第二章/ep03
リック達を地下牢から回収し、僕たちはレティさんの家へ向かう為に王城の中を移動する。流石王城、無駄に広い。
内装は割りと質素であるが、所々に置かれている壺なんか、一流の陶芸家の作品ばかりだ。
レティさんは、その細い腕の何処にそんな力があるのか、リック達を片手でひょいと持ち上げ担いだ。リックが背中で、ユウとケイが両脇だ。
因みに、僕はリーシャを背負っている。
僕は鍛えて無いが、レティさんに全て任せるのもアレだと思ったからだ。
余談だが、リーシャを選んだのは他と比べて軽いからである。
僕は、隣を歩くレティさんを見る。
どう見ても十五そこら……少し上に見積もっても十七にはいってなさそうな外見だ。
ある日突然クラスに転入してきた、と言われても納得してしまいそうである。
しかし、そんなレティさんは精霊もびっくりな高齢であり、齢千を超えているという。
……うっそだー。
とてもじゃないが、信じられない。
ギルドカードと呼ばれる、詐称不可能な身分証明書を見せてもらった後でも信じられない。
「どうしたの?」
暫く見続けていた事に気付かれたのか、レティさんが此方を向いた。
「いえ、何でも」
見惚れてました、なんて言えないので、誤魔化す。
この人はあと数日の内に僕の母親になるかもしれない人なのだから、当然だ。
僕らが放り込まれた牢は、王城の中でも中央に近い位置にあったらしい。
転移装置を幾つか経由して王城の入口に戻った時には、既に十分が経過していた。 入口付近の詰所から、騎士の人が何人か出てくる。
一時的に教会の騎士も逗留させているらしい。出てきた騎士の中には、先程僕らを牢に放り込んだ騎士A(仮称)も居た。
異端審問官のレティさんと一緒に出てきた事が信じられないのか、目を見開いてわなわなと震えている。
神敵め、どうやって異端審問官殿を誑かした!とか叫びそうな気がする。
予想通り、騎士A(仮称)さんは僕がある程度近付いた辺りで怒鳴った。
「貴様!神敵が、どうやって異端審問官殿を誑かした!」
頭が揺れるよう、という表現がぴったり合いそうな声だ。
周囲の騎士達も、迷惑そうな顔で騎士A(仮称)さんを見ている。
一番始めに口を開いたのは、僕の隣にいたレティさんだ。
何時の間にかフードを被っており、その表情は伺えない。
「落ち着きなさい、騎士エイデ。この者は悪魔憑きではありません。
それとも……異端審問官である私の……いえ、このザ・パニッシャーの判決を疑うと、そう言いたいのですか?」
レティさんが、ユウを降ろして右手で板を取り出す。
騎士A(仮称)さんが、一度呻いてから引き下がった。
しかし、僕を見る目には相変わらず憎悪が篭っている。
そういえば、最初に駆けつけた騎士達の中でもA(仮称)さんだけが僕に対して尋常でない程の憎悪をぶつけてきていたような気がする。
「この子、エリック・アストリアに関する指名手配を、全て取り下げなさい。
彼は無実。悪魔に憑かれていた形跡はありません!」
そのレティさんの言葉に、騎士A(仮称)さんは顔を歪めた。
まるで、犯人はそこに居るのに手を出せない警邏のような顔だ。
僕は少し気になったが、じきに誤解も解けるだろうと気にしない事にした。
他の騎士さん達は、特に何を言うでもなく見送ってくれた。
王城の城門が開き、僕らはそこから貴族の屋敷が立ち並ぶ中央区画に出た。
遠目に見える街は、まだまだ活気がある。
「えと、それで。どっちの方向に行けばいいので?」
「そうですね……ついでですし夕食の買い出しもしておきましょうか」
「すみません、まず皆を降ろしてからじゃないと辛いと思うのですが」
「ああ、それもそうですね。では、さっさと帰りますか。
『空間接続』」
レティさんが、魔法を発動した。
空間接続は、人が移動するのにはあまり使われないので、恐らく転移系の魔導具でも取り出すのだろうと推測する。
しかし、僕の予想とは裏腹に、目の前に直径二メートル程の穴が開いた。
「は?」
空間接続は、ただでさえ演算が高度だ。
それを、十センチ程度開くだけでも大変なのに、その二十倍以上の穴を構築し、しかも維持できるというのは凄まじい。
レティさんが、早く来なさい、と僕を急かした。
僕は、慌てて穴に入った。
それと同時に、閉じる穴。
空間接続で場所を移動する、なんていう常識外れな経験に、一瞬思考がフリーズしたのだが、窓から聞こえる活気のある声に、ハッと我に帰った。
「ここは?」
少し前に進んでいたレティさんに追いつき、並ぶようにして立った。
目の前には、壁に無理矢理取り付けた感のあるドア。
「取り敢えず家の入口に設定してある部屋、かな。
ごめん、このドアを開けてくれない?」
「あ、はい」
僕は、言われたドアのノブを捻り、開けた。
きっと、寝室のような部屋に繋がっているのだろう。
そう思った僕の目に飛び込んで来たのは、外の風景だった。
いや、外というより、一種の草原と表現した方が伝わり易いと思う。
「へ?」
僕は、慌ててドアをくぐる。
間違いなく、草原だった。
草の香りも、風すらも感じられる。
「エリック君?こっちだよ!早く来て!」
後ろから、レティさんの声が聞こえた。
振り返ると、先程も見たドアの後ろに豪邸が立っていた。
壁なんてなく、空間が広がっていたのだ。
何らかの転移系の術式が作用したのだと、少々遅れて理解する。
言われてみれば、先程ドアを潜ったときに図書館を移動するのと似た感覚を味わったような気がしないでもない。
ともかく、レティさんの元へと走った。
豪邸の戸は、僕たちが近付くと自動で開き、僕らを内部に招き入れた。
「こっちよ」
レティさんの案内で皆を寝室のベッドに寝かせると、僕は気になっていた事を聞いた。
「あの、ここは?」
「私の所有する三つ目の大魔導具、No.68『天空庭園』。といっても、私のオーソリティレベルは2、つまり代理人で、本来の持ち主は別にいるわ。
貴方もレベル3……ゲスト程度の機能は開放されている筈よ。
ドアが自動で開くのと、時間が解る位の機能しかないけどね」
何だか、もう驚き過ぎて何が何だかさっぱりだ。
僕が頭を抱えていると、玄関のドアが開く音がした。
「あら。ヴィンセントが帰ってきたみたいね。
出迎えましょうか」
「えと、はい」
僕らが玄関のホールに向かうと、ヴィンセントさんが騎士の正装から燕尾服に着替えた所だった。
完璧な執事像、というのを体現しているように見える
「それじゃ、ヴィンセント。私はこれからエリックと夕飯の買い出しに行って来るから、四人が起きたら事情の説明とかよろしくね」
「イエス、マイマスター」
ヴィンセントさんは、綺麗なお辞儀をした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夕暮れ時。主婦達が賑わう商店街を、僕達は二十分以上彷徨っていた。
「あら、これも美味しそう。鮮度も良いし、上質。
流石王都ともなると、品物の質が違うわ~。
あら、その巨大猪の肉を下さる?」
もう一度言う。このペースで、二十分以上である。
ここまでで、既に千二百ディル程のお金を使っている。
前にも言ったかもしれないが、成人男性一人分の食費が一日百五十ディル……一食に直すとおよそ五十ディルである。
夕飯の分だけであれば、七人分でも三百五十ディルで済む筈なのだ。
それを、既に千二百。
しかも恐ろしい事に、これでまだメインディッシュクラスしか買えてない。
この後にまだ、副菜と汁物、それから主食を用意しなければならないのか、と思うと気が滅入った。
理想は一汁三菜であるが、この際汁物は考えない事にするとして、副菜と主食は必要である。
僕は、意を決してレティさんに聞く。
「主食は何ですか?」
「主食?肉じゃだめなの?」
……どうやら、レティさんは家庭的な外見とは裏腹に、かなりの偏食家……いや、料理下手らしい。
僕は、肉屋の店主から渡された猪肉を担いで空間拡張と保存の魔法が掛かっている便利鞄に詰めると、意を決してレティさんの手を引き、肉屋関連の並びから離脱する。
あっちに美味しそうなお肉がー、とか言うのを無視して無理矢理離脱すると、レティさんに怒られた。
「もう!こういうのは一期一会なんだから、一回一回を大切にしないと!」
「その言い分は理解できますが、商店街だって二十四時間営業じゃないんですよ!あとちょっとすれば閉まるんです!
それに、肉だけの生活とか、栄養が偏って早死にしますよ?!」
言うと、レティさんがう、と唸った。
僕は、反論を食らう前に圧倒的な情報量で相手の思考を飽和させる作戦を取る事にした。
「良いですか?かつて、焼き肉だけを食べて生きてきた狩猟民の方々は、身体中から血を噴いて死んだそうです!
これは、馬鈴薯などに多く含まれる栄養素の補充ができなかった事などが原因とされ———」
レティさんが反論の隙を見つけるよりも早く、捲し立てるように続ける。
レティさんは、何故か僕の剣幕に押されて若干涙目になっている。
「———つまり、肉と野菜はバランス良く食べなければならないのです!」
僕が締めくくると、レティさんはコクコクコクと凄い勢いで頷いた。
「取り敢えず、野菜類に関してはサーチで店を割り出しときましたから、さっさと買って帰りますよ」
僕よりも長く生きている人な上に、これから保護者になってくれるような人にこんな事をして良かったのかは甚だ疑問だが、僕の生活も掛かっているのだから、譲れない。
……別に三食スライムの核晶でも問題無く生きていけるんだけどね。
スライムの素材って、意外と栄養価が異常に高いから。
まあ、味が微妙だから好んで食べるのは僕くらいだろうけど。
……僕としては十分美味しく感じるんだけどね?
野菜に関しては特に問題無く、鮮度と味、それから栄養価を考えて買った。
肉の量に合わせた為、五百ディル程の値段になったが、これだけあれば三日は保つだろう。
むしろ買い過ぎである。
容量ギリギリまで入った鞄を背負い直し、家路を急いだ。
少しして、僕は見慣れた制服を着た男子生徒とぶつかった。
「っと、ごめんなさい」
「あぁ……ごめん……」
男子生徒は、うわ言のように呟いた。
疑問に思ってその男子生徒を見ると、何処か上の空で虚ろな目をしていた。
その顔には、見覚えがある。
「……トーマス?」
トーマスがジロリと此方を見た。 理知的な光が全く宿っていない瞳に、僕の姿が映る。 それを見て、僕は全身が粟立つような感覚に襲われた。
そして、トーマスはそのまま何を言うでもなく、その場を去って行った。
雰囲気が、全然違う。
トーマスは、もっと明るくて、瞳にも常に理知的な光が宿っていた筈だ。
なぜ、あんなに思い詰めたような目をしていたのだろうか?
そこまで考えて、悪魔憑きの事件について思い出した。
「まさか……トーマスが?」
「ん?エリック君、どうしたの?」
レティさんに聞かれて、僕は我に帰った。
彼はきっと、疲れていただけだ。あのトーマスが、悪魔と契約をするなんて、あり得ない。
「何でも、無いです。さ、リック達も待ってます。
さっさと帰ってご飯にしましょう」
僕は、先ほどの光景を見なかった事にして、レティさんと家路を急いだ。
移動する前に一度後ろを振り返ったが、既にトーマスの姿はなかった。
トーマスが行方不明になった事を知るのは、それから二日後。
僕達が諸手続きを済ませ、学園に復帰した時の事であった。




