君は何もシラナイ 2
目を開けると暗い場所。
暗さの中に、木製の汚れた壁がうっすら見える。
私は両手だけ縛られている状況で寝かされていた。
なんで、こんなことになっているんだろう?
頭の中が疑問を駆け巡るが、思い出すのは痛みばかりではっきりしない。
手首だけの拘束だったため、支えにして上半身は起き上がれる。
起き上がらせると直ぐに天井で、首を曲げなければ触れる頭が痛い。ここがどれだけ狭い場所なのかわかる。
よく見れば、目の前には木製の格子があって、私をこの狭い空間に閉じ込めている様だ。
だから、拘束は手首だけで良いのだろう。
「目が覚めたんだんだね。お腹空いてるだろうけど、まだ町には着かないから」
木製の格子の向こうから、心配する声で聞かれる。
何時間たったのかは知らないけど、空腹だって思うような時間がたったのか‥‥。
「なんで私はここにいるの」
相手がどんな人か分からないけど、優しい声を信じてみる。
とりあえず、自分自身でもとんでもないなと思う質問を相手にしてみた。
「覚えてないの‥‥か、君を森で僕らが保護したんだよ」
檻に拘束。
保護というか捕獲だ。
「窮屈で申し訳ないけど、そうでもしなきゃ逃げ出しちゃうだろ? 君、黒髪だからさ」
黒髪‥‥その認識に、ロザリーやセイが言った言葉を思い出す。
黒い髪の人間は人間の敵。私達に居場所は無い。
「黒髪だから殺すの?」
「物騒だな。むしろコチラがそれに怯える立場なんだけど。君らは、妖精以外のは許さないんだろ」
「そんなこと無い」
だってそれなら、妖精になってない獣や自分自身を否定しなくちゃいけない。
否定、即ち抹殺。
人は矛盾した思考を持っている。
「まあ。言い伝え通りじゃなくてまずは安心。無事に仕事が終わりそうだしね‥‥しかし、本当に黒い髪なんだね。初めて見たよ」
そういう相手の髪の色はうっすらと赤毛。
赤毛や茶髪と黒髪ってそんなに違うものかと、自分の髪と見比べてしまう。
色を変えられる現代世界では、それこそ、ピンクや緑なんかは目立つけれど別に何色だって気にしたことはない。
私の感覚がおかしいんだよね‥‥。
「こんな所じゃ水ぐらいしか出せないけど」
本来ならば、水でさえ怪しいんだもの、飲まない方がいい‥‥。
でも−−−−
「水‥‥でいい」
出された水を見て、思い出すのはロザリーの話。
「食事はとらなくていいけど、毎日水分はとらなきゃ」
食事が要らないって、痩せようって決心したその日に彼はオレンジの実を持ってきた。
「なんで?」
口に出すのは疑問でも、懐かしいオレンジ色と慣れた柑橘臭が無意識に手を伸ばさせる。
食べると後悔しちゃうぐらい酸っぱいんだろうなって想像できる匂い。
でも柑橘系の匂いって、なんとなく大好きだ。
「よく分からないけど、クローヴが言うには絶食状況が続くと消化器機能が弱くなって、体に負担がかかるとか」
「消火器?」
消火器がどうしたんだろう?
妖精さんの言うことはさっぱり分からないです。
「体に悪いから、何か食べるんだよ。水でいいんだから」
首を傾げて質問する内容に、ロザリーは少しお怒りぎみで顔を背ける。
きっと、くろーぶさんの言った言葉を繰り返していたダケのロザリーは返事が出来なくてそう言ったのかな?
なんて‥‥バカにしちゃ、ダメだよね。
「はーい」
食べる事は嫌いじゃない。寧ろ、食べられないのは悲しいデス。
こうやってロザリーが私の体を心配してくれるのだから、素直に返事をした。
水を見て思い出す、ロザリーの言葉‥‥。
彼がくるくる変える表情が思い出されて、胸が苦しくなる。
今私が居ないことで、きっと怒ってるよね。
それとも、悲しんでくれたりするだろうか‥‥。
唇に手を当て、事故のようなキスを思い出す。
ロザリーはあの行為になんとも思って無いようだった。
捩じ込まれてきた一瞬の感触を思い出すと、あんな状況でさえ、私は照れると言うのに‥‥。
相手は何にも思わない。
ただの水でさえ、彼の事を思い出すすべで、
この世界で私と言えば貴方であるのに‥‥。
私はロザリーには一対象として見られてないんだ。
いや、思われてない事が悲しくて。
心配するロザリーじゃなくて、私の存在が悲しい。
でも、水分は約束どおり取ろう。
たった一つだけでも守れるならって、出されたコップに口を着けた。
狭いところで転がされていると、我慢できなくなって暴れたくなる。
実際はそんなことしないけど、動くなって言われたら動きたくなる。
体ってあまのじゃく‥‥。
動きたい体から意識を外すため、いい人そうな彼に声をかける。
「仕事って何なの?」
「君を妖精から助ける事。残念ながら契約上、名前は聞かないから知らないけど今から会えるよ。きっと知り合いだろうね」
「‥‥知り合い」
この世界に私の知り合いは居ない。
それは、私に似た人を知ってるのだろう。
「だって金積んで『助け出せ』だなんて、知り合いしかあり得ないだろ。まだ町には着かないし。一眠りするといいよ、もうすぐ薬が効くと思うからさ」
「薬?」
「そう。お休みなさい」
彼の言葉のすぐ後で意識がもうろうとしはじめた。
やっぱり、飲んじゃいけないんだよね。知らない人から貰ったものって‥‥。
目を開けると天蓋が見える。
大きな部屋の自分一人ではとても広すぎるベッドで寝かされていた。
見慣れた状況に、逃げ出して捕獲された一番近々の記憶は夢だったのかと体を起こした。
だが、そんなわけなくて、周りは全く知らない部屋。
豪華なのは、妖精の城と変わらないけど、なんだか無駄に煌びやかで、嫌な感じに見える。
そう、言うならば金持ちの部屋ってイメージだ。
拘束から両手は解放されているけど、少し残る黒い筋が縄の跡を思い出させた。
夢ではなく、私はまだ逃げ出したまま。
このべットの側には、心配そうにのぞき込むロザリーは居ないのだ----
こっそりショックでため息をつくと、怯えた声が「お目覚めになられましたか」とかけられた。
「はい!?」
不意に声をかけられて、思いっきり驚いた。
だって、さっき見まわした感じだったら誰もいなかったように思ったんだもん。
私が発した声はとんでもなく大きくて、相手も一緒に驚く。
「おまち下さい!!」
そのまま、逃げ出すように部屋の外へ‥‥。
しばらくすると部屋の外から、男が三人ほど入ってきた。
サイドの二人は冴えない感じの男。一歩後ろを歩いて、付添いって感じに見える。
真ん中の男はなんとなく嫌な感じ、胸を張り偉そうな態度から嫌味が滲み出ていた。
たぶん、この嫌な感じは部屋とリンクしてるから、彼がこの屋敷の住人なのだろう。
直感でしかも感覚的だけど、間違いない。
「カースティ。心配しましたよ」
男は、人間のお姫様の名前を呼んで両手を広げた。
しかも、この嫌な感じの人、姫の知り合いなんだ。この人が、カースティ姫を助けろって依頼した人なのかしら?
姫の事を知ってるなら、姫の事情も知ってるだろう。
「妖精の元に帰して頂けますか」
妖精の元からお金積んでカースティ姫を助け出せって依頼した人に、帰してくれってお願いするのは酷い話なのかもしれない。
だって、元に戻ったら、この人はただお金を捨てたみたいなものだ。
それでも身代りの私は帰らなきゃ。
ロザリーの側にいなくても、せめて森の何処かに居なければ、妖精と人間は戦争を始めてしまう。
「心配なさらなくても、もう貴女が犠牲にならなくともよい。その髪を黒く染めた呪いもすべて、あいつらから解放してあげましょう」
男はとんでもないことを口にだす。
この髪の色は生まれつきだっての‥‥。
まぁ、そんな事は停戦を望んでるロザリーのためにも言えないんだけどね。
呪いで髪の毛が黒く染まるなんて、なんて気味の悪い予測だ。
「弱虫な馬鹿王は我が願いを無視し、貴女を犠牲にして奴らと共存を承諾した。停戦など一時の気の迷い、相手が迷っている間に、抵抗もさせず焼き尽くせばいい。だから、貴女は怯えなくてもよくなる」
自分に酔った口調で男は続ける。
嫌々妖精の元に行ったカースティ姫は確かに犠牲だが、嫌々でもロザリーの元に行ったのだから、きっと共存っていう話には納得しているのだろう。
そんな彼女の意思など無視して、焼き尽くせばいいだなんてどうかしてる。
ホントの事は、確かに分かんないけど、
少なくともこんな酷い事をしてまで助けて欲しいと願わないだろう。
大体‥‥森を焼き払ったりしたら、そこに住んでいる妖精たちはどこに行けばいいというのだろう。森は妖精だけじゃなくて、ただの獣や虫だって生活しているのに、彼らの生活をこんな男に奪う権利はないはずだ。
「妖精だけではなくて森には沢山の動物もい‥‥」
「死滅させるのですよ」
会話の途中で男が割り込む。
死滅させる。そんなひどい言葉で‥‥。
「そして、貴女は晴れて自由の身になり我が国の王妃となれる」
「わ。私は妖精の王の」
「妖精の? なんです」
「王の妃です!!」
私がそういい放つと、相手は恐ろしい形相で睨み付け、拳で殴り付けた。
まさか女性に手をあげるような人は居ないだろうと気を抜いていたため、真正面から受けてしまい‥‥勢いのまま床に倒れてしまう。
しっかり気を付けていれば、あんなの避けられたのに‥‥。
口内に広がる鉄の味に、一瞬前の自分の腑抜けさを後悔した。
「失礼。貴方の洗脳具合が重症だと理解しました」
冷たい声で理由を述べる。
洗脳って‥‥何もされていないのに。
カースティ姫は約束で嫁いだのだから今の私の言葉は間違ってはいないはずだ。そりゃ、彼女は喜んでその意思を受け入れたわけではないのかもしれない。
ただ、妖精たちが大嫌いだとしても、こんな女に暴力をふるう男なんかより絶対ましだ。
ここは‥‥安心できる場所ではない。
この世界の人間は、私の知っている人間とは違うのだ。
妖精を畏怖し、拒絶する。そして黒髪の私達も同じ様に別のモノ扱いだ。
だから、ぼんやりして怪我をさせられる。
「だが、安心しました。血の色は変わっていないようだ」
黙ったままの私に満足したのか、男は口元に笑みを浮かべそういった。




