっているジェネラルトータスの甲羅に罅を入れる事も、物によってはできない事はない。

授業でやっていたのを覚えていたのだろう、クラムの目に若干の恐怖が浮かんだ。

此処まですれば、後は簡単だ。


円盤型の装置を、全力で投げ付ける。

それと同時に、ダッシュ。


「う、うおおおお!」


クラムが、大剣を振るって円盤型の装置を叩き落とした。打ち返そうと思ったようだが、足を固定されて思うように振れなかったのだろう。

カラン、という呆気ない音を立て、円盤型の装置は地面に落ちた。

爆発は起きない。その何とも拍子抜けな結末に呆気に取られるクラムの背後にすっと忍び寄ると、僕は速やかに彼の背中に本命の装置を貼り付け、起動する。

バチリ、という起動音が響き、その装置は一瞬だけ強い光を放ち、青いスパークを散らした。


「ぐぉぉぉぉぉ!」


悲鳴というか、断末魔を上げたクラムは、そのままがくり、と地面に倒れこんだ。


「常識的に考えて、地雷なんかを魔導大会に持ち込めるはずないじゃないか。

せいぜい、猛獣用のスタン・トラップ止まりだよ」


聞こえているかは知らないが、一応言っておく。


ジェネラルトータスの甲羅に含有される特殊な金属、ジェネラルトータス・メタルは、鋼より遥かに硬く、また重い。

幾らか軽量化の魔法を刻印したとしても、一般的な騎士でも装備するのが辛いという程にしか軽減されない。

彼の膂力は、普通の騎士を軽く凌駕していたという事だ。

だが、彼の敗因は一つ、ある事に対する対策を怠った事だ。


ジェネラルトータス・メタルは耐久性に優れ、温度変化にも強いが、一つだけ決定的な弱点がある。

電気を非常に良く通すのだ。それどころか、増幅作用すらある。

絶縁の魔法でも刻んでおけば良かったのだろうが、ジェネラルトータス・メタルとは相性が悪いし、絶縁素材のインナーは更に希少。

猛獣用のスタン・トラップを使えば通る事を想像するのは容易い。僕なら持つのは盾だけにする。


また、クラムという生徒は、駆け引きが苦手だ。

それは、ポーカーなどのゲームの勝率から見ても明らかである。

ぶっちゃけ、ちょろい。

また、集中力が続かないらしく、数学系のテストでも小さなミスが多く、下から数えた方が早い順位にいた筈だ。あえて言わせてもらえば、だからこそ彼は準決勝止まりなのである。

あと、これは蛇足になるが注意力が散漫なのは騎士としてというより、戦闘系の職に就くつもりの者としても致命的だと思う。


何とも呆気ない幕切れであったが、最初から華やかさは求めて居ないので問題ない。

審判の勝利判定を聞くと、ピックとスタン・トラップを回収して控えに戻った。




「ふぅー……」


控室に戻ると、適当なソファに腰掛け、脱力する。

相手が馬鹿で良かった、と心の底から思う。

仮にあの時、泥沼化した土から離脱されていれば、持っと時間が掛かったか、最悪負けていただろう。

アレとの約束みたいな物もあるので、負ける訳にはいかない。


他の選手の試合は、殆ど見る事ができないのが残念で仕方が無い。


少しすると、全員の試合が完了したらしく、第二試合が開始する。

シードは、ウィリアム。

シード専用の待合室の窓から、にやにやと此方を眺めているのが見えた。

うぜぇ。


「……ま!貴様!

……ごめんなさい!

お願いだからちょっと反応してくれないかな!?」


ウィリアムのうざさに思わず拳を握り締めている間にも、誰かに話しかけられていたようだ。

僕は、少し冷静さを取り戻し、目の前の黒一色のローブを着込んだ男を見る。

顔は、フードで隠れていて見えない。

獲物は仰々しい装飾がふんだんに盛り込まれた杖……だが、装飾の一つ一つに特殊な魔法が組み込まれて居るのが見て取れたので、油断ならない。


「何か?」


「あ、やっと反応してくれた……じゃなかった。

僕……我の名はシュバルツ・シェリィノーイ。 二年だ。

貴様はどうやってか、我がライバルクラムを屠ったようだが、我にそのような姑息な手は通用しない!

我が漆黒魔導によって、完膚なきまでに叩き伏してくれるわ!」


黒一色のローブ……面倒だから黒ローブでいいか……は、長ったらしい口上を述べ、僕に杖を向けた。

こんな人、去年居たっけ?


「あ、ごめん。何か気合入れてる所悪いんだけど、漆黒魔導って何?

もしかして、闇属性魔法の事?それとも、呪術系?

あ、もしかして普通の魔法を真っ黒に染めただけとか?」


「な、何故解った?!」


黒ローブさんは驚きを隠せないのか、一歩後退る。

その反応を見て、ああ、そういえば去年も似たような事をしてた人が居たなぁ、と思い出し、その選手の名前を思い出す。


「そういえば、去年は純白魔法っていって真っ白に染めた魔法使ってたよね、キース・シェルノフさん。

あれ、凄く見え辛かったんだけど、今年はしないの?」


「いや、何か白には飽きちゃって……じゃない。

ふっ。我は漆黒に染まり切った身……今更白には戻れんよ……

って、何故我の真名を!?」


どうやらあっていたようだ。

キース・シェルノフとするなら、魔法は普通の水属性と風属性だったと思う。

そんなやり取りを終えると、試合開始が宣言された。


「くっ!まあいい。我が漆黒魔導に染まるがよい!『影の蔓(シャドウ・テンドロウ)』!」


キースが叫ぶと、彼の影から黒いうねうねした物が飛び出す。


「え、水属性と風属性はどうした?!」

「くくく!我が漆黒魔導に恐れおののけ!」


うねうねした黒い物は、僕へと向かってくる。


「あぁ、もう!『土壁ソイル・ウォール』!」


僕は手を着き、魔法を発動する。

土の壁が、足元から隆起し、僕をうねうねした……触手でいいや……から守る。

炸裂と同時に、バシャッという、水が弾けるような音がした。


見てみると、土の壁が、蔓の形をなぞるように墨で染めた様な真っ黒に染まっていた。

僅かに、水の匂い。


「ああ、なるほど。水を真っ黒に染めて、風で操ってるんだ」


「ごふっ!?

そ、そんな事は無いぞ?!

これは影属性魔法で——」


「あ、そう?『魔力分断マナ・ディバイド』」


僕は、風の膜を突き破って水に手を突っ込み、適当な事を言いながら分割した思考をフル導入して制御を奪い取ると、即座に分解する。

一部の実体のある魔法は魔力制御の応用で制御を乗っとれる事は少し前の本で読んだので、実行する。

それだけで、黒い触手は三分の一程が消失した。


「嘘ぉ!?」


目論見通り、キースは驚いてくれた。

キースがやっているのは、水の精製と風のチューブにそれを流し込むだけの事であり、水そのものには対してキャパシティを割いて居なかったようだ。楽に制御を乗っとれた。


尤も、他人が制御する魔法を乗っとるにはかなりの集中力が必要となるようで、思った以上に消耗する事となったが。


これ、思いの外使えないとだけの評価を下し、僕は剣を抜く。

集中が乱れたらしく、空中に浮いていた真っ黒な水が、急に重力に従って落ちて来た。


「ふぶっ!」


僕は、それを頭上から食らってしまった。

この水、ペイント効果もあるようで、僕は髪の毛から靴の先まで真っ黒に染まった。

無論、地面も真っ黒だ。

キースの黒いコートはこのためにあったのか、と思えてくる程に隠蔽能力が高く、正直何処に居るのかが解らなくなった。


「……くしっ!」


くしゃみが出る。

水は思いの外冷たく、僕の身体を急激に冷やしたのだ。

初秋に入り始めた今の季節、これは厳しい。

身体の震えを何とか抑え込み、動く物を探す。

視界の端で、何かが動いた。


「この、タコが!」


僕の全力を籠めたピックの投擲は、黒いローブを掠め、破く。

どうやらフード部分であったようで、ブロンドの髪が見えた。


僕は、肌寒さを堪え、ゆっくりと歩いてブロンドの髪の所へ向かうと、緩慢な動作で真っ黒に染まった剣を突きつけた。


「こ、降参だ!降参!」


キースは、怯えたように言った。


「そんな事はどうでも良いから、早くこの真っ黒な水を魔力に戻してくれない?凄く寒いんだ」


「わ、解った!」


キースが何事か呟くと、黒い水が、一気に粒子化した。

服も乾き、 フィールドに色が戻る。

暫く黒一色に目が慣れていたからか、少し目が痛かった。

身体が少しずつ暖まってくる。


僕は、ふと、疑問に思った事を聞いた。


「技術的にはかなり高位なんだから、もっとちゃんとした魔法を使ったら普通に勝てたんじゃない?

僕、少しだけ魔法が使えるだけでエラーだったんだから」


「えー、だって、それだとロマンがないじゃないか。

黒とか、かっこいいだろ?

あー、でもそっかー……攻撃魔法が飛んで来ないと思ったらエラーだったんだ」


キースが、何故か納得したように言った。

そこに、エラーに対する侮蔑や軽蔑と言った悪感情は見られない。

首を傾げていると、キースが言った。


「おいおい。最初に特殊学科のクラムをライバルだって言った辺りて気付けよ。

僕は、エラーだとかそういうのは気にしないさ。

君とも良い友人になれそうだ。よろしくね」


そう言って、キースは僕に手を伸ばす。

僕はその手を引いて立ち上がらせると、言った。


「それはいいんだけど、口調が多分素に戻ってるよ?」


「あ!わ、我はこれで帰る!」


キースは、慌てたように破けたフードを被り直してフィールドを去って行った。



これで、二戦勝ち抜き。

あと二戦勝ち抜けば、決勝でアレと当たる。


今回も先程も、なんとか勝つ事が出来たから良かったものの、少し身すれば負けていただろう。

特にキース。

最後まで彼の集中が切れなければ、おそらく僕は負けていた。


魔力のコントロール奪取は僕をかなり消耗させているようで、少し気を抜くと息が乱れた。

僕は、スライムの核晶を取り出し、齧る。

口の中に、ほのかな甘味が広がり、疲労がいくらか回復する。


ここで倒れる訳にはいかない。

思ったよりも戦えている事実が、僕を後押ししてくれる。


僕は気合を入れ直し、次の試合に備えた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「はぁ……はぁ……」



ついに、決勝まで勝ち残った。

三戦目、四戦目とかなり苦戦を強いられたが、持ち込んだアイテムの半数以上を犠牲にする事で勝ちを拾えた。

三戦目がメイス使い、四戦目が『刀』とかいう異国の剣を使う相手で、三戦目は相性の悪さで、四戦目は初めて見る武器に翻弄された。


スキーマーフロッグの毒も持ち込んだ分は残り僅かだし、虎の子のポーション類も使い切った。

だが、目的は達した。

僕は、この決勝に臨む事さえできれば、後は負けても構わないのだ。


「おやおや、随分と辛そうだ……大丈夫か?」


「白々しい。

社交辞令も、もっと上手にやらないと品格が疑われるよ?」


目の前のウィリアムは消耗が少ない。

まあ、多量の魔力を持っていて、しかも回復魔法も使えるなら当たり前か。

世の中の理不尽を感じながら、剣を構える。


「戦意は充分、てか? ふん。まあいい。どうせお前は俺に倒されるんだからな。

良いだろう、今回は魔法無しで相手してやる」


ウィリアムも、剣を構えた所で試合開始……とはならず、何故か選手の紹介が入った。


「レディース、アンド、ジェントルマン!

第四ブロック決勝戦へようこそ!」


歓声が上がる。

去年まではこんな事無かったのに、と困惑するが、王族が観戦に来ている事が原因か、と割り切る。

確かに、優秀な生徒をアピールするチャンスであるし、学園としてもここを逃す手は無い。


司会が、本日はお日柄も~などと面倒な挨拶を終え、選手の紹介に移った。


「さぁ、それでは選手の紹介に移ります……

まず、赤コーナー!一般学科魔導師科一年!

神童、ウィリアム・アストリアー!」


ウィリアムの名前が出た途端、会場が熱気と歓声に包まれる。

いっそやかましいと思える位の大音声が、僕の頭を揺さぶる。


「対する青コーナー!

何と、この学園始まって以来の魔力量ゼロ!

何故ここまで勝ち残れたのか解らない、特殊学科二年、エラーオブエラーこと、エリック・アストリア!

なお、苗字は同じだけで二人には血縁は一切無いとの事!

まあ、顔や髪色、魔力量まで絶対的に違うんだから当たり前か~!

神童と同じ家名で良かったな、幸せ者!」


僕の紹介が終わると、先程とは対象的に笑いが起こる。

少々イラついたが、事実なので仕方が無い。

あの司会も、この場でこのようにエラーを差別するような事をいう事の意味をよく理解していない事が解ったので、少しだけ気が晴れる。

ともかく、先程の紹介を聞かなかった事にして、剣を構える。

司会は、態とらしく舌打ちをすると、試合開始を宣言した。


「試合、開始~!」


僕は、ウィリアムの出方を見るために、注意深く観察する。

獲物は僕と同じ片手剣だが、その逆の手には盾が握られている。

剣は、魔法を発動する媒介にもできる「杖剣」と呼ばれる種の剣だろう。


「来ないなら……こちらから行くぞ!」


ウィリアムが、剣を振るう。

僕は、驚愕した。


上段からの一撃を、少し横にズレる事で回避し、切り上げを上から剣で抑え込む。


「ぐ……?!」


ウィリアムが、驚愕の声を上げる。

僕は、何処までも冷たい目でそれを見ていた。


「遅い、軽い、真っ直ぐ過ぎる。

踏み込みも甘いし、何より型がなってない」


「な、に?!」


比較対象は、リックだ。

リックの流れるような剣閃に比べれば、その無様さがよく解る。

一年と二年の差はあるとはいえ、この差は何だ?

明らかに、去年のリックに比べても酷い攻撃だ。

フェイントすら無い。


「この、程度?冗談はよしてよ。

僕だって、成長してるんだ。

こんな無様な剣閃で、倒せる訳、ないだろう?」


片手で剣を抑え込みながら、地術を発動する。


「『土鎚ソイル・ハンマー』」


足元から、土の塊が飛ぶ。

それを腹に貰ったウィリアムは、宙に浮く。

威力は弱かったので、それだけだ。

次いで僕は、集束魔法を発動する。


「『風鎚エア・ハンマー』」


圧縮された風の鎚が、浮いているウィリアムを吹き飛ばす。

ウィリアムは、少し離れた場所に着地した。


「きっ、さまぁ!」


再び、ウィリアムが仕掛けてくる。

先程と殆ど変わらない遅さで、横薙ぎの一撃を放つ。

踏み込みや型は先程よりも形になってはいるが、それだけだ。

何の脅威も感じない。

僕は、軽く後ろに下がって躱すと、ウィリアムの隣を通り抜けて後ろに移動し、蹴る。


「ぐぁ!」


会場は、何が起こったのかと静まり帰っているが、知った事ではない。


「貴様如きが……貴様如きがぁ!『炎球フレイムボール』!」


ウィリアムの剣の切っ先から、巨大な火の玉が放たれる。

僕は、懐から地雷を模して削った木片を投げつける。

球形の魔法は、大抵着弾と同時に爆発する。

それが例え、目標物ではなかったとしても。

とはいえ、爆発するのは球形の中心付近にまでその属性以外の物が到達した時のみだが。

勢いよく投擲された円盤は、球の中心にまで到達したのだろう。

炎の塊は、勢い良く弾ける。


「な、何故!くそっ!『炎槍・七式フレイムランス・セブンス』!」


ウィリアムは慌てたように詠唱した。

飛来する七本の炎。

しかし、狙いが雑だった。

少し身体を反らせば、それだけで高熱の塊は僕にダメージを与える事なく消えてゆく。

リーシャの魔法より、格段に弱い。

リーシャなら、逃げ道を確実に潰した上で逃げられない一撃を撃ってくる。


「ははは……」


何だ、神童だとか、名門の子だとか、魔力の量だって関係ないんだ。

僕は、こんなにも戦える!


「ふ……るな。

ふざけるなよ、屑が!

紅翼こうよく』!」


「は?」


突如、ウィリアムの影が爆発する。

吹き荒れる爆風に、僕は吹き飛ばされた。


地面に、叩きつけられる。


「がはっ!」


痛みに耐え、目を見開いてウィリアムを凝視する。

ウィリアムの背中から、紅い、一対の翼が伸びていた。そこから吹き出しているのは、真紅の魔力。

周囲の空気が歪んでいる事からすると、あれは高温の魔力の塊なのだろう。


見た事がない、どの文献にも書かれていない魔法。


ウィリアムは、その翼を以って大きく羽撃いた。


それにより揚力を得たのか、ウィリアムは一瞬で上空へと登った。


「調子に乗るなよ……『紅翼炎槍フレイム・フェザー』」


翼から、幾条もの光が放たれた。魔法、ではない。純粋に魔力を固めて飛ばすだけの、簡単な魔力操作技術の応用。しかし、高温の炎の魔力で構成されたそれは必殺の威力を秘めている。

僕は、咄嗟に横に転がる事で回避する。

響く轟音。

見ると、先程まで僕がいた場所は消し飛んでいた。


「貴様のような奴は、地面に這い蹲っているのがお似合いなんだよ!さっさと消し飛べ!」


もはや狙いなど付けていないのか、フィールドの隅から隅まで、全然関係無い場所にまで光は降り注いでいる。


「ぐ!」


飛べない上に防御ができない僕に、勝機はない。

いつの間にか、会場ではウィリアムコールが続いていた。


「何か……手は……」


圧倒的な炎の魔力が吹き荒れるせいで、このフィールドも少し苦しくなってきた。

正直、辛い。


「ぐあ!」


光線が、掠った。

それだけでとんでもない激痛が僕の身体を駆け抜ける。


「せめて……この光線を迎撃できれば……」


そう考え、ふと、ノエルさんの言葉が浮かんだ。


「僕しか持ってない物。僕にしか出来ないこと……。

外側の魔力を、操作すること……?そうか!」


僕は、外側の魔力に意識を集中させる。

ウィリアムの制御から離れた光線は、全て魔力となって周辺に溜まっているのだ。


僕は目を閉じ、それらを一点に集中させる。

僕の内に無い力を、掻き集める。

根こそぎ吸い取って、それを一点で圧縮。


僕は、ゆっくりと目を開く。

目の前に、眩い光の球体が現れていた。

自分で、制御できる。


「無駄な足掻きを!」


光線が、一気にこちらを向いた。


「盾!」


圧縮された魔力の塊は、僕のイメージ通りに盾へと変わる。魔法に変換するまでもなく、圧縮された魔力は堅牢な盾となる。

それは、光線に穿たれる事なく僕を守ってくれた。

しかし、盾の強度よりも光線の威力が高いのだろう。

盾は、光線が当たる度にすり減っていく。


——いや、補強するための材料なら、いくらでもある!


僕は、思考を最大まで分割し、周辺にばら撒かれ続ける魔力の集束と盾の維持に尽力する。


「うおおお!」


光線が、一時止む。

僕は、盾を維持したまま魔力で足場を作り、上空のウィリアムの下へと駆ける。


音は、とっくの昔に消滅していた。


ただ、ひたすらウィリアムの下へと走るのだ。

剣を見る。光線の直撃を食らったのか、刃が根元から溶けて無くなっていた。

剣を捨て、拳を握る。大砲に砲弾を込めるように、魔力を集める。


何のために本を読んできたのか、その一番初めの感情が蘇った。


「僕は……認められたいんだ。

たった一人の、人間として。

あの人たちの、子供として!」


魔力の階段を、登り切った。

ウィリアムには、一歩踏み込めば届くだろう。

僕は、拳を握りしめ、ウィリアムを殴り飛ばそうとして——


直後、言いようのない脱力感に襲われ、僕の意識は暗転した。




















「ッ?!」


目を覚ますと、僕は保健室で寝かされていた。

頭がズキズキと痛む。

ともかく、自分が何故ここにいるのかを考え、決勝戦のラスト、一番重要な場面で気絶した事を思い出した。

そこで、自分が分割思考を使えていない事に気が付く。


「あ、れ……?」


思考を分割しようと試みるが、上手くいかない。

無理やりしようとすると、頭に激痛が走った。


「っつ~……」


殴られたなんて物ではない痛みに、そのままベッドに倒れこんだ。


何故……

理由を考え、分割思考の事について書かれていた本の内容を思い出した。



『使いすぎると,脳がオーバーヒートして気絶してしまう事があります。

その際は一週間ほどは思考を分割しようとしないで下さい。無理にしようとすると、激痛が走る場合があります。』


「ははは……そう、か。

限界まで、使い過ぎたんだ。

それは辛い筈だよ……」


決勝戦では、負けたのだろう。

あの局面で気絶して、よく生きていたなと関心した。

いや、生きているのは当たり前か。死なないためのフィールドが貼ってあったんだし。


「何だ、起きてたのか」


「リック……?」


保健室の戸が開き、リックとリーシャが入ってきた。


「今日はゆっくり休め。明日は集団戦だからな」


「ああ……トーマスに、伝えてくれないか。

分割思考が暫く使えなくなったから、戦闘では役に立てそうに無いって」


言うと、リーシャが聞いてきた。


「どうして、使えないんだ?」

「使い過ぎたんだ。頭に負荷が掛かり過ぎてしまったから、暫く使えないんだよ」


二人は、少し目を伏せたが、直ぐにいつも通りの表情に戻り、解ったと言って帰って行った。

二人が居なくなってから暫くして、僕はベッドの上で俯いた。

あまりの悔しさに、涙が流れてくる。


「僕は、何処までも無力だ……

こんなにも戦える?冗談じゃない。

戦えてなんか、いなかったんだ。

僕がやっていたのは、ちょっとした事で得意になる子供と同じ事……。あいつと……ウィリアムと同じように、調子に乗っているに過ぎなかったんだ……」


よく思い出して見ると、三戦目の相手も、四戦目の相手も一年にしては強かったが、スピードはかなり遅かった。あの二人は手を抜いていたに違いない。

恐らくは、僕を消耗させる事が目的だったんだろう。

最後の最後で、負けるように。

最初の二戦しか、実力では勝ち上がっていないのだ。


「思い上がりって、怖いな……」


夕暮れ時の保健室に、僕の声だけが響いていた。





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