たとえ自分の物でなくとも 15
ニンゲンが攻めてきたと言うのに、ロザリンドの周辺は大きく何も変わらない。母王の言葉だけで本当は何もないのかも知れないと疑いはじめるが、それを肯定してくれる者も、裏付ける物もない。
あれから半日近くたった現在も、城は閉ざされたまま。ロザリンドの力では小さな穴一つ開ける事すら出来ない範疇で強固な守りを続けている。
「こんな状況だと言うのに、この静かさは何だ」
有事だと言うのにロザリンドには全く情報が入ってこず。更には何の指示もおりてこない。
先ほど外の情報を伝えてきた妖精の姿もない。
「内部の妖精達も突然閉ざされただけで何が起こったか理解できておらず‥‥」わかりきった報告に「お前は理解しているのか?」とロザリンドの苛立ちは、唯一、残された補佐官に当たるしかない。
獣たちや、その場所に行かせてしまった彼女は無事なのだろうかと、気にすれば彼女の安否ばかりが心の中を占める。大切に思っているハズの獣たちでさえ彼女のついでとなっている思考に、ロザリンド自身も危ないとは感じているが、ニンゲンに対峙してしまい怪我はしていないか、肉体的には大丈夫だとしても、心の中は大丈夫なのだろうか‥‥どうして、安易に城の外など出してしまったのか‥‥などと、後悔がぐるぐると頭から足先まで巻き付いて自分の動きを封じ込める。
情報と戦況の指示は殆どシンジュが何処からか集めてきていたから、クローヴでは前のようには行かないと知ってはいた。
「それでも以前は前線の指揮は任されていた‥‥」
どうにもならない疑問が口から漏れる。
唯一伝令が伝えた情報には、前線の獣が食い止めていると言うこと。本来、戦での金の王からの獣への指示はロザリンドを介して行われていたハズだ。
前回と違うのは、相手の規模だろうか‥‥
それとも、獣たちへの連絡手段が無いからか‥‥
思うようにならない補佐官をほおりだして、城の中を無駄に動き回ったとして、本当に大切な情報がここに届けられたらと考えると動く事も出来ない。
「有益な情報を手にするまでに戻って来たって仕方ないだろう!」
だから、信頼できる彼に期待し、怒りをぶつけ。嘆くしかないのだ。
「もし‥‥もしですよ」
文字に出来ない暴言に挫けたのかクローヴはうつむきかげんで言葉を吐き出す。
「?」
小さな言葉にロザリンドが耳を傾けると「言われる事象が発生し、前戦が特段問題が無いようであれば‥‥レタルから何か連絡があるかも知れません」と続けた。
クローヴにしては珍しい意見にロザリンドは意味が解らず疑問を表情に表す。
「それは、私の言葉が誤っているのだと、進言しているんだな」
物騒な言葉の主にクローヴが絶句する。ロザリンドは彼の瞳に宿る恐怖を感じ取って冷静に相手を見た。楽しそうに笑う母王がそこにいる。
ロザリンドと二人だけの空間だと気を抜いていた彼からの呟きを母王は聞きつけて、それをネタに踏み込んでくる。
「それとも、謀反の提案か‥‥」
強者は弱いものをいたぶってから壊す――――母王が玩具にするきっかけを与えるまいとクローヴを隠すように間に立った。
ロザリンドの目の前で命を壊させるつもりはない。
先ほどの言葉は、母王がとったようにロザリンドも受け止めた。おそらくクローヴの小さな声と恐怖の表情は、彼もそのつもりで漏らしてしまったに違いない。
「私が母上に不信感を抱きはじめたのを制しただけですよ、彼は補佐官なのですから」
頭の中に存在しない言葉がすらすら出てくる。ロザリンドは自分の言葉に、そんな解釈も出来るなと感心しながら続けた。
他者を守るためなら簡単に嘘がつけるものだ。
「‥‥まあいい。不信感とはいただけない言葉だがな」
「当たり前でしょう。誰に口止めされているのか存じ上げませんが、王が誰かにコントロールされ、私への情報提示がなされないなど、心配するに決まっています」
「誰が、コントロールされている‥‥だと?」
「‥‥あくまでも私の心配事。真実は分かりかねます‥‥それとも? 何かしら情報は提供されるのでしょうか」
下手すれば逆鱗に触れる言葉に引き金となったクローヴは青ざめてはいたが、ロザリンドの言葉に驚いていた。自分の中ではそこまで頭が働かず、ただ金の王の嫌がらせだとばかり考えていて、他の可能性に続く道を閉塞させてしまったことを恥じていた。
「ふん。のせられてやろう。外郭に彼女の気配がする。私もお前も全ては彼女に聞くがいい」
母王が「彼女」と指す者はシンジュの事である。シンジュは獣たちの前線に行かせた。帰って来たのなら‥‥楓も一緒ではないのだろうか。
途端に沸き上がる嫌なもやもやが冷静さを欠かす。シンジュの正確な位置を理解せず先に走りだしたとしてもきっとたどり着けるわけがない。
「それはどちらの外郭なんでしょうか」
だから母王の機嫌を損ねないよう注意して情報を引き出す。
「心配するな。案内しよう」
■ ■ ■
狼って‥‥あんなに速いんだ‥‥
「絶対離すな。落ちても回収はできない」
動きを制限されてる私とセイの前にちょっぴり大きな犬が二匹。
森に犬なんて要るわけないわな、狼だろうって自分に突っ込んでた所で、突然レタルにそう言われて狼に乗せられる。
とはいっても、某アニメのなんとか姫みたいな大きい狼じゃないから、私がしがみつくような体制になった瞬間。走り出した‥‥
息が出来ないぐらいの風量に目なんてとても開けてられない、ドコイクの? なーんて宣った瞬間、舌は切断しちゃうだろう。口は勝手に開いちゃって容赦なく狼の毛が入ってくる。装備品や乗せてくれてる狼に大変失礼な‥‥っていうか、女の子として最低な、涎が浸食する前に目的地についたらしい。
そんな感じで辿り着いたのは、なんかよく分からない木の壁‥‥
いや、上の方までずっと木の皮って感じだから、もしかしたらすっごいでかい木なのかもしれない。
バカみたいに呆けて見上げてたらセイに腕を引かれた。
レタルやシンジュが少し離れた箇所にいる。あちらに動けと言うことだろう。
歩くと脇腹の痛みを思い出す‥‥さっき狼にしがみついていた時には忘れてたらしい。治ったのかと思ってしまった
。
「セイも‥‥痛いんだよね」
「少し、な」
痛いって同調するように言葉にしてくれる。口に出してくれるのは、やせ我慢か優しさか‥‥
同じくらいなら『少し』だなんてとんでもない。
「これは、堅牢だね〜」
見上げてシンジュが楽しそうな声をだす。
側にいるレタルやティコが険しい顔をしているので、その暢気さはきっと、間違ってるのかも知れない。いつもみたく空気が読めてない発言なんだろう。
それにしても、ティコに会ったのもあれ以来、お久しぶりだ。ユーノみたいな人懐っこさはない彼は、久しぶりでも声に出して挨拶するような感じでない‥‥。
あっと‥‥私も空気が読めない発想だ。
「セイ‥‥そもそも、ここはどこ?」
頼れる人は、セイしかいないものだから、背中越しに聞いてみる。
「城の集落から、少し離れた所だ」
城の‥‥近くにこんな木が生えてたんだ‥‥?
見覚えのない一面の木目に頭を捻る。まあ、お城の中だって全部見たわけじゃないから、頭の中に見覚えのある風景のが珍しいのかもしれない。
「ぴぴーっ。ダメだよお姫様、こんな辺りで僕のセイ君と仲良くしちゃダメ」
「別に仲良くしてるだけじゃない、あ、そっか。私、獣なんだっけ?」
「いや、そんな話じゃなくて、ロザリンドには見せられないの」
ロザリンド?
いくらお城の近くだって言っても、城の中から出てこない王に見つかるわけないよね。シンジュってば大袈裟な。
私とセイを引き裂く感じにシンジュが間に入ってくる。
そんなつもりはないんだけどね‥‥ロザリーに見られたらそんな誤解を受けそうなのかと、ちょっとドキリとして、ちょっとだけ距離をとる。
シンジュは割って入った後、すぐにレタルの方へ歩いて行き、木の前まで誘導して騒ぐ。
「多分、たぶん〜このあたり。向こう側に居ると思うから、行ってみようと思うけど」
あの大きな声は‥‥私たちもこっちに来いってつもりなのかしら。
「情報さえ手に入れば。そのまま側に居ても構わない」
「構わなくないよ〜。僕のニンゲンたちはどうするって言うのさ。ちゃんとお側に置いておかないとね」
シンジュとレタルの会話が少々ぶっ飛んでるので、何いってるかちょっと分かんないですね、でも「僕の人間達」ってのは分かった。セイと私は彼の所有物らしい。
そんなシンジュが木の壁に両手を当て、何かごにょごにょ言ったと思ったら‥‥すっと姿が消える。
なんとなく木の中に吸い込まれてるわよ的な消え方だ。不審がってセイに疑問を投げ掛けると「この辺はシンジュの根もあるから‥‥」って余計分からない回答を下さった。
シンジュのねってのがあったら姿が消せるのかよ?どんな魔法だ、それ?
まわりをこっそり見渡して、疑問点は私しか訴えてないため、大人しく皆と同じく横に習う。
しばらくするとシンジュが姿を現す。
瞬きしたらそこにいたみたいな感じだから、こっそり驚いてしまったのは、秘密だ。
「お姫様。セイ君とは距離置いてるね。よしよし」
「別にそんなに咎められる問題じゃない‥‥と思うんだけど」
ごくごく普通の二人の距離間を見てシンジュがチェックする。
別にセイにこっそり話を聞いてもらう必要もないし、たずねても満足いく回答はもらえないから諦めてるだけだけど、必要以上に隣接する予定はない。さっきの話のすぐ後だ、気にして距離だってとってる。
いつもベタベタしてるみたいな、誤解を招く言葉がすごく嫌。
「だってロザリンドにはそんな姿見せられないでしょ」
そして、さっきと同じ言葉を言うのさ。
だからお城の中から出ない王様に‥‥
再度繰り返しおんなじ言葉を頭の中で繰り返そうとして‥‥真っ白になった。
シンジュの後ろに居たんだよ、その王様が。
「確かに、お前が言うように無事の様だな」
ロザリーはいつものようにぶっきらぼうにシンジュに呟く。
無事って言葉は、きっと私かなって思うのは‥‥自意識過剰なんだろうか。
「でしょう。僕嘘なんてつかないんだよ。ほらほら、確認出来たんだからさ、さっきの答え教えてよ、あっちじゃ金のが側に居たし、こっちはレタルが居るし此処で聞いてしまいたいよね」
「金の、だなんて侵害だな。こんなに君を心配しているのに」
ロザリーのお母様の声がして‥‥気がついたら目の前は、三人になった。
独特の香りがまわりを侵食するように、少しずつ濃くなっていく。
これって、ずっと側にいたらレタルやティコも臭いがついちゃうんだろうか?
ちょっと前に嫌な思いをした前線での出来事を思い出してしまった。
「やっぱり出てきた。こっちは獣居るから嫌だって自分で言ってたでしょ」
「余りにも時間がかかってるからな、心配で」
「時間って、僕が息吸って吐いただけだろ。どれだけ短いんだよ」
二人の会話を少しだけ聞いて、ちょっと違和感。
シンジュって、ロザリーだけじゃなくてお母様にもあんな感じ‥‥お母様も普通にお友達感覚で会話出来てる。
たまにしか見たことないお母様だけど、シンジュと会話してる姿は、いつも思う怖い感じじゃなくて‥‥なんか、違和感。
私の知ってる彼女じゃないから気持ち悪いのかもしれない。
不機嫌な表情のシンジュもロザリーと一緒にいる、それとは違って、知らない顔だ。
「ニンゲンが攻めてきたというのに、一瞬でも王を外に出しておく事は心配以外何もない。交戦中の火種が城まで来たときに皆が困るだろう」
「ニンゲンが?」
不機嫌なシンジュの表情はお母様の言葉で一瞬で変わる。
「‥‥攻めて来た?」
ただ、私もシンジュの顔を見てるんじゃなくて、お母様の言葉に驚いた‥‥だって、だってだよ。人間が攻めてきたって、大変な事じゃない。
言葉だって漏れちゃうわけで‥‥
「って情報が入っただけだよ。真意は中にいる僕らでは分からない。あなたが心配しなくてもいいんだ」
ロザリーが慌てて私の前で掻き消すように手をふりまわす。
情報が入ってくるってのは、それが、真実だからじゃないの?
「そんな感じじゃなかったけど、どこら辺が交戦中なわけ?」
「獣らの前線でくい止めている‥‥とは聞いていたが」
「別に、何人か制裁したぐらい‥‥ってあれが戦争‥‥」
「やはり、事実か、そんな中にあなたを置いとけるわけがない。母上、入口をお開け下さい」
「無理だな。今の話聞いただろ、前線に確かにニンゲンが攻めてきた、続きが来るのに解放などできるか」
「ちょっと待った。あれは、そんな大したものじゃなくて、いつもの侵入者程度だよ」
「侵入者?」
「だってニンゲンが二人ぐらい‥‥だろ?」
シンジュがレタルを見て数の確認をする。その視線はレタルから私にすぐさま変更された。それは、私とシュークルがやったことをシンジュが知っているからだ。
具体的な数なんて覚えてないけど、バラバラになった手足や頭だけしか見てないレタルに比べたら、私に確認するのが正しい。
正しいんだけど‥‥。
おぼろげな記憶に不安なまま頷く。
「二人と戦争だなんて思考がおかしい。言い出したやつ誰だよ」
「戦争‥‥なんて物騒な言葉に変換するな。二人は何をしていた? その二人に情報を与えたのは誰だ? 」
「珍しく、王様みたいじゃないか」
ギスギスするシンジュが言った言葉は、お母様の問いかけを遮えぎって止めるように聞こえた。
お母様はそんなシンジュの態度に反応せず淡々と続ける。さっきまでの仲良しな二人とは全く違うやり取りだ。
「彼らは赤い花の幼い樹を連れ去ろうとした。咲いてもいない幼木を偶然見つけてだ‥‥獣に見つかるよう悲鳴を上げさせて香りを撒いた。そして獣はそれを排除した」
「間違いなく罠だろう?」
すっごい間が空いてしまっってごめんなさいっっ。
いつもありがとうございます。




