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エラーな僕の魔導譚。(仮)  作者: のりにゃんこ
第二章~悪魔憑き~
18/27

第二章/ep04

——ここは、何処だ。


方向どころか、上下感覚すら解らない闇の中、ふと意識がはっきりとした。

これは、夢だろうか?

自分の存在が酷くあやふやで、何もかもが曖昧だ。


暫くすると、急に風景が切り替わる。


黒かった世界が、急に白に染まったのだ。

気が付くと、目の前に大きな石の扉があった。

僕は、ゆっくりと扉に手を伸ばす。

扉が、開く。扉の先には、何があるのだろうか。


——管理者権限の履行により、図書館を開館します……

——管理者権限により、入館が許可されませんでした


突然、扉がきつく閉ざされた。

そして、扉に水滴を落とした水面ような波紋が起きた。


写し出されるのは、何処かの路地裏で力無く座り込んだ少年と、その前に立った漆黒の影だ。

影が、少年に向かって手を伸ばす。

少年は無気力なまま胸を貫かれ、霧散した。

影が、嗤う。ケタケタ、ケタケタと。


「っ!?」


僕は、悪夢から目を覚ました。

どんな夢だったのかもう思い出せないが、悪夢だったという事だけは解った。


「トーマスが消えて、もう三日か……」


僕は、嫌な気分を振り払うように自室の窓を開ける。

雲に遮られない日光と、草原に吹く風が僕の意識を完全に覚醒させた。


「……やっぱり、慣れないなぁ……」


質素であるが、貴族の邸宅並みに豪華な部屋を見回し、呟く。

ここは天空庭園の一室である。

学園には本来寮があり、そこで暮らすのが普通なのだが、今は冬季休暇に入っている為残る者は少ない。

多分、少し前迄の僕くらいではなかろうか。


「学園に行っても、ノエルさん達は里帰り。

図書館に篭るのもレティさんに禁止されてるし……」


そう言って、憂鬱なため息を吐く。

今は、庭では皆が稽古をしている時間だろう。

ヴィンセントさんの怒号が小鳥の囀りに混じって聞こえてくる。


図書館に篭れない理由は、僕の身体のためらしい。

どうも、僕のやり方は脳を酷使し過ぎるものだったらしく、続けるのは良く無い、との事だ。

短期間に、休息も挟まずひたすら暗記に励んだ一週間の事もあり、休日に朝から晩まで篭るのは禁止された。

仕方がないので、今迄に読んだ本の内容を脳内で反芻してみるのだが、それも飽きた。

昨日の晩に言われて、禁止されるのは今日一日なのだが、辛い事に変わりは無い。


「図書館篭りが禁止とか……地獄だね、まるで。

ああ、本が読みたい……」


ともかく、ずっと寝ているのも嫌なので服を着替える。

撥水性と耐久性、衝撃吸収性に富むアラクネの白糸を加工した布をミスリルの金糸で縫って編まれた内着の上下を着て、同じ加工が施されたブーツと手袋も装着。 そして最後に白糸よりも丈夫なアラクネの銀糸とミスリルの銀糸で編まれたコートを羽織る。 ……ぶっちゃけ、アストリア侯爵家の熾天の騎士団のメンバーから剥いだコート一式である。

良い素材を使ってるだけあって、地味に着心地が良いんだよ、コレ。


ミスリルの金糸、銀糸は加工方法に違いがあり、一般的に銀糸の方が高性能とされている。 熱だけを加えて加工すると金糸に、魔力も加えながら加工すると銀糸になるのだ。 ミスリルなどの魔法金属製の物は総じて魔力浸透率や魔力吸収性、すなわち魔力親和性が高いのだが、魔力を用いて加工した方がより高性能になるらしい。

アラクネの白糸は低級の魔法金属並の魔力親和性に加えて柔軟さ、強靭さを兼ね備えた素材であり、銀糸はその五倍の強度を誇る。 もちろん、着心地はその辺の絹よりも良い。

更に、コート一式には自動修復や魔力障壁など数種類の魔法が編み込んであり、性能で見ても価格で見ても希少度で見てもそこらの革鎧を軽く凌駕する。

これで仮面をつければ完璧だが、仮面は今は手元に無いため諦める。

胸に着いていたアストリア家の家紋が描かれたワッペンはとっくの昔に廃棄され、既にシェーンベルク家の家紋が描かれた物に切り替えてある。

別に着けなくとも、と思ったのだが、レティさんに頼み込まれては断れない。

余談だが、シェーンベルク家の家紋は、黒い太陽を喰らう黄金の獅子だ。


一階に降りると、レティさんが朝食の準備をしていた。

卵焼きとコーンスープ、それからパンのようだ。

僕も合流して準備を手伝う。

この三日で、僕とレティさん達との関係は激変した。

まず、僕は書類上エリック・アストリアではなく、エリック・シェーンベルクとなった。母親はレティさんだ。

リック達は、シェーンベルク家お抱えの騎士としてヴィンセントさんの部下扱いとなり、日々鍛錬に明け暮れている。

ヴィンセントさん曰く、技術のレベルや知識はあるのだが、経験や判断、兵法といった所が釣り合っておらず、非常にアンバランスなのだとか。 教育がなってない、とぼやいていたのを先日目撃した。


これは戦闘面の話だが、監視任務についても同じ事が言えるような気がする。 プロの教育を受けたエージェントなら観察対象に絆されたりとか、処分対象の為に命を張ったりとかは最大のタブーとされ、結局僕は助からなかっただろう。 いや、それ以前に僕と関わる事すらなかった筈だ。

そういう面ではそんな杜撰な教育で良かったように思う。

リック達曰く、ある程度の知識を強制インストールされてから後は初期型の人達や上位に位置する人達に教育を任せっぱなしとの事なので、それが巡り巡った結果がこれなのだろう。

しかしまあ、リック達のような例は非常に稀なのだろう。

ユダやサイスワンは新規生産組の教育が、と言う風に言っていたが、リック達は少なくとも八年近く僕の近くに居た。ユダは僕が初等科の三年の頃に編入する形で入ってきていたのだが、あれは恐らくリック達への監視だったのだろう。


「エリックさん、皆を呼んで来てくれる?」

「了解です、レティさん」


レティさんからの呼び方が君からさんに変わったのも変化の一つだ。

曰く、親子で君付けってあんまり無いよね?呼び捨てにするのはあれだからさん付けにしようか、との事だ。

正直さん付けもあんまり無いと思う。

僕は、お母さんなんて読んだ事も無いし、レティさん相手に母と呼ぶ事に違和感しか無いのでそのままレティさんと呼んでいる。

……これが姉とかならすんなり呼べたんだろうな。


そんな事を考えながらも中庭に出る。


「皆、朝食ができたよ」

「ふむ、そうか。では、今から向かおう。

朝食を食べ終わったら続きをやるからな!」


執事服のヴィンセントさんが、屋敷の中に向かった。因みに、ヴィンセントさんが敬語を使うのはレティさんのみである。

僕は、へたり込んでいるリック達の元へ向かう。


「お疲れ様、皆。大丈夫?」

「エリック、お前はこの状態を見て大丈夫だと思えるのか?」


リック達の姿は、完膚無きまでという言葉がしっくりくる程にボロボロだ。

貸し与えられた簡易の革鎧は既に何年も使い込まれた物と見分けがつかない程に損傷している。

それでも、初日に比べれば損傷が少ないというのだから、訓練の熾烈さが解るという物だろう。

僕はまだ素振りと走り込みにしか参加させてもらえない。

基礎体力が足りな過ぎるらしい。

言われてみれば、生まれてこの方体術の授業以外で運動した事が無い。

よく運動不足にならなかったな、と改めて思う。

余談であるが、リーシャの方が運動が出来た事は悔しかった。


「ご飯だけど……肩、貸そうか?」

「問題ない。 動ける程度には回復した」


皆は、よ、と軽い動作で立ち上がる。


「というか……何故後衛の私が近接戦闘の訓練に参加させられているのだろうか」

「後衛だからこそ、近付かれた時の対応ができないと駄目なんじゃない?」

「教官にも同じ事を言われたよ……」


リーシャが項垂れて言った。

教官というのは、ヴィンセントさんの事だ。

訓練中は教官と呼ぶように、との事だったが、もはやあだ名のような存在になっており、訓練中以外にも教官と呼ぶのが定着しつつある。


ともあれ、皆と食堂へ向かう。

初日の、レティさんの皆で食べた方が美味しいでしょう発言があってからずっと僕らは同じ食卓を囲んでいる。


なお、コーンスープは昨日の晩僕が作った。

レシピは暗記済みだったので、特に分量を変える事なく作ったのだが、皆からは『普通』『平均的』『特出して美味いという事もなく不味くも無い』『まあ、無難』と大好評だ。

因みに、料理は大抵僕が作る事になっている。

何故なら、僕以外満足な自炊ができなかったからだ。

レティさんもヴィンセントさんも、焼くだけなら問題無くできるのだが、焼く以外が壊滅的だったからである。同様の理由でリック達も無理だった。

因みに先程レティさんが焼いていた卵焼きはスクランブルエッグと呼ばれる特に技量が無くとも作れる、焼き肉とビーフシチュー以外ではレティさんの唯一のレパートリーである。

ビーフシチューが成功してカレーが駄目なのは何故だろうか?

とはいえ僕も分量とタイミングの完全暗記でこなしているだけなので、料理人としては最底辺である。


「ご馳走様でした」


食べ終えたレティさんが、手を合わせて言った。

僕にはよくわからないのだが、これと食前のいただきますをレティさんは欠かさず行っている。

今度理由とかを聞いてみようか。


「さて、皆さん食べ終わった所でお知らせです。

昨日の晩、王都南西部の路地裏で三十八人目の犠牲者が発見されました。これにより、教会は本格的に犯人の捕縛ならびに討伐を呼びかけました。よって、今日の午後から私達も王都の警邏部隊に参加する事になりました」


レティさんが、にこにこと微笑みながら言った。


「皆さんにも、シェーンベルク家に所属している以上参加してもらいます。それで、警邏地域の振り分けですが……」

「ちょっと待った」


レティさんの言葉を、ユウが遮る。


「はい、ユウ君。何ですか?」

「何で未熟者の俺たちまで駆り出すんだ?」


質問に答えたのは、ヴィンセントさんだ。


「実戦に勝る教育は無い、というのが一点。 もう一点は抱えていて何の利にもならない奴は要らないという事だ。 そして、先程お前は未熟者の、と言ったが……未熟者が駆り出されない時代など無い。 それに、貴様らも一応はアストリアの熾天に居たのだろう? 単純な技術では俺との差が大きいが、貴様らの方が平均的な冒険者よりも余程戦力にはなる。

ついでに言っておくと、今回の王都の警邏については冒険者ギルドや一部教育機関などにおいても王都に駐留している者全てに強制の依頼だ。 どちらにせよお前達にも参加義務が発生している」

「ヴィンセント以上の事を言うつもりは無いわ。

それから、今後私は必要最低限の援助しかするつもりは無い事も覚えておいてね。

家と学費は何とかするけど、それ以外は自分達でなんとかして頂戴ね?

私もヴィンセントも来週には王都を発つから」


「「「「「え」」」」」


僕を含む五人の声が重なった。


「だって、私にもやらないといけない事はたくさんあるもの。

色々と回らないといけない所もあるし……」


レティさんの言う事も尤もだ。多忙な身である事は何となく解っていたので、特に何も言わない。というか、言えない。

愛情とかはもう間に合っているので要らないし、拾ってもらえただけでありがたいのだから、これ以上何か言う事も無いだろう。

僕は解りました、と言ってから部隊の割り振りを聞く。


「まず、私とヴィンセントのグループに分けるわ。

ヴィンセントのグループにはリック君とケイ君が。 残りのユウ君とリーシャちゃん、それからエリックさんは私のグループね」


割り振りを聞いて、疑問に思った。

ヴィンセントさんのグループは全員近接タイプのメンバーなのだが、レティさんのグループ、つまり僕らのグループは前衛一に対して後衛が三で分けられている。僕は一応オールラウンダーだが、後衛型の方が正しい気がするので後衛にカウントした。

ヴィンセントのグループに僕かリーシャを入れた方がパーティのバランスとしては良さそうだ。

僕の疑問に気が付いたのか、レティさんが言った。


「バランス云々じゃないのよ、エリックさん。確かに貴方かリーシャさんのどちらかをヴィンセントのパーティにいれた方がバランスは良いわ。でも、バランスが良いパーティだからと言って、必ずしも強いとは言えない」

「それは、どういう?」


僕は、思わず疑問の声を上げた。レティさんが、少し考えるような仕草をしてから口を開く。


「私もリーシャちゃんも区分としては万能型の魔導師。 そして、エリックさんは後衛よりのオールラウンダー。

私達のような人が入ると、むしろヴィンセント達の戦力を削ぐ事に繋がってしまうし、エリックさんはヴィンセントのグループに入るには中途半端すぎる」


レティさんはそこで一度言葉を切り、リックとケイを順に見た。


「あなた達は、一撃の重さよりも手数が重要なの。魔法を喰らわない為に離脱するより、そのまま攻撃を続ける方が圧倒的に強い筈よ。それは、一人で戦った時の戦闘継続能力が証明しているわ」


リックが小声で、そういえば、と呟いた。レティさんは、それを見て頷くと、今度は僕とユウの方を見た。


「それに対してユウ君は一撃離脱型のスピードタイプ……。 一撃当てて隙を作れば私達が攻撃する事で、よりスパンが短い波状攻撃が可能になるわ。

エリックさんは、さっきも言った通りオールラウンダー……といえば聞こえは良いけど、実際にはスタイルが定まり切ってないだけ。根本的な所で未熟と言わざるを得ないわ。 保有魔力に依存しない攻撃とトリッキーな戦術は確かに対応が難しいけれど、まだまだ完成には至っていない。それは、貴方が一番よく解っている筈よ」


ユウが成る程、と頷いた。 僕も頷く。

確かに今の僕は形が定まり切ってない、所謂器用貧乏型だろう。辛うじて中距離の戦闘が得意ではあるが、どちらも似たり寄ったりだ。火力が足りない。

そろそろ本格的に自分の落ち着くポジションを考え始めた方がいいな、と思ったところでレティさんが締め括った。


「つまり、リック君、ケイ君。 貴方達は良くも悪くも遊撃型……一人一人で行動するのが正しい運営方法なのよ。 だから、必然的にこういう分配の仕方になったわ。 全く、こんな事も教えないなんてアストリア家の教育はお粗末としか言いようがないわね」


まあ、元々が後衛と前衛の中間で無双する家系だから、それ以外の形態を教える事ができなかっただけだろう。

連携だって、複数存在する武器ごとの例が無かったから教えられなかったのだと、僕は踏んでいる。

だって、連携においてはリック達の動き方って基本同じだし。


反論意見が出なくなったところで、レティさんは手を叩いた。


「それじゃ、午後まで訓練をしましょうか。 今回は私も参加するわ」


その後の訓練は、ヴィンセントさんの比ではない程熾烈を極めた。

負傷したり、疲労で動けなくなる度に回復魔法で全快させられて、を繰り返すレティさんに皆が戦慄したのは、多分今後一生忘れる事はないだろう。

因みに、模擬戦闘訓練には僕も参加させられた。


結果はまぁ、課題が多く見つかったとだけ言っておく。


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