手のひらの花びら 2
彼の名前はロザリンドと言うらしい。
女の子みたいな名前だねって、うっかり口走るのは私の悪い癖で‥‥彼は照れたようにただ笑う。
手からお花を咲かせた彼は、森の樹木の妖精。
いわゆる『木』や『花』とか『草』の眷属なんだそうな。
この国には他にも、大きく分けて、森の獣の妖精、森の昆虫の妖精とがいて、
彼が言うには、命令系統は樹木→獣→昆虫となっているため、ロザリーの傍にいれば私の身の安全は保障される。
政略結婚のあたりから想像していたことだが、ロザリーはこの国の王様なんだそうな。
で、怖くて綺麗なお母様も、王様。
んー。現職が顕在なら、ロザリーは王子様なんじゃね?って思っちゃったけど、王の直系は全て王らしい。
子供なのに王様だなんて‥‥大変だよね。
「ねぇ‥‥他の日本人に会いたいって言ったら、わがままなのかな?」
ど‥‥いや、召喚されてきた人間は他にもいるって言ってたし。
会ってみたいと思うのは至極当然で、もし女の子だったらいいななんて‥‥
「僕としてはあなたが他の誰かと話をするのはあまりお勧めしないのだけど‥‥一人は辛いだろうからね」
複雑な表情で考え込むと、窓の外を見る。そして気がついたように、そこから見える位置に立っている彼を教えてくれた。
遠くからでも良く目立つ黒い髪。学生服なのかな、着てるのは。女の子じゃなかったのが残念だけど‥‥たぶん私と同じ年齢ぐらいの日本人。
「あなたのために約束をしましょうか。彼以外の人物に接触はしない事。動くときは武器を携帯する事」
「武器って」
ベッドに置かれた刀の袋を指差すとロザリーは頷く。
「武器さえあれば何かあっても身は守れるし。他の人物に接触しなきゃあなたが偽者だって気付かれない」
武器って、刀が武器って‥‥
無理。
ムリムリムリ、
確かに、手入れしてるから切れるけど
当たり前だけど。私、人なんか切ったことないんだよ。
それで戦えって、何とですか?
■ ■ ■
彼は、近くでよく見れば着ているのは学生服じゃない。
ミリタリー‥‥でもファッションに見えなくて、本物の軍服に見えた。
軍服に、日本刀を携帯。
帽子はないけれど、邦画に出てきそうな感じ。
マニアの人だったら何とも言えないけど、軍服なんて支給される仕事ってなんだっけ。
自衛隊?
消防士?
警察官?
違う気がする、あとなんだろう。
「俺に何か用か?」
彼の方から声をかけられた
睨み付けるようにこっちを見てる‥‥
いや、すっごく睨まれてる。
そりゃ目の前で、職業を想定して思いを巡らせてたら気になるよね。
よくみれば刀に手をかけてるし、すっごく警戒してるみたい。
って言うか、怖いよ。
「あ、えっと」
ロザリーには会いたいなんて言ってみたが、知らない人に話すのって勇気がいるよね。
全く言葉が出てこない。
はじめまして
こんにちは‥‥じゃないよね。
何の用だって殺気殺して刀構えてる男に何と返事を返せばいいのかしら。
怖いよ‥‥ロザリーの所に帰りたい。
「その服、あんたも同じか‥‥」
何も言えず色々考えてたら彼はそう言って柄から手を放した。
何が同じか分かんないけど、よかったぁ。
知らない人と出会って何にも気にせず話ができるのって、ドラマだからだよね。
現実はそう簡単じゃない。
「俺は帝国陸軍第48師団所属。
憲兵上等兵、神原清。陸軍憲兵学校を卒業し台湾へ配属になるだろうと決まった頃ぐらいに家族に報告もできずここにいる。配属前に憲兵上等兵と名乗るのはおかしいのかも知れないが‥‥」
彼は知らない私相手に、饒舌に話す。
人見知りしてるのって私だけ‥‥なのかな。
自己紹介がとても長くて簡潔だ。
難しい言葉ばっかしだよぅ。
「けんぺいじょうとうへい?」
一番重要だと思う言葉を聞き返した。
重要な事は二回いいました。ってよく言うじゃない。
だから、二回言っていた言葉。
その言葉は全く知らない。陸軍何とかって言っているのだから自衛隊の人か何かなのだろう。
自衛隊って、陸海空で部隊が別れてるんでしょ。
私は自衛隊の階級なんて知らない、
彼がいうのだからそういう階級もあるのだろうと言うことにして。
知らなかった、自衛隊って台湾にも配属されるんだね。
「たった五年ぐらいでそんなに時代も変わらないと思っていたが、もう俺の知っている言葉は通じないのか」
ため息混じりに彼は言うと
「それとも女学生に薙刀ではなく刀を持たしている時点で、教育をする余裕もなく戦争に駆りだしているのだろうかと予測しなければならなかったのか」
私に聞こえないようにか、小さい声でブツブツとつぶやき始めた。
内容は私に少し失礼な言葉、でもそんなことで腹を立てるよりも気になる言葉があった。
「戦争って、やっぱり日本の自衛隊は戦争をしているのですか」
つぶやく言葉の中に戦争というフレーズがあった。
友達の中には冗談でそんな事を言う子が居たが、本当のことだったのかとたずねてみる。
「じえい隊?」
ただ、セイは私の質問に答えるのではなく、そうたずね返してきた。
話がかみ合ってない事に気が付くとひとつ思い当たる節がある。
彼は同じ時代の人間じゃないのかもしれないということ。
何故そんなことを思ったのかと言うと‥‥
ごめんなさい。勘です。
ま、まぁ。勘にだって理由があるんだから、説明すると。
まず、この世界の存在自体が常識として当てはめられない。
だから思いつくまま考えてみたわけで。
彼は日本人で間違いない。
でも、自衛隊を知らない。
さらに、私のことを『女学生』なんて言う。
まだ使っているメディアはあるけど、通常会話で決して使わない言葉。
どんなじいさんだよって感じ?
そして戦争を知っている。
確認できる事はこれだけだけど、多分間違いなく私より昔の日本人だ。
「あなたが日本に居たのは、西暦何年なのでしょうか」
「西暦って‥‥昭和18年は何年になるんだ」
「しょ‥‥」
予想はしていたけど改号前の年号が出てきた事に驚いて言葉に詰まる。
確かに平成に戦争はないよね。
一息つけるつもりで深呼吸をしてから話す。
「私は昭和から改元された平成から来ました」
「へいせい?」
「恐らく、貴方が居られた世界の50年ぐらい後の日本です」
具体的に時代がちがうのだと話をすると、セイは目を見開いて驚いていた。
「なるほど、5年だと思っていたのが50年だったとは」
納得したと思わせる言葉であったが、納得してないのは声から想像できる。未来の話なんてされて理解できるわけがない。
「あんたが俺の未来なのだとしたら、大日本帝国はどうなった。女学生まで帯刀しているなら、まだ戦争は続いているのか?」
「戦争は日本が負けて」
「負けただと、おかしなことを言うな。私がいた頃は奇襲が成功し優勢だとラジオで言っていた」
「‥‥」
歴史は真面目に勉強してなくて、彼が言う奇襲とは何を指してるかわからないけど、色んなドラマを見てたから分かる。
当時は、そう言って奮い立たせていたはずだ。
何処までが真実かはわからないまま、ただそれだけを国民に伝えることで、軍の正当さを伝えた。
「でも真実です」
セイに嘘だと言えば、終わる話をあえて真実だと伝える。
自己満足だと言われればそれまでだけど、私は嘘はつきたくない。
存在が彼女に化けてる時点で嘘の塊なのだけど。
‥‥そう。嘘つきだよ。
私も沈黙。彼も沈黙。
しばらくの無言の後、やっとセイが口を開いた。
「で、あんたは俺に何の用だったんだ?」
「あ、いや。用事は特にはなくて、同じ日本人がいるって王が言うから」
そう言うと彼の表情が嫌そうに変わる。
ロザリーの話題はだめだったかな‥‥そりゃあ、奴隷なんだもんね。
妖精の話は嫌なんだろう。
「へぇ。王?じゃあ君の飼い主は王様なのかな」
目の前の彼じゃなくて私の後ろからそう言われた。
不機嫌なセイの視線は私の後ろを見ていた。
「王は飼い主ではありません」
振り返り声の主を確かめると、線の細い青年だった。
微かに香る花の匂いがロザリーと同じに思えた。
髪も黒くないし、妖精なのだろう。
「だって君。ニホンジンなのだろう」
え。
なんて言いました?
今のやりとり、どこから聞かれていたのだろう。
セイ以外に接触しちゃだめってロザリーに言われたのに。
とりあえず、会話をしなければまだ有効にしよう。
ロザリーは怒らないと思うけど、約束は約束なんだもの。
私が黙っていると「大丈夫。政略結婚した人間のお姫様が実は異世界から奴隷召喚されてきたニホンジンだなんて、誰にも言わないから」と微笑みながら言った。
私が姫だって事が分かっていて、私に日本人なのかと問うのか。
真実と彼の解釈は少し違うが、人間の姫が奴隷召喚の日本人の私って事が解れば、ロザリーの努力が無駄になる。
「まぁ黒の髪でバレバレなんだけどね」
黙ったままでいると相手は続けた。
「髪の色なんて簡単に変えられるでしょ」
「その発想が異世界から来たって証拠だね。髪の色を変えるなんて僕らは方法を知らない。」
不用意だね‥‥と意地悪そうに笑う。
黙ったまま肯定と取られていたほうが、確かにましな結果だった。
これで私は奴隷召喚された日本人ですと相手に自白したのと同じである。
「どんな事が不用意な発言になるか、考えて話をしたほうがいいよ」
そう言って彼はセイを連れて行った。
どうしよう‥‥
一人残され青ざめるしかない。いや、青ざめてもムダだ。
対処法としては、
持ってる武器で何とかする?
そのいち。斬りつける。
無理。ムリムリ。
振り回すのは大丈夫だけど、人っぽいものを斬るのは全く無理。
そのに。殴りつける。
‥‥出来そうかな。
って考えてる間に、もう姿がないよぅ。
しかたない
ロザリーに早く報告しなければ‥‥。
「うーん。ほっといて構わないかな」
「な、何で!!‥‥ですか?」
上げてしまった大きな声を抑える。
ロザリーは柔らかく笑うと「彼はね、変なんだ」と言った。
は?
いやいや。変とか関係ないから。
「しかも、ちょっぴり嘘つきなトリックスターだから誰も言葉を信じない」
トリックスター‥‥
妖精にも、イタズラ野郎がいるんですね。
でも、
「そういう問題じゃなくて、誰か分かってるんですか」
私は彼の説明をしていない。
「シンジュの香りが残っているし。
僕の匂いがするあなたには、妖精なら怖がって誰も近寄らないのに、自らの香りを着けるなんて嫌がらせするのは、たった一人だけだよ。
まぁ。本当の所はね、彼は僕の味方だから困ることはしないんだよ」
「はぁ」
ロザリーは満足そうにいうとにっこり笑った。
イタズラを思い付いた子供のような無邪気な笑顔が嘘か本当かわからなくする。
トリックスターはこの人なんじゃないかしらと内心思ってしまう。
まあ、正体がバレなくて
良かったと安堵しようかな。
そういえば、
僕の匂いって何?
匂いって‥‥なんか卑猥な言葉なの!!
は‥‥
こんな子供相手に、何。想像してるんだか。
「どうした。体調でも優れない?」
心配そうにロザリーが顔を近づけ、手を伸ばしてくる。
くっだらない事で意識していた私はその手を避けてしまった。
「ごめん。そうだね。僕が無神経だった」
慌てて彼は行き場のない手を引っ込め、笑う。
さっきまでと違い無理矢理に張りつけた笑顔ってよくわかる。
違うのって言いたいけど、何が違うのか上手く説明出来なくて‥‥
私も彼も。二人して、ただ黙る。
和やかな雰囲気だったのに、私がぶち壊してしまった。
「少し部屋を空ける‥‥気の毒だけど、外には出ないようにしてね」
沈黙を破ったのはロザリー。
そりゃ一緒に居るのは気まずいけど、
今、離れちゃったらさらに気まずくなる気がする。
かと言って、「いかないで」なんて、私言える?
ロザリーの言葉に肯定も否定も出来ないまま、彼は部屋を出ていってしまった。
これって軽く無視じゃないかしら‥‥
一瞬だけど、とても傷ついた表情をしてたよね。
それとも、怒らせてしまったかしら。
今夜も読んで下さってありがとうございます。
い抜き言葉で攻めておられる楓さんですが、書きにくいこと、この上ない!!
清さんのセリフに比べれば読みやすいと感じていただければ幸いです。
はい。
自衛隊が台湾配属なんてありえないと想定できないのが
楓さんの無知なところです。
いや、作者も高校生の時に自衛隊なんてしらなかったヮ(それは無知すぎる)




