たとえ自分の物でなくとも 16
「間違いなく罠だろう?」
何が間違いないのだろう。
私はまだその意味が理解できず、ただお母様の言葉に意味もなく怯えていた。
なんとなく怖い感じっていうのは分かるけど、何が怖いのかはさっぱりわからない。
「獣は護ったつもりだろうが、その次は何が起こる? 制裁の報復だ。見えてないだろうが虫は震動に怯えている。怯えている虫に習い皆を護るのは私の仕事だ」
「わかってるじゃないか‥‥」
「君が言ってた言葉を繰り返したまで。だから私は、私と私を護る」
お母様はロザリーの手を取り木の壁に向いた。
「待って下さい。彼女は‥‥ニンゲンの姫は外には置いておけない」
ロザリーは素直に従わず、掴まれた手を引き抜いて抵抗する。
「‥‥まだ固執するか。ニンゲンが安定を破った時点でその奴隷は意味を成さない。ただ、力は有るようだから、前線で戦わせるのもよいが、だが、寝首をかかれる前に処理すべきかな」
言葉に震える。
いや、ずっと怖い怖いって雰囲気は思ってたけど、身の危険を感じるっていうか、そんな怖さで。
処理されるって事は、
そう‥‥いうこと
怖がったって可笑しくないよね?
背中から来る寒気は、足先を震わせて逃げようって感覚を伝えるのを邪魔をする。
「彼女は、僕の奴隷だ!!」
ロザリーが大きな声でお母様を制止する。
逃げようって努力する私の手を掴んで自分の所に引き寄せてくれた‥‥
「そう。あくまでも奴隷。ちゃんと理解してるだろう。だから、その命さえ価値のない」
「違う! 価値の無い命などない。それに‥‥奴隷とは契約における立場での‥‥」
「自ら定めた禁忌を犯していたか‥‥お前らしくもない、やはり、ヒトは狂わせていくな」
なんだろう。
守ってくれてるって分かってるのに、さっきのお母様の言葉なんかよりずっと怖い。
身動きも許してもらえない気がして、
そんな動揺が触れてる部分から伝わらない様に息をすることも躊躇した。
「お姫様。目を閉じて息しないで!」
シンジュの声が聞こえたかと認識する間に、視界が真っ暗になって口の中に水が入り込む。
息を止めてって言われたけど、突然水の中なんて‥‥ああ、処分するってお母様言ってたよ‥‥ね。
想定外すぎて対応ができない、止めなくても止まっちゃうよ‥‥
最初にたくさん溢れた、肺の空気は止める間もなくどんどん体の外に盛れていく。吸い込めない苦しさが意識をはっきりさせるせいでいつまでも苦しくて。
「お姫様大丈夫?」
「なんて事をするんだ!」
次に視界が開けた時は、大きく息を吸い込んでむせる。
先ほどまで私の呼吸を阻害していた水が、涎の様に口の中から洋服を汚した。
服が汚れる事よりも、ロザリーがお母様に怒鳴っている事よりも、何が自分に起こったって考えるのが先で、わっかんないまま意識が途絶えた。
◇ ◇ ◇
「やはりヒトは狂わせていくな」
そう母王が言った瞬間に彼女の頭部は後ろの幹にめり込んでいた。
彼女に触れられないように十分距離をとっていたつもりだったロザリンドは何が起こったのか瞬時に判断ができず、ただそれを見て自らの動作を固めてしまう。
シンジュだけは母王の動作が分かっていたようで、彼女に何か言っていたが、それすら聞き取れていない。
「アベリア!!」
シンジュが叱るように母王の名前を呼ぶとその手を彼女から離す。
「大切な妃を城に戻そうと思ったまで‥‥咎められる筋合いはない」
駆け寄るシンジュにばつが悪いようで目をそらして少しだけ距離を取った。
「植物種以外に通過できないのを知ってて、とんでもない嫌がらせだな」
シンジュは母王を睨み付けると彼女の頭部を引き抜いた。
「お姫様大丈夫?」
「なんて事をするんだ!」
頭を濡らし、咳き込む楓の姿を見てロザリンドは我に帰り、母の起こした行動の恐怖に声を荒げた。
だがそれは続いて攻めに変わる前に、楓の意識が喪失された。ロザリンドは母王どころではなくなってしまう。
楓が意識失った場所は城から少しだけ離れた場所に出来た木の壁の前である。
少しだけ離れたと言っても見上げれば城の上空と同じ種類の樹が占領し、知ってるものが見れば同じ種類の樹だと人目でわかる。
木の壁は城と同じく、それを取り囲む様に形状を変えた母王のからだだ。擁壁状に取り囲む事で外部からの侵入は完全に遮断する。干渉は母王以外出来ず、中からも外からも誰も出来ない。同じ王であるロザリンドは中枢に株があり、城の一部は自由に動かせるものの、この場所まで干渉できる力は未だ無く、今回の様に母王に願わなければ外に出ることすら叶わない。
ただ、シンジュだけは干渉することができた。通り抜けるだけの簡単な行為のみだが、本人が自分の契約者に語ったのは付近にシンジュの根っこがあり、そのおかげだと言う。
母王はその力を持って、楓を木の壁内部に取り込み、シンジュはその力のおかげで彼女を取り戻した。
楓の体はいつもより重い、その重さは全てに意識が届いていない証拠だ。脱力は意識喪失によるものだけではないとロザリンドは不安になり、動かない彼女から離れるのは謀られた。
そんな様子のロザリンドに原因者である母王は、逃げるように木の壁の向こう側に戻っていった。楓の意識が戻る少しの時間だけ、許可を出し、シンジュに戻る様に言い捨てての事だ。
「王‥‥呼気に異常はない。時間が立てば意識も戻る。そちらより金の王の言ってた話だ」
「金のが怖い話をしてたけど。確かなら、本当に悩ましい案件だよね」
シンジュとレタルの話にロザリンドは加わろうとせずただ楓を見つめるだけ。
願う余裕もなく、ただ状況を監視し続けるだけ。
「‥‥ロザリンド。冷たい話をしちゃうけど、お姫様はちゃんと息はしてるんだ。何かが壊れて意識が戻ってないとしても、王との奴隷契約者なんだよ」
「何かが壊れたなんて、なおのこと彼女を放置など出来ない」
反応の無いロザリンドにシンジュの語尾は少しだけ荒くなり、その言葉にロザリンドは怒りをぶつける。
そしてまた、呆けるように楓の側に座り込んだまま動かない。
「混乱するな。奴隷契約は命があればもとに戻る。時間がないんだ、こっちの指示に戻れ」
シンジュの言葉が普段とは全く違うものになると、ロザリンドは驚いた表情で声の主とレタルを見た。
「それが王様のお仕事だよ」
意識が楓ではなくてこちらに向いたことでシンジュはいつもの軽い言葉に戻り。作戦会議のリーダーを輪の中に押し込んだ。
■ ■ ■
正直期待はしてたっちゃあしてたのだけど。
目が覚めて遠くにロザリーが離れてるなんて思ってなかった。
やっぱり、大事だいじってもてはやすのって、演技なんだよね。たぶん。
それに踊らされて、恋に落ちただけの話。
普通だったら、ただの詐欺だ。
分かっていたようで分かってなかったから、少しだけ辛いかも。
「お姫様、気がついたんだね」
しかもね。一番最初に気がついたのはシンジュだったり。
王様が忙しいのはわかってるんだけど、こう、何て言うかさ、側にいて、気にかけて欲しいわけだよ!!
――――そんなワガママが頭の中を占めるのは、きっとお母様が側に居ないから‥‥。
どういうつもりであんなことしたのかは知るすべはないけれど、言葉通りだったのなら、私は殺されちゃうところだった。
それなのに、心配もしてくれなくて放置‥‥
シンジュが獣たちの輪に入ってロザリーを連れ出してくる。
知らない間に沢山獣の妖精が集まってて、みんな歩くロザリーを目で追ってる。
「大丈夫?」
「‥‥たぶん」
側までたどり着くと心配する言葉を私に語りかけるが、そんな気分が落ちてる状況に返事が適当になってしまう。
適当に‥‥
「もうすぐ僕はあちらに戻される。これからの指示をレタルたちと相談しなきゃならない」
あちらとは、あの木の向こう側。
そっちに行ってしまうとは、しばらく簡単には会えないってこと。
「大丈夫‥‥行って‥‥」
適当に。
ロザリーを追い払う。
だってみんな王様が必要だって言うから、ここに集まって来たんだもん。
私が独占できないわけだし。
私は獣たちに好かれてないんだし、混ざりたくない。
獣のフリをしてても混ざれるわけがない。
わかってるよ。
「正直に伝えれば、がまんなどしなくてもいいだろうに」
気がついたらセイが側にいた。
気がついてなかっただけで、本当はずっと側にいたのかもしれない。
「いつから見てたか知らないけど、我慢なんてしてないよ」
遠慮はしてるけど我慢なんて。
「してないなら。意味もなく泣くな‥‥」
セイは困った表情できっとそう言ったに違いない。
その後ろ姿が涙で滲んでみえずらい‥‥肌色と黒が混ざって、表情なんて見えやしない。
この涙は、セイが言うように我慢してるから、かな?




