たとえ自分の物でなくとも 10
「やばい」
左に居たユーノが消えるように居なくなる。
消えたわけじゃなくて、足が早いだけなのだけど。
目の前でふられる鎌が、根こそぎ世界を変えていく。
目の前の物はそれにふれるだけで真っ二つで、遅れて音と鮮血が吹き出す。
「骨も無視かよ」
気が付けば元の場所にいて何もなかったように、いや、それが平常だと言わんばかりのユーノの言葉に、足が震えた。
「やりすぎじゃないか」
「何言ってるのニンゲン相手に」
『ニンゲン相手に』冷たく言い切るシュークルの言葉が、エコーがかかったみたいに頭の中で繰り返される。
目の前の、それは、人。
鎌を振り回してその姿にしたのはシュークル。
彼女への胸騒ぎは、こういう形で現実になった。
戸惑う私なんか気にしないでユーノはシュークルを怒鳴り付ける。
「樹木の妖精助けるのに、周りを血塗れにして良いわけないだろ! 俺が助けなきゃそれまで血塗れだ」
「あ」
気がついた様にシュークルは表情を曇らす。
「どうするんだよ。ニンゲンこんなにバラバラにして」
「おっさんに説明しないと」
彼女はちょっとした軽い失敗をした程度の態度で、足元に転がっている丸い塊を大きな鎌をホウキのようにはらい道を作ってこっちに来る。
触れて鎌についた赤は、誰もいない方向へ振り払う事で綺麗になった。
「うわ。お前、その臭いは落とすまで近寄るな。嫌がらせかよ」
両手に抱えた樹木の妖精を近づく彼女から退けるように体を動かしてユーノは怒っていた。
吐きそうな臭いは、シュークルからか、目の前のそれからするのか分からない。
「嫌がらせなわけないだろ。面倒な」
イライラを継続してシュークルは私たちの前から姿を消した。
残ったのはバラバラの人間だったものと、私達。
残酷なこの光景の発端は、ユーノが抱えてる、その小さな樹木の妖精だった。
■ ■ ■
朝支度して、部屋と称するテントみたいな場所から出ると、シュークルが水辺に行こうって誘ってくれた。
本当はユーノと一緒に行動しなきゃだめだろうって、思うんだけど‥‥シュークルと一緒ならなんとなく大丈夫かなって、思ってしまって。
せっかくできた、女の子の友達みたいなものだもの、拒否して拒絶されたくないって心理が働いたのが本音だけど。
まぁ。その、快諾して森の中に歩き出してしまった。
これが神様(ロザリンド様?)の逆鱗に触れたのかも知れない。
「多分だれも見てないからさ、カエデもおいでよ」
シュークルが水の中から顔をだす。
たどり着いた水辺、大きさは軽い湖って感じ、それにシュークルってば飛び込んで潜ってしまう。
朝に、誰も見つからないからって、女の子だけの身だしなみタイムってワケデスヨ。
「刀あるから‥‥いい」
ほんとは、本当は、ものすご~くご一緒したい。
毛皮も制服も脱いで水浴びしたいです。
でもね、脱ぐわけにはいかないし、着たまま入るのはもう勘弁してほしい。
正直なそれを言うと、気にするなって強制されちゃいそうだし、色々隠してるコトがなんか悪い方向にばれちゃいそうで、大切な刀を理由にしてみた。
ロザリーとのお約束で、肌身離さず持ってなさいを実践中なんですのよ、皆様。
寝るときも無意識で抱き締めてる姿見てるから、シュークルはそれ以上は何も言わなかった。
刀持って入ればいいって安易な事は言わないんだね。
髪を少し湿らせて、満足いく範囲まで顔を洗う。
今はそれだけで我慢だ。ガマンガマン。
冷たい刺激を両目や両頬にすくって与えていると、なんとなくすっきりしてくるから不思議。身体は一切汚いままなんだけどね。
向こうの世界に居た時は、洗顔後、保湿液ってのを肌に浸してたけど、水を同じように肌が吸収するように、洗うだけでモチモチする。気がする。
そんな感じで身だしなみを楽しんでいる私に向かって、凄いスピードで水の中を近づいてくる影。
音を立てずに水の中からかおを出したのは、さっきの表情とは全く違うシュークルだった。
「‥‥カエデ」
「な‥‥なに?」
「私の鎌とって」
シュークルの穏やかじゃない表情にあまり従いたくない。
武器を手にするってことは、身の安全を守る必要性があるって、事だ。
でも、危険だって想定してるなら、無視するわけにもいかず‥‥水際に置いてある大きな鎌をシュークルに渡す。
「どうかしたの?」
「聞こえなかった? あれは樹木の妖精の悲鳴だよ、結構遠いけど」
シュークルが動いて発生する水の音でさえ気がつかないというのに、どこで出してるか分からない悲鳴なんて聞き取れない。しかも結構遠いって言うし。
「こんな所に樹木の妖精がいるのが不思議なんだけど」
ロザリーが言ってた。
樹木の妖精は、ほとんどが城に集められ‥‥
あれ? ユーノが言ってたかな。まぁいいや。
お城の中に閉じ籠ってる。
それは、あの致命的な弱点のせいだけど、だから、好き好んでウロウロする輩は居ない。
と、思うんだけど。
ほら、なんかこうプライドの塊みたいな方々ですから、汚れちゃう森の中は汚らわしいとか言ってそうで、城以外にウロウロしてるイメージもない。
「別に珍しい事ないだろ、森の中で樹木の妖精に危害加えようだなんて奴はいないし、遠慮する必要はないんだから。たまには、前線近くまで来ることもあるだろ、ここいらの木だったら」
「ここいらの木?」
確かに、あんなギスギスした世界だけに閉じ込められるのは地獄かもとは思う。それが、樹木の妖精も地獄って考えてるかは別として。散歩したいのはよっくわかる。
でも、ここいらの木ってなんか特殊なのかしら、見てる感じ普通の木にしか見えないけれど。
樹木の妖精様方も特別視してるって意味なんだよね‥‥??
私達がたどり着いた先には、人間の男が数人。
また、侵入してきたのだ。
私と対話できなかった最初の人。
私を誘拐した人。
森に入ったせいで、この世から存在を抹消されたのに。
本当に懲りない、何も学習できない、お馬鹿な生き物だ。
「ニンゲンがなにやってやがる」
悲鳴はあの子が出したのだろう。
人間達に抱えられた小さな樹木の妖精が見えた。
薄い緑色の淡い髪しかこちらは見えない、抵抗もせずただ抱えられているのは、何らかの方法で気を失ってると考えられる。
人に樹木の妖精が抱えられている絵ってありえない。
ものすごく異常事態だ。
「連れて行かれるのは、私が止める。カエデはおっさん呼んできて」
「シュークル独りにしておけないよ」
私が前線まで戻って帰ってくる間に、シュークル独りに対応をさせるのは心配だ。
初めて出会った、この世界の人に味合わされた嫌な思いが込み上げてくる。同じ事にはならないけど、女の子独りでなんて絶対嫌だ。
「じゃあカエデが助けるの? 無理でしょ。私達はあの方を守ってあげなきゃだめなのよ。カエデが味方を呼びに行くまで、私が耐える。一番確実な方法」
力一杯背中を押して、シュークルは人間達の方へ走っていった。
押された勢いで、体勢を崩してしまい、私はそれを止められなかった。
駄目だって一番理解してるのに。
前線目指してとりあえず走る。シュークルと湖向いて歩いてきた距離はそんなに遠くない。
走ればきっと間に合うだろう。
「やっ」
上半身を押さえ込むように、何かが進行方向を遮った。
うっかり漏れた悲鳴に「驚きすぎ」ってのんきな声が聞こえる。
この声は、ユーノだ。
「探したよ姫。勝手に歩き回らないでよ。朝から姿が見えないから焦ったし」
「ユーノ、私。前線に戻らなきゃ」
「言わなくても戻ってよ。姫。何かあった?」
軽いトーンから、疑問符までに口調が変わる。
何も言わなくてもユーノは何となく異変を感じてくれてる様だ。
「レタルさんを呼んできてって、シュークルが」
「は? 珍し‥‥そのシュークルは」
「あの方を守ってあげなきゃダメって、その場に‥‥」
「どっち? 案内して」私の話を最後まで聞かず、ユーノは手を引く。
私が走ってきた方向だっていうのは分かるだろうけど、具体的な場所を把握するため、私の指示を待つ。
シュークルはレタルって言ったけど、ユーノに現状を理解してもらって、走って行ってもらった方が速いと思う。
本当は、嫌な予感が込み上げて胸を中から攻撃してくる。誰かを連れて早く彼女の元に戻りたかった。
ユーノを連れて、話は冒頭に戻る。
シュークルが振り払った鎌で、樹木の妖精を抱いていた人間達はバラバラになり、森は残酷な赤が散らかる。
シュークルが『あの方』と言った妖精はユーノに抱えられ、気を失ったままだ。
「カエデ? どうしたの」
簡単にユーノはどうしたの?って聞く。どうしたのって、目の前がバラバラの肉片と血の海でどうしてそんなに平然としてられるの。自然と香る森の匂いをかき消し、吐きそうな生臭い臭いがまとわりつく。樹木の妖精じゃなくても、こんな臭い耐えられないよ。
「あー。もしかして苦手?」
ティコ達には平気って聞いてたんだけどな‥‥ってユーノが呟く。
平気なわけないだろう!
心の中で抗議はするが、口に出して話をする気がしない。
「レタルくるまで、動きたくないからなぁ。目の届く範囲でなら、離れてもいいよ」
ユーノが言う目の届く距離はどれだけ離れるのか分からないけど、この臭いはきっと離れても変わらない。
それでも、少しだけ逃げたくてユーノと現場から少し距離をおいた。
ちょっと離れたら、ユーノは声をかけてこないから、今は、臭いなんかより、ユーノ達の感覚から逃げたかったのかもしれない。
「お待たせ☆」
「遅い。シュークル、スピード落ちたんじゃないか」
「あんたが、臭い臭いって言うから取ってきたのよ」
「あれ? カエデどうしたの」
「シュークル様が起こしたあれが嫌なんだって」
ユーノがとりあえずな説明をすると、あからさまに嫌な顔をしてシュークルが言い放つ。
「こんなのここじゃ大体普通だし、お嬢様はお城から出なきゃよかったのよ」
ドラマで聞いたようなセリフに世間知らずのお嬢様を自覚する。
もともとは何も知らないからここに来たのだから、それは前から知っていたこと。
確かに、お城に居ればこんなことは分からないまま、ロザリーと過ごしていたに違いない。
でも、知らされないだけでこれは事実なのだ。
彼女達が日常のほんの一欠片にしか感じないほど普通の話。
これも、兵士の常識。
彼女達がマヒしてるのじゃなくて、これが当たり前。
苦手は嫌いなだけで、耐えれないわけじゃない。
「大丈夫、びっくりしただけ」
それに、臭いは少し慣れた。
言葉を吐き出す際に、吐き気はもうしない。
何も感じなくて壊れたんじゃない、長時間さらされて、慣れたんだ。
「相手がニンゲンの時点で普通じゃないな。シュークルの普通は非常識だよ」
ユーノが言うように、問題はニンゲンをこんな形にしちゃった事。
あれ、でも。
私ってば、前に人を殺してしまった現場に居た。
これが初めてじゃない、
よね?
現場を確認して、近くに来たレタルにそれを伝えなければならない。
「レタルさん。前にセイが」
思い出したくないけど、
初めてこの世界の人と接し。その悪意に嫌悪した。
「セイ?」
「シンジュの契約者の人間って言えば解るのかな」
「黒の悪魔か、奴がどうした」
「私がセイと侵入してきた人と話をしに行った事あったじゃない。あの時、その‥‥」
結果は伝えてあるからレタルは知ってるハズだ。
お話って名目で盾にされた私は、その命を奪って押さえ込んだ。
その後は、ただ泣いてただけだから見てないけど、武器を回収した森には、彼らの死体はなかったように思う。あったのは、生臭い袋だけ。
きっとその中に、入ってたんだと思う。
「聞かなかったけど、セイが何もなかったようにしてくれたの」
きっとそれが、あの時の本当の彼の仕事。




