第一章/ep07
「魔導大会まで、あと二日かぁ……」
僕は、図書館のブースで溜息を吐いた。
いつもなら居る筈のノエルさんもまだ来ていないらしく、一人で本を読む。
今日は普通に図書館利用者が居るから、エラー専用ブースでだ。
本来ならこの時間も訓練に充てるべきなのだろうが、訓練だけをやり続けるだけの集中力も、根性もないのだから仕方が無い。
いつもよりも多量の本が積まれて居るブースには、僕の他には誰も居ない。
「はぁ……僕は、一体何をしてるんだろうか……」
ふと、考えてしまう。
少しばかり良い家に生まれて、でも魔力が無くて。
家の継承権はとっくの昔に破棄させられて、成人すれば貴族階級から外される。
本当に、何の為に生きているのだろう。
エラーで生まれて来てしまった事に、後悔はしていない。
しかし、納得できるかと言われれば、やはり否だ。
リーシャも、リックも、トーマスだって良い人だと思うし、友達になれて良かったとも思う。
けど、少しくらい魔力があっても良かったじゃないか。
よりにもよって、何で魔力量ゼロなんだよ。
僕は、そこまで考えて思考を止めた。
これ以上考えてしまうと、黒い感情が収まらなくなってしまう。
精神の安定は魔法にだって影響を及ぼす。攻撃的な魔法や呪いを使うならそれでも良いかもしれないが、暴発して仲間を傷付けてしまっては意味が無い。
「せめて、一桁でも魔力があればな……」
「どうしたんですか?元気無いですね~」
「うおぁ!」
いきなり背後から掛けられた言葉に驚き、積んでいた本を崩してしまった。
本は、その多大な質量を以って僕を押し潰そうとのしかかってくる。
以前の僕なら何の抵抗もできず下敷きだったろうが、ここ一週間の地獄のような密度の訓練のお陰で素早く反応ができた。
「『浮遊』」
何冊もある本が、空中で停止する。
本そのものではなく、広範囲の空間に作用させたので本をそれぞれで動かす事は出来ないが、取り敢えず停止させる事さえできれば後は魔力球で何とかできる。
七つの魔力球が、空中に固定された本を机の上に積み上げて行く。
その様子を見ていた、僕を驚かせた声の主は感心したように言う。
「凄いですねー。魔法の運用技術が上達してます。
学園の高学年でも難しいのでは無いですか?」
「二年生の大半はできるんじゃないですか?
僕は、暗記しか能がない無能ですから。
それよりノエルさん。急に驚かすのやめてくれません?」
そう言って、僕は緑髪緑眼の声の主……ノエルさんに言う。
僕の言葉に対し、ノエルさんは、少しむっとしたような表情で言った。
「む。先程から何度か話しかけてましたよ。
エリックさんが気付かなかっただけで。
悩み事でしたら、まあ聞くことくらいはできますよ?」
「良いです。言って楽になる類の悩みでは、ないですから」
ノエルさんの提案を、断る。
ありがたかったが、そんな事で負担が軽減される物ではない。
何せ、血の問題なのだ。
話した所で、急に親に似るわけでも、魔力が増える訳でもない。
血。
僕は、本当にあの人たちの血を継いでいるのだろうか。
髪は、両親のどちらにも似ず、家系的にもありえない空色。
瞳も空色で、こちらも家系的にありえない。
顔立ちに関しても、母親似でも父親似でもなく、増して弟にすら似ていない。
魔力量もゼロだし、何らかの固有魔法が使える事もない。
いっそ、何処ぞの川で拾われた平民の子と言われた方が幸せだったかもしれない。
固有魔法というのは、特定の家系や個人しか使えない魔法だ。
創作物では、よく貴族に生まれたら幸せだとかいう書かれ方をされる事があるが、貴族に生まれても結構辛い事は多いのだと、声を大にして言いたい。
「まあ、卒業したら冒険者業にでも就けばいい。
それに、幸せは常に自分で掴み取る物らしいし。
生まれた時から決まってる幸せなんて、実感に乏しいんだよ、多分。
さて、今日も頑張ろうっと!」
「いきなり完結しましたね。
まあ、概ねいつもの事ですが」
これ以上考えても無駄なので、僕は改めてノエルさんの方を見る。
今日は珍しく、魔力で編まれた貫頭衣などではなく、普通の材質……といっても、生地はなかなか高価な物のようだが……でできた何処かの制服らしき物を着ていた。
上は、黒が基調のインナーと、上から羽織って居る白いジャケットがアクセントとなっており、胸の辺りの十字架を模した刺繍がワンポイントとなっている。
下は膝上までの長さのミニスカートで、腰部のベルトからはコートの裾のような物が足元まで伸びていた。
しばらく疑問に思って見ていると、視線に気付いたノエルさんが微笑みながら言う。
「これはヴィマニア王宮における騎士の正装なのですよ~。
この前エリックさんが見たいと言っていたので着て来ました〜」
「そういえば。ありがと、ノエルさん。
しかし、ヴィマニアの騎士って結構洒落た格好してるんだね」
「まあ、私は精霊ですからね。物理的な鎧は要りませんし、何より無骨なのは趣味じゃないです」
僕は成る程、と頷いた。
「所で、今日は遅かったけど何かあったの?」
「ああ、いえ。お嬢様が一緒なので、ぽんと魔法で跳ぶわけにもいかなかっただけです」
「お嬢様って……第六王女様?
それじゃあ、僕はお暇した方が良いかな。
付き人のノエルさんがいつまでも僕の所に居るのは評判に響くだろうし」
僕は、積まれた本を持ち上げて帰る準備を始める。
もちろん、読んでいない本はそのままだ。
本は、長期休暇の間やメンテナンス期間を除いて、各層に一つはある返却装置に返せば自動で棚に戻されるので移動は楽だ。
「ああ、お構いなく……
というか、お嬢様の目的の一つに貴方に会う事が含まれていますので、むしろ居て下さい」
てっきり、そのままスルーされる物だと思っていただけにノエルさんの言葉に驚きを隠せない。
何より、かの第六王女が僕に会いたがる訳も解らない。
「僕に会う事が目的?王女様が?何で」
「さぁ?私は、図書館に面白い方が居ると申し上げただけですし。
直接ご本人にお聞きになってはいかがです?」
ノエルさんは、そういってブースの入り口付近に認知阻害の魔法を張った。
詠唱も何も無かったが、感じ慣れた独特の雰囲気だったので、そうだろうと当たりを付ける。
しかし、認知阻害の魔法を張ってしまうと、王女様もここに入れないのではなかろうか。
認知阻害は、その名の通り、相手の認識をズラす。
故に、ノエルさんが今したように入り口に認知阻害の魔法を張ると、ここにブースがあると解っていても、何故か入り口が見つからなくなるのである。
僕の疑問を察したのか、ノエルさんが苦笑する。
「問題ないのです。
もう、ここに居られますから。
『存在隠蔽』、解除」
ノエルさんが言うと、ノエルさんの隣の空間が歪み、そして緑の燐光が舞うと同時に、一人の女子生徒が現れた。
女子生徒は、銀色の髪に、深みのある澄んだ紫の瞳をしていた。
顔立ちは、可愛いというよりもむしろ美しい……のではないだろうか。
何と言うか、熟練の職人が手掛けた人形、とでも表現しても遜色無い程の美しさだ。
十人の生徒がいれば、九人は振り向き、そのまま見惚れるのではなかろうか。
因みに、僕は希少な一人らしい。
というか、正直興味が無いのでどうでもいい。
ともかく、この前読んだヴィマニア式の最敬礼を送り、そのまま片膝を着いて顔を伏せる。
ここまではヴィマニアの王族に対する礼儀作法だ。
僕はヴィマニア国民ではないが、アルガンツァーからしても賓客に当たる重要な人物なので、礼儀を尽くすのに越した事はない。
「え、えと、ごめんなさい。
その……顔を上げて下さい!最敬礼も結構です!」
「いえ、王女殿下は王女殿下ですので。
僕如き、視界の隅に入る事すらおこがましく思います。
そもそも、僕はただのエラーです。
ですので、王女殿下は気にする事なく読書を楽しんで下さい。
では、僕はこれで」
僕はそれだけ言うと、直ぐに本を片付け、帰るべく行動を始めようとする。
が、その直前に、肩にぽん、と手を置かれた。
振り返ると、ノエルさんが何やら柔やかな表情でこちらを見ていた。
ただし、目は笑っていなかったが。
絶対零度の雰囲気というのをしばし味わう。
誰かが背中に氷魔法でもぶち込んだのではないかと思う程の恐怖で、冷や汗が流れてくる。
本能的に、逆らってはならないような気がした。
「エリックさん?ごめんなさい、私、少し説明が不足してたみたいなのです~。
お嬢様と、お話して頂きたいのですよ、私は。よろしいです?」
ノエルさんは、いつもと同じようなのんびりとした口調で、ゆっくり、一言一言噛み締めるようにいった。
僕は、何とか頷くとお嬢様、もとい第六王女様に振り返り、床に手を着く。
召喚された何人かの勇者が生まれ育った国における、最大限の謝意を表す方法。
たしか、『土下座』とかって書かれていたポーズを取り、僕は全身全霊で謝った。
「何かごめんなさい!」
少し声が震えていたのは、仕方が無かったと思う。
「ノエル?何だか凄く怯えてるんだけど、何をしたの?
あと、このポーズって、何?」
暫く土下座を続けて居ると、第六王女殿下が言った。
ノエルさんは、王女殿下の隣に歩いて戻ると、言った。
「少しお願いをしただけですよ~。
あと、このポーズは『土下座』と言って、幾人かの勇者の生まれ故郷で最大限の謝意を表すポーズだったと思いますよ。
私が出会った中でも、そうですね……七人くらいに共通してましたかね?
森で水浴びして居る所で出くわすと、いつもしてくれましたよ~。
エリックさん、お嬢様も困惑して居られるので、その辺で良いですよ」
ノエルさんに言われて、僕は恐る恐る顔を上げた。
ノエルさんの顔には、もう既に先程のような凄みはない。
「では、お嬢様。改めて紹介しますね。
この学園における私のお友達第一号にして唯一の人間のお友達の、エリック・アストリアさんです」
「えと、どうも。ご紹介に預かりました、エリック・アストリアです。初めまして、王女殿下」
僕は丁寧にお辞儀をし、簡単な自己紹介をした。
王女殿下は、主に初めまして、の辺りで首を傾げたが、僕がお辞儀したのを見ると、片足を引きながらスカートの裾を少し上げて頭を下げるという、カーテシーというのだったか、上流階級でしか見られないようなお辞儀をして、自己紹介をする。
「ご丁寧にありがとうございます。
私は、ヴィマニア王国第六王女、セイン・レイディアント・ル・ヴィマニアです。
えっと、以前此処でお会いしました……よね?」
第六王女殿下……セイン様は、そんな事を仰った。
以前此処で、という事は図書館で出会った事があるという事なのだろうか?
僕は、記憶を遡って行くことにした。
外見……は、覚えがない。
そもそも、銀髪に紫の瞳、なんて珍しい組み合わせなら覚えていてもおかしく無さそうなものだが、どうにも記憶にない。
次に、名前。
セインという名前には、正直聞き覚えが無い。
僕が悩んで居るのに気が付いたのか、セイン様は困ったように言った。
「夏季休暇の間の事なのですが……」
その言葉を聞き、僕の記憶が幾つか蘇った。
「ああ!二六〇の棚を崩して気絶してた、あのセインさんか!
いやぁ、興味が無かった物だから、身体的特徴をすっかり忘れていたようだ。
申し訳ない」
僕が言うと、セイン様は目を白黒させ、ノエルさんは一瞬ぽかんとしたあと、クスクスと笑い出した。
「あー、エリックさんらしいと言えばエリックさんらしいですね~。
それにしても、興味が無かった、ですか。
いや~、驚きました。随分と長い事お嬢様のそばに居るですけど、そんな事を言ったのは貴方が始めてですよ~」
ノエルさんが、笑いを堪えて言った。
しかし、次の瞬間には再び口元を抑え、体を丸めるようにして笑う。
「ノエルさん、それ、貶してます?」
僕は、耐え切れなくなって聞く。
ノエルさんはひとしきり笑った後、いつもの調子で言った。
「いえいえ~。
ただ、人間って偶に面白い個体が居る物だと、再認識していただけですよ~」
結局、どちらなのかはっきりしない返答だった。
僕は、先程から反応の無い王女殿下もといセインさんの方を見る。
「き、興味が、無かった……?」
未だに何を言われたのか理解していないようだ。
僕は、変な誤解を招かれても面倒だと思い、しっかりと弁明する。
「いや、本当に申し訳ないです。
僕も、貴方の事は美しい方だなぁとは思いますよ?
でもですね、ほら。本を読む方が、綺麗な物を見るよりも幸せじゃないですか。
別に貴方に興味が無かった訳では無いんです!
本にしか興味が湧かなかっただけで——」
「結局私に興味が無かったって事じゃないですかー!」
「え、いや、だから貴方だけじゃなく、あの場では本以外の何物にも興味が湧かなかったので」
「なおさら質が悪くありません?!」
セインさんの言葉に、僕は一度溜息を吐く。
そもそも、質が悪いも何も、
「「人間ってそんな物ですよ、お嬢様」」
発言がノエルさんと被った。
人間が、興味が無い物にはとことん無関心な生物である事にはノエルさんも同感だという事か。
未だに釈然としない様子のセイン氏を見て、僕とノエルさんは一度アイコンタクトを取ると、説明を始める。
「良いですか、お嬢様。
人間というのは、そもそも興味の無い物にはとことん無関心な生き物なのですよ」
ノエルさんの言葉を引き継ぐようにして、僕が聞く。
「例えば、セイン様は廊下で少しすれ違ったような生徒の顔、体格、その他諸々を一人でも覚えておいでですか?
別に廊下でなくとも、学園に入るまでにすれ違った人でも、図書館に来てからすれ違った人でも構いません」
「え、覚えてない……」
セイン様は、少し気圧されたような様子で、若干目を伏せつつ言った。
僕とノエルさんは、ほぼ同時に、同じ言葉を発する。
「「でしょう?!つまりはそういう事なのです!」」
僕らの声量に驚いたのか、セイン様は肩をビクッとすると、そのまま硬直した。
僕は、半ば捲し立てるように続ける。
「当時、僕は貴女に対してこれっぽっちも……失礼、毛程も……訂正、読書の邪魔だな、程度の興味しか抱いていませんでした」
「今の訂正する必要ありました?!」
セイン様が声を荒げるが、ノエルさんが止める事も無かったので、僕は気にせず続ける。
『本来なら国の賓客相手にこんな事したら不敬罪とか適応されるんだろうな』とか、そんな思考が一瞬脳裏を掠めたが、その後直ぐに、『いや、そもそも彼女と僕は同じ学園の先輩後輩の関係じゃないか』とか『そもそも興味無かった発言した辺りで有罪判定確定みたいな物なんだから今更どうでもいいじゃない』という思考に埋れ、掻き消されてしまった。
「より正確に伝えた方がいいでしょう?続けます。
つまり、セイン様の事は、僕の中では『二六〇の棚を崩して気絶して、最終的にあまり良いとは言えないうっすい内容の本の行方を聞いて来たただの女子生徒』で止まっていた、という事です」
僕が事実をありのまま告げると、セイン様はさも心外だと言わんばかりの口調で言った。
「私の評価が低過ぎません?!
確かに、内容は薄かったですけど!」
「確かに、アレは正直無いですね~。
民間伝承の纏めというだけなら、もっと面白い本はいくらでもありましたし」
「でしょう?民間伝承が読みたいなら、むしろレイヴィ・ランサス著の『精霊が紡ぐ素晴らしき世界』の方が面白いですよね」
僕とノエルさんの両方に言われるとセイン様も弱ったようで、少しうっと詰まった。
最後に結論、とノエルさんが締めくくる。
「結局、何が言いたいかって言うとですね。
人間とはそういう生き物なのですよ。
エリックさんという例は極端かつ非常に稀ではありますが。
色んな意味で気にされない生活を送って来なかったお嬢様には、些か理解し難い事かとも思いますが、国の外に出ればそういう事もあります」
セイン様はカルチャーショックを隠せないのか、少しの間呆然としていた。
しかし、その静寂を破るようにして、無粋な乱入者が現れた。
「おい!そこの無能!
王女殿下に何をしている!」
僕たちとセイン様の間に、炎を思わせる赤の髪と、龍の如き金色の瞳をもった美丈夫……もとい、僕がこの世で一番好感情を抱いていない神童ことウィリアム・アストリアが割って入った。
「ふう。妙な認知阻害の魔法が掛かっているからもしやと思えば……
さあ、王女殿下。俺が来たからにはもう安心ですよ。こいつには手出しさせません」
「え、あの……私は」
「いえ、何も仰らないで下さい。 この状況を見れば大凡の見当は付きます。
怖い思いをしましたね……」
聞いてもいない解説を終えた、神童という名の調子に乗ったガキはどうでもいい口上を続けた。
相変わらず、動作の一つ一つが芝居がかっている上に胡散臭そうな雰囲気を纏っているようで、辟易とした。
「ちょっと貴方。何様の積りなのです?
今は私達がお嬢様とお話をしている所なのですが」
「何を言ってるんですか、あなた。
そいつの契約精霊だか何だか知らないけど、こんな女の子相手にそんな事して、何とも思わないのか?
ほら、こんなに迷惑そうな顔をしているじゃないか」
いや、それはお前に対してだよ。だいたいそんな事って、それはお前の勘違いでしかないよ。 いや、不敬になることはやっちゃったかもだけど。
というより、その迷惑そうな視線の先に自分が居る事に気付きなよ。
僕はますます辟易とした。
そんな僕の様子を見て、何故か押して居ると思ったらしいウィリアムは続けた。
「お前も懲り無い奴だ。全く、何でお父様はこんな奴を生かしているのか……
こんなのと同じ血が流れていると思うとうんざりする」
それはこっちの台詞だと声を大にして言いたい所だが、反論した所でこのバカには何も届きそうに無いので保留する。
「まあ、別にそんな事はどうでもじゃないか。
そもそも、学園では僕は君の兄ではないし、血の繋がりも秘匿……というか、無かった事にしてるんじゃなかったの?
もし兄という扱いになっているなら、僕はストーカーの弟を持って悲しい限りだよ」
僕は、やれやれと肩を落とし、極力普段と変わらない様子を演じて対応する。
ストーカーと言われた事に腹を立てたらしいウィリアムは青筋を浮かべ、わなわなと震えながら言った。
「何を根拠にそう言っているのか、教えて頂きたい物だね」
「簡単な話だよ。
何らかの目的が無くて、どうしてこのブースを覗こうとするんだい?
君の大っ嫌いな無能が、ほぼ毎日いる事は知っているんだろう、神童君?
大方、図書館に入った辺りで見失って、中央ブースの履歴とか特定のIDの位置情報把握システムか何かを使ったんだろうね。
これをストーカーと呼ばずして何と呼ぼうか……」
まあ、誰かの場所を探す時に偶然目に留まったセイン様のIDの付近に僕のIDがあっただけ、というのが事実としては正しいのだろう。
さっきのは主にセイン様とノエルさん辺りからの評価を下げる為だけに用意しただけだし。
言ったのが事実でも困るけど。
「何を言うかと思えば……
少し人を探している時にお前のIDの近くに王女殿下のIDを見つけたから来ただけだ。
そもそも、王女殿下をストーキングなんて、そんな事ができる筈ないだろう。
お前こそ、王女殿下に不敬を働いた事は理解しているんだろうな?
俺か王女殿下が告発すれば、そこの精霊共々不敬罪は免れないぞ」
「僕もノエルさんも法に抵触するような事はしていない。
そもそも、ノエルさんはセイン様の——」
精霊だ、と告げるよりも早く、ウィリアムが杖を振った。
「——王女殿下の御名前を、お前如きが口にするな。
『火焔槍・二式』」
ただの中級魔法に、あり得ない程の魔力が込められた槍がウィリアムの正面に精製され、撃ち出された。
精々、三秒かそこらと言った所の早業で、魔法の発動速度としてなら一年にしては早かったのではないだろうか。
ノエルさんが対応しようとするのを手で制し、そのまま胸を張ってその場に立つ。
直後、響き渡る轟音。
と言っても、ブースには防音の結界が常時張られて居るので外には一切漏れなかったであろうが。
爆煙が辺りを覆う。
セイン様から、軽く悲鳴が上がり、ノエルさんも絶句していた。
「ふん。下種が付け上がるからそうやって死ぬことになるんだ。
精々、次の人生ではまともな人生を送るんだな」
ウィリアムは、いっそ清々しいくらいに鬱陶しく言い放った。
が、正直馬鹿じゃないかと思う。
「えーっと、色々と突っ込み所は満載だったんだけど、僕が付け上がってる……って、どの辺りが?」
爆煙と言えど、魔力が拡散するのに際して発生しているにすぎない魔力の残滓。
魔力制御の応用で操作できない筈も無い。
僕は、爆煙を全て手元に集めると、両手を合わせて一気に通常状態にまで還元させた。
僕の服は疎か、周辺の本の一冊にすら焦げ跡は付いていない。
「なっ!?お前……」
「何故生きている、かな。
その前に言っておきたいんだけど……
君は真性の馬……失礼、うっかりさんなのかい?
この図書館で、物を害する類の物は一切カットされる訳なんだけど?
それとも、君の魔力程度で振り切れると思ったの?
無限の魔力を生産し続ける大魔導具から魔力の供給を受けて発動している、この図書館の魔法を」
大魔導具とは、他者からの魔力供給を受けずに作用する物や、現行の技術では再現できない魔導具の総称だ。
魔導具というのは魔法や魔力を封じてある道具で、魔法やそれに近しい効果を発揮する。大魔導具の中でも前者、他者からの魔力供給を受けずに作用する物に関しては開発や生産も割と進んでおり、安い物はそこら辺の雑貨屋で普通に売られている。しかし、後者の現行の技術で再現できない物は国に直属の研究組織があったりする程の未知の技術の宝庫で、危険な物から多大な利益を齎す物まで幅広い。
この二つを差別化するため、前者を特に『プロダクト』などと言い、大魔導具と言えば大抵後者を指す。
また、武器の形をした物も後者に断然多く、中には然る勇者が手掛けたとされる番号付きと呼ばれる物もあるのだとか。
因みに図書館の大魔導具は後者の内の番号付きであり、No.03の固有名称『紅玉ノ王』であったと記憶している。
因みに、この図書館自体も、番号付きで、こちらはNo.18『叡智の図書館』だそうだ。
「ぐ……!」
「さて、これで僕は完全に被害者な訳だ。
一連の流れは全て魔力球を経由して第三者視点で録画が完了している訳だけど……
学園に提出すると、どうなるかな?
ああ、心配しなくとも、提出するに際してセイン様の御姿は加工で消させて貰うよ。
王族の方は映像に納めるのにも許可が必要だからね」
ウィリアムは杖をきつく握りしめ、俯いていた。
まあ、学内で、先生もいない所で人に向けて中級魔法なんて行使した事がばれたら退学処分まではいかなくとも、停学処分は固いだろう。
映像云々はただのハッタリであるが、ノエルさんとセイン様を証人とすれば問題は無いだろう。一国の貴族の子供と王族、どちらが信用されるかは火を見るよりも明らかだ。
と、そこで何かに気付いたらしいウィリアムがパッと顔を上げた。
「そうだ!貴様、今度の魔導大会に参加するらしいな!
なら、お父様が見ている前で正々堂々戦え!
そこで勝てれば俺はお前の事を告発しないで置いてやる。
お前が負ければ、その映像は破棄しろ!
大人しく破棄するなら、告発の件は考えてやる」
何故、その事を知っているのかと僕は驚いた。
しかし、情報は漏れる物なので仕方ないと即座に割り切る。
ウィリアムは、良い提案をしたとばかりに得意気な顔をしているが、解っているのだろうか?
僕が仮に映像を納めていたとすれば、それを提出されれば告発の件だってどう転ぶか解らないし、そもそもウィリアムは知らない事だろうが、状況的にセイン様が告発に乗るとも考えにくい。
つまり、どちらにせよ困るのはウィリアムだけであり、僕は大して失う物は無いのだ。
僕は一瞬、本気でそうしてみようかと考えるが、どうせ父様や母様が権力に任せて揉み消すだろう。賄賂って怖い。
その気になれば王女であるセイン様の言葉すら無視できる辺りが怖い。
ウィリアムは理解して言っているかは知らないが、受けなければ、この事は即座に父様に伝わり、最悪僕は処刑されるだろう。あの人達はウィリアムを溺愛しているし。 罪状なんて後からどうにでもできる。
受ければ、僕はもしかしたら死なずに済んで、かつ上手く立ち回ればいつも通りの日常が続けられるかもしれない。
となれば、受けない手は無かった。
「解った。 僕も、そろそろ努力の結果を父様達に見て欲しかったんだ。
その提案、乗ってやるよ」
僕は、態と挑発するように言う。
ウィリアムは調子に乗りやすい上にプライドが高く、また、魔力量絶対主義の典型なのでこう言っておけば、おそらく両親にも伝わるまい。
案の定、ウィリアムはニヤリと笑って、いかにも勝ったと言わんばかりの表情を浮かべている。
「は!精々俺と当たるまでに負けない事だな!」
「ああ、そうさせてもらう」
そういえば、コレと戦うまで勝ち残らないと駄目なのだった、と今更ながら思う。
ウィリアムは、それだけ言うとセイン様の腕を引いてさっさと行ってしまった。
僕は、ノエルさんの方を向く。
ノエルさんは、俯いてぶるぶると震えていた。
そして、直ぐに机を叩く。
先程のアレの魔法が炸裂した時よりも大きい轟音が響く。
「人が何も言わないからと言って、あの態度はなんですか!
エリックさんもエリックさんです!なんで映像をさっさと提出しないんですか!」
僕は、かなり気圧されつつも答える。
「ご、ごめん、あれ、実はハッタリ。
映像の録画は、やろうと思えばできるけど直ぐに展開できる腕は、僕は無かったから。
あと、ノエルさん落ち着いて。僕の精霊扱いされた事とか、色々怒りたくなる事もあるだろうけどさ……。
あいつは、ああ言う人種なんだよ……。手のつけようが無いんだ」
言うと、ノエルさんは少しクールダウンしたのか、釈然としない様子ではあったが、そのまま黙った。
心当たりもあったようで、少しして納得するような表情を見せたあと、不機嫌そうな表情へと変わった。
「むー……取り敢えずはそう言う事にしておきましょう。
しかし、なかなかハードな人生を歩んでいるのですね、エリックさんは。
いっそうちの国にでも来ます?良い精霊、紹介しますよ~」
打って変わって、軽い調子で答えるノエルさんに、僕はすこし呆気に取られた。
「あはは……考えておきます」
何とか応えられたが、家の問題に巻き込んでしまった、という罪悪感は僕に重くのしかかった。
もしこの時、ウィリアムが僕の魔導大会出場について知っていた事に対して深く考えていたなら、この先の出来事を少しでも変えられる事はできたのだろうかと考える事になるのは、もう少し後の話だ。




