君は何もシラナイ 3
◇ ◇ ◇
扉を開ければ彼女が退屈そうにそこにいる。
ロザリンドの姿を見つけると表情を変え、待っていたように駆け寄ってきて、他愛ない話をしはじめる。
姿が見えなければベッドに潜り込んで睡眠中だ。
人は獣と一緒で眠る時間が長い‥‥幸せそうな表情ならば何も思わないが、青い顔で小さく呻いている様ならば心配で眠りの底から引きずり出そうと悩んでしまう。
現実が不幸なのに、眠っている世界まで苦しいなんて気の毒すぎて‥‥。
「あのね。そんな時は起こさないで、ロザリーの香りがいいな。好きな匂いに包まれてたら悪夢も変わるのよ」
本人に相談したら、香りを要求された。
社交辞令なんかじゃなくて本当に彼女はこの香りが好きな様だ‥‥
生物の息を止めてしまう為の香りなのに。
そんな彼女は今はいない‥‥。
空っぽの部屋を確かめたくなくてロザリンドは扉の前に座り込んだままだ。
誰もいないと解っていても、何故だか体がここから離れたくない。
「ロザリンド~こんなところに座り込んでても仕方ないでしょ?」
シンジュのかけてくる言葉は耳に入り、頭では理解しているのだが、素直に返事を返す変わりに睨み付ける。
「まぁ。反抗的な‥‥レタル。頼むよ〜」
「王。異質な行動を取られたら、姫に何か合ったのかまるわかりだ!」
「別に異質な行為ではない‥‥だろう」
うずくまって顔を埋める。
口調は変わらないが、威厳がなくなっているその姿に異質ではないと誰が証明するのだ。
「その姫に、狼と鼬が面会したいと来ている」
「彼女に?」
獣達がニンゲンに会いたいなど普段は言わない。嫌悪し畏怖する対象に会って何をしたいのか、ロザリンドは疑問に思う。
だが会わせるべき彼女はいない。
「彼女は誰にも会わせない」
これ以上の会話は無しだと埋めた顔を元に戻す。
中身が成人であろうとも、姿が子供であるから、拗ねて我儘を言っているようにしか見えない。
「森で姫に助けられたのだそうだ」
レタルの言葉に驚いた様に顔を上げる。
執務室で待っている獣の妖精の姿を見つけるとロザリンドは駆け寄った。
あまりよくない姿だなとはシンジュは思うが仕方が無い。あのまま彼女の部屋の前で座り込まれたままよりかはましだ。
「お前達。彼女に会ったのは本当なのか?」
「王。お久しぶりです」
「挨拶などどうでもいい。彼女は?」
親しげに話しかけるユーノに愛想もなしでロザリンドは単刀直入に問いかける。
「彼女‥‥?」
「ニンゲンの姫の事だ」
「ああ‥‥ん? ここに居ないの?」
突然言われた、固有名詞無しの『彼女』
ユーノは誰かが分からず問いかけなおすと、後ろから追いついたレタルがその質問に答えた。
「どこで見たんだ!」
「クロキの樹の辺りで、罠にティコが捕縛されてるのを助けてくれた」
「それから!?」
「それだけ‥‥」
「クロキ!! クロキを呼べ!!」
ユーノから期待した回答が得られなかったロザリンドはティコが吊るされていた樹と同じ属性を持っている妖精の名前を呼ぶ。
「ダメだよ。ロザリンド! 話を大きくしちゃ!」
「だって、森に一人なんだぞ。武器も無いのに、無事じゃなかったらどうするんだ!」
「それを聞いてどうするのさ。クロキに話を聞いて怪我の在る無しがわかっても仕方ないでしょ」
呼んだからといって、それを見ていたとは限らないが、次の情報源になると考えての言葉ならシンジュも止めなかっただろうが‥‥
ロザリンドは間違いなくただ名前が出たから呼んでみただけだと判断し正論を続けた。
「まだ、森の中なのか‥‥」
二人の樹木の妖精がやり取りする様子を冷めた目で見ていたティコがぼそりと呟き、方向を侵入口の方へ変えた。
「あっ、ティコ何処行くんだよ」
「あいつらに聞いてみる」
「ティコ」
レタルが牽制するように名を呼ぶ。
「あいつらは、身内しか会話しない」
呼び止めたレタルを睨んでティコは言うと、その場から立ち去った。ロザリンド達に頭を下げてユーノは後を追う。
「あいつらとは?」
二人が居なくなった後、誰にも確認できなくてシンジュはレタルに問いかけた。
先程の対話から少なくともレタルは『あいつら』を理解しているのだろう。
「ティコの群れ。妖精になってない森の狼達だ。狼は警戒心が強い、他者に漏れることはないだろう」
「だってさロザリンド」
レタルが説明した内容をそのままロザリンドに伝える。シンジュは、要は狼に捜させて、後は安心しろと伝えたつもりだった。だがロザリンドにそんな意志は伝わらない。
「‥‥僕もついて‥‥」
「危険だしダメだよ。それに、そんな口調じゃ変なのバレバレじゃないか」
「危険ってわかって、こんな所で心配してろって! 出来るハズがないだろう!」
「どれだけ過保護なんだ‥‥」
最もなシンジュの言葉に噛み付くように言い返す。
その姿にレタルは少し驚いた。守るように手を繋いで何処にでも連れ回していたのは自身を護衛させているものだと思っていた。
レタルは目撃していないが、現に 雄鹿からの攻撃を守ったと言われているのは彼女である。だが、目の前のロザリンドの言うことは全く逆だ。
「いい加減に冷静になってよ。そんな姿、あの王に見つかったら、本気で取られちゃうよ?」
二人っきりなら普段通りの会話だが、今日は周りにレタルが居る。
第三者が居る前でロザリンドは自称を『僕』など滅多に使わない。
「だって、仕方ないだろ。今回は、僕が原因なんだから‥‥」
使わないのには理由はない。
ただ、彼は何も見えていないダケだ。
「自分で行かなくても見れば良いんだよ」
誰にも聞こえない位の小さな声でシンジュは言う。まるで咎を密告するように。
「なに?」
疑問視するロザリンドの耳元でシンジュは続けた。
「忘れちゃった? 奴隷契約は目を奪える」
シンジュがそうしてるように、ロザリンドも彼女の目を通してその場所を確認すればいいのだ。
見られたとしても状況は変わらないかもしれないが、少なくとも情報が手に入る。
「目を‥‥」
「僕も最初は簡単にはできなかったけどね」
きっとロザリンドは簡単にできる。それは王だから。
根拠のない理由をシンジュは呟いた。
森の中、先を行くティコに小走りで追いかけるようについていくユーノが声をかけた。
「王、変だったね」
「そうなのか? 俺は初めて会ったから‥‥」
ティコは振り向く事もなくユーノの問いかけに答える。
「いつももっと笑顔で、もっと余裕があって、もっと強そうなのに」
「心配事で、化けの皮が剥がれてるんだろ」
「化けの皮って、王はそんなもの被ってないよ。ホントに樹木の妖精が嫌いなんだね。悪口言うな~」
「別に悪口じゃねえよ。むしろ取り乱してる感じは嫌いじゃねぇし。お前が言う、もっと余裕がある態度がムカツクだけだよ」
この森の連鎖の頂点にいる種族だからこそあるその余裕。
力なら断然、妖精になっていない獣の方が強いのに、彼らや自分達は何故かその下だ。
この森そのものが、樹木の妖精の一部だからこそ、生かされている畏怖があるのかそこは知らない。
ただ自分達は彼らに跪き、彼らは自らの存在以外を気にかけない。
まだ小馬鹿にするのなら、その存在を認めているのだろう。
だが樹木の妖精ときたら、毛嫌いするわけでもなく、かといって溺愛するわけでもない。
放置されているのだ。
存在を認めてほしいなど、どれだけ自分は子供なのだと恥、誰にもその考えは伝えたことはない。勿論、すぐ側にいるユーノも知らない事だ。
だから、他人の目には、対象が嫌いだとただそれだけ認識される。
ティコは王に会ったのは初めてで普段のロザリンドは知らないが、ユーノの言葉だとティコが知っている他の樹木の妖精達と変わらないらしい。
そんな彼を、心配させて取り乱させるニンゲンの姫はどんな存在なのかと興味を引かれた。
「なぁ。ニンゲンの姫ってどんななの?」
自分の命を助けられたのはユーノから聞いている。だが、その姿は見ていない。
「え~と。髪は黒くて、僕とおんなじぐらいの背の高さ。なんかずっと怒ってたよ」
原因は自分にあると理解していないユーノは彼女の怒っていた表情が印象的だ。
危ないと思って出来なかった事を躊躇なく簡単にやってみる姿や、心配そうに声をかけてくる姿もついでに思い出した。
「でも、まぁ。ハートを倒すなんて無理そうだな」
ニンゲンの姫は 雄鹿の一撃にも耐え、命を喰らう。妖精の間で最近聞こえてきた噂だ。
ニンゲンに 雄鹿と戦える強度があるとは思えない、噂はやはり噂なのだろう。




