臆病な僕は 5
ロザリーは奴隷契約って何か具体的には教えてくれなかった。
俯きながら聞けたのは、足の傷がなくなったのはそのおかげ、と、あと、ご飯が要らなくなった事。
ご飯食べなくてもいいってのは、メリットなのかしら?
食べなくてもいいだけで、食べてもいいんだよね。なんて悩む。
居合をはじめてから、ダイエットなんて縁がない話だ。
食べると苦無く動ける。しかも、おいしい食べ物はそれだけで幸せだ。
だから、ご飯食べられないなんて、楽しみが無くなるわけで‥‥。
それだけだと、何も悪い感じはしないけど、ロザリーの表情からもっと悪い話があるのだろうと思うけど。
聞きたいって思うけど、
なぜだか、聞けない。
「もう揺らす心配はないけど、危ないから部屋から出ないで」
それだけ言うと、後は黙る。
今の言葉って、自分が退室する時にいう言葉じゃないんだろうか。
ロザリーが側にいて、そのままお部屋から出るわけないじゃない。
もしかして退室するタイミング図ってるんだろうか。
じゃあ黙ったままだと、逆に無理じゃない?
「ねぇ。ちゃんと約束するから、忙しいなら。いいよ」
「いいよ?」
疑問符で繰り返してロザリーの顔が青ざめる。
「あぁ。気がつかなかった。ごめん」
彼はすぐに目を伏せて背を向けた。
ん? ごめん?
間違えた。絶対、言葉間違えた!
私は、ベッドから飛び降りて、出口に向かって歩くロザリーを止めようと後ろから押さえた。
色気のある言葉で書くと、抱きしめた。ね。
違うよ、邪魔だなんて思ってないよ。
って言いたかったんだけど、
「いったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私の喉は、あり得ないぐらいの絶叫を上げてた。
「何!?どこが痛むの!」
痛い。めちゃくちゃ痛い。
何?
なんで、こんなに胸が痛いの?
痛いから胸部を手で押さえた。またビリビリと痛みが、触れた部分からする。
離すと、普通に痛い。
要はましになる。
何なのだろう。
痛む部分を目視しようとシャツのボタンを外そうとするとロザリーがその手を掴んだ。
ああ、そっか、男の子の前で前開けるのはヤバイヨネ。
稽古場じゃ、人前で着替えてたし、脱いだらすぐ下着って訳じゃない。
見られても困らない程度の服は着てるから、私はあんまり気にしてないけど。
ロザリーにしたら、ハシタナイって感じかな。
何でか顔は青いけど。
「胸が痛くて、原因は何か確認したいじゃない?」
「だ‥‥、いや。見ても、いい思いはしない‥‥」
「はい?」
言いづらそうに俯く彼。きっとこの胸部の痛みの理由が分かって言ってるんだと少しイラっとした。
深刻な話なんだったら、さっさと言うのが礼儀だと思う。
だいたい、痛いんだから。
いい結果なんて元々想像してないわよ。
ロザリーに掴まれたままの手を彼の顔に持って行き、両手で挟んで無理やり視線を合わせる。
「気を使ってくれるのは、とっても嬉しいけど。話してもらえないのは結構むかつくのよ」
「‥‥はい」
彼はびっくりした瞳でそれだけを吐き出した。
暗い表情も、青い顔も無くなってただ驚きがはりつく。
「なら、私に言う事は?」
「えっと‥‥ごめんなさい?」
「違う!! 何で謝るのよ。胸が痛い理由。後、言いたくて言えない事あるでしょ。何で言わないのよ」
その言葉を否定し、質問を続けると、狭い視野内でむりやり目線を外そうとして黙り込む。
「ロザリー?」
「‥‥あなたに‥‥」
「あなたに知られると、嫌われると思ったから」
嫌われると思ったから‥‥
なんてかわいい理由だ。
でも、そんな理由かよ!!ってイライラが頂点を極めていた私はそのまま‥‥
彼のおでこに、私のおでこを打ちつけていた。
「何を‥‥」
「いったあ‥‥」
当たり前の話だ。
自分で叩きつけても痛いんだね‥‥headbutt‥‥
「はい。すっきりした」
にっこり笑って一言。
これぞ、体育会系な仲直り。
■ ■ ■
「で?無理やり服を脱がせて、ココにそれを突き刺したと‥‥」
「方法はそれしかないから、仕方なく」
はい。卑猥な会話になりましたが、間違ってます。
シャツの前を開けて目視したのは、おっそろしい模様が刻まれた自分の胸部。模様に見えたのは全部痣らしく、赤くて、触れると痛い。
抱きついたり、手を当てたりなんてしたら刺すような痛みが発生する。
その、奴隷契約をする際、服を破るわけにはいかないと言う理由で、はだけさせて、この部分からロザリーの樹を植え込んだそうな。
意識ないんだから、無理やりではないのよ。
この位置って、心臓か肺だもんね。想像するだけで、痛いから。
なんか、こう、簡単な魔法っぽいのは無いのだろうか?
何かよくわからないけど凄いみたいな。
「奴隷になったら、何をしないといけないの?」
私はあなたの持ち物です〜的な刻印だもの。
この痛さは焼印だよね。いや、皮膚焼かれた事ないけど、たぶんこんな感じ。
「基本、何もしなくていい。ただ、奴隷になったあなたは、僕の言うことに逆らえない。」
ご主人様のいうとおりって奴ね。
まぁ、奴隷らしい‥‥。
「後、どうするのか知らないけど、君の目を奪える‥‥らしい」
「目を奪う?」
「意味はわからないけれど、良い意味じゃないと思う」
「でも、悪い様にはしないんでしょ」
そんな話を聞いて、よくもまあこんな言葉が返せたものだ。
私は聖人ではない。
人も疑うし、羨ましいとも思う。記憶にはないけど、憎くてしょうがない感情もきっとある。こんな話は、普通、怒ると思うの。
でもロザリーは言った通りに、目を奪ったり、私の望まない事は強制したり、きっとしない。
だから、素直に言葉と笑顔が返せた。
「怒った顔も素敵だが、やはりあなたは笑っている方がいい」
それは私だけじゃなくて、ロザリーも同じ事。
悲しそうな顔、じゃなくて笑顔が一番安心する。
不安な色が彼の瞳から完全に消えている。
ヘッドバット。役に立つじゃん。
「あなたをいいなりの人形なんかにしない。危険になるのなら、僕が盾になってでも、全力であなたを守るよ」
ロザリーは、笑顔でも不安な表情でもなく、真剣な眼差しをこちらに向けていた。
その瞳にドキドキ‥‥する?
なんてこと。
なぜか、恥ずかしくって顔が見られない。
顔が火照るのがよくわかる。
あなたを守りますって、前、言われた時はなんも感じなかったじゃん。
あああ、あれよ、奴隷契約のせいだわ。
そうだよ。
そうに違いない。
こんな、かわいい‥‥
いや、ロザリーってばよく見たらものすごく綺麗で、やっぱり妖精さんだよ。
ロザリーが望んで、
望んで‥‥?
そうなると、ロザリーが私を好きで、彼の望むようになっちゃったって、
そっちの方があり得たら、あり得なくって、ああああ。
駄目だ。意識してしまう。
「またどこか痛むの」
心配そうに見る彼が、とっても可愛くて、目が合わせられない。
さっきまで、無理やり目を合わせたり頭突きしたりしてたのが、なんでだ。
「大丈夫。大丈夫だから、一旦落ち着こうロザリンド様」
「様って‥‥」
様って!
そりゃロザリーも心配するよね。
口調まで崩壊しはじめた。
こんなときは、刀だよ。
あれ持って精神を落ち着かせればいい。
で、それはどこに?
そうだ。
手入れしたのに刀無いよ。
「ロザリー。刀は?」
「え、あ。そうか、あなたしか見てなかったから」
じゃああの庭に落ちてるんだよね。
「とって‥‥来ても。いい? わけ無いよね」
さっき部屋から出るなって言ったんだし。
行かないって、約束したし。
「もちろん。行っても構わない。だけど、僕もついていく」
反対されると思ってたけど、ロザリーは自分がついていくという条件で外出を許してくれた。
まぁ、目が届く範囲にいれば、良いってことなんだろうけど。
大ピンチですよ、奥さま!!
ロザリーが前を歩く、そして私もその後からついていく。
彼は、私の手を離さない。
彼がついてくるではなく、私が連行される形になっていた。
普段なら、何でもないのよ。
でも、まだ胸はドキドキしてて、繋がれた手は固まって、いやーな汗が滲んでいるのが自分でもわかった。
意識してる時に、手をつなぐのは反則だと思う。
かといって、かといって
「嫌われると思った」と悩んでる純情な少年を振りほどき突き飛ばす勇気は私にない。そんな事したら、私が彼に嫌われてしまう。
それは、嫌。
だから、こんな気持ちを気づかれないように、
息を殺してついていく。




