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追いかける幻影 6

セイは器用に布を固定していく、親指と小指を巻いた布はどこかで見た‥‥ああ。テーピングだ。



あー痛い。とても痛い。


苦労して赤い汁を食べたのに、次の日に右手は痺れを通り越してビリビリする痛みに取り付かれていた。

握力は戻ったけど、激痛じゃなくて、力を入れるとビリッ。手首を動かすとビリッ。たまに意味なくビリッ。これが、地味に痛い。

だからセイに布を巻いてもらっちゃってるわけ。


悪化したのはあの実のせいだって事は内緒デス。

動かすなって言われてたのに、右手も酷使して四苦八苦したもん。



「これもお姉さんに教えてもらったの?」

「姉は不器用な人で、こんな事はできなかった。こんなタイプの負傷をしたら、冷やさなきゃならないのに、湯タンポの用意なんかして‥‥」


作業の手を止めず、少し表情を歪めながら、セイはお姉さんの失敗談を話し出す。


――――――しまったぁ。

自らお姉さんスイッチを押してしまった。


固定作業が完了しないから逃げ出す事もできない。

スイッチを押してしまった以上、上映が終わるまで最後まで聞くのは礼儀だろうか‥‥


「この作業にいる布っていえば4裂か6裂だろうに、風呂敷や端切れを持ってくる」


4裂とか6裂ってのは確か包帯の規格だったような。

でもそれだったら不器用とかで片付けられないんじゃない?って思うけど、

なんか悪口になりそうで黙る。


「ほおっておいたらどんな勘違いをするか心配で」

「今も心配してるんだ」

「もう、五年も前の話だ。きっと成長してるだろう」


寂しそうに、セイは姉の思い出を閉ざす。


大丈夫だなんて思ってないから口にするのに、

心配だなぁって思い出すのに、

側に居てあげられないのはすごく辛いだろう。


「そうだね。帰ってお姉さんに注意したいよね」

「帰ったとしても、台湾だ。あんたの思ってるみたいに姉の側にはいられない」


そうだ、そうだ。

確か、台湾配属だ~とか言ってたね。

お姉さんはどこの人か分かんないけど、日本に住んでるんだとしたら、超遠距離‥‥。


「お休みとか帰れないの?」

「戦時中に休みなんて言葉はない。他国を侵略した結果守るものが一気に増えた。休息なんてとってる人為的余裕はない。手紙も届いてるか不明だな」

「他国を侵略?」


そう、セイは侵略って言った。


「未来ではそう習わなかったか?言葉は悪いが、侵略する以外に日本は生き残るすべが無かったんだ。仕方の無い話だろ。

 だから、遠い台湾に配属が決まり、もう世話を焼いてやれないなと。そう思った‥‥な」





* * *




――――――


―――――――


――――――――暗い空間の中。痛む額を押さえて涙をこらえる。

衝撃で少々こぼれ落ちたが、こんな量で泣いたなんて誰も言わないだろうと思う。


「清?また、怪我したの?」


見つからないように隠れた納屋の一番奥。姉は、どこにいても自分を見つけ出す。


「‥‥してない」


姉に知られたくなくて隠れているのに、一番はじめに目視されているのでは意味がない。


「そう‥‥じゃあお洋服が汚れてたり、頭から赤い液体が垂れてるのは」

「苫東だよ!」


そう、頭から滴る赤い液体は、野菜の苫東。

慌てて飛び出した嘘ではない。

あいつらはよってたかって暴力をふるった後、怪我した部分に熟した柿や苫東を叩きつける。

滲む血を隠そうとする、馬鹿な行為だ。


「この前は西瓜だったわね。食べ物は皮膚からは食べられないのよ」


そう言って姉は笑う。

心配そうな表情から、優しい笑顔に変わる。



どうか、気づかないで欲しい。


食べ物を粗末にしてって勘違いして怒られる方がましだ。

皮膚からご飯を食べるなんてバカだねって笑われる方がましだ。



どうか、


弟が虐められているだなんて、気づかないで。





あなたに惨めな姿を晒したくないんだよ。










清の家庭は貧しい。

ただ、この町に裕福な家庭の子供は殆どなく、沢山いるのは貧しい家庭で清はその中でも特別貧しいわけではない。その中にいれば、至って普通だ。

あいつらは、疎開するにも引き受け先が無い家庭。

それでも数少ない裕福層の子供達なのだから、わざわざ田舎に逃げ込む必要はないと思っている。疎開が逃げているわけでは無いのだが、自分たちの行き先が無いという惨めな状況に気づかれたくないのだ。

自らを正当化すると、貧しい癖に疎開もせず同じ町で同じ空気を吸っている存在が目障りになり勘違いを始めた。

同じ町で、同じように生活しているのは自分たちの真似をしているのだ。

貧しいくせに――――身分違いだ。と。


集団で制裁を加えるのは個ときまっており、気の毒な事に、同じ環境で色々知恵をつけている一回り小さいが清が選ばれた。

彼が選択されたのは、只の残念な偶然でしかないのだが‥‥清の頭も素直ではなくて自身を虐めても対した反応はない。何もなかったように我慢する。

だが、清を対象にすることにあいつらが飽き始めた頃、気づかれた。



清は、姉の事になると誰よりも面白い反応をみせるのだ。






天然な姉をフォローするために、勉学に励むと


「お前の姉上は、綺麗なのに頭は空っぽなんだってな」


新しい衣服など買う金もなく、自身で縫製技術を学ぶ。

専ら修繕に関しては自宅であると姉に見つかってしまうため外出先だが‥‥


「姉よりお前のが裁縫できるって、女失格だな」


背の低く体力もたいしてない清自信を『ガリ勉』だの『女みたい』だの、からかうならともかく、あいつらは何にしても姉を陥れようとする。

姉が、綺麗で器量よしだから。

男のくせに妬むのだ。


清たちの味方はほんの一握り、周りは皆傍観者だ。危害を加えないかわりに、手助けすらしない。

あいつらの汚い毒牙に、無邪気な姉が触れてしまえば一瞬でダメになってしまう。

だから、清が姉を守ってやらなければならない。

両親は側にいない時間の方が多い。だから、頼れない。

姉を守るには、ずっと側で盾になり、耐えていなければならない。


蹴飛ばされ、殴打され、罵られる。最後は、傷口に食べ物。

盾は何をされても耐えなきゃならない。たまには牙を向いてしまうが、ただ耐えるのみ。

同じように年をとり、同じ場所で生活する‥‥

同級生から与えられる、地獄の様な嫌がらせは何年も続いた。


清は子供で、独りで逃げる先はない、いや、行く当てなど問わなければどこにでも行けたが、姉の側からは離れられない。


打たれ続ければ、耐久力や忍耐力が強くなっていった。

まるで刃物のようだ。

熱い内に打ち込めば、余計なものが無くなって上質の鋼ができる。それに刃を研ぎつければ、鋭敏な刀ができる。


だから、刃を研がねば。

自分はまだ刀になれない。



「清。今日は遅かったのね?」

「調べものがあって」


苫東まみれの首の辺りを隠すように姉の横を通りすぎる。

会話するが立ち止まる事はない。


「また、お野菜を皮膚から食べる方法?」

「そんな事調べても時間の無駄だ」

「お花はお水を葉っぱから取り込むのよ。人間だってできるかもよ」


真実から遠い話をして、清に笑いかける。


清は、表情には出さないが、それだけで幸せだった。


身体中が苫東まみれでも、姉はそれが清の趣味だと勘違いをしてくれる。

そう、盾になって耐えていることは姉には気づかれてはいけない。


きっと、この微笑みも壊れてしまうから‥‥







姉の鼻緒を結んだ回数が50に近づいた頃。職を探していた清は憲兵学校の志願者募集の貼り紙を見つけた。尋常小学校だけしか卒業していなくとも入学資格があり、たった6~10か月程度で憲兵となれる。戦時中となり、人員不足のため資格のハードルを下げたからこそ、清の目に入る場所にでも募集を提供された。


憲兵であれば給与もしっかりしており、姉に良いものを買ってやれる。

学校では剣道・柔道・馬術など、戦い方‥‥刃を身につける事ができるのだ。


「清。なぜ軍なの?」


父も兵として家を空けている今、その選択肢は姉を大層傷つけたが、決めてしまった以上後戻りは出来ない。

今、この国は何もかも不足している。

資材も人員も‥‥だから本来の基準、基本的な教育を受けていない清でも受け入れてもらえる。

それは逆に、希望した以上覆す事は許されない。


「お国のためだろ」


本当は国などどうでもいい。


守りたいのは、目の前の人。




側に居られないのは、たった10か月だ。それさえ我慢すれば、盾ではなく刀として‥‥力になれる。

今、怒って泣きそうな姿も帰ってきた頃には、きっと自分の成長に笑顔に変わる。


たった10か月。

我慢してください。








「台湾‥‥?」


習得過程が全て終わり、やっと家に帰れると挨拶がてら向かった士官の部屋で配属先を聞かされた。

耳を疑い擦れた声で繰り返す。


「北海道とかじゃなくて良かったな。寒いよりも暖かい方が良いだろ」


笑って自分の意見を押し付けようとする士官の言葉など耳に入らない。

目の前が真っ白な状態のまま、重要な事を聞こうと口を開く。


「配属は、いつ」

「特に聞いてはいないが、この憲兵不足だ。あちらも師団数を増やしたいだろうし、一月もしない間に連絡が入るだろう」


何故、気づかなかったのだろう。

この国はすべてにおいて不足している。足りないからこそ、本体を支えなければ持たない。それを守る一番の方法は、最前線に資源の投入だ。

一番消費が多い場所にこそ、そこが崩れないように投入すべきだろう。ただ、消費が激しい場所に大切な駒は置かないだろう。

自分が指揮官であっても、まずはそう考える。


容易に想像が出来たハズだ。

はじめから、清の選択は誤っていた。

結果。

一月‥‥一生の内、姉の側に居てやれるのは、たったそれだけの期間となった。





卒業の報告と、憲兵上等兵となり、台湾に配属が決まったことを通知する文書は清が自宅にたどり着く前に姉の元に届いていた。


「本人よりも先に知らせがくるなんて、心配になるじゃない」


開封した書面を大切に封筒に戻し、不安を言葉にする。

通知の日付は一週間前。まだ清は中野に滞在している期間だ。

今日はまだ、帰宅予定の日ではないと分かっているが、帰り道何かあったのか、それとも家に帰りたくないのか。

特に後者を不安に思ってしまう。


「でも、清は大人になったから、もう私が守ってあげなくても大丈夫ね」


小さい頃、色んな怪我をして野菜まみれになりながら必死でそれを隠そうとしてた姿が思い出される。あれから身長も体格も遥かに成長したと言うのに、姉の心の中では、小さな清のままだ。

また、どこかで困っていないか気になって仕方ない。

この10か月、毎日のように帰ってないかと、隠れて泣いているんじゃないかと家を探してしまう。


「自分で志願してお国のために働いているんだもの、行かないでなんて言っちゃ駄目だもの」


側にいてほしいと願うのは、自分のワガママだと戒める。弟は立派に意志を果たそうとしている。未熟なのは自分なのだ。

非国民として罵られても仕方ない。


針で手を突いても、文句をいいながら手当てしてくれた清は居ない。

高い戸棚の荷物を崩しても、小言を言いながら片付けてくれた清は居ない。

鼻緒を切って転倒しても、手を差し伸べて結んでくれる清は居ない。


何をするにも側に居て、世話をやいていた清はいない。


「でも、二度と帰ってこられないお仕事にどうやって送り出したらいいの」


今はただ側に居ないだけ。

それだけでも穴の空いたような不安と喪失感が迫ってくるのに、この通知の期日を過ぎたら、二度と会えなくなるのだ。

清が側に居なくなる。

清がこの世から居なくなる。


清が居なくなるのだ。



姉はただ泣いて、帰ってこない問いかけを口にする。


「どうすればいい」と――――――――――――。





* * *





「悪かった。要らぬ話をしすぎた」


セイの言う要らない話は、彼の正直な気持ち。

側に居られなくなった時に、こっそり思った気持ちが何だか切ない。


それは『寂しい』なのか『悲しい』なのかは、言ってくれないから想像でしか無いけど。


「ううん。要らないなんて思わないよ。セイの大事な思い出でしょ」

「思い出か、あんたに会うまで姉の失敗談など思い出しもしなかったのにな」


寂しそうな瞳を足元に向けて語るセイの言葉が途切れる。

心配して顔を覗き込むと、視線が合った。


「あんたを見てると、無性にあの場所に帰りたくなる。もう諦めたと言うのに」


優しい瞳が私に向けられると、不意打ちに鼓動が大きくなる。

ドキドキなのか、見たことない瞳に心臓がびっくりしたのか、いや、びっくりかな‥‥セイは帰るのを諦めてたなんて驚きだもん。


「諦めてたの?」

「あんたは、帰る予定だったのか」

「ロ‥‥王が帰る方法を探してくれるって」


お姫様の代わりはそれまでの話。いつになるのかは分からないけれど、ロザリーは約束を守ってくれるだろう。


「‥‥そうか」

「帰る方法が分かれば、一緒に帰ろう」


どこに帰るのかはあえて言わない。

私が日本に帰れても、セイは浦島太郎みたいに未来に帰る事になってしまう。

お姉さんには帰っても会えない。


「ああ‥‥」


一緒に帰る‥‥それをどう考えてるのか知らないが、セイは笑って承諾してくれた。


「でもその前にね。出来る事をやってあげたいの」


テーピングが終わるとセイに真っ直ぐ向き直り頭を下げた。


「戦い方を教えてください」

「‥‥必要か?」


いつもの無表情に戻り、問いかけを返す。表情は無でも、瞳はとても真剣だった。


必要か?だなんて、

正しい答えは『不必要』だ。

でも、何時何時(いつなんどき)反転して必要になるかは想像もつかない。

昨日のように‥‥


「今はいらない。けど自分のために必要になると考えてる」

「俺は弱い‥‥、あんたの役には立たないかもしれないぞ」


それは謙遜なのか、本気でそう思ってるのか‥‥

なんにせよ、自分が強いなんて言う人間だったらこんなお願いはしない。

強い人間は、自分が強いなんて言わないと思うんだよ。

だから、セイの言葉で揺るがない。

承諾のため頷いた。


セイに学んで、ロザリーを守れるようになって、この場所を死守したい。

全ては自分のため、なんて利己的な動機。

でも、必要じゃないといいなって思ってるのよ。

守らなくても、このまま緩やかに毎日が過ぎればいいと思う。


戦争は、停戦したままで終わってくれればいい。










どうも、作者です。

今夜も読んでくださりどうもどうもです。ありがとうございます♪



王様と疑ラブラブ状態の次は、セイ君の出番です!!

   えぇ、感想で頂いたから‥‥ゲフン。ではなくwww

楓さんがセイ君に戦い方を志願する話がはじめにありまして~前回の4と5は後からできたラブラブ話でした。

相変わらず、登場人物に書かされてる作者です。



今回はセイ君の過去話を間にほおりこむ、なんて恐ろしい構成をしたのかと、読みにくさに反省しております。

でもでも、セイ君とお姉さん話は元々設定で考えていたので書きたかったのです。


そして、昭和17年あたりの話など詳しく知らぬ!!ってことでwikiなんちゃらにとてもお世話になりました。

真面目に歴史を勉強しておけばよかったなあと、この歳にしてさらに反省です。


よいこの皆。学校は真面目に行くんだよぅ!!



とうとう、もう一個の連載中小説よりユニーク数が超えてしまいました。

複雑なのですが、これも読んで下さる皆様のおかげです☆

これからも楓さんを悩ませますので、よろしくお願いします。

ありがとうデス~(v‐∀‐)ノシ~♪



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【××× A good child, so do not imitate ×××】
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