第一章/ep04
朝、何時もより早い時間に目を覚ました。
あと二時間程で朝食となる時間だ。
部屋には二段積み重なった形のベッドが二つ用意されており、僕が寝ているのは入り口から見て右側の上段。
目を開けると、天井が直ぐの所にあるのでベッドの上で立つ事はできない。精々座る事ができる程度だ。
ともかく、ずっと転がっていると二度寝してしまいそうなので体を起こす。
今日は何をしようか、そんな風に物思いにふけっていると、三人居るルームメイトの一人……リックが何やらごそごそとしているのが見えた。
リックのベッドは左側の下段なので、ここからならよく見える。
リックは暫くごそごそしてから、音を立てないよう起き上がった。
リックは祝日は昼まで寝ているのが常なので少し疑問に思い、僕は声をかけた。
「リック。こんな早朝に、どこに行くの?」
まさか声を掛けられるとは思って居なかった、という様子でリックは此方を見上げた。
「エリック。起きてたのか」
リックは他のルームメイトを起こさない程度の声で言う。
「まあね。それで、何処に行くの?」
僕はひょいとベッドから降りてリックの前に行く。
リックは木剣を携え、革鎧を身に纏っているようだった。全体的に地味で、目立ちにくい服装だ。
瞬間、僕の脳裏にある考えが思い浮かぶ。
「まさか、闇討ち……?リックがそこまで思い詰めるだなんて。相手は?いや、ここは友人として止めるべきだよね?」
「いや、落ち着けって。別にちょっと自主練にだな……」
なるほど、と僕は一人、納得した。
リックは卒業後は冒険者になると公言している。冒険者というのは己の肉体と剣一つで魔物を倒し、世界の各地を巡る人間の総称だ。
高名な冒険者を題材にした物語は世間に数多く出回っており、その危険性の割に冒険者を志す若者は多い。
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
ドアノブに手をかけていたリックが振り向いた。リックを引き止めたのは、彼が訓練に行くなら丁度良いと思ったからだ。
「僕、今度の魔導大会には参加するんだ。
自主練、付いて行ってもいいかな?」
魔導大会とは、学園で行なわれる一種の行事だ。
個人戦と団体戦とがあり、個人戦はトーナメント、団体戦は五人以上八人以内でパーティーを組み、学園内に設置された迷宮……モンスターなどが湧出する不思議空間。内部で致死量のダメージを受ける、又は回避不能で受けそうな場合入口付近に強制転移させられる……の最下層にどれだけ早く到達出来るかを競うタイムアタックとなっている。
僕が参加させられるのは個人戦の方だ。
これらの大会に限っては特殊学級の生徒の参加も容認されており、毎年何人か出場しては真ん中位の所に食い込んだりしている。
魔力が少ない代わりに尖った能力の生徒が多いのも特殊学級の特徴である。
尤も、積極的に出たがる特殊学科生はほぼいない訳ではあるが。
目の前のリックは去年も出場して参加者三百余人中六十位という好成績を残した猛者の一人であるが、僕は自主的に参加したいとは思わない。
今回僕が参加するのも、当然僕の意思ではない。
ヴィマニアとこの国、アルガンツァーは、今同盟を結ぼうという情勢にある。
元々仲が悪く、しかしどちらがどちらを攻めても何の旨味も無いという状態で、これを拙いと判断したヴィマニア現王の提案だ。
何でも、第六王女がこの学園に来たのもその一環なんだとか。
それで、王女のいる学園を見ようという純粋な思いから……ではなく、様々な政治的な意図が絡まり合った結果、この学園の魔導大会を観戦に来られるのだ。
そうなると、魔力量による差別が無い国ヴィマニアに対して価値観をある程度共有しているという事をポーズだけでも示さなければならない、というのが国の偉いさん方の考えらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、僕を含めた特殊学級の生徒達数名。僕たちは普通は行われる予選はパス済み扱い……つまり、いきなり本戦に出場させられてしまう。
拒否権は当然無し。退学処分まで考慮されると言われれば頷く他ないだろう。
他の生徒達も大まか同じ手口で参戦を了承している。
「あぁ、なるほど」
「どうせなら一緒にやったほうがいいかな、と。体術の基礎は授業で完璧だから、足りてないのは対人スキルなんだよね。
足手まといっていうなら別にいいんだけど」
「別に良いぜ。じゃあ、さっさと着替えな。俺も人を待たせてっから」
リックに言われ、僕は共用クローゼットに仕舞われた学園支給の革鎧に着替えた。
革鎧はインナーとセットになった物で、急所だけを分厚い板金で覆っている物だ。
僕は手早く着替えを済ませると、リックとともに訓練所へ向かった。
修練場へ着くと、既に何人かの生徒が訓練をしていた。
その中を見回すと、此方に気付いたらしい何人かの知り合いが軽く手を振ってくれた。
僕はそれに手を振り返す。
リックは少し周囲を見回すと、ある一点を見つめ、そこへ向かって歩き出した。
そのまま少し奥に行くと、見知った顔で構成された集団を見付けた。
「リーシャ!ケイ!
ユウとユダも!」
声をかけると、話し合っていたらしい四人は此方を振り返り、手を振った。
僕は四人に駆け寄る。
「やあ、エリックじゃないか。今日はどうしたんだい?」
まず、僕に挨拶してくれたのは黒色の法衣のような物を着ている少女……僕らの中では紅一点のリーシャだ。
リーシャは肩にかかる程度の茶髪を左手で弄りながら、右手に持った身の丈程もある木製の杖で何度か地面を叩く。
それに続いて、今度は軽装の革鎧を纏い、腰に短剣サイズの木剣を佩びた、狩人と表現するのが一番しっくり来そうな装備の栗色の髪の少年……ユウが口を開く。
「珍しいな、エリックが修練場に来るなんて」
「ああ。明日は雪でも降るんじゃないか?」
それに便乗するように、声を上げたのはリックと同じ黒髪の、木製のランスを携えた少年……ケイだ。
ケイのランスは、円錐形の一般的な物ではなく、叩き切る事もできそうな三角錐形の物だ。
左手には同じく木製のシールドを携え、いかにも騎士といえそうな風貌だ。尤も、シールドと言っても、守るより殴るのに特化してそうな物だけど。
「気象的には、あと二ヶ月程しないと雪は降らないと思うよ。
けど、本当にどうしたんだよ。
いつもなら、今頃図書館に居るだろう?」
比喩表現に大真面目な理屈で返したのは、いつも通り亜麻色の髪が見事に爆発している少年、ユダだ。
ユダは木製メイスの柄を弄りながら再び口を開く。
「もしかして、リック。
君がエリックを無理やり連れてきたんじゃ……」
それに対して、リックが大げさな手振りで否定した。
「おいおい、違うって。
エリックが訓練しようって言ったから連れてきたんだよ。
別に、俺が無理矢理引っ張ってきた訳じゃない」
僕は、リックの弁明を手伝おうと思い、口を開く。
「そうだよ、ユダ。
それに、いつもは図書館以外にもいろいろと寄ってるよ」
「ああ、魔導具屋とか、雑貨屋とか見て回ってるよな。
あと、ごく稀に大きい箱も持って帰ってきてるのを見てるが……」
ユウが何気ない風に言った。
ユウは割りと学内に居るはずなのだが、何故僕の動向を知っているのだろうか。
疑問に思ったが、藪をつついて蛇がでてきたら困るのでスルーする。
「……それで、みんなはどうしてここに?」
「それは、私達も今回の大会に出場するからさ」
僕の問いに代表して答えたのはリーシャだ。
「今回はエリック以外にも、私とケイが強制参加を言い渡されているからね。
他のメンバーも参加しようと決めた訳さ」
リーシャがリック達に視線を送ると、皆は同調するように頷いた。
「全然知らなかったよ……
確かに、僕以外にも四、五人強制参加とは聞いていたけど……」
僕は、事前に先生から教えられていた情報を思い出し呟く。
ユウが肩を竦めながら口を開く。
「まあ、興味が無い事にはとことん頓着しないからな、お前。
そもそも、仲がいい連中を除いたクラスメートの顔と名前、覚えてるのか?」
ユウの言葉を聞き、僕はにやりと笑いつつ言い放つ。
「ふっふっふっ……ユウ、残念だけど、それは全クラス分網羅したよ。
……世界史の時間に」
僕が言い切るか否かというタイミングで、ケイからの横槍……もとい、ツッコミが入れられた。
「授業中に何やってんだよ?!」
「……すごく、暇だったんだ。
教科書って、授業より先に読む物じゃないね。
特に歴史とか」
僕が言うと、皆は呆れたような顔をしていた。
が、直ぐに何時もの事だ、と言わんばかりの表情で露骨に話題が転換されてしまった。
「そういえば、気になってたんだけど。
あの大量の木箱って何処に置いてあるの?
リックの話では寮の部屋には置かれてないらしいけど」
そう聞いて来たのはケイだ。
木箱は、恐らく先程ユウも言っていた、定期的に購入しているアレの事だろう。
「空間圧縮の魔法が掛けられた鞄の中に放り込んでるよ。
まあ、鞄自体は部屋に置いてあるから持ち歩いて居ないけど」
「定期的に買ってるようだが、アレの中身は何なんだ?」
僕が言うと、質問して来たのはリックだ。
僕はリックの質問に躊躇無く答える。
「スライムの核晶だよ。
リチャードさん……雑貨屋の店主が余るからって殆どただ同然でくれるんだ。
ほら、スライムってやたらと多いから……」
スライムは、基本的には一匹見かけたら百匹単位で居ると仮定すべき、とまで言われるモンスターだ。
因みに、ランクとしては最下級のF-となっており、単体ならば子供でも討伐できるとされている。
尤も、スライムはコロニーと呼ばれる数百匹程で構成される単位によって行動するので、一匹だけはぐれている、なんていうのは滅多に居ない。
居ても奇形か、最悪突然変異種だ。
奇形のランクはF位なのだが、注意すべきは突然変異種。
奴らのランクはD〜Aまでと幅広い。
しかし、これらの亜種は繁殖能力も弱いので放置される事が多い。
話を戻すが、スライムは核晶を中心にどろっとした不定形物質を固めたような生物で、繁殖力も強い上に魔力が溜まり易い場所で自然発生する。
なので、市場では常にと言っていいほどスライムの素材が溢れている。身も核晶も、用途は幅広いのだがいかんせん量が多い。
しかも、スライム類の素材は他のモンスターの素材と比べても品質が劣る事が多いので買占めが起こる事もない。
結果、一箱……だいたい二百kg位……で十ディル……酒場や喫茶店で昼食を摂るのに必要な価格が五十ディル……という破格っぷりだ。
更に、仕入れは殆ど無料配布のようになっており、リチャードさん……僕の行きつけの雑貨屋の店主が一箱一ディルなんていうセールを開催する程に溢れている。
廃棄すればいいのに、とも思うが、スライムの核晶は純粋魔力の結晶なので、もし何かの弾みで還元されてしまえばまた新しいスライム……場合によってはもっと強大なモンスター……が現れてしまうので捨てる事もできない。
かと言って、下手に討伐を辞めると強力な変異種が生まれたり、超大型のコロニーを形成してしまい、そうなってしまうといかに単体が弱いスライムといえど脅威となり得てしまうのだ。
まあ、色々と並べてみたが、結論だけいうとスライムの素材は安く、多く、尽きる事が滅多に無いという事だ。
因みに、僕は毎月二百ディル程買っている。
「そんなの何に使うんだよ……」
リックの独り言はスルーしておく。
それから暫く六人で雑談に興じ、ともかく午前中は訓練に当て、午後からは図書館に篭る事にした。
因みに、五人と手合わせをしたのだが完膚無きまでに叩きのめされたとだけ言っておこう。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、一瞬で昼になった。
僕は皆と別れ、図書館へと向かった。
この時、皆が何処か思い詰めたような眼差しで僕を見ていた事に、僕は気付く事ができなかった。




