たとえ自分の物でなくとも 4
「カ‥‥ぁっと」
ロザリーの声で、目が覚める。
どうやら、地面を寂しく見つめている内にいねむってしまったみたいで。
眠りが浅かったのか、気持ち悪い口ごもり方の声に、体が反応した。
今の変な止め方は、私の名前を呼ぼうとしてくれたのだ。
と、思いたい。
よく考えたら、カースティさんも私も、頭の文字は『カ』なんだ。
顔を上げて、視界に入ったのは元気な姿のロザリーと、いつもとかわらない、厳ついもふもふ。
「ユーノは‥‥王を引きちぎって逃げ出したようだな」
レタルの表情はいつもと同じで、堅いまま。落ちてる木々の欠片を摘まむように拾い上げて言う。
王を引きちぎるだなんて――言葉尻で其処に居ない妖精を責めているんだと思い、彼の思考に口を挟んだ。
「違うの。私が斬ったの」
私の言葉に、一瞬だけ此方を見て、再度木々の欠片に視線を戻した。
「確かに、引きちぎったというよりは、綺麗な切り傷だ」
引きちぎる。
痛々しい言葉。厳しい口調。
それがとても重要な問題だと私に理解させるのだ。
見た目は、全くわからないけど、ユーノの言う通り王を傷つけてしまったのかしら‥‥
「ユーノが言ってたの。体は大丈夫? ロザリー?」
大丈夫って言ってもらうための質問に発してから後悔したが‥‥ロザリーは驚いた表情をして、直ぐに笑顔を作る。
「大袈裟だな。ほんの少し痛いだけだよ」
「痛いの!」
見た目はどこだなんてわかんないんだけど。
痛いんだって、どっか傷ついてるんだって。どうしよう。
取り返しがつかないよう。
「いや。感じないぐらいの‥‥」
「ごめんなさい。知らなくてごめんなさい!」
「だからさ、痛くないから」
「ごめんなさい‥‥」
「----知らぬとはいえ、王を傷つけた罪は罪だ」
気を使って無事を訴えるロザリーに謝る事しか出来なくて、繰り返される繋がらない会話をぶったぎったのはレタルだった。
そう。
彼が言うように、これは罪なんだよ。
「罪などと、お前に決められる必要はない! 根の破壊が彼女の意思なら、私が咎める理由は皆無だ。だって知らないのだから、仕方ないだろう」
「他人を傷つけちゃうんだから、たぶん。知らないって事は罪だよ」
「そうじゃない。知らせたくない理由もあるんだ」
慌てて取り繕うかの様な言葉が障った。
知らせたくない‥‥こと?
私に隠したい何か?
それは、私だから知らなくていいこと?
そうやってロザリーにまで仲間はずれにされるのは、正直いやだ。
「それでも、あなたの――妖精の事。知っておくのは必要だと思うの」
必要だなんてごもっともな言葉。本当はね、必要というより、知っておきたい
知らないだなんて、一番酷い。
「‥‥」
黙ったままのロザリーは選択できない。
「だからレタル‥‥さん」
今の生意気な発言はロザリー機嫌を少し損ねた事だろう。
ここでダメって言われたら、きっと願えないだろう。
「王が‥‥ロザリンド様が教えてくれない常識を教えてください」
だから、レタルにお願いした。
レタルは表情も変えずロザリーを見て、私を見る。
何を言ってるって怒られるかな?
それとも人間となど会話をする気はないって無視されちゃうかしら。
今まで、普通に接してくれてた彼が、後者な態度をとることは無いと思うけど。少し心配になる。
「私が教えられるのは、森の獣――――兵士としての常識だ」
心配を直に打ち消したレタルの返事に考えさせられる。
兵士としての常識。
それはたぶん。
ロザリーを守るため前に立つための常識。
今、セイに頼んでしてもらってることと同じ事だろう。
「構わないわ」
「簡易に承諾だな。前線に連れ出すぞと言っているのだぞ」
「何を言っている。そんな場所にあなたを行かせられるか!!」
行かせる‥‥
そっか。それを学ぼうとすると其処にいく必要があるのか‥‥
必要があるなら、行かないといけないよね。
ぜんせんって何か分かんないけど。
側にいると、ロザリーの見ているものが気になるから。
むしろ今は、側にいない方が楽なのかもしれない。
「大丈夫。必要なら何処にでも行くわ」
「いい心がけだ、だが前線に連れ出すとすると、そのままの姿だと、皆の士気が乱れる」
「よく分かんないけど、‥‥って言うけど、どうしようもないじゃない」
何が悪いというのだろう‥‥。
私の姿に士気が乱れるって失礼なことを言う。
私一人が何を乱すんだって?
「あなたが今から向かおうとしているのは‥‥兵士達が敵を見張っている場所‥‥」
なんだって?
「獣達や虫が襲ってくる敵をいち早く排除するための場所」
淡々とロザリーがつぶやくように吐き出す。
表情は見えないけれど、いつもと違って冷たい口調が後ろから武器を突きつけられ脅されいるようで‥‥。
笑顔が見えないだけでこんなに怖い。
いや。
怖いのは、ロザリーではなくて、その言葉かもしれない。
ぜんせんって所は、危険なところなのだ。見張っている敵が近くにいれば、排除するための戦闘があるかもしれない。
今は停戦中だって言っても、この間のように、簡単な傷付け合いがあるかもしれない。
そもそも、敵って‥‥人間のこと。
人間と斬り合わなきゃならないかもしれない。
「姫だからって常識がストッパーになる程度の感情は人間には持ち合わせてないものもいる」
「レタル、彼女を連れ出すなんて事。僕は許可しない!」
ロザリーの怒る声で充満するいい匂い‥‥。
いつもと違って、濃くて‥‥だんだん息が苦しくなる。吸い込むのが苦しくて、口元を押えてしまう。
これってば、ロザリーが怒ってるからこの匂いなんだよね。
そりゃ、駄目だって言ってる横で無視して話進めてるんだモノ。怒るよね。
だって、「いい?」って聞いたら、ダメって言うだろうし、言われちゃったら話が進まないじゃん。
口を押えて膝をつくレタル。
動物さんだから、この匂い私より辛いんじゃないだろうか‥‥なんて、考えてたら私も意識が朦朧としてきて‥‥このままだったら、前みたいに意識を失っちゃう。
眠ってる間に、何処にもいけないようにされても困る。
「ロザリー‥‥」
「そんな場所で、目に見えているのに」
立ってるのも結構辛い。早く止めないと。
「あなたが許可しないのならば‥‥自分で抜け出して探し出すわ!」
「な‥‥」
「怒りに任せて、当の彼女まで殺してしまうつもりか」
ロザリーの表情が怯えた感じに変わり、離れるように後ろに下がる。
風が吹き込むように違う感覚を吸い込むと、香りは拡散され、ほとんどしなくなる。
息が楽になった事で、彼の怒りも拡散されたのだと理解する。
確かに息は苦しかった。
まぁ、匂いなんかで死ぬことは無いだろうから「殺してしまう」ってのは言いすぎだと思う。
んでも、ロザリーが驚いて引いてくれるきっかけになったのだからとりあえず黙っておこうね。
「別に王が心配するような、危ない事をさせる気はない。前線と言っても、今の停戦期に何がある? つい最近まで何があった? 知りたい欲求があるうちに理解させる。大切なことだ」
表情を変えないままのロザリーに追い討ちをかけるようにレタルは続ける。
レタルがいう言葉はロザリーを説得するのと同時に、私を安心させた。
だって、自分行きたいって言ったものの、怖い思いなんかやっぱりしたくない。
停戦時期なのだから、何も無いのだと。言ってくれるのだ。
「しかし、人間の姫として連れ出すのは危険だ‥‥」
さっきいいかけた、ストッパーが効かない程の気持ち。
それって、間違いなく、私にとって安全じゃないんだ。
せっかく安心したって言うのに、違う危険さがあるとショックを受けた。
姫だからって大切にしてくれる、姫だから人間だって軽蔑する。
「なら。獣に化ければいい」
ロザリーが呟くようにそう言う。
「化ける?」
当然、意味がわかんなくて聞き返す私がいるんだけども‥‥化けるって、こう妖術的ななんかあるんだろうか?
「以前あなたが身を呈して助けてくれた牡鹿は覚えている?」
ああ、私がビリビリになった原因の、悪名が高くなったあれね。
ユーノが「殺さないで」って口癖になる原因の‥‥
「僕だけじゃなく。母上もおなじ様にあったんだよ‥‥その相手は、熊の妖精だと思ってたけど。調べたら熊の毛皮を着た人間だったんだ」
「毛皮‥‥」
「そんなもの羽織るだけで王の執務室までたどり着ける。逆に、あなたに毛皮を着せれば、誰も人間だなんて言わない」
「妖精は、目ばかり頼る。獣としての五感は、退化してるからな。言われなければ、疑問にすら思わん。実際、本物の毛皮を着ている奴もいるからな」
毛皮って‥‥コートな奴じゃなくて、絨毯的な奴‥‥かなぁ。
でもでも、そんなことより。そんな提案をしてくれるのだから許してくれたのかしら。ってことのが気になるよ。
「なるほど、毛皮は何とかしよう。とりあえず明日だ。今日は執務に戻れ」
そうだよね。執務を放置してここにいるのだから、草のイケメンさんなんか、また大怒りだよね。
「そうする‥‥いくよ」
レタルの言葉にロザリーは答え。当たり前のように手を引いてそう言った。
私は、今までの話がなんか気にしてないかのように手を引かれ「うん」と情けなく返事を返すのだけど、ちょっと前までのやり取りがあったのだから、こうね、なんとなく気まずくないのかな‥‥と握られた手を見てしまう。
「王‥‥人間が獣に化けて王を狙ったなど、獣である私に伝えるべきではない」
「私はお前が真実を知ったからと言って、人間に敵意を向ける小さい存在だとは思っていない」
横を通り過ぎる時に、こっそりレタルとロザリーが交わした会話。
レタルは味方だって思ってもいいって認識したけど、獣の妖精はやっぱり人間に良い意識をもっていないらしい。
決断はやまったかなあ‥‥って思うけど、もう絶対撤回できないし。
ロザリーの機嫌損ねて、自らの身を危険にさらす約束をする。
私ってばどんなけマゾなんだろうかって話だよ。
「ロザリー?」
「何‥‥」
「ごめんなさい」
「別に謝る必要はない。レタルの言う通り、学ぼうとする要求があるときが一番受け入れやすい。効率的なはずだ」
「何を学ぶつもりか知らないけど」
意思無く付け加えた彼の言葉の回答は今はあやふやだ。何を知らなければならなくて、何を知ってはいけないのか、そんなこと誰も教えてくれない。
分かってるのは、私が自ら知識を蓄えようとするのは、レタルにはよくみえて、ロザリーには許しがたいのだろう。
妻は自分が与えた知識だけ持っていればいい的な。
うーん。第三者的に考えるとどんな束縛だって嫌悪するんだけど、実際好意を持った相手だったら、悪くはないんだよね。
妻ってのは、仮の話だけど。
ただ、率先して怒りに触れるのはイタダキタクナイ。
「ごめんなさい」
「謝るなら‥‥望まないでくれれば良いのに」
ごめんなさい‥‥
マゾい選択をしてごめんなさい。
ごめんなさい‥‥
要らない心配かけてごめんなさい。




