第一章/ep13
「メイスワン。私は、どうしてこれ程揺れているのでしょうか」
「ソードワン、どうしてこのタイミングで僕にそれを言うの?」
暗い街の片隅で、二つの人影が話をしていた。
どちらも十代半ばで髪が短く、似通った白いコートを着ていた。
どうやら、片方は女性でもう片方は男性らしい。
ソードワンと呼ばれた女性は、腰に帯びた剣に触れながら、自らがメイスワンと呼んだ男に言う。
「おや、貴方も同じだと思っていたのですが」
「それはまあ、そうだけど。
けど、君の揺れるベクトルと僕が揺れるベクトルは違うだろ」
二人は、先を走る一人の影を追いかけながら話を続ける。
「僕は、友達だと言ってくれた"彼"を斬る事に揺れている。
けど、君は……君は、また違う感情からくるもので揺れているんだから」
「感情、ですか。
私のこれは、感情と呼べる物なのでしょうか?」
ソードワンは感情の籠らない、物静かな口調でメイスワンに聞く。
メイスワンは一度溜息を吐いてから、呆れたように言った。
「惜しいと思うのは、十分感情だと思うよ。
しかしまあ、君の考え方ってどうなってるの?
同じように知識を植え付けられた筈のなのに、他の皆や僕らとは、全然違う」
それに対し、ソードワンは少し笑うようにして言った。
「それは、私達一人一人に言える事ですよ、メイスワン。
……一体、何処で差異が出るのかは私には解りかねますが。
しかし、私の場合は少し特殊ですから、それも貴方達との差に繋がるのでしょう」
ソードワンの言葉に、メイスワンは少しだけ考える。
いつだったか、同じような事を"彼"を交えて話した覚えがあったからだ。
少しずつ、"彼"の言葉を思い出しながら口に出す。
「……"彼"が、言ってた。
同じ経験をして、同じ事をしている人でも考える事には差異が出るんだって。
一つの事象に対して人が考える事の選択肢は無制限で、そこに似通った答えはあっても同じ物はないんだって。
これも、誰かの引用らしいけどね」
メイスワンが言うと、ソードワンは興味深いというニュアンスで頷き、言った。
「セリエール・ヨハネの『個人という存在』の序文ですね。
成る程、経験ではなく、『心』が差異を生み出すと。
私達の中にも、もしかしたらオリジナルの心が眠っているのかもしれませんね」
その言葉を聞いたメイスワンは、それを笑い飛ばす。
「それこそオカルトだね。
僕らが彼らから受け継いだのは、あくまで因子だ。
それだけなんだよ。本当に、それだけ……
こんな時の解決策くらい、残してくれれば良かったのに」
そこには、何処か悲しむような、怒るようなニュアンスがあった。
ソードワンは普段の無感情な声色で、メイスワンに言う。
「解決策……それこそ答えがありません。
今の私達も、ソードセブン達も間違ってなどいないのですよ、メイスワン……いえ、ユダ・クバーク」
その言葉を聞いたメイスワン……ユダ・クバークは、苦虫を噛み潰したような顔をして、ソードワンに懇願するように言った。
「その名前で、呼ばないで。
僕はこれから、彼らを裏切るんだから。
ソードワン……ミーティア・ディバイダー」
それから二人は、一言も言葉を交える事なく目標だけを見据えた。
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「さっきも気になったんだけど、審判員……って、何なの?」
僕は、リーシャ達と並走しながら聞く。
リーシャは、少し此方を見て、もう一度正面を見据えてから話し始めた。
「私達『熾天の騎士団』は、五人一組の小隊を単位にしてヒエラルキーが設定されているんだ。
小隊内部は司令官のクラスを頂点にして、あとは生産番号序列のヒエラルキーがあるけど、それは無視しよう。
小隊は、コマンダー型一騎と近接型一騎をベースにして、残り三騎を適当に選出して組まれるんだ。
それで、小隊の指揮系統にも何種類かあって、指揮系統の違う小隊は基本的には同格扱いになるんだけど……」
リーシャの言葉を、ユウが引き継ぐ。
「それの例外が、当主直属の『六翼の盾』と、『審判員』だ。
この二つに関しては、全ての指揮系統において最上位に設定されているし、メンバーも五人以上いるらしい。
六翼の盾については当主や一族の護衛って事以外は解らないが、審判員に関しては有名でな。
あいつら、不穏分子を選出して処分するんだよ。
俺達は基本的にいくらでも再生産がきくからな」
最後に、ケイが結局、と締めくくった。
「審判員のやつらは、俺達の処分係りで、あらゆるクラスの一番個体で構成されてるらしい。
目の前で同僚がってのも経験者が多いからな。
判明しているメンバーは、ソード、メイス、サイス、ウィザード、ダガーの五人。
それ以外は確認されていない。
あと五人程いる筈なんだが……
まあ、伝えておきたいのは、その何もがナンバーズ持ちで、圧倒的な戦力を持ってるって事だな」
「え、それじゃあ、リックは……」
「あいつは俺達の中でも特殊だ。
早々やられねぇよ。
熾天の騎士団の中でも、ナンバーズ持ちは十分の一以下なんだぜ?」
ユウが心配無いさ、と言うものの、如何にも不安が抜け切らない。
リックと別れてから、既に二十分近くが経過しているのだ。
警戒しながら少しずつ進んでいるので、街を出る頃には一体どれ程の時間となっている事か……
そう思った所で、聞き覚えのある声が響いてきた。
「ちょっとどいてくれ~!!」
音の聞こえた方向と、聞こえ方から着弾地点を予測する。
僕は、リーシャの手を引いて着弾予想地点から離れ、ケイ達に危ないよ、と軽く警告だけ放つ。
しかし、二人が退く前に、それは二人に直撃し、転がった。
「いたたたた……やっぱり、魔力の量が増えると制御が難しいな……
大丈夫か?」
転がったそれが、ゆっくりと立ち上がる。
それっていうか、リックだ。
少しばかり裾に砂埃がついていたりしているが。
「僕とリーシャは当たってないから。
ケイ、ユウ、大丈夫?」
「騎士団服じゃなかったら内臓破裂じゃ済まなかったな……
幸い、軽い打撲で済んだよ……」
「同じく……」
「ああ、悪りぃ。
ともかく、サイスワンはのしてきたから、急ごうぜ」
リックが笑って言った。それに、皆が安堵する。
しかし、リックの言葉に全員が頷き、移動を開始しようとした所でそれは来た。
「申し訳ありませんが、それは認可できません。
私達審判員が、全力を以て阻止させて頂きます」
「悪いけど、逃がさないよ」
次の瞬間、地面が爆ぜる。
攻撃魔法を使われたと認識したのは、魔力の残滓を確認してからだ。
飛び散った瓦礫と魔力の残滓を払いのけ、僕は敵を見据える。
見えた影は、二つ。
仮面をしているので顔は解らないが、片方はダークブラウンの短髪で、もう片方は亜麻色の髪がボサボサに爆発していた。
……もう一度、襲撃者を見る。
特徴的な巻き毛が、もはや修正不可能だろうと言う程に巻かれているそれは、何処か見覚えがある。
皆と一緒に行動する際には、いつも見ていたような毛の塊。
「その毛の爆発具合……ユダ?」
「……エリック、僕はせめて、声で気付いて欲しかったよ」
ボサボサ頭の襲撃者が、仮面を外す。
仮面の下では、先週顔を合わせてから会っていなかった友人が微笑んでいた。
その微笑みはどこか冷たい雰囲気を放っていて、影があった。
「ごめんね、エリック。
僕は、君と一緒に行けない。
全力で、君達を止めなくちゃならない……」
「何で!僕達、友達じゃないか!
一緒に帰ろう!明日からは、また前みたいな生活が——」
「できないさ!できる訳がない!」
僕の言葉を遮って、ユダが言った。
ユダは、リック達を見て、続ける。
「リック。君達も、解ってるはずだろ?
当主様に作られた僕達が、創造主に逆らったらどうなるか!」
その言葉を聞いて、僕は始めてその事に思考を巡らせた。
そうだ。仮に僕が生還出来たとして、リック達はアストリア家の庇護の下、学園に通っている。
飼い主の手を噛む犬はいらない。
つまり、このままだとリック達は処分されてしまうのだ。
運良く逃れる事が出来たとしても、僕らは二度と会う事が叶わなくなるかもしれない。
改めて、今の状況の危うさを思い知る。
リック達の方を見るが、皆はそんな事は解った上で行動していると言わんばかりに堂々と構えていた。
「だからって、俺はエリックを見捨てられない。
ユウやケイ、リーシャだってそうだ。
お前だって、そうじゃないのか?」
リーシャ達が、頷く。
その事が、とても嬉しかった。
物語にあるような友情はあり得ないと思っていたのは、間違いだったのかもしれない。
現在の状況は最悪の一言だが、もしかしたら切り抜ける方法はあるかもしれない。
それは皆で考えればいいんだ。
しかし、その言葉を聞いたユダは、激昂していた。
数メートル離れたここからでも分かる程に拳を強く握りしめ、顔を伏せている。
「…み達もか……」
ユダは消え入りそうな声で呟いた。
ユダが、勢いよく顔をあげる。
色んな感情をごちゃまぜにしたような表情で、ユダは叫んだ。
「君達も、そう言って自分の感覚を人に押し付けるのか……!」
僕らは、ユダの隣にいる審判員の人を含めて、その剣幕に圧され、声を発することができなかった。
それを合図に、ユダは堰を切ったように言い募る。
「僕は僕だ!君たちのイメージを、僕に押し付けないでくれ!
ああ、そうさ!僕はエリックの事を殺すのは嫌だよ!君達と、もっと一緒に居たいさ!
皆で馬鹿して、笑い合って!慣用表現なんかに真面目に返したりして!
アホな失敗をするエリックをほくそ笑みながら眺めていたいさ!
けど、仕方ないじゃないか……。
僕は君達新規生産組と違う!僕にはあの人に逆らう事なんて出来ない!
……君達は知らないだろうけど、僕はね、一度だけ処分されかけた事があるんだよ。
あの時の感覚を、今でもはっきり覚えてる……
自分の身体が、自分の物じゃ無くなっていくんだよ……
周りには誰もいなくて、僕一人で……
嫌なんだよ、僕は。エリックを見捨てる事より、何よりも!
孤独の中で、溶けるように、誰の記憶にも残らないで消えるのは!」
ユダを見ると、泣いていた。
頬を伝った水滴が、幾つも地面に落ちる。
ユダは、ゆっくりとその手に持ったメイスを掲げる。
「だから……僕は、自分の存在を証明するためにも、任務を遂行する。しなくちゃならない。だから……。
No.11 『破城鎚』起動」
ユダのメイスに、幾つもの金属片が集まり、より重厚な物を構築していく。
最終的に、ユダのメイスは柄だけで一メートル半を超え、全体の大きさは二メートル程になった。
ユダがそれを軽く振るうと、ごうん、という凄まじく重い物が振るわれるような音が聞こえ、僕の鼻先を強風がかすめた。
ユダの細腕の、一体どこにそんな力があると言うのだろう。
確かに、ユダはほっそりとしているように見えて実は筋力は高いのだが、アレは明らかにそういうレベルの問題じゃない。
絶対筋肉が足りてない。そう断言できそうな重量感だ。
「……メイスワン。先程は決め付けたような発言をしてしまって、申し訳ありませんでした」
「良いんだ、ソードワン。それより、任務を遂行しよう」
ソードワンと呼ばれた、多分女性にユダが言うと、ソードワンは頷き、腰に帯びた剣を抜いた。
そして、ユダとソードワンが同時に唱える。
「「モードリリース!モードツバイ」」
二人の武器が、それぞれ赤と青の魔力を纏った。
そこから発せられる重圧は、並大抵の物ではない。
「それでは、私がソードセブン達の相手をします。
貴方は、エリック・アストリアの捕縛、もしくは抹殺を」
「く!させるか!
双光剣モードリリース!モードツバイ!」
リックが剣を構え、ユダに切りかかる。
しかし、ソードワンがそれを弾き、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「ですから、させないと言っているのです」
「ちっ!ユウ!リーシャ!援護を!
ケイはエリックを守れ!」
リックが指示を飛ばし、皆がそれに応じて動く。
リック達の戦闘は、僕らのいる場所からすぐに見えなくなってしまった。
残された僕とケイは、臨戦体勢のユダと向き合い、その状態で止まる。
少しして、ユダが口を開いた。
「ケイ、引いてくれないか。
僕の一撃では、君を殺してしまいかねない」
「おいおい、俺はそこまで柔なつもりはないぞ。
『コルグリヴァンス』起動」
ケイの持つ盾が、いつもの殴るタイプのものから大きな守る事を前提とした物に変わった。
ケイは、それを構えた。
頼もしい筈の盾はしかし、ユダのメイスを見てしまうと気休めにもならないような気がしてくる。
「残念だよ、ケイ。
知っているかい?大盾って、さ。
衝撃の伝わり方が、面になるんだ。
『速度上昇』」
ユダは、そう唱えるとメイスを腰溜めに構え、視認が難しい速度でケイの盾に叩きつけた。
「ぬ……!ぐぁ!」
ケイが、衝撃によってリック達が消えて行った反対の方向へ飛んで行く。
僕は、それを黙って見送る事しかできなかった。
「さて、エリック。君の番だ。
……何か、遺言があれば聞くけど」
「遺言なんて、ないよ」
僕は、まっすぐユダの目を見る。
ユダが少し、身体を震えさせた。
「君がどれだけ辛いのかは解らない。
どういう境遇に置かれていて、どんな事を考えているのかも知らない。
けど、君が僕を殺すと決めたのなら、僕は君を憎んだり、恨んだりはしない」
言って、僕は腰に帯びた剣を投げて転がす。
ユダは気圧されたように半歩後ろに下がり、頭を抱えた。
「なん……で……何で君はこんな状況でもいつも通りなんだ!?
友達に殺されそうになって、その出会いすら設定された物だったのに、何で!」
僕はこちらを睨みつけてくるユダを見据え、口を開く。
他でもない、僕自身の心を伝えるために。
「ユダ。一つだけ、訂正させてくれ。
僕はいつも通りなんかじゃないよ。
むしろ、いつもより清々しいんだ。
……僕はね、人と関わるのがとても怖かったんだ。
『傷付けやしないだろうか』だとか『傷付けられなくない』とかって思って、本当の意味で君達と関わろうとはしていなかったんだよ。 けど、今は違うを
リックが今迄の真実を話してくれた時、凄く傷付いた。
でもさ、それでもさ。
僕らが過ごしてきた時間は作られた物なんかじゃなく、本物だったんだって思って、僕は嬉しかったんだ。
魔力が欠片もない、こんなに無能な僕の事を友達なんだって言って貰えて、凄く嬉しかったんだ……
もう、傷付けられる事も、傷付ける事も怖がらない。
そうやって、人は絆を育んでいくんだ。
君が僕を殺さなくちゃならないなら殺せば良い。
ただの他人としてではなく、友人として殺してくれるなら、僕はそれでも構わない」
言い切って、自然体で立つ。
いつもと変わらないように振る舞う。
……いや、事実、僕の心理状態はいつも通りに近いのだ。
どこまでも心は澄んで、あらゆるノイズは消え失せて。
「何で……そんな……
恨んでくれよ!憎んでくれよ!
僕に……僕に友人としての君を殺させないでくれ!
そうじゃないと、僕は……僕は一生、友達を殺した事を悔いる事になるじゃないか!」
ユダの慟哭が、僕の鼓膜に届く。
僕は、何かを答えようとして、しかし、何も答える事ができなかった。
僕は、その言葉に対する答えを持ち合わせていないのだから。
「……いいさ、だったら、もう友達だって思えないくらい、辛い痛みを与えてやるよ!」
ユダが、顔を上げて僕を睨んだ。
破城鎚を構え、強く踏み込む。
真っ直ぐな一撃だ。
ユダは一気に加速すると僕に肉薄した。
巨大な鎚が、僕の頭を叩き割ろうと振るわれる。
僕はそれを見て、笑みがこぼれてくるのがおさえられなかった。
「まあ、ただで殺されてやる気は毛頭ないけどね?」
僕は素早くユダの懐に入り込むと、先程からずっと充填していた砲撃魔法を解き放った。
武器を捨てたと思って完全に油断していたのだろう。ユダは完全に硬直していた。
零距離で放たれた砲撃を躱すこともできず、ユダは数メートルを吹き飛んだ。
「ごっふ!」
ユダが体勢を整える前に再接近し、再びチャージしていた砲撃魔法を殆ど生身の顔面に向けて解き放つ。
「実は僕もさ、ユダの言い分には結構イライラしてたんだ。自分の身が可愛いのは解るよ、僕も割とそうだから。 でも、友達を殺すことになるのが嫌だ? 甘ったれるな」
僕は、ユダの上に馬乗りになると、ユダの襟首を掴んで地面に押し倒す。
「僕が今日リックに実は皆が裏切ってたって聞かされて、どれだけショックを受けたか解る? 結局ユダ以外は僕の味方でいてくれたけど、敵地のど真ん中で敵として現れた親友にどれだけ動揺したか解る?
もうね、正直今日は疲れた! 僕は無能なりに頑張ったんだ!」
「いっ、たいな! そんな事知らないよ!僕はエリックじゃないんだから!」
「ああ、そうさ!僕だってユダがどんな事を思ってるか知らないし、解らない!」
言って、僕はユダの頭に頭突きを当てた。
「僕はね、ユダ。 君のそうやってうじうじ悩んでいる所が大嫌いだ。
僕を殺さないと死ぬっていうなら、もっと本気でやってくれ。
じゃないと、僕という人間の最期を飾るのに未練しか残らなくなる。
そういうの、正直嫌なんだよね」
僕が言うと、ユダはひ、と怯えたような声を上げた。
僕はユダの目を睨み付ける位のつもりで見つめ、口を開く。
「君がその覚悟をもたいなら、僕は君を踏み台にしてでも生きぬいてやる」
「くっ!良い加減、離れろ!」
ユダが上に乗っていた僕を蹴り上げ、鎚を担いだ。
直前に魔力で強化したらしく、僕の体は随分高い所まで打ち上げられた。
「魔導騎士を、舐めるなよ!」
下ではユダが鎚をおおきく振りかぶっていた。
咄嗟に魔力で足場を固めようとするが、魔力が思うように集まらない。
しまった。僕は先程の自分の暴挙とも言える行動を思い出し、血の気が引いた。
砲撃魔法は多大な量の魔力を消費する魔法だ。故に集束魔法で使うのが一番効率が良いのだが、集束魔法で多量の魔力を消費するということは、集束魔導師にとって自分の使えるリソースを急激に削るということに等しい。
つまり、魔力の無駄遣いのせいで使える魔力が少なくなっているのだ。
使用済みの魔力は一定時間の経過で還元されるか、還元する魔法でも使わない限り再使用出来ない。
この状態では薄い膜程度しか貼れないし、それではユダの攻撃からは逃れられない。これは、避けられない。
そう悟った僕が最後に見たのは、ユダの鎚ではなく横から飛び出して来た大盾だった。
僕は大盾に跳ね飛ばされ、物凄い速度で吹き飛ばされながら意識を失った。
意識を失う直前、何か柔らかい物にぶつかったような気がした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
何処かの書斎の中だろうか。
所狭しと本が並べられた部屋の真ん中で、まだ幼い赤い髪の男の子と同い年くらいの空色の髪の男の子が一冊の本を見ているのが見えた。
その傍らには、ダークブラウンの髪の、彼らと同年代であろう女の子。
どうやら、字が読めない空色の男の子のために赤い男の子が本を読み聞かせているらしかった。
『ええっと、はるかむかし、せかいはまおうによってしはいされていた。
それをほろぼすため、きょうかいはにんげんたちでちからをあわせていかいよりちからあるものをよびよせた……かな』
『ありがとう、ウィル。 ごめんね、ぼくまだ難しい字が読めなくて』
『きにしないでいいよ。僕もエリックと話したかったし』
空色と赤色は仲が良いらしく、朗らかに笑いあっている。
それから、赤色が音読して空色が聞く、という流れを雑談を交えながら繰り返していると、そばでずっと立っていたダークブラウンの少女が口を開いた。
『マイ・マスター。そろそろ夕食の時間です。お父様が怒りますよ』
『ちぇ、もう終わりか。 わかったよ、ミーティア。でも、エリックも兄弟の筈なのに、どうして一緒にご飯たべないの?』
ダークブラウンの少女の言葉に口を尖らせた赤色は、渋々と立ち上がると呟いた。
『それは……。 申し訳ございません、プロト……エリック様に関しての情報は、私には話す許可がありませんので』
ダークブラウンは、少し顔を俯けて言った。それに対して赤色ぎ何かを言おうとするが、今度は空色がそれを遮った。
『いいんだよ、ウィル。 ぼくは、あの人なんだか怖いから。 ウィルとティアがたまにここに来てくれるだけで十分うれしいよ』
空色が言うと、赤色とダークブラウンはそれぞれ対照的な反応を示した。
赤色を照れ臭そうにそっぽを向き、ダークブラウンは無表情でじっと空色をみている。
『この部屋に来るのはほんとならお父様は禁止してるんだけどね。まぁ、エリックがそんなにうれしいなら、また来てやらなくもない』
赤色が、 上辺だけつまらなそうに言った。空色はそんな赤色の言葉の裏にある感情を読み取ったのか、ただ『ありがとう』とだけ言った
『それじゃあ、エリック。また明日な』
『うん、ウィル。 また明日。 結構文字も覚えたし、これなら明日からは普通に遊べると思う。 今までありがとね』
『気にしないでよ。 僕ら兄弟だろ! あ、でも、このこと他の奴らには内緒な?
バレたら僕が怒られちゃう』
『わかってるよ。でも、僕の所に来るのは食事を運ぶメイドくらいだから、気にしなくても平気。じゃあね、ウィル、ティア』
『おう、またな!』
『では、エリック様。 ……お気を付けて』
最後にダークブラウンが何処か憐憫の篭った眼差しを空色に向けていたが、それはすぐにいつも通りの無表情に変わった。
そこで、場面が暗転した。
「今のは……夢? でも、僕の居る部屋にあんな人達が来たことなんて……。っつ」
先程の夢の内容について自身の記憶を辿ろうとするが、それは激しい痛みですぐに中断させられた。
僕は取り敢えずそれについて考えるのはやめ、辺りを見回した。
全てが本で満たされた奇妙な空間だった。
取り敢えず足元にある本をとってみると、僕が一度読んだ事のある本だった。
僕はそれを丁寧に同じ場所に置き直すと、もう一度辺りを見回した。
相変わらず、本しかない。
「何処なんだ、ここ。 僕はさっきまでルレイの街にいた筈……だよね?」
「おや、久振りだね。 君が此処に来るなんて。またここの本が読みたくなったのか?」
僕が悩んでいると、何処から現れたのか銀髪の少年が僕に声をかけて来た。
こんな人、見たことあったかな、と少し悩んでいると、その少年は何かを納得したように言った。
「ああ、そういえば、覚えてないのか。 残念」
「覚えてない? 何の話?」
「いや、関係無い話だ。 この本の山に埋れた奥に答えはあるが、君がそこに辿り着くにはこの世界は不安定すぎるからね。 今は関係無い。
僕は……そうだな、オルターとでも呼んでくれ」
銀髪の少年、オルターはそう言うと、何処からか取り出した椅子に腰掛けた。
目の前にはテーブルも置かれている。そして、オルターの座る椅子の反対側にも同じ椅子が現れた。
「さ、君も席に着きたまえよ」
オルターに言われ、僕は現れた椅子に腰掛けた。何と無く、オルターに従わなくてはならない気がしたからだ。
僕が席に着いたのを見計らって、オルターは何処かから黒に金の装飾があしらわれた装丁の本を取り出した。
僕は思わずそれに手を伸ばし、まじまじと見つめた。
タイトルは掠れていて、よく見えない。
「それを見て、どう思う?」
「凄く綺麗な本……かな。タイトルが解らないけど」
「それは、とある魔導書さ。 僕が、君に読んでほしいと思っていたね。
前に君が来た時は、次来た時はそれを読んでくれると約束していたんだ。
まあ、それを読むも読まないも君自身が決めることだけどね」
オルターが何処か寂し気な表情で言った。魔導書といえば、魔導師がその生涯を費やした魔導を書き記した本の事だ。僕も何冊か読んだことがある。
僕は本をパラパラとめくって全ページに目を通す。見たことのない文字や、知らない単語が大量に並べられており、殆ど理解することが出来ない。 僕は暫くして諦めると本をパタンと閉じてオルターに渡した。
「読んだのは読んだけど、内容がよく解らないよ」
「そうか。 いや、いいんだ。 君がコレを読んでくれたことに意味があるからね。
……そろそろ朝だな。 それじゃあ、エリックくん。
またのご来館をお待ちしているよ」
オルターは言って、席を立った。
何の話か、と儚気な笑みを浮かべて手を振っているオルターに問おうとするが、何故か声が出ない。
だんだんとオルター や周囲の景色が白く染まり出した。
眩しくて、目が明けていられなくなる。
白い光がだんだんと強くなっていく。
そして、僕は意識を失った。




