第一章
世は乱れていた
天下には黄巾を目印とし、国家転覆を狙う黄巾賊が蔓延り
天下は各地で朝廷側と黄巾賊の戦が起こっていた
そんな中、ある青年が黄巾賊を討つべく、郡の義勇軍に志願する
姓は于、名は禁、字は文則
泰山郡の人、後に魏国の五将軍に数えられる人なり
私の指揮官は斉北の相、鮑信様であった
彼の家系は代々儒学者で彼自身も公平かつ寛大な心と節義をふまえ、儒学にも秀で人格者であり、軍の皆は彼を慕っていた、
そうして、これ以降四十年近く続く、私の戦乱が始まった。
私は鮑信様に従い黄巾賊との戦に明け暮れた、
今日も戦、明日も戦、明後日も、明々後日も…
そうした戦乱の世も私は不思議と生き続けた、
仲間は櫛の歯が抜けるように、次々と死んでいった。
斬っても斬ってもきりはない
無理も無い、世は宦官(去勢された役人、皇帝の秘書官、多大な権力を持っていた)のせいで乱れ
虐げられた民衆はこぞって黄巾賊に身を投じたのだ、
私は無理も無い、と思う、
だが、それと乱を起こすのは別問題だ、
それに、単なる一兵卒の私が何をやろうと無意味である、
ただ、私には国を守る防人として防波堤に立つのみだ
だが、防波堤の内側は、何かのきっかけさえあれば、すぐにも潰れてしまいそうなほどに、脆かった。
そうしてある日、鮑信様に伝令が届いた、
黄巾賊の主導者張角の病死、弟の張宝、張梁の戦死
そうして、少し後にもう一つ
朝廷での権力争いにより大将軍何進の宦官による暗殺、それに伴う何進の部下袁紹、袁術の宦官虐殺
それを鮑信様は重く考え上洛なされた
それと同時に……
西方の雄、董卓の入洛
董卓の上洛は大きく時代を動かした、
日々、洛陽(首都)から噂が流れてきた、それらの多くは董卓の悪行、横暴を伝えるものであった、
皇帝、少帝の廃位させ、陳留王を皇帝にすげ替え、自身は相国を名乗り、権力を手中に収め、一族のものは誰彼構わず大名にした、と
また、反対したものは皆、処刑した、らしい
鮑信様は帰ってこられたが多くは語らなかった、
我々はまだ黄巾賊の残党と戦っていたが鮑信様は憂い、日々頭を悩ませていたらしい、と噂が流れた
そうして、もう一つ風の噂が流れた
董卓を暗殺しようとしたものがいる、と
失敗はしたがその男は、故郷に帰り私財を投じ、義勇軍を編成したらしい、
その男の名は曹操
私は、強く惹かれた、一度あってみたい、そう、強く願うようになっていった、
そんな中吉報が齎された
…もしかしたら凶報だったのかもしれないが…
東郡太守の橋瑁が三公(役職名、高官、司徒、司空、太尉と言う三つの職)の公文書を持って群雄達に反董卓連盟を呼び掛けたのだ、
これには勿論鮑信様も参加した、そして各地の勇将名将が一同に集った、
そこには、名門袁家の袁紹、袁術など、各地の群雄が集まった、
そこには…あの…曹操もいた、
盟主には三代に渡り三公を排出している名門袁家の袁紹が選ばれた。
戦の準備は整った、
兵糧、武器、兵力、
この世の全てを集めたようだ、
そして、大軍で、また、多くの将を擁し、指揮系統が複雑な故、少しずつ、ゆっくりであったが董卓のいる、洛陽に進んでいった、
おまけに各群雄はお互いを信用しておらず、全くの烏合の衆である、と董卓に皮肉られていた、らしい、
疑心暗鬼の群雄たちは動かない、
そんな中、活動している軍がいくつかあった、
一つは袁術配下の『江東の虎』孫堅
そして、もう一つに曹操軍、それに鮑信様も従った、無論私も、
孫堅軍は有能な将や多くの兵を失ったが、敵将華雄の首を上げ、勝利を納められた、
そのことに董卓は大いに慌て、孫堅に和睦の使者を送るも断られ、遂には首都、洛陽を焼き払い、歴代皇帝の墓を暴き宝物を奪い、反対した数千名を殺し、財産を奪い、民衆に移住を強制した、
しかし、それでも反董卓連盟は動かない、
反董卓連盟が動かぬことにごうを煮やした曹操軍…それに鮑信様も、董卓軍を追撃した、敵は民衆を引き連れ、足が遅いはずだった、
そこに、敵軍が現れた、
無論敵軍とて馬鹿ではない、迎撃の軍を用意していたのだ、
敵将は徐栄と言う将であった、
敵軍は明らかに我が方より多い、
それに敵将は私の目から見ても出来る、
いかに曹操様や鮑信様が勇戦しようと、名将相手では衆寡敵せず、我が軍は大敗した、
鮑信様の弟君は討たれ、鮑信様も重傷を負われた、
曹操様も馬を失われ、曹操様の従弟の曹洪様の馬をいただき、何とか生き延びたと言う、
我が身が無事でいることが不思議なくらいの大敗であった、
気息奄々反董卓連盟に帰ると、そこでは反董卓連盟の解散が決定していた、
董卓が洛陽を焼き払ったことにより、疑心暗鬼であった各群雄は、解散を決意したらしい、
何と言う愚かな者達だろうか、
何のための反董卓連盟だったのだろうか、
…ともかく、弱体化している我が軍だけでは董卓軍に対抗は出来ない、また、鮑信様も重傷を負われている、このため我が軍も帰ることとなった、
そのまま、領地に帰り暫くがたった、
董卓は養子で、飛将軍と称される呂布の裏切りにより、人生の幕を下ろした、
彼の死体の臍に蝋燭を立て、火をつけると三日間、燃え続けたと言う、
その呂布も董卓の将、李カクや郭シに敗れ、都を追われ、都は李カク、郭シのものとなった、
そんなとき、反乱の一報が入った、
相手は黄巾賊の残党
反乱地は東郡を中心とし、既に郡太守は殺され、曹操様が推挙され、反乱の鎮圧に向かったと言う、そして、鮑信様も曹操様に助力するため東郡に向かった、
鮑信様は曹操様と合流し、別動隊を指揮することとなった、
そこで事件が起こった、
我が軍が夜、陣を張り、休んでいると何処かからウォーー、と声が聞こえた、
兵が外に出ると、そこには黄巾の布を巻いた集団が、囲んでいる、
明らかに敵軍、敵の数は不明ながらこちらの準備は出来ておらず明らかに不利、
勝てる見込みは…無い、
兵の断末魔が絶えることは、無い、
おそらく殆どが我が方の兵だと思う、
私の目の前にも、敵兵が見える、
敵の槍が伸びる、
危ない、
槍が顔をかすめる、
何とか躱すことが出来た、
さあ反撃だ、とばかりに、私は近くに落ちていた槍を拾い、敵兵顔面に投げ付ける、
敵兵からザシュッ、と鈍い音がして、倒れた、
私は敵兵から急いで槍を抜き、敵陣突破を図った、
幸い、敵兵の包囲は薄い、
槍を構え、真っ直ぐ敵陣を突破した、
奴らは私が攻撃してくるとは考えなかったのだろうか、
私が突っ込んでいくと薄い包囲網はあっさり破れた、
私はそのまま走っていったが、このまま走っていってもどうしようもない、と考え、決死の覚悟で、陣に向かっていった、
私が陣に着くと、そこには死体の山、
我が軍の兵は無傷のものは殆どおらず、将は全て、息絶えていた、
無論、鮑信様も、
息絶えていた
ここはどうしようもない…将はおらず、兵も少ない、それに鮑信様を失った兵は離散しようかと話していた、
このままでは…この軍は無くなってしまう、
私は腹を決めた、
私は叫んだ
皆、鮑信様の大恩を忘れたか、
我々は鮑信様の意思を継ぎ、曹操様に助力すべきだ、
我々は曹操様の下に向かうべきだ、と叫んだ、
周りからは最初は小さく、そして徐々に大きな声で賛同者が集まり出した、
そして、発案者として私が指揮を取ることになり、我々は曹操様の下に向かった、
幸い、敵軍にはあわず、曹操様の下にたどり着いた、
私は曹操様と面会し状況を伝えた、
曹操様はとても、気に充ち溢れ、堂々たる人物であった
曹操様は酷く落ち込まれた様子ではあったが、明日、敵軍と決戦することを私に告げ、我々に休息を取るように命じられた、また、軍の臨時指揮官に私を任命なされた、
翌日、曹操様は敵軍と戦われた、
黄巾賊は百万ほどまで膨れ上がっていた、
勝敗は圧倒的だった、曹操様の手腕は見事、の一言に尽きた、
彼に惚れ込むには時間はかからなかった、
翌日、黄巾賊は降伏を申し出た、
曹操様は快く申し出を受け入れ、その中から精兵三十万を選別し、彼等を青州兵と名付け、自軍に組み込んだ、
後の人々はこの出来事をこう呼んだと言う、
魏武(曹操のこと)の強、これより始まる、と
翌日、曹操様が私を訪ねられ、私の配下にならないか、と尋ねられた、
私は、勿論二つ返事で答えた、
皆様、おそらくはじめましてm(__)mこの作品は最初は短篇として投稿予定でしたが(私にしては)異様に長くなりそうなので予定を変更して連載として投稿致します(今まで連載はあえて避けていたのですが…)連載は不定期になると思われますが最後まで御愛読いただければ幸いです。