たとえ自分の物でなくとも 3
「痛‥‥」
胸に手を当てロザリンドは小さく悲鳴を上げた。
「大丈夫か?」
原因は分かりきっているから、うっかり声を上げてしまったことを後悔する。
痛みなど僅かすぎて、針がチクリと刺さった程度だというのに。
だが、隣に立つレタルは仕草も声も届いていることから、隠しだてしても仕方ない。
「ああ‥‥ユーノが元気なだけだよ」
「ユーノが根を傷つけたか、問題だな」
「大事ではない。彼かどうかあやふやな内容で結論をだすな」
王の体に傷を付けたなど、大問題だ。
故意でなくとも処罰する‥‥レタルはシンジュみたいに適当な男でもない。
犯人がユーノで、痛みの原因が彼であると決定付けられていれば、何もしない男ではない。
もし、ユーノが原因者だとしても、彼に何か企む頭があるだろうか?
それよりも、信頼できる駒が一つ減る方が大問題だ。
これから、新しい問題が発生するかもしれないのに。
「今は、あの人間が先だ」
前方には、不安の種‥‥連行されてきた人間がいる。
「はじめまして。あなたが妖精の王様ですか?」
彼は、怯えたり、緊張して動揺する様子もなく、ただゆっくりと微笑んだ。
「貴殿が呼びつけたのだろう」
敵意のない証拠として、人間に微笑まれるのは珍しい事だが‥‥姫や楓のように安心できる何かを感じることはない。
この男の笑顔は、睨み付ける視線よりも危険だと、頭の中に警告が走る。
「本物が出てきてくださるとは思えなかったので」
ロザリンドの姿を見下ろして彼は言う。
距離をとったままだが、この小さな姿を疑う態度はよくわかる。
クローヴが其処にいれば、怒りだしそうな挑発だ。
レタルは気にすることもなく、ただ相手の動きを睨み付けていた。
「下手すれば森の獣の餌食になるかもしれないのに、危険なこの地に足を踏み入れてまで伝えたい内容を直接聞いてやろうと考えるのは当たり前ではないのか」
「内容はお伝えしましたよ、この間のカースティ姫誘拐の件について‥‥」
相手が言う内容は、レタルから耳打ちされていた。
分かっているハズなのに、『カースティ』と名前が出るだけで嫌な汗が吹き出す。相手に動揺を悟られないように、黙って続きを待った。
「実は、私、あの屋敷の持ち主の身内でして。狼に食い殺された奴の非礼を詫びると共にご提案をと」
「提案? 狼に対する抗議の間違いだろう」
「いえ。提案ですよ。姫は人間にも大切な方。もし、ここでの警備が頼りなく‥‥姫の安全性を確保できないのなら、双方に不都合が生じると考え――」
「彼女はあの屋敷には居なかった」
相手の言葉を打ち砕くようにロザリンドは言葉を吐き出す。
「いや。屋敷って、事実‥‥」
「姫は、ずっと森の中。私の執務を手伝わせていた。人間に捕らわれて、君たちの屋敷になど行ってない。なんなら城のものに聞いてみるか?」
各所にわざとらしい事実をまぜこみ、挑発するように続ける。
「誰も知らないぞ」
楓が城から居なくなり人間の屋敷に捕われていたのを知っているのは、話に出た狼たちとほんの少しの妖精だ。
実際、彼の質問を誰かが受け付けたとしても、ロザリンドの意図した回答しかありえない。
「‥‥そうですか。安心しました。僕の勘違いで」
相手は、ロザリンドの言いたい内容を汲めたのか、素直に引き下がる。
「うちの誰かを連れ去った事実は事実だ。狼はそれを連れ戻しに行っただけのこと」
ただ一方的な虐殺なのではなく、略奪に対する正当な報復だとレタルは付け加える。
『だれか』と『人間の王族』では価値は全く違う。
彼の言うカースティ姫は事実、人間の屋敷には、いってはいない。
■ ■ ■
ユーノが怒って飛び出すように出ていった。
誰も居なくなった空間でロザリーを待つ。
何もすることがないから、考える時間は沢山あって‥‥
でも、考えたくない事も沢山あって、待つ時間は苦痛だ。
――――この根は王だ。王の体の一部だ。そんなことも分からないなら、お前は側にいるべきじゃない!
ユーノに怒鳴り付けられて‥‥その重要さに気がつかされる。
怒鳴り付けられたショックよりも、私の指示でロザリーを傷つけてしまった事実がとっても辛い。
だって、知らなかった‥‥では済まされない。
見てないけど、現に彼が傷ついているのだから。
早く。
大丈夫だよって‥‥
あの入り口から迎えに来てくれないだろうか。
彼の重症度は理解できず、確かめようにも、ロザリーの居場所もわからなくて。ただ、言われたまま待っているしかない。
でも重要な事は、誰も教えてくれない。
何も知らないのだからって、親切に誰か教えてくれるって馬鹿みたいに待っている訳じゃないけど。
それって私が聞かないからなんだけど。
でも、聞く切っ掛けって今しかないんだよ?
何かあったんだって時しかわかんないじゃん。
だから、タイミングが合うときは手遅れなのだ。
全てにおいて‥‥手遅れなんだ。
■ ■ ■
城からすこし離れた森の中。
ユーノを自由にした男、道雪は、その長い刀を握り、入り口が目に届く位置で座っていた。
入り口から笑顔で彼に向かう男が一人。
「あ。いたいた。ドウセツ君」
「話は終わったのか」
「うん。円満にね。まぁ、ここまで来たからその結果なのかもしれないけど。君がいるだけで、ここまで来れたんだ。ほんっと黒髪ってすごいね」
彼の口調は満足げで、抱えていた交渉事が思惑通りに進んだことを伺わせる。
彼は、ロザリンドにカースティ姫の守護を申し出た男。
中で対話を終了し、待ち人を探して外へ出てきたのだ。
「そうそう。妖精の王様って小さな女の子みたいな子供だったよ」
「‥‥お前にとっての円満ならば」
「うん。君にとっても、いい話さ。兄とその使用人達が殺されたんだ。意味もなく、理由もなくだよ。あんなむごたらしく‥‥」
「理由はあった。悪いのは‥‥」
森の誰かを誘拐したその兄だと道雪は続ける。
「だって王様自ら、その事実はないって、言ってたんだよ」
先ほどロザリンドに確認した事項を満足げに語る。
レタルの忠告は無視だ。
王が言う。兄が誘拐した、人間のお姫様は森の中にいた。彼女は『誘拐されていない』らしい。
森の獣達は何かを奪いに‥‥屋敷に来て、皆殺しをして帰った。
その何かは? こちらとしては未確認だ。
本当にあったのか? 誰も証明できない。
「‥‥悪趣味だな」
「えー。僕が悪いのかい? 欲しいものは、ちゃんと正々堂々と大義をつけて奪わなきゃ」
「略奪に正々堂々など‥‥それに、お前の兄は」
続きを語らせまいと道雪に男が刃物を突きつける。
「君は僕の奴隷だろ。意見は許すけど、主人を否定するのは如何なものかな」
突きつけたタイミングで口は閉ざしたものの、道雪は意思の無い瞳をその刃物ではなく男へ向けた。
怯えない相手が面白くなかったのか、男は不機嫌な表情のまま続ける。
「まぁ、君には刃物なんて脅しの道具にはならないんだろうけど」
そう言うと肩口に力のまま差し込む。差し口から鮮血が滲むように溢れ、衣服を赤く染めていった。
「それでも痛いよね」
道雪は悲鳴も上げず表情も変えず。ただ、刺した相手を見下すように見ていた。
「なに。怒ってるの? 僕は君に戦う機会をあげるって言ってるだけ。やり方の良し悪しは問うてる場合じゃないでしょ。戦争ってそんなもの‥‥あ、君達は合戦っていうんだっけ」
道雪を咎めて満足した男は刃物を引き抜くと捨てる。
血がついた刃物は無機質な音をだして転がり、傍にある石や木の根に赤い色をぶちまけた。
「ねぇ。カースティ。今日は会えなかったけど、いつ君は、僕の手元に収まるのかな?」




