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エラーな僕の魔導譚。(仮)  作者: のりにゃんこ
第一章~緩やかな変化~
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第一章/ep01

一人分の足音が、閑散とした校舎に反響する。

つい先日まで賑やかであった校舎は、夏期長期休暇が始まった今ではその面影もない。

足音の主である僕、エリック・アストリアは、昼食を取って直ぐに学園の中等部校舎へと来て居た。

僕は、数々の教室を横目に見ながら真っ直ぐと目的地へと向かう。


——この辺りの教室は僕とは全く縁がないから見ていても意味はないんだけどなぁ……


僕はもう何度目になるか分からない、益体のない考えに思考を巡らせた。


僕達の住まうこの世界、ローディリアに魔法という技術体系が確立されてから幾星霜の時が過ぎた。


魔法とは、魔力マナを用いて何らかの事象を引き起こす物の総称である。

魔力は、世界中に満ちているものと体内に貯蔵される二種類が存在する。

魔法の中でも最もメジャーなのが体内の魔力を用いた魔法だ。

この体内に貯蔵できる魔力の最大量は個々人の資質による。


故に、体内の魔力を用いた魔法が主流なこの世界では魔力量が多ければ多い程優遇される傾向にある。 無論、その逆も然りだ。

それ以外にも人が持つ属性そのものについての優遇・不遇も存在するが、僕には関係ない。


「魔力、かぁ……」


僕は、自分の体内……ではなく、空気中に満ちる魔力を使って魔力の球体を作り出した。 魔力があれば、それこそ六歳の子供にでも容易にできる事だ。

というより、子供の遊びの範疇に含まれているので、僕と同じ十三歳にもなるともう誰もやらないようなものだ。


が、しかし、保有魔力量がゼロである僕にとっては、今でこそ何気なくできる事だが、そう簡単にいくものではなかった。

これこそが去年、魔法学園中等部に入学した僕の一年の成果だ。


魔法学園において、本格的な魔法教育が始まるのが中等部からであり、初等部では読み書きや基礎体術、計算が教えられる。 といっても、通うのは両親の忙しい平民や孤児が大半で、貴族の大部分は通わない。

読み書きを自分たちで教えられるから、基本的には教育機関を使う必要がないのだ。

中等部、高等部は卒業しないと騎士等の一部の専門職に就けないため、貴族・平民に関わらず人気がある。


といっても、結局魔力量が物を言う今のご時世、卒業したからと言って良い職に就けるとは限らないのだが。


平民であっても魔力量があれば王室直属の騎士にだってなれるし、逆に少なければ貴族であっても魔力量次第では碌な職に就けない。


そして、僕のように保有魔力量がゼロだったり、ゼロに近い人達は『無能エラー』と呼ばれ、あらゆる面において差別される。


この聖ネヴァン王立魔法学園でもそれには違いない。


ここは、その他の魔法学園と違って比較的寛大で、エラーだけを集めた『特殊学科』を設けるなどして差別の緩和を心掛けているのだが、それでも幾らかの制限は存在する。

まあ、僕は特殊学科を設けたせいでより差別が強まったのではないかと思うが、それに関しては目を瞑る事にしよう。


話を戻す。

制限の内容であるが、まず、学内の施設の使用も一般の生徒達から完全に切り離されるし、一部の一般生と共有する施設に至っては一般の生徒達がする必要の無い申請まで出さなければならない。

また、食堂の利用は原則禁止で、広い学内を移動するための『転移陣』と呼ばれる装置の使用も一部しか許可されていない。


勿論、魔力の絶対量でクラスが決まってしまうので余程の事が無い限り一般クラスに編入する事もできない。

更に、特殊学科と一般クラスでは校舎が完全に隔離されている。


他の学園よりもかなりマシであるにも関わらず、コレだ。もはや何のために一つの学園という扱いにしているのか解らない。

因みに、他の学園では魔力量が一定以下の人間はそもそも入学を許可されない。


とはいえ、エラーであっても学園の生徒には変わりないというのは渋々認められているらしく、一般生の帰宅時間の後か、一般生が居ない時間に限っては特殊学科生でも一般棟への立ち入りが許可されている。

つまり、この学園では一般の学生が居なくなるこの長期休暇の間が僕らエラーが唯一心置き無く学園中を移動でき、一般生に気を使わずにすむ心休まる時間なのである。


まあ尤も、その休暇中に学園に居る方が異常なのだが。


エラーと言えども人間だ。

休暇に入れば里帰りもするだろうし、場合によっては自分の食費や、酷い場合には学費まで稼がなくてはならない。

僕は資金援助だけはして貰えているので働く必要も無く一日中学校に居られる。いや、資金援助というよりも厄介払いだろうか。

生活費が尽きるまでは実家に帰る事も許されないのだから、援助なんて優しいものではないのだろう。

まあ、僕もあの家に行くのは御免だから、その点は利害が一致している。

夏期長期休暇は二ヶ月程もあるので、僕はその間ずっとこの学園で過ごすという訳だ。


部屋も寮なので、ルームメイトも居ない中、学園から出る事も少ないだろう。

初等部の頃からもう七年近く、ずっとそうだ。


「別に、寂しいなんてことはないのだけれど」


どういう訳か、胸にぽっかりとした穴が空いた気分ではあった。


そんな事を考えているうちに、僕は目的の場所に着いた。

特殊学級棟と同じように一般学級棟の廊下の突き当たりに置かれた四本の石柱に囲まれた台座……転移陣である。

この転移陣は、エラーにも使用が認められている数少ない転移陣の一つだ。

特殊学級の生徒である僕は特殊学級棟にある方から跳ぶのが常だが、休暇の間は解放されていないのでこちらを使わなければならない。


地面には台座を中心とした円形の、複雑な幾何学模様が描かれている。



僕は迷わず台座の上部に学生証を当てた。

少しして、地面の幾何学模様から白い光が溢れ、僕を包み込む。


相変わらずの眩しさに、思わず目を閉じる。

そして、数秒の浮遊感。


硬い地面に足が付いたと認識すると、ゆっくりと目を開ける。

直後、僕の目に飛び込んで来たのは辺り一面が本で埋め尽くされている光景だった。

明かりの類は一切なく、しかし影の一つも見当たらない明るい空間。


聖ネヴァン王立魔法学園所有の魔導図書館。


蔵書量は軽く億を超え、その中には他では閲覧できないようなものや、国の図書館では禁書扱いになっているようなものも数多く存在する。

見渡す限りの本棚には所狭しと本が並んでおり、実に壮観だ。

見上げると階段と層が何処までも続いていて、それは遥か上空で一つの点となっていた。

この図書館には千以上の層が存在し、その最上階にまで達した人間は片手で数える事のできる程度しかいないそうだ。

そもそも学園側も全ての蔵書を把握して居ないらしく、最下層に点在する司書用のカウンターに備え付けてあるデータベースにも本の場所や蔵書の種類は五百層までしか記述されていない。

まあ、五百層までの本があれば大体必要になることはカバーできるからだろう。


その入り口となっている扉の前に、僕は立って居た。

扉、というより壁と言った方が正しいかもしれない。先程の転移陣の床に描かれていたのとよく似た模様が刻印されているだけで、ドアノブや蝶番も無い。転移陣を利用するか、座標を特定した座標転移でなければ辿り着けない時空の孤島。遺失技術の産物。


入り口近くのカウンターで現在の利用者を確認すると、見事なまでに貸切だった。この図書館の利用者は思いの外少ない。

僕も図書館の利用が許可される中等部に入学して一年と半年になるが、高等部の先輩方や学園所属の研究者達が利用するのを稀に見かけるくらいだ。よく使われる資料は複製されて学園内の図書室に保管されているそうだから、そのせいかもしれない。


「今日は……三十六層三五九の棚からだっけ」


そう声に出して確認してから、僕は近くの階段を登る。

この魔法学園で、僕という存在は異質だ。異端と言ってもいい。

魔力量ゼロ。

武術すら魔法と組み合わせるのが主流となった今では何をするにも魔法を学び、魔導を修める事は必須だ。しかし、魔法を使うには魔力が要る。どれだけ魔法を学ぼうと使う事ができない僕には武術も座学も無駄だった。


だが、それも過去の話だ。今の僕には自分の魔力量に依存しない魔法がある。

図書館でそれらの魔法について記述された本を見つけた時から、僕の世界は大きく変わった。

知識が増えればできる事が増える。その事を知ったのは、その時だった。

以来、僕はこの魔導図書館で本を漁り続けている。


去年は少し登っただけで肩で息をしていた長い階段を幾つも登り、五分程かけて目標の本棚にまで辿り着く。

全力で駆けたものの、体力的にはまだまだ余裕がある。

これのお陰で初等部の頃は全くできなかった運動全般が人並み以上にできるようになった。

端から技術書や面白そうな本を三十冊程を取り出して一層にある読書スペースへと運ぶ。この図書館には読書スペースが少なく、一層の入り口付近に幾つか用意されている他には無い。じっくりと腰を据えて読むにはどうしても往復が必要だった。

最初は十冊運ぶのにも難儀していたものだが、今となっては容易いものだ。


椅子に座り、高く積まれた本の山から一冊取り出す。記念すべき本日一冊目の本は歴史書だった。 早速ぱらぱらとページを捲る。

一千年ほど前に異世界から召喚されたらしい勇者の自伝らしかった。

僕は瞬く間に読書に没頭した。


どれ位経ったろうか。ふと誰かが入室して来た事に気が付いた。


入室時には、転移陣が白い光を発するので、吹き抜けの近くにあるこのブースからならしっかりと確認できる。


一体誰が、と入り口の方に目を凝らすと、一つ、人影が見えた。

女子生徒……それも、胸の刺繍の色から見るに中等部の新入生のようだ。

こんな時期に珍しい。僕は女子生徒の方を窺った。


彼女はどうやら司書を探しているようで、カウンターに向けて話しかけているようだ。しかし残念ながら、今この図書館に司書は居ない。 夏季休暇中はだいたいそうだ。

何か読みたい本を探すなら、自力で探し出すしかない。カウンターの奥に行けば蔵書のデータベースがあるが、司書が居ない今は鍵がかかった引き出しの中だろう。

まあ、司書が居たりデータベースがあると言っても解れば行幸だというレベルの蔵書量……一層だけで小さな図書館クラス……であるのだが。

更に本の場所が解ったとしても、残念な事に図書館内の移動を自由にする転移陣も今は定期メンテナンスによって停止されている。上に登るには飛行系の魔法を使うか、階段を上るしかない。

やがて彼女は本を自力で探す方向に転換したらしく、近くの本棚へと向かった。


そして、一層二六〇の棚の本を一冊抜いた。背筋がすっと寒くなる。

一層二六〇の棚に限らず、司書用のカウンターから一番近い本棚は例外無く一冊抜けば全ての本が崩落する事で有名なトラップ棚である。

僕も去年、散々悩まされた。

その時に六冊以上同時に抜けば崩落は免れるのは発見したのだがそれはあまり知られていない。


「あらら……」


僕の予想通り、本棚の中身は崩落し、女子生徒に襲いかかった。

見るからに痛そうな連撃は、しかし彼女の柔肌に青痣一つつけられない。

よく見ると、女子生徒と本との間で虹色の光の粒子が散っているのが見える。

結界の作用だ。図書館内には本やその他の物質を損傷させないための結界魔法が掛かっており、それは人間にも適応される。

故に、死んだり、怪我を負ったりする事は基本無いのだが痛覚遮断までは付いていないので普通に痛い。死ぬ程の痛みな訳だから、その辛さは筆舌に尽くし難いものだ。女子生徒が目を回してその場に倒れた。

僕は不憫な女子生徒の倒れる二六〇の棚へ向かった。






女子生徒を読書スペースの椅子に寝かせ、様子を見る。本は放っておけば図書館の機能で勝手に元の位置に戻るのでノータッチだ。


「はぁ……」


僕は整えられた髪型の女子生徒を見て、もう一度大きくため息を吐いた。

遠目に見る分には気付かなかったが、改めて見ると身に付けている小物は上等なもの。髪も手入れが行き届いていることから、普通の平民階級ではないらしいことが伺える。


本当に面倒な事になった。


そう心中で呟き、僕は目を瞑り、額に手を当てた。





「う……ここは……」


果たして、僕が幾許かの本を読み終えた所で女子生徒は目を覚ました。

時間にして一時間と少し、といったところか。


「学園の魔導図書館の中です」


僕は淡々と、事務的に応える。


丁度三十冊目を読み終えたので机の上に重ねて置く。


女子生徒は僕の言葉に少し首を傾げると、何かに思い至ったようで、僕にお辞儀をして来た。


「ありがとうございます。助けて頂いたようで」

「別に頭を下げる必要はないですよ。僕は……エラー、ですので」


言ってしまってから、関わらなければ良かった、なにも言わなければ良かったと後悔する。

エラーであるというだけで、全ての評価は反転する。今は感謝しているらしい彼女もきっと例外ではない筈だ。

エラーであることを伏せることの方が良かったか。いや、伏せれば後にもっと面倒になるのは目に見えている。

別に、感謝されたくてやったことじゃない。

そう自分に言い聞かせ、僕は席を立とうと顔を上げた。

透き通った紫紺色の瞳が、僕の目を見ていた。女子生徒はキョトンとした様子で首を傾げている。まるで、だからどうしたと言わんばかりのその態度に、僕は少したじろいでしまった。


「そうですか。私は精霊術師志望のセインです。貴方は?」


自己紹介。僕は予想外の連続に驚きつつ精霊術師志望の女子生徒……セインの身柄に思考を巡らせた。

この学園においてエラーに対しての偏見が少ない、と言う事は平民か、それとも商人の出の人間くらい。

エラーは平民に多いため、平民間ではエラーに対する差別は少ないらしい、と言うのを聞いた事がある。

尤も、彼らはエラーと言っても下級の魔法くらいなら問題なく使える人達が大半らしいが。

装飾品の質、身なり、言葉遣いを考慮するに、きっと商人の家の出なのだろう。そう当たりをつけた僕は、極力事務的に答えた。


「僕は、ええと、地術師志望のエリックです。その、それでは」


全然事務的にならなかった。何を慌てているんだ、僕は。これでは不審人物ではないか。僕は顔が熱を持つのを感じ、急ぎ足でその場を後にしようとした。


「あ、あの!」


セインが僕の事を呼び止めた。今度は何だ。これ以上失態を重ねる前にこの場を後にしたかった僕は逸る気持ちを抑え、彼女の方に向き直る。


「知り合いに聞いた『精霊契約ノススメ』っていう本を探しているのですが、知りません?」


精霊契約ノススメは、より強力な精霊術を行使する為に必要な精霊との契約によって何がどう変わるかが簡単に書かれた本だったっけ、と、僕は半年程前の記憶を探る。


確か、あの本は内容の八割は民間伝承を纏めただけのものなので実のある本ではなかった、という低い評価を下していたように思う。

どうせ読むなら『精霊契約陣』の方が、特定の精霊との契約にはどういう供物が必要だとか、この術式によってこの精霊を召喚できるとかの詳しい事まで書かれているので良いだろう。

そこまで考え、僕は何を妙な事を考えているのか、と自嘲した。


「第十八層九〇六の棚にあったよ。地図はそこのカウンターに置かれた魔導具で参照できるから」


結局、精霊契約陣については、別に聞かれてもいないので伏せた。


「ありがとうございます」


言って、セインは素直に頭を下げた。

彼女は僕が出鱈目を言っているとは思わないのかとふと疑問が首をもたげる。


「僕が出鱈目言ってるとは、思わない?」


聞くと、セインはまたしても首を傾げた。

純粋な瞳が僕を見る。ああ、きっと、彼女はそういう類の汚れを知らないのだろう。それを裏付けるように、セインが言った。


「出鱈目、なのですか?」

「そんな事は無いよ。 うん……。よければ案内、するけど」


僕の言葉に、セインは嬉しそうに頷いた。

ほんの気まぐれのつもりだった。一度きりの関わり。この日限りの親切。そんなつもりだった。

このとき僕は、この出会いが僕の人生を大きく変えるものである事を予測できていなかった。


何でも無い、ただの日常に紛れたほんの些細なイレギュラー。

そう思い、気にも留めて居なかった。



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