追いかける幻影 2
ほんのり薄暗い朝。
この城は樹木達が吐き出す水分で霧で覆われる。
ロザリーが言うには、城だけじゃなくて集落も森も一様に朝は霧で洗浄するらしい。
それは空気の事を指していると思うのだが、私は気持ちもリセットされているような気がする。
朝になると昨日の嫌な事なんて忘れてしまうようで‥‥霧が消し去ってくれている。
と、いっても、向こうが見えないもやもや〜とかじゃなくて。
ほんのりうっすら〜って感じ。
だから、霧が出てるなんて初日は知らなくて、自分の吐く息と身体中を包む冷えた空気に驚いた。
何度か経験した異世界の朝。
世界は違っても朝やることは一つで、一緒に連れてこられた刀と稽古。
居合は一人で精進できるから良い。むしろ、一人きりがいい。
側に誰かがいると、集中出来ないから嫌なことを思い出す。
本当は忘れてしまうことはいけないのだけど‥‥。
だから、四六時中側にいるロザリーから朝だけは距離を置く。
「熱心だな‥‥」
刀を真横に引いた切っ先にセイが居た。
ビックリして後ろに飛び上がる。
あぶねぇ。うっかり斬っちゃうところだったよぅ。
「何もそんなに驚かなくても」
「だ、だって。誰も居ない想定だもん」
セイに会ったのは久しぶりで、お姉さん事件(私の中であれは黒い事件となった)以来だ。
うーん。何て言うか別に距離をとってた訳じゃないけど、会う機会がね、なかったというか。
あの日から、なぜかロザリーが何処へ行くにも手を繋いで連れまわす。
何をさせるわけではないけど、王様というお仕事をする傍にずっと置いてくれるのだ。
一人は退屈だし、ロザリーと一緒にいれば隠れる必要はない。
だから、そればっかりで、正直セイの事は忘れてたっていうか、気にしてもしょうがないっていうか。
約束なんかしてないけど、放置してた罪悪感でね。
何て会話を続けたらいいか分からない。
「おはよう。早いね」
「あんたもな」
で、沈黙。
とりあえず挨拶をしてもこの調子だ。
罪悪感とか、こっち側の理由だけじゃないと思う。
相変わらず、投げたボールをバットで打ち返すんだよ。
ん?バット?
セイは木片を持っている。よーく見たらそれは刀の形をしていて‥‥
「木刀だぁ」
話のきっかけになるかと、目新しいものを見つけ高めの声を上げてしまう。
セイは無表情にそれを持ち上げて
「ああ、用意できたんでな」
そう言って投げつける。
悲しい事にちゃんと受け止めてしまった。
くれるって事は、前に話してた事のためだよね。
「これって組手にってこと」
「あんたの都合が悪くなければな」
正直に言いますとね。組手なんかしたくない。
でも、罪悪感がハンパないので『嫌』だなんて言えない自分がいる。
稽古してるんだから、時間の都合がつかないわけじゃない。
「組太刀なんて、先生って言われる人しか大会でないし、私方法知らないから無理かも」
「組太刀じゃなくて、打稽古だ。分かりやすく空手の名称で説明した俺も悪かったが、理解できないわけじゃないだろ。俺も寸止めなどしないから本気でかかって来い」
素敵にセイは木刀を構えそう言い放った。
ええ。組手って分かりやすく言ってくださったのは良く分かっております。
そして、本気で相手したがってるのも良く分かっております。
でも、私。女の子だよ?
手加減しない軍人さんと打稽古なんてしたら、骨折したり痣になったりするよきっと。
普通。するだろ寸止め!!
「痣がこれ以上増えるのは‥‥お姫様としてだめかも」
「当たればな」
「当たるに決まってるじゃない。何言ってるの?」
「やって見れば分かる事だ。構えろ」
そう。目の前には鬼がいらっしゃいました。
あんな小さな痣でグチグチ言ってた人が、稽古でつく痣はいいって?
なんて勝手なの。
そう思って睨みつけてみたけど、セイは動じない。ていうかむしろ殺気でてるよ、この人。
あまりにも目の前の鬼の目が怖かったので、素直に従い構える私。
鞘がない木刀を支えるように左手で空間を作り、柄の部分を右手で持つ。
できるだけ痛くないように、真面目にやろう。
そう思って息を吐き、相手を見据えた。
こちらから仕掛ける方法など習ってないから考えた事もない、要はセイが動かなければ私も動けない。だから、見るのだ。
セイは声も上げず、静かに襲ってきた。
スピードはとても目では追えなくて、気がついたら目の前にいた‥‥。
避けるイメージばかりしていた私は、何も考えず振り下ろされた木刀から体を右に反らし、崩した体制のまま切り上げようと曲げた右足に力を入れる。
角度を調整した左手の輪から抜いた木刀はがら空きのセイの左わき腹に当たる直前で、返された木刀にはじかれた。
はじかれる衝撃なんて受けた事なくて、そのまま左手を地面についてしまう。
なんて硬い返しなんだよ‥‥。
右手はビリッとしびれるもの、木刀は落としてはいない。
体制を崩したままの私に気遣うことなく、セイは振り上げて打ち込んできた。
この体制では避けるのは不可能で、土のついたままの左手を右手に添える事で打ち込みに耐える。
頭、首、肩。当たれば、痛いなんて出来事で済むはずのない位置を角度を変えて容赦なく打ち込むセイに、ただ耐える。
っていうか、手は痛いけど耐えられる。彼のスピードに目は間に合ってる。
だけどこのままじゃ痛くって肩と曲げたままの足が持たない‥‥。
そうこうしてる内に、左手が滑った。
見えてても片手じゃ受けられない。
振り下ろされる木刀を受けるが、そのまま勢いをとめることができず体制が崩れた。
頭が地面に着く前に刀の背部分に左手を添えて直撃を避ける。
「ほら、当たらないだろ」
地面に倒れた私を見下ろしてセイは笑った。
まあ、私の負けって事で。
セイは手を引いて立ち上がらせてくれる。
「当たらなくても、手は痛い」
「当たり前だ。本気で打ち込んだからな」
この鬼は、表情も変えずしれっと言った。
ていうか、あんな打稽古するなら普通竹刀だろうが。木刀なんてあり得ないし。
しびれる肩をかばうようにしびれる手を添える。
ただ‥‥、手や肩はしびれたけどそのほかの部分は別にどうって事もなくて、
本気で打ち込んだセイに対抗できる、なんて、ちょっと自信がついたかも。
ニヤニヤしていたら、セイは突然髪に手を触れてきた。
「な。何」
反射的に頭を抑えて、後ろに避ける。
何もない空間に手を上げたまま彼は「砂が‥‥」と言った。
す、砂ね。
最後地面に背中ついたからね、髪に砂ぐらいつくね。うん。
無意味にドキドキしてしまう。
高鳴る鼓動が抑えられない。
「も、もう稽古は終わり~。ロザリーの所に行かなきゃ駄目だから。ま、またね」
刀と木刀を握り締め、セイの目の前から逃走する。
砂も汚れも気になんてしてられない。
とりあえず彼を視界からどっかにしたい。
意識しちゃうと、何もできなくなるから面倒だ。
相手が何にも思ってないのに、こっちだけドキドキしてるのってものすごく滑稽だもの。
私ってば、こんなに異性に面識なかったっけか‥‥。
そんな事を考えながら自室へ走っていった。




