たとえ自分の物でなくとも 14
彼女がレタルと前線に行って数日。トラブルの収集にシンジュも居らず。ついでに、あの神原清も居ない。
ロザリンドの周りにいるのはクローヴだけとなる。
そんな時に限って、母王は周りをうろうろし始める。
「私の部屋は獣臭がするから嫌だと以前言われていたかと」
「そんなもの自分の香りで満たせば気にならん」
その言葉がさすように、母王が滞在していることで部屋は生物を生かすことのできない場所となり、樹木の妖精でさえ近寄ることはできない。息が詰まる状況にロザリンドはどうやって追い出せるかのみに頭を働かせていた。
「クロー‥‥」グローヴをだしに行動を起こそうとして取り止める。
如何に樹木の妖精だとて、母王の機嫌を損ねたら命はない。
「そういえば、シンジュが居ないな」
今さら何を言う!とロザリンドは口から漏れそうになって呼吸を留める。次に開始した時は、まざりものの外気を存分に吸ってむせた。
「シンジュは獣達の前線に行きました。ご存知で来られたのかと?」
「いや。特に彼女を気にする必要はないが、前線か‥‥」
「何か?」
「特にお前は気にする必要は無いと思うが、彼女は帰ってこれないかもしれないな」
「処理が上手くいかねばそれも仕方ないでしょう」
中途半端で帰ってこられれば後々厄介だとは流石なシンジュでもわかっているだろうとロザリンドは母王の言葉を軽く返す。
「では、なくて」
「シンジュではやくたたずと言われるのですね」
「彼女の資質とは関係ない」
「‥‥」
感情のこもらない声で母王は否定した。
声質から自分の反応を暇潰しにしているとは思えず、ロザリンドは嫌な予感に聞き返す。
「‥‥何を知っておいでになるのか」
震えるような小さい声で見上げて睨み付けると、母王は満面の笑顔をはりつけ、子供をあやすようにロザリンドの頭を撫でる。
「お前にだけは伝えるなと言われていてな」
やっと面白くなったと言わんばかりの表情に胸騒ぎが脈打つように胸を痛め付ける。
「誰に!」
「さあね。どうせお前の嫌いな虫の情報だ。聞く気にもならんだろう」
焦って怒鳴るロザリンドの反応を楽しむように母王は話題をちらつかせる。
「情報源がなんであれ、大事な内容は自ら判断いたします。それは、王として聞かねばならない報告でしょう」
「さあ? どうだろう」
無表情に首をかしげる母王の姿はいつもの通りだが、その無関心さにロザリンドは胸中にわき上がる嫌な予感に焦って続けた。
「何をつかんでるんだ」
「悪い言葉だな。獣なんぞに付き合うからそのような言葉を使う」
「獣たちは関係ない」
「王! ‥‥っとロザリンド様」
2人の王の間に割って入るように飛び込んできた妖精が、ロザリンドの様子に怯える。
「なんだ。気にするな、私にも分かるように報告しろ」
下がろうとする妖精に向かい母王は続けるように指示する。だが、相手はロザリンドに伺いをたてるように怯えた目を向けた。
「構わない」
「ニンゲンが攻めてきたようです。前線が森への侵入を防ぎ押し返している様子ですが‥‥」
「なんだって」
「成る程。持たない可能性が在るのか」
「いえ。そこまでは」
「大丈夫という報告がないのだから、持たないのだろぅ」
「‥‥」
二度ほど繰り返されるやりとりの結論は母王が握りしめていた。沈黙を否定と解釈し、満足しない金色の瞳は相手を睨み付ける。
「持たないんだよ」
低い冷たい声でその一言を伝え、にっこり笑うと「よくわかった。ご苦労」と下がらせようとした。
「何がよくわかったのでしょうか」
自分に対し報告された事項を内容の検討もできず握りつぶされる‥‥目の前の光景に少々腹をたて、その意味を問う。
「ここが危険だ‥‥ってことだよ。前線の彼女には気の毒だが閉めなければならない」
閉める。
母王が言う意味は理解できた。
ニンゲンが攻めてきたのなら、妖精のコミュニティを守るため中枢を隔離しなければならない。
それには、多少時間がかかり判断は即座に求められる。今のロザリンドにはその判断は易々とできなかった。
「もう少し情報はないのでしょうか」
「今ので十分だろう。大事無ければ解放すればよい事だ。こんなときに前線に補佐官を送ったのが失敗だな。まあ、彼女らよりもお前は‥‥あの奴隷を心配してるのだろうが」
だが、母王は最初からそれを知って既に「閉めて」いるのだろう。
すべて完了している安全な場所で、いたずらにロザリンドで遊んでいるのだ。
彼女やレタルが前線に居るのもお見通しだ。
知っていれば彼女を送り出す事もなかっただろうに。
■ ■ ■
「レタル」
「ティコか、らしくないな。シュークルの件なら後にしてくれ」
少し慌てた様子のティコは珍しく、レタルは心当たりを口にした。獣にしたら、入り込んできたニンゲン達が悪いのであって、シュークルが妖精を守ろうとした行為は正しいのだから、抗議にも来るだろう。
先の事件の処理が決まってない上に、楓に刃を向ける行為の処分は決定してない。
「違う」
「違う? なんだ」
予想が外れ、他に理由は全く思い付かない。
「城が閉められた。理由は解らない。何か聞いているか?」
「いや‥‥」レタルはシンジュの方を見るが、シンジュは首をふる。
「僕を閉め出すなんて、何考えてるんだろうロザリンドは‥‥」
「そもそも、赤の王の意思だろうか」
城を守るため侵入者を阻むために、森の形状を変えれるのは王だけだ。
シンジュはロザリンドが適切に判断した結果、自分達が閉め出されていると判断した。理由があるならば単純に考えると至極当たり前の行為だからだ。が、こちらには、執着している彼女が居る。自らの手の及ばない範囲に人間を置き去りにするだろうか?
否。
ただの人間なら渋りながら見捨てるだろうが、彼女のためなら獣や妖精の命だって軽んじる思考から行くと、あり得ない。
「僕らの王様はいい負かされたって事?」
それから導き出されるのは、ロザリンドの意見など取り合ってる暇の無い状況だと言うこと。
王は二人いる。
「知らされてないのかもしれない。ティコ、高さは」
「上は見えない。恐らく鳥なら越えられる可能性は」
「じゃあ鳥さんに頼んでみてよ」
「森にはそんなに高く飛べる鳥はいない」
軽く提案するシンジュにレタルは冷静に現実を語った。
「中を探るのは無理って事だね」
原因は外か、中か?
閉めた本人に探らないと分からない。
外が原因なのであれば、辺りを探れば分かるかもしれない。理解する事が危険かも知れない。だから、中に逃げ込まなくてはいけないかもしれない。
中が原因なのであれば、何が何であれロザリンドの側で彼を守る義務がある。それが、レタルやシンジュの補佐官という仕事。
どちらにせよ、中に入るという目的は必須だ。
「レタル‥‥」
「元よりそのつもりだ。二人分足を用意させよう」
「セイ君の分まで気遣ってくれてありがとう」
シンジュはレタルの親切に素直に感謝した。その言葉を聞く前にレタル自体は行動に移していて、言葉が伝わったかどうかは分からない。
「お姫様が側にいなくて、大丈夫かなぁ。ロザリンド」
そんな事よりもシンジュはもう少し小さな不安を口にした。




